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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
魔獣グリフォン編
136/148

クエスト131 深い森の魔獣図鑑をチェックしよう

 硫黄温泉発見から二日後、いよいよ竜胆率いるグリフォン捕獲部隊は深い森の最深部、旧巨人族居住跡を目指し出発する。

 この時問題となったのが聖女石榴の扱いで、彼女と子供を王の影の元に置いてゆけないと守護騎士のデイゴが言い出した。

 ベースキャンプでバカンス予定だった王の影YUYUは、ハルの提案により地底世界樹植樹作業の指揮をする事になり、はっきりいって足手まといな石榴にかまっていられない。

 一悶着あった後、それは竜胆の一言で解決する。


「ああ、もうメンドくせぇ。

 どうせ弱いハルを連れて行くのなら、あと二人女子供ぐらい引き受けてやる。

 それからデイゴには、聖女さまの分まで働いてもらうからな」

「では竜胆はデイゴを引き受けてください。

 聖女石榴はキキョウ預かりでお願いします。あの二人は、決して一緒に行動させないように。

 それからハル君に同行させるクノイチの数を増やしましょう」


 まるで意図的に自分たちの戦力が分散させられているようだと、王の影YUYUは思った。

 これは敵が仕組んだことか、それともクエストという名で試させているのか。

 それなら少しでもミゾノゾミ女神の憑代に危害が及ばないように、ハルの守りを堅くするしかない。


「もしハル君に何かあったのなら、私はこの深い森総てを焼き払い滅ぼしてしまうかもしれませんね」


 グリフォン捕獲部隊の隊列が森の中に消えてゆくのを眺めながら、王の影は深くため息を付いた。




 毎日硫黄温泉に浸かったキキョウは、すっかり足の状態が良くなり森の中を普通に歩いていた。

 そのかわり背の高いハーフ巨人のウツギが背負っているのは、出発して最初の三十分でへたりこんだ聖女石榴だ。


「ちょっと、なぜ私がこんなハーフ巨人に背負われなくてはならないの。

 もっと静かに歩いてよ、そんなに揺さぶらないで!!」

「石榴さん、アンタエルフっていうけど、ティダさまやトクサの嫁さんの方がずっとエルフらしいな。

 それに俺の綺麗な姫様と比べたら普通の人間だ。

 今日は仕方なく背負ってやるけど、明日から自分で歩けよ」


 ハルやトド姫と関わるウツギは聖人を見抜く力があり、巫女に似せた姿に騙されず石榴を常人と判断したようだ。

 キキョウと並んで歩くハルは、片手に大きな図鑑を抱えていた。

 それは深い森に生息する魔獣が記録された本で、ハルはそれを眺めながら鉛筆でチェックを入れる。


「竜胆さんにグリフォンは食べるなと言われたけど、他のモンスターは食材にしてもいいんだよね。

 この幻の朝霧麒麟って馬肉味かな、もしかした山羊のような癖のある味がするのかな」

「まさか小僧、幻の神獣 麒麟まで料理するつもりか?」

「この図鑑に載っている麒麟って、後ろ足太もものお肉が柔らかそう。

 でもさすがに人獣のゴブリンやミノタウルスは、食材にしませんよ」

「……それ以外は食うつもりなんだな」


 キキョウは呆れたように隣を歩く少年を見た。深い森を恐れるどころか探索が楽しい様子で、今にもスキップしそうな足取りだ。

 抱えた本に記された丸印は、食べられそうなモンスターをチェックしているらしい。深い森の魔獣図鑑はハルの料理食材本になっていた。

 



 昼に休憩を取りそれから一刻ほど進むと、獣道が少し開けその先に小さな丘が見えた。

 その時、隊列の前方から警笛が鳴りひびき全体に緊張感が走る。


「先の右前方、擬態したノコギリ巨大熊の群だ。行進を止めろ。

 数は五頭、全員戦闘態勢!!」


 小さな丘はゆっくりと動き出す、それは背中を丸めて寝転がっていた数頭の巨大熊だ。

 背中の毛は芝生のような緑色で全身は地面の色とよく似たコゲ茶、その姿は森の中にとけ込んでいる。そして熊の額からノコギリ状の黒い角が生えていた。


「ノコギリの一番デカいヤツがボス熊だ、急いで距離をとれ!!

