クエスト129 再びハルのトラブルメーカー
昼前にSENの先発隊が出発し、ティダもロクジョウギルドへ帰って行った。
そしてキキョウが話した『クリームのような果物』を探しに、ハルたちはベースキャンプ周辺の探索に出かける。
「ハルお兄ちゃん、萌黄が木に登っていっぱい採ってあげるから、甘くて美味しいデザートを作ってね」
「うん、クリームみたいな木の実ならカスタードの代わりにシュー生地に詰めたり、他の果物とミックスして冷やせばアイスクリームシャーベットにできる。いろんなスイーツが作れそうだよ」
ハルたち果物採取隊の先頭はハーフ巨人戦士とウツギに背負われたキキョウ、真ん中にハルと萌黄、後方に浅黒い肌のデイゴとハーフ巨人戦士いた。
そしてハル一人を守護するクノイチ娘が数人、茂みに隠れ忍んでいる。
実はハルに同行するハーフ巨人戦士を選ぶ時、大勢の希望者が現れて喧嘩になりかけるほどの騒ぎで、竜胆が雷を落とすほどだった。
食い意地の張った彼らは、ハルの果物採取に同行すれば確実に激うま料理が味わえると知っているのだ。
切り立った岩山に設営されたベースキャンプの長い下り坂を降りて行くと、深い森の名にふさわしい無数の巨木が見える。
生命力旺盛な森の木々たちは巨木に寄生して宿主を乗っとり、根元に生えた小さな白い花は地中深く根を張り大地の養分を吸い取り、さらにその花や草をはむ小動物は巨木の幹に穴をあけ巣を作る。
その巨木同士の枝が絡まり、吊り橋のようになった道を歩く。
目標地点は卵の腐ったような臭いのする『クリームのような果物』が生った場所だ。
道の途中で、ハルは巨木のかなり上の方に生っている果物に気が付く。
「なんだろう、真上からとても甘い香りがする。
キキョウさん、あの木の上からぶら下がっている細長くてツヤツヤしたオレンジ色の木の実はなんですか?」
「あれはさや甘柿の実だ、実が五個連なって普通の柿の二倍甘い。そうか、この巨木は柿の木か。
しかし随分と高い場所にあるな、枝も細すぎて身軽な萌黄が登っても採れそうにない」
赤に近い橙色に完熟した甘い柿の実は、枝から垂れ下がり今にも落ちてきそうだった。
漂う濃厚な甘い香りに口の中に唾液があふれ、ハルは上を仰ぎ見たままゴクンと唾を飲む。
隊列の後方を歩いていた浅黒い肌の男は木の上の果物を確認すると、少し身を屈めると腕を振り、指先で何かを弾き飛ばした。
鋭い金属音が空気を切り、何かが柿の実の付いた枝にぶつかり熟した実が落ちてきた。
「お前、今なにをした!!武器を隠し持っているのか」
男の思わぬ行動にハルはあっけにとられて見ていたが、ハーフ巨人戦士は素早く男に詰めより、草むらに潜んでいたクノイチも飛び出してきた。
反射神経の良い萌黄は、落ちてきた木の実を上手に竹かごで受け止める。
ハーフ巨人戦士とクノイチに取り囲まれた男は、口元に苦笑いを浮かべながら手の中に納めている武器を転がしながら見せた。
「まさか王の影は、俺の小銭まで取り上げるつもりか?
