クエスト133 グリフォンの巣穴
SENはグリフォン捕獲の先発隊として、深い森の最奥にそびえるタカカオ山に向かっていた。
ベースキャンプを出て三日後に到着したタカカオ山は、うっそうとした巨木の生い茂る太古の原生林といった雰囲気で不気味に静まりかえっている。
「SENさまがニンジャの技を授けて下さったおかげで、ココに至るまで巨大モンスターから攻撃を受けることなくスムーズに目的地にたどり着けました」
SENが同行に選んだのは身軽で足が速くそして持久力のあるハーフ巨人たちだった。モンスターとの接触を極力避けるために、SENはゲームから引き継ぎ所有している激レア防具アイテム【ニンジャ】をハーフ巨人戦士たちに装備させたのだ。
「予想してたより簡単にココまでたどり着けたニン。しかしこの先は魔獣王グリフォンの巣、油断するなニン」
「了解ですSENさま。ところで『ニン』とは何のまじないですか?」
武士のSENが黒覆面の忍者コスプレをすると、ネタ要素として会話の語尾に『ニン』がつく。
仮装好きのSENは平気にニンニンしゃべるが、ティダはそれを嫌い絶対に【ニンジャ】衣装を着ない。
原生林に覆われたタカカオ山の頂上にポッカリ巨大な穴が開き、それを利用してグリフォンは巣穴にしている。SENたちはロッククライミングの要領で、岩肌に杭を打ち付け縄を伝って下りてゆく。
「獅子の躰を持つグリフォンは夜目が効き、昼夜問わず活動できる。
まず巣穴に潜り込み中で休んでいるグリフォンの数を確認しよう。そして外で活動するグリフォンを数えれば全体の頭数が把握できるニン」
穴を下りて中間辺りの岩場にたどり着いたSENは、紅い右目の暗視スコープと赤外線機能を起動させグリフォンがいることを確認する。
一、二、三頭、赤外線サーモグラフィには38度前後の体温を持つ巨大な生物の姿を捉える。
しかしソレとは別に、グリフォンの周囲にまとわりつく低温の生物が見えた。
「ちょっと待て、巣の中にいるグリフォンの様子がおかしい。
誰かひとり俺についてこい。他はこの岩場で待機ニン」
そう言うとSENは縄から手を離し、一気に下へ降下する。そして宙で躰をよじると落下コースを変え巣穴近くの岩壁に飛びついた。続いてハーフ巨人の中でも一番身軽で敏捷な白樺という名前の戦士が縄を伝い、SENの隣まで降りてくる。
光の届かない深い穴底だというのに、周囲は仄かに明るい。
しかし明るさの元であるソレは不気味なものだった。
「なんですかSENさま、この薄明るく光る白い羽毛は。
巣穴一面この羽毛で埋め尽くされているけど、こいつはグリフォンの羽根じゃない」
「羽毛がグリフォンに寄生している。この不気味な翼の生き物は、どこかで見たことがあるニン」
微かな風で舞い上がり、むせかえるほどの羽毛に覆われた巣穴の中で、衰弱した数頭のグリフォンが横たわっている。
いや違う、無数の羽毛が躰に張り付いた状態で寄生され、力を吸い取られて動けないのだ。
「くそっ、これはまるで養鶏所だ」
SENが見覚えのあるそれは、偽ペガサスの背中の翼そっくりだ。
「そんなまさか、最上位魔獣グリフォンがこの程度の化け物に負けるなんて信じられない!!」
「さすがのグリフォンも、異なる世界から呼び寄せられた魔物には免疫がなかったのか」
SENは足下に転がる石を一つ拾い上げると、グリフォンに向けて投げた。
するとグリフォンに寄生していた羽毛が一斉に飛び立ち、そして一羽の羽毛がSENの存在に気づくと、目の前まで飛んできて羽根の付け根から蜘蛛の足のような触覚を何本も延ばしてくる。
「うわぁあ、気色悪い!!これが化け物の正体か」
SENは刀をかまえると伸びた触手を切り刻み、返す刀で翼を左右に切断する。
ふたつに分かれた翼は、青紫色の体液をまき散らしながら翼を震わせて痙攣した後、その切り口から新たな翼を生やす。
「なんだぁ、真っ二つにした羽根の化け物が二匹に増えちまった」
「やはりこいつはラミアやカタストロフドラゴンと同じ、分裂系のモンスターだ。
終焉世界には分裂増殖型の鳥モンスターは存在しない。
考えられるとすれば、それは唯一、霊峰神殿が異界から呼び寄せた魔物だ」
増殖する化け物を唖然と見つめるハーフ巨人戦士の隣で、SENは暗い表情で考えを巡らせた。