 閃光と煙幕を準備しろ。俺が合図したら獲物にぶつけろ」


 見張りからの報告と同時に竜胆が指示を出し、瞬時にハーフ巨人戦士は戦闘態勢になる。

 ハルやキキョウ、そしてウツギたちは隊列の最後尾に下がり、一カ所にかたまって足下に守護結界石を敷いた。

 結界石は敵から気配を消すもので物理防御ではない。竜胆たちの戦闘に巻き込まれないように茂みに身を隠し狩りを見守ることになる。

 五頭の巨大熊は、ハーフ巨人よりはるかにデカい。

 竜胆の合図で一斉に放たれた閃光玉は巨大熊を目つぶしし、さらに刺激臭を放つ煙幕で敵を撹乱させる。

 人より鼻の利くモンスターたちにこの刺激臭は致命的で、煙幕が切れると五頭の巨大熊は地面を転げまわり苦しんでいた。


「くっ、相変わらず鼻がひん曲がりそうな臭いだ。よし、目潰しは効いている。

 第二班、モンスターの足元を狙い捕獲網を投げて動きを封じろ。

 一番のデカブツは俺が仕留める!!」


 木の上で待機していたハーフ巨人戦士は、深い森の狩り用に強化された捕獲網をノコギリ大熊の群に放つ。

 四頭の大熊は網に絡めとられたが、巨漢のボス熊は網を引きちぎると罠から抜け出した。

 木の上にいるハーフ巨人戦士の姿に気を取られ威嚇の声を上げるボス熊に、その隙に竜胆は懐に入り込む。

 正面から飛び込んできた竜胆に気づいたボス熊は、吠えながら鋭い鍵爪を振り下ろす。竜胆は攻撃を籠手で受け止めながら、左で逆手持ちした大剣を熊のわき腹に突き立てる。

 その瞬間、四方からボス熊の動きを封じるように縄が放たれた。

 背後に回った竜胆は、武器を自分の身丈ほどの巨大斧に持ち替えると、担いで飛び上がりボス熊のうなじを狙いに振り下ろす。


「角、脳天、牙、心臓、それと皮だ。

 傷つけたら商品価値がなくなっちまうからな、一撃で逝けぇえー!!」


 巨大斧が熊モンスターのうなじに深々とめり込み、背骨の砕ける鈍い音がする。

 握る巨大斧の柄が途中からポキリと折れ、竜胆は後ろに飛び退いて地面に転がった。

 巨大モンスター熊の背中から真っ赤な血しぶきが噴き出し、パラパラと雨のように竜胆の体に降り注ぐ。



 

