クエスト132 コソ泥グリフォン騒動
鷲の頭と前脚に獅子の胴体と後脚、背には鷲の翼が生えたグリフォンは、牛七頭分の大きさがある。
終焉世界で覇王一族の象徴とされ、深い森の最奥タカカオ山に生息している。
その数は五十頭程度、寿命は人間より少し長く言葉を理解する知性があると言われていた。
そのグリフォンが単独で、夕暮れの空をゆっくりと旋回しながら地上に降りてくる。
地上に降りたグリフォンは、あたりをキョロキョロと見回す。その仕草は幼く警戒心が無い。
ハーフ巨人戦士たちはグリフォンから離れて距離をとり、身の安全を確保する。
鷲頭の魔獣はハーフ巨人に目もくれず、地面に置かれているノコギリ大熊の中でも竜胆の倒したボス大熊を鋭いくちばしで何度かつつくと、前脚の鷲の鍵爪でしっかり捕らえる。
グリフォンは、周囲で騒ぐ人間たちをあざ笑うかのように一声鳴くと、巨大な翼を広げ悠然と飛び立つ。
「このコソ泥やろう、よくも俺の獲物を横取りしやがったな!!
チクショウ、ハル、お前の赤い弓を貸せ」
苦労して倒した激レアモンスターを目の前でかすめ取られた竜胆は、燃えるような赤毛を振り乱しながら空高く飛び去ってゆくグリフォンに罵声を浴びせた。
そしてハルに駆け寄ると腰に付けたアイテムバックを漁り中から赤い和弓を取り出すが、しかしそれは巨大な大斧を振り回す竜胆でも、両手で持つのが精一杯の重量で弓を構えることすらできない。
「うぉ、重てぇ。やっぱり女神の弓はハルしか扱えないのか。
おいハル、あのコソ泥を矢で射落とすんだ」
「ええっ、竜胆さん、グリフォンは生け捕りにするんじゃなかったの。
この矢で射ったら確実に殺しちゃうけどイイんだね、分かったよ。
グリフォンの前足って、身が締まって美味しそうな鳥モモ肉だ」
怒り狂う竜胆と、ちゃっかりグリフォンを食材にしようとするハルを見てキキョウは慌てて止めに入る。この二人は誰も予想しないような、とんでもない事を平気でしでかすのだ。
「待て竜胆、あの翼の大きさや胴体の毛並みは親離れする前の若いグリフォンだ。
群れを成して子育てするはずだが、どうして幼鳥が一匹でいる?
それから小僧、いいかグリフォンは絶対に食べてはならんぞ」
キキョウにとがめられた竜胆は、ふてくされながら仕方がないとボヤき空を睨む。ハルは弓矢を手から離すと数歩後ろによろめいて尻もちをついた。
女神の矢は膨大な魔力を消耗させる。
今日すでに矢を一本使い、それから戦闘で怪我をしたハーフ巨人たちに治癒魔法を行使したので、ハルの持つ少ない魔力は枯渇寸前だ。
ハルの疲れた様子に気がついた竜胆は、複雑な表情で腕を引いて立ち上がらせた。
他の仲間と比べると、この女神の憑代はあまりに弱く、その力を頼ってはいけないのだ。
「竜胆、お前はココにグリフォンを捕獲しに来ているんだ。
生け捕ったグリフォンは、使役できてこそ価値がある。
奴ら最高位の魔獣は頭の良い、もしかしたら人間より知性があるかもしれない。
グリフォンは己が認めた者にしか使役されず、お前はすっかりナメられた。自分は本当に王獣グリフォンにふさわしい器かどうか、確かめる良い機会だ」
竜胆を戒めるキキョウは、以前の疲れた顔をした下級ギルマスの面影は消え、精悍さを取り戻し充実した表情をしている。
「なんだよキキョウ、アンタ前より若返って見えるぞ。
俺より深い森を楽しんでいるみたいだな」
ハルはよろめく足取りで野営テントに戻ると、中に入った途端床に突っ伏して、そのまま意識を失ったように爆睡した。
そんなハルをクノイチたちは手慣れた様子で着替えさせ、床を整えて横に寝かせる。
一度就寝モードに入ったハルは、何があってもしばらく目覚めない。
その無防備な状態の間、女神の憑代を守護するのがクノイチたちの務めだ。
ハルが寝入ってしばらくすると、テントの入り口がめくれ萌黄が中に入ってきた。
クウクウと寝息をたてるハルの毛布に潜り込むと、ぴったりと体を寄せて目を閉じたハルの顔をのぞき込む。
「ねぇ、ハルお兄ちゃん。萌黄は怒られたってイイ、ハルお兄ちゃんを守れるくらい強くなりたいの。
お願いだから、ずっとずっと萌黄たちの側にいて、遠くに還らないで」
***
まだ日も昇りきらない朝早く、すさまじく大きな羽音と竜胆の罵声が深い森に響きわたる。
「ああっーー、このド腐れグリフォンめ!!