最初この羽毛の魔物は、グリフォンにとって大した驚異ではなかったはず。
しかし数羽は数十羽に、さらに数百羽に増殖し続ける羽毛に数で圧倒され、ついに力の弱いグリフォンが寄生されてしまったのだ。
「分裂増殖系のモンスターを倒すには、灰になるまで焼き尽くすか、絶対零度で魂まで凍らせるしかない。
面倒なことになった。今ココにいる俺たちでは対応できない」
もはやグリフォンを捕獲するどころの話ではない。
SENの脳裏には、おぞましい考えが浮かんだ。
そしてこの魔物を仕掛けた霊峰神殿の頂点に君臨するアノ男なら、何のためらいもなくソレを実行に移すはずだ。
リアルとバーチャルの区別ができず、いまだにココをゲーム世界と思いこんでいるアマザキなら、羽毛の化け物を人間に寄生させ偽りの天使を作り上げるだろう。
SENとシラカバが巣穴から戻ると、待機していたハーフ巨人たちが緊張した様子で二人を向かえた。
そして無言で上を指さすと、丸く開いた岩穴の縁にグリフォンがずらりと並び侵入者の姿を見つめている。
「うわっ、こいつら、俺たちを食おうとしているのか?」
「いいや、どのグリフォンもデカい獲物をくわえているから、小物には興味ないはず。
SENさま、なんだか俺たちはグリフォンに観察されているみたいです」
この場面、臆病なウツギならグリフォンに恐怖して腰を抜かしていただろうが、さすが先発隊に選ばれたハーフ巨人戦士は落ち着いて冷静な判断をした。
最高位魔獣グリフォンの瞳は知性を宿らせた賢者のような輝きがあり、そして何かを訴えるような眼差しをしている。
「同族意識の強いグリフォンは、化け物に寄生された仲間を見捨てられない。弱った仲間に餌を運んできたのだろう。
しかしそれは寄生している羽毛の魔物を育てているのと同じ。宿主から養分を吸い取り、羽毛の魔物はさらに増える」
これは悪循環だ。数を増し続ける羽毛は、年老いたグリフォンや弱く幼いグリフォンを狙い寄生するだろう。
もはや一刻の猶予もならない。急いで旧巨人族遺跡で戦闘準備を整え、竜胆たちと合流しなくてはならない。
しかしSENがハルに念話で連絡を取ると、なんと竜胆率いるグリフォン捕獲本隊は初日の野営地から一歩も動いていなかった。
***
初日の野営地で幼いグリフォンに獲物を奪われ、二日目は毒の餌を仕かけグリフォンを撃退した。
三日目は完徹の竜胆が一日中爆睡し続け、リーダーが指揮を取らなければ捕獲部隊は動けない。
そして四日目の朝、ハルは眠気まなこを擦りながら大鍋の中身をかき混ぜている。
「さすがに竜胆さんが指揮をしなくちゃ、この危険な森での狩りはできないね。
それにあの子供グリフォンも、上手に狩りができないみたい」
前日、周囲の果物を採取に出かけたハルたちは、偶然子供グリフォンの狩りの場面に出くわす。
幼いグリフォンは獲物を見つけると声を張り上げて威嚇するが、ソレは逆効果で気配を察知した獲物に速攻で逃げられた。
空から降下すると大きな羽音を聞いた獲物は岩影に隠れ、その岩を無理やり退かすと獲物は地面を掘って逃げた後だ。
「まぁ木の実や昆虫を食えば飢えることはないが、グリフォンとしての力は発揮できないだろう。
獅子の胴体と巨大な翼を維持するには、獣を狩って肉を食べる必要がある」
深い森の魔物に詳しいキキョウも、たった一頭で狩りをする子供グリフォンを気にしていた。
猛毒物質を作る聖女柘榴には、絶対料理をさせないという暗黙の了解ができた。
彼女の食事はハルが作ることになる。
ハルは殻のまま茹でたおにぎりの実を鍋から取り出すと、そのまま皿に乗せた。おにぎりの実は殻ごと茹でると、しばらく保温状態が続く。
今日のメニューは深い森の食材スープカレーだ。終焉世界に来てから、ハルは密かにカレーの味を再現するために様々な探求をしてきた。
偶然見つけたカレールゥに近い味の辛カラ芋に、これまで訪れた場所で手に入れた食材で、やっと満足できる理想の某カレー中辛味にたどりついたのだ。
「砂漠の漆黒唐辛子に深緑島の猫耳ウコン、それから鳳凰小都で探した栗ナツメグ。隠し味に白露トマトピューレを加えると、味にコクが出るんだ。
この感動を分かちあえるSENさんやティダさん、YUYUさんがいないのが残念だけど、辛いモノが好きな柘榴さんなら喜んで食べてくれるはず」