「ひぃ、きゃあぁーーっ、いやぁ、怖い!!」


 聖女石榴は、目の前で巨大魔獣とハーフ巨人が戦う場面に恐怖した。

 霊峰神殿住まいの聖女はこれまでほとんど外に出たことなく、魔物どころか異種族のハーフ巨人すら怖れる。

 そんな彼女の目の前に、真っ赤な血に染まった巨大魔獣と、それを倒した悪鬼のような男がいる。


「いやだぁ、コワイコワイコワイ、ひぃいっ」


 彼女の独特で耳障りな声は、聴く者に不安と焦燥感を掻きたたせる。

 それは獣の意識を引き寄せ、一匹の巨大熊がパニック状態に陥ると縄を引きちぎり、目の前にいるハーフ巨人戦士には目もくれず耳障りな声のした方へ突進していった。

 聖女柘榴とハルたちが隠れている場所は、守護結界石で気配を消しているだけで身を守るものが何もない。

 クノイチが慌てて石榴の口を塞ぎ黙らせるが、しかしすでに手遅れだ。


「しまった、アンタの声は魔物が引き付けるんだ。ううっ、俺だって怖いのに」


 目を血走らせ牙をむきだしにした巨大熊が、四つん這いで地面を蹴りながら猛スピードで突っ込んでくる。

 ウツギは震えながら剣を構え、聖女柘榴を庇うように前に出た。

 その時、モンスターをしのぐ速さで黒い弾丸のように駆ける男の姿があった。巨大熊に追いつくと、背中に飛び乗ろうと手をかけ……


「邪魔だ、退け!!」


 そして次の瞬間、紅い矢が巨大熊の頭部を射抜いた。



 ***



「いやだぁ、コワイコワイコワイーー」


 彼女の声は相変わらず薄気味悪い、とハルは思った。

 捕えられ諦めて大人しくなったはずの一匹のモンスターが、こちらを血走った目で見ている。

 これはマズい、気配を知られた。

 慌てて身を伏せ気配を消そうとして、隣にいるはずの萌黄の姿が見えないことに気づいた。

 木の上を見ると、両手に短剣を構え巨大熊に飛びかかろうとする少女の姿がある。


「萌黄ちゃん、ダメだ。いくらなんでも相手がデカすぎる!!」


 少女はすでに木の幹から身を翻し、武器を手に巨大熊に向かっていた。

 急いでハルは立ち上がると、アイテムバッグの中から和弓を取り出し矢をつがえる。

 この女神の矢の威力なら一撃で倒せるはずだ。

 その時、巨大熊の背中に飛び乗ろうとする浅黒い肌の男の姿を見た。

 一瞬弓の狙いがブレ、別のモノを射ろうとする。


「間違えるな。邪魔だ、退け!!」


 少年の発した鋭い叱咤。

 デイゴは雷に打たれたように体が硬直し、その先に不動の姿勢で紅い弓を引き絞る少年の姿を見た。

 放たれた矢は、寸分の狂いもなく巨大熊の眉間を打ちぬき、頭部半分を吹き飛ばした。


 


 頭部を失った巨大熊は、結界を張った数メートル手前で仰向けに倒れるとそのまま絶命する。


「うわぁーー、怖かったぁ。

 だから俺、深い森の狩りはイヤなんだ。早くギルドに帰りたいよぉ」


 突進してくる巨大熊に震えながら剣を構えていたウツギは、腰を抜かしてその場に座り込んだ。

 石榴は恐怖のあまり意識を失ったらしく、クノイチたちが介抱をしている。

 

「小僧、一撃であんなにデカい熊をしとめるとは、相変わらず弓の腕は一級品だな」


 危機一髪の場面で助かったキキョウはハルにねぎらいの声をかけたが、珍しく少年は怒っていた。


「萌黄ちゃん、憤怒状態で暴れる魔獣に一人で切りかかるなんて危ないよ!!

 クノイチさんも、萌黄ちゃんをしっかり止めてください」


 ハルに駆け寄ろうとしていた萌黄はその場で立ち止まると、下を向いて固まってしまう。

 クノイチたちはハルに謝るが、萌黄は黙ったまま踵を返し、竜胆のところへ走って行ってしまった。

 しかしハルはそんな萌黄の様子に気づかず、まだ何かに怒っている。

 手にした紅い和弓をしばらく凝視した後、それをアイテムバッグに仕舞った。

 