やっぱり許せねえっ、一番上等な獲物を持って行きやがったぁ」
新月にあたるこの時期、深い森の漆黒の闇の中に姿を現すと言われる諸星鹿は、胴体のまだら模様が星のように輝く。
月に一度のこの機会を竜胆が見逃すはずはなく、足の速い諸星鹿も追い掛け回し貫徹で狩りを続けて明け方近くまでに七頭を仕留めた。
そして狩りを終え、野営地に獲物を運んできたところで、なんとグリフォンが再び現れる。
しかも竜胆の目の前で獲物の味見をして、一番色艶の良い諸星鹿を持って行ってしまったのだ。
「グリフォンは獅子の胴体を持っているから夜目も効くのか。
きっと空の上から、奴は俺たちの狩りを監視していたんだ。
ちくしょう、腹が立ちすぎて貫徹だって言うのに眠気が来ない。
俺様は、あのクソガキ(グリフォン)を一発殴らなきゃ気がすまねえ」
深い森の最奥に向けての行進は、竜胆とコソ泥グリフォンの喧嘩でストップしてしまった。
グリフォンは一匹ではない。
グリフォンの巣があるタカカオ山を目指して進んだ方が良いのだが、これまで敵から武器や防具を奪う略奪行為を行ってきた竜胆は、自分の獲物を奪われるのが許せない。
「ティダさんならグリフォンでも簡単に調教できると思うけど、竜胆さん自身がグリフォンに認められ使役できないとダメだよね。
そう考えたら、グリフォンをちゃんと使役できる巨人王様やトド姫はスゴいよ」
すっかり元気になったハルは、深い森の食材で新たな料理にチャレンジしていた。
保温鍋(覇王の鷲獅子兜)で一晩寝かせて骨まで柔らかくなった熊肉に、ウツギが打った手打ち麺に香味野菜を加えて煮込んだ熊汁。
「熊鍋に加えた巨大シダの若葉は、癖のないコリコリした歯ごたえで美味しいよ。
好みで半熟卵を落として麺と絡めて、お好みで唐辛子を加えてピリ辛にして食べてもいいね。
竜胆さん、早く食べないと麺が伸びるよ」
「そういえばあのグリフォン、昨日の大熊を食えば満腹だろうと思っていたのに、半日も空けずに奪いに来るとは食い意地の張ったヤツだ」
言われてみれば、昨日グリフォンが持って行った大熊はかなりの大きさがあった。
ノコギリ大熊は雑食性で深い森で生える果物も食べるので、肉質はほどよい霜降りで柔らかく美味な獲物だとハルは言った。
そんな大熊のボスを一匹食べれば充分腹は膨れるはずだが、わずか半日で次の獲物を漁りに来るとはオカシな話だ。
巨木の根元に腰を下ろし、仏頂面で麺をすする竜胆に仲間のハーフ巨人たちは声をかけられずにいる。
ハルは竜胆の真向かいにしゃがみこむと、頭をひねっていた。
「そんなに食い意地の張ったグリフォンなら、また次の狩りの獲物を狙うよ。
竜胆さん、本気で何とかしないとマズいよ?」
「だがグリフォン捕獲に詳しいSENがいないから、俺たちだけじゃどうしようもない。
食い意地が張っているから餌に毒を、ダメだ、この程度の罠じゃ最高位魔獣グリフォンに効き目はない」
竜胆たちは大物モンスター用の装備は揃えてきたが、魔獣グリフォンに対抗できるほどの武器防具は旧巨人族遺跡内の巨人王軍武器庫に保管されている。
その対グリフォン武器を用いる予定が、予想外のアクシデントが起こったのだ。
これもハルがいるから引き寄せられた事なのか。竜胆の頭にそんな考えがチラリと横切った。
「グリフォンを弱らせるほどの毒なんて、僕はゲーム初心者だから詳しくないよ」
「毒ならYUYUが詳しそうだなぁ。グリフォンを倒せないにしても、弱らせて一発殴らなきゃ気がすまねぇ」
「毒ねぇ、そういえば最近毒騒ぎが……」
「そうだな、食い物を猛毒にしたっていう話が……」