大きめの器にたっぷり盛った辛カラ芋のスープカレーは、食欲をそそる香辛料の香りと食べ応えのある大きめに切った具材にカレー味がしみ込んでいた。一口目はそれほど辛さは感じないが、しばらくすると胃袋がじんわりと温まり額に汗が浮かびだす。
「辛くて食えないと思っていた辛カラ芋で、こんな美味いスープが出来るなんて知らなかった。ハルさま、俺にもすーぷかれーの調理法を教えてくれ」
「ふぅ、ハフハフ、坊主の作るスープは癖になりそうな辛さだ。それに体が温まって良いなぁ。
硫黄温泉で良くなった膝だが、寒さが続くと痛みがぶり返してくる。やっぱりワシも若くはないな」
深い森は年に数回程度しか雪は降らない。しかし野外での寝泊まりが続くと寒さが堪える。
膝の痛みを気にして溜息をつくキキョウに、ハルはアイテムバッグから大きなミミック箱を取り出し、そして再びアイテムバッグに手を突っ込んでひっくり返した。すると小さなセカンドポーチから、湯気を立てて白濁のお湯がわき出す。
「おお、魔法カバンの中から出てくるのは硫黄温泉の湯じゃないか」
「キキョウさん、少しお湯が冷めているから、炎の結晶を沈めて温度調節すればいいよ。
子供の湯船サイズだからお湯につかることはできないけど、足湯でキキョウさんの膝の痛みも少しは和らぐと思う」
ミミック箱の中を湯で満たした簡易足湯、キキョウは喜んで膝まで沈めて気持ちよさそうにくつろぐ。
これは温泉で大喜びしていた萌黄のためにハルが準備したものだが、この二日ばかり萌黄はハルを避けている。
弱くて狩りのできない自分より、萌黄は腕っ節の良い竜胆やハーフ巨人戦士たちに付いて狩りをする方が楽しいのだろうと、ハルは少し寂しく思った。
クノイチが食事の配膳をしてくれるので、ひと仕事終えたハルは自分も足湯に浸かろうとズボンの裾を折り曲げる。と、頭上から馬の嘶きと鎖が擦れる冷たい金属音がした。
上空をあおぐと、そこにはロクジョウギルドにいるはずのティダが白いペガサスに乗って現れる。
偽ペガサスは鼻息が荒く全身滝のように汗をかいて、全速力でこの場所に駆けつけてきたようだ。
ハルの目の前に舞い降りた偽ペガサスは、疲労で立てず四肢を折り曲げぐったりと伏せている。
着陸寸前にペガサスから飛び降りたティダは、少し乱れた銀の髪を気にする様子もなく足早にハルのそばに来た。
「おはようハルちゃん。ちょっとたずねたい事があるんだけど、ベースキャンプを出発して今日は何日目だっけ。
最奥の巨人族遺跡を目指して進み、明日には目的地に到着する予定だよね。
でもどうしてグリフォン捕獲部隊は、初日の野営地から一歩も動いてないのかな?」
白銀の天女は口元に微笑みを浮かべながらハルにたずねるが、長いまつげに縁取られた切れ長の瞳は赤い色が増し狂戦士モードになっていた。
(ひぃ、コレはティダさん、確実に怒っている。
前に猫人族の島で竜胆さんと一緒にティダさんに怒られたことがあったけど、あれは怖かったよぉ)
ティダの怒気に圧倒されたハルが目を白黒させていると、隣にいたキキョウが助け船を出す。
「ティダ様、竜胆は子供グリフォンと遊ぶのに夢中になって、今は野営テントの中でイビキをかいて眠っています。
ワシらが声をかけても全く起きようとしない。アノ調子だと昼過ぎまで寝ているだろうな」
「うわっキキョウさん、そんな言い方じゃティダさんの怒りに油を注ぐ事になるよ!!」
キキョウは涼しい顔でティダに返事をすると、竜胆の休んでいるテントを指さした。
ジャラジャラジャラッ
ティダが身にまとう銀の細いネックレスが細かく震えながら音を立て、ソレはまるで毒蛇の威嚇音に聞こえる。
「こりゃ竜胆さん、ティダさまにお仕置きされちまうな」
「うーん、仕方ないよ。竜胆さんは僕らがいくら声かけしても起きなかったんだから」
怯えながら会話をするハルとウツギを横目に、ティダは足湯に浸かったままのキキョウに声をかける。
「キキョウ、実は先発隊でタカカオ山に向かったSENが異変を伝えてきた。
グリフォンの巣が汚染され、数頭のグリフォンが異界の化けモノに寄生されている。
一刻も早くSENたちと合流して、この緊急事態に備えなくてはならない」
「まさか、グリフォンにそんな事が!!