「それにしてもビックリした、危なかったなぁ。

 コレに意識を乗っ取られて、別のモノを射そうになったよ」




 今のはなんだ。守護騎士デイゴは戸惑っていた。

 聖女柘榴の声に反応した魔獣は、声の主を襲おうとした。

 アノ方を助けようと魔獣に迫ったデイゴに「退け」と叱咤が飛び、体は無意識のうちにモンスターから離れていた。

 その先で紅い弓を引き矢を放つ少年は、一撃で敵を屠ったのだ。

 デイゴの目の前には、頭が潰れたモンスターと紅い矢が落ちていた。

 矢を拾おうと手を伸ばすると、草むらに潜んでいた女官が飛び出して奪い去った。


「まさか料理係の少年が、これだけの弓の腕を持っているとは。

 そうか、料理係も女官と同じ、王の影の配下の者か」


 見た目が平凡すぎて見過ごしていたが、ハルと呼ばれる料理係は王の影や竜胆に近しい者のようだ。

 今自分はアノ方の側にいられない。それなら料理係を言葉巧みに利用して、自分たちの当初の目的である、巨人王の元に降臨した女神の居場所を探し出せるかもしれない。



 ***



「小熊なのにスゴく大きいね。若いから肉が軟らかそうだよ」

「ハル、お前って食材に関しては情け容赦ないよな」


 激レア大物モンスターを仕留めたという事で、今日はその場所で野営になる。

 狩りと美味い食事がセットになっているのが、竜胆率いる狩猟部隊の特徴だ。

 大人数での野営料理用にハルが準備したのは、激レア防具のクリスタルシールド鉄板焼きだった。


「色々な盾で試したけど、クリスタルシールド鉄板焼きが一番いいね。

 特殊魔法加工されたクリスタルシールドは、表面にとどめた熱を長時間保持する特性のあって、火力を調整しなくても肉がムラなく焼けるんだ」


 ハーフ巨人戦士たちは自ら進んで獲物の解体をしてくれるので、ハルは大助かりだ。

 極北に住む超激レア魔獣のクリスタルドラゴンの鱗で作った盾の上に、さばいた肉がどんどん乗せられ果物ベースに肉汁を煮詰めた甘辛いソースがまわしかけられる。

 ジュワッと肉の焼ける音と香りが辺りに立ちのぼり、更に香り付けにアルコールを加える。


「キキョウ、この骨付き肉はなんなの?」

「それは、巨大熊の二の腕部分を輪切りにしたモノだよ」

「肉にかかったソースは、なんだかとても赤いけど……」

「ああ、血抜きが完全じゃないからな。まぁ生臭さは消えてるから気にするな」

「私は塩胡椒で食べるわ。あら、この塩ほのかに青くてキレイ」

「柘榴さん、それは蒼牙ワニの内蔵からえぐりだした胆石塩だ。

 体の蒼いワニだから、その色が内蔵まで染み着いている」


 ハーフ巨人戦士の集団と離れた場所で、柘榴はキキョウと一緒に食事をしていた。

 巨大熊の肉に生血のソース、それにワニの内臓の塩。

 キキョウの説明に思わず手が止まりそうになるが、デイゴの採ってきた果物だけを食べていた彼女は肉料理の誘惑に逆らえなかった。

 常に彼女の傍らにいる生き人形の子供は、女官たちが世話をしている。 

 守護騎士デイゴと離され、キキョウ以外の者は意識的に彼女を無視している様子だ。


「まぁいいわ。私たちの役目は、お父様の器に魂が宿るまで魔力を供給し続けることなのだから」




 全員の食事が終わり、日が沈む前に野営テントを設営しようと皆が作業していた時、一陣の突風が吹きテントを次々と吹き飛ばした。

 何事かと天を仰ぐと、夕暮れ空から巨大な影が下りてくる。

 一瞬夜が訪れたかと思うほど、彼らの真上で羽を広げた巨大な姿は大きく、その羽音はまるで暴風のようだ。

 何故グリフォンがこんな場所に?

 あまりに突然の出来事に皆その場に立ちすくんでいたが、しかし次の瞬間竜胆が声を上げた。


「コイツ、俺たちの仕留めた獲物を横取りするつもりだ!!」

「まさか、グリフォンほどの高位の魔獣が死体漁りをするのか?」

 

 竜胆の言葉通り、グリフォンは地上に舞い降りると捕獲した一番体の大きなボス熊を選び、体を両足の鍵爪でしっかり捕えると空高く飛び去って行った。

※10月7日に神科学2巻発売できました。ゴタゴタした在庫不足も解消しています。


10月はマリアンローズに応募した「DIY乙女」の規定10万文字を達成するために集中して書いていました。ギリギリセーフで100099文字到達。

11月からは、二作交互に更新できるように頑張ります。

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