ハルと竜胆は互いに顔を見合わすと、野営キャンプの外れでキキョウと一緒に朝食をしている黒髪の女の姿を見た。
ハルは立ち上がると、聖女石榴から少し離れた場所で子供の世話をしている彼女の守護騎士の元に歩いていった。
***
地上で人間という生き物が獲物を狩っている。体の小さな人間が群れて騒ぎながら、自分より巨大な獣を倒す様子を眺めるのは面白かった。
そして人間たちは五匹のイノシシを倒した後、大声を上げ空を指さし騒いでいるが、年若いグリウォンは人間など全く眼中になかった。
地面に横たえられたイノシシを狙い、どの獣が美味いか考えながら地上に舞い降りてくる。
「予想通り、コソ泥が現れやがった。この俺さまを見くびったお返しをさせてもらうぜ」
そう呟いた竜胆は、素早く巨木の影に隠れグリフォンの様子をうかがった。
空から急降下するグリフォンの羽ばたきは暴風のように、獲物の周囲にいたハーフ巨人戦士たちを吹き飛ばす。
地上に降りたグリフォンは目の前の五匹も獲物を見比べ、端の年老いて毛並みの悪いイノシシ二匹を後ろ足で払いのけた。
残りの三匹はほとんど同じサイズだが、グリフォンは怪訝な表情で一匹のイノシシに鷲頭を近づける。中央の獲物から不思議と香ばしい甘い血の香りがした。
グリフォンはとろんと酔った目つきで引き寄せられるように一匹のイノシシに食らいつくが、その獲物の腹は不自然に膨れている。
グリフォンは鋭いクチバシを巨大イノシシの腹を突き破り、一口、二口と咀嚼した次の瞬間、鼓膜が破れそうなほど大音響の悲鳴をあげた。
「今だぁあーー、煙幕を張れ!!グリフォンの視界を奪うんだ」
グリフォンの悲鳴に負けない竜胆の怒声が響き渡り、グリフォンになぎ払われたふりをしたハーフ巨人戦士たちが一斉に立ち上がると、手にした火炎弾を投げつける。
火炎弾はグリフォンにぶつけた瞬間、眩い閃光を放ち白い煙幕を吐き出す。
まだ幼いグリフォンは食らった獲物の焼けつくように刺激と不味さに悲鳴を上げ、そして目の眩む閃光と異臭を伴う煙に視界を奪われてパニックに陥った。
グリフォンが、獅子の胴体を尻もちさせたのを竜胆は見逃さなかった。
巨木の影から飛び出すと獅子の後足から翼までよじ登り、飛び立とうと羽ばたく右翼の根元を蹴り飛ばしバランスを崩した。
「グリフォンを躾る時は、トカサ生え際の眉間をブン殴ればいいんだよなぁ。
クソガキめ、俺さまをナメるなよ!!」
口角が吊り上がり獰猛な笑みを浮かべる竜胆はグリフォンの鷲頭の頭部に到達すると、腕を覆う鷹獅子の紋入り籠手を振りあげ、グリフォンの眉間を狙い一発二発と渾身の力で殴りつける。
ギャアアァァーーー!!
グリフォンは頭を大きく振り、頭上で暴れる竜胆は投げ出されて木の枝に引っかかった。
その鳴き声は子供が癇癪を起こしたように聴こえる。鷲の前足で地面をかきむしると、獲物を残して飛び去っていった。
「どうだハル、今の俺さまの活躍を見たか。
ふははっ、ついにグリフォンをねじ伏せてやったぜ」
木の上に引っかかった状態の竜胆はご機嫌で、遠くに見えるグリフォンに冷やかしの声を上げていた。
しかしハルは、顔面蒼白で震えながら毒肉を仕掛けた猪を見つめている。
「こっ、怖ぁああーー!!
石榴さんが熊ステーキを焼くと肉色が変な蛍光色になって、味付けに塩胡椒と唐辛子を加えただけでグリフォンを倒せる程の特殊猛毒が出来るんだ」
熊肉を炭火で焼いて香ばしさをアップさせただけの普通のステーキ、それを聖女石榴が調理すると全くの別物の猛毒ステーキに変化する。
それを捕らえた獲物の腹に仕掛け、グリフォンに食べさせたのだ。
石榴のマズ飯能力は、最高位魔獣にも通用するモノだった。