ああそうか、巣が汚染されているから、居場所の失った子供グリフォンがこの辺をうろついているのか」
キキョウの言葉にティダは頷くと「竜胆を叩き起こしてくる」と告げ、その場を離れていった。
***
「くそう、ドSエルフめ。さっさと起きないからって、いきなり鎖で縛り上げるなんて酷ぇぞ!!」
野営テントの中で爆睡中だった竜胆はティダに叩き起こされたが、寝ぼけてグズグズするので、怒ったティダに細い鎖で手足を後ろに縛られて地面に転がされた。
さすがにこの状態で寝続けることはできない。大声で叫ぶが誰も助けに来ない。竜胆はゴロンゴロンと寝床で転がっていると、テントの裾がめくれ萌黄がひょっこり顔を出して様子をうかがっていた。
「おおい萌黄、助けてくれ。俺の手足の鎖をほどいてくれよ」
「うん、竜胆さま。萌黄が助けてあげるから、そしたら萌黄のお願いを聞いてくれる?」
双剣使いの萌黄は普通の子供ではない。ティダの鎖も簡単に断ち切って戒めを解くことが出来る。
拘束の解けた竜胆は鼻息荒く外に飛び出そうとするが、なぜか竜胆の足に萌黄がしがみついた。
「ねぇ、竜胆さま。鎖を外したから萌黄のお願いを聞いてよ」
普段はひまわりのように明るい少女の声が、どこか切羽詰まっている様子に竜胆は思わず足を止める。
「萌黄は俺の妹のようなものだ。お前の願いなら何でも聞いてやるぞ」
「あのね、竜胆さま。萌黄はまだ子供で力も魔法もないから、ハルお兄ちゃんを守れないの。
だから竜胆さま、萌黄の代わりに、絶対ハルお兄ちゃんを守ってあげて」
まるで予言のような少女の言葉に、竜胆は不気味な胸騒ぎがした。
最初の砂漠の洞窟での魔法陣の奇跡から、ハルが奇跡を起こす時には必ず隣に萌黄がいた。そしてハルから片時も離れない萌黄が、危機感を感じているのだ。
竜胆は自分の足にしがみつく萌黄を安心させるように、両手で抱き上げると自分の肩に乗せた。
「ああ、約束するよ萌黄。俺さまに任せろ。
ハルは俺たちの家族みたいなモノだ。何があっても絶対に守る」
テントから出た竜胆が周囲を見回すと、すぐ近くでのんびり足湯をしているハルの姿を見つけた。
ハルのそばには、果物の皮むきをするウツギもいる。
「おいハル、さっきからこの場所に居たなら、俺がテントの中で助けを呼ぶ声が聞こえていただろ。
ウツギ、てめぇもそうだ。どうして助けに来なかったぁ?」
ティダに直接文句が言えないので、竜胆はハルとウツギに八つ当たりをする。
「竜胆さんは僕らが何度声かけしても起きないから、ティダさんが起こしたんだ」
「それにいくら綺麗でも、ティダさまのドS緊迫趣味につき合えるのは竜胆さんしかいないよ。
素人の俺たちはとてもお相手は出来ないっす」
つまり助けを求める竜胆の声もティダの趣味の一環と思われて、誰も助けに来ない。
自分はそんな趣味はない。と竜胆がいくら否定しても、仲間たちは生返事を返すだけだった。
竜胆の肩から下りた萌黄がハルに駆け寄ると、二人で何やら話をしている。
「ごめんなさい竜胆さま。もうテントを覗いておじゃましたりしないから。
でも萌黄との約束は守ってね」