大金持ちの巨人王の姫様が、貧乏人から有り金全部巻き上げるなんて酷いことをする」
男の手のひらには三枚の銅貨が乗っていた。
武器は取り上げられたが、身につけていた装飾品と財布と僅かな私物は手元の残された。
「これは投擲技か、しかもあれだけ高い場所にある木の枝を正確に打ち抜くとは大したものだ。
クノイチたちが隠れ潜んでいるのがバレてしまったな。
この男はワシが預かると神科学種様に伝えてある。王の影は余計な手出しはしないでほしい」
「しかしキキョウ様、今のを見たではありませんか。
ただの銅貨をこれほど威力のある武器にする、この男をそばに置くのは危険すぎます」
常にハルの身辺警護をしているクノイチの檸檬が、キキョウに抗議する。
その隣で萌黄の竹かごの中の果物を見たハルが、瞳を輝かせるとアイテムバッグの中を漁りだした。
「スゴい、なんて甘くてさわやかな香りのする果物だろう。
まだ上には沢山実がぶら下がっている。
えっとデイゴさん、お願いがあります。その投擲技で残りの果物も全部採って下さい」
ハルはそういうとアイテムバックから小銭十数枚取り出してデイゴに渡し、それでも足りないとありったけの小銭を巾着袋に詰め込んで、デイゴに手渡してしまう。
「まさかハルさま、そのような事はお止め下さい!!」
「たったこれだけの金額じゃ割が合わないよね。
デイゴさんが採った果物で僕が菓子を作るから、それを聖女石榴さまに差し上げればいいよ。
柿の実はかなり熟しているからコンポートよりジャムにして、甘柿クッキーやマフィンも作ろう。
もしデイゴさんがモンスターを捕えたら、それも僕が調理してあげる」
それはYUYUが聖女石榴を服従させるために計画した兵糧責め作戦を、ハルは全く無視した発言だった。
デイゴ自身、今度こそ捕らわれて牢に閉じこめられると思っていたのに、何故か小間使い少年の発言にクノイチたちは戸惑った表情で押し黙ってしまう。
そしてキキョウが大声で笑い出した。
「ウハハッ、そうだ、ワシらは美味い果物を探しているのだ。
王の影や大勢の女官やハーフ巨人戦士全員に食させる、美味い果物を採取しなければならない。
デイゴも聖女石榴さまに美味いモノを腹一杯食べさせてやりたいだろ。
目標の『クリームのような果物』の場所はまだ先にある。
早くサヤ甘柿を採取して、先に進むぞ」
それからデイゴは銅貨をはじいて実を打ち落とし、採取した大量の果物をクノイチたちに持ち帰らせ、キキョウとハルたちはさらに森の中を進む。
「ハルさま、その巨大シダの若い芽は食べられるぞ。
それから向こうに咲いている紫マダラひまわりは、種を煎って食べると美味いんだ。それから……」
キキョウの案内で『クリームのような果物』がある場所に近づくにつれ、鼻を突く刺激臭が漂ってくる。
肌寒いベースキャンプと比べて、ここは少し汗ばむほど暑い。
生えている植物も、緑の濃い常緑樹や大きな葉に太い茎のシダや背の高いヤシの木まである。
「シダやひまわりがこんな場所に生えているなんて。ここだけ温室のように暖かいし、妙な臭いがしてきた」
「ああ、この匂いは大地が熟しすぎて、熱を持ち腐った匂いがするという話だ」
そう話すキキョウは少し眉をしかめたが、しかしこの匂いはハルの記憶の中にある、よく知るものだった。
「蒸し暑さと卵の腐ったような硫黄臭、それに地面もほんのり暖かくて熱帯植物が生い茂っている。
キキョウさんが言った臭いアレって、まさか……」
昨日の魔法行使による疲れが取れず、御殿のバルコニーで水浅葱の膝枕で昼寝をしていたYUYUの元に、ハルの護衛を命じられたクノイチたちが駆け込んできた。
「失礼しますYUYUさま。
大変な事になりました、果物採取のために深い森を探索していたハルさまが!!」
「ハル君がどうしたのですか、まさかアノ男が襲ってきたのですか!!」
その報告にYUYUは驚いて飛び起きたが、クノイチたちの表情は好奇心と驚きが混じったもので緊迫感はない。では何をそんなに慌てているのだろう、ハルがまた何かをやらかしたのか。
「いえ、ハルさまの身に危険が迫ったというモノではありません。
ただ、とんでもないものを捜し当てたのです。
キキョウさまと一緒に『クリームのような果物』を探していたハルさまが、温泉の源泉を見つけました」
「えっ、どうして、木の実を探しに行って温泉……ハルくんは何をしているのですか?
私たちの予想を超えて引き起こされるハルくんの奇跡には、必ず理由があります。
こうしてはおれません、私も急いでその場所に行く必要があります。
あっ、水浅葱、パラソルとサマーベットとガウンも持ってくるように」
水浅葱に膝枕をされて気怠げに昼寝をしていたYUYUは一気に覚醒すると、素早く女官たちに指示を出した。
「かしこまりました。
報告にも動じず、早速温泉につかる準備をなさるとは、さすがYUYUさまです」
***
ハルについてくる萌黄は、硫黄臭をしきりにクサイクサイと言うが、決してそばを離れようとはしない。
普段はどちらかというと人なつこい萌黄が、全身の毛を逆立てる猫のように浅黒い肌の男に警戒心を露わにしていた。
ハルは紅い右目を起動させ、熱源関知センサーで周辺を捜索した。
硫黄臭と暖かな地表、そしてキキョウのいう臭い泉にたどり着くとハルは瞳を輝かせた。
「下の泉は少しぬるい程度だったけど、源泉ならお湯が高温で、夢の温泉モンスター卵が作れる!!」
「ハルお兄ちゃん、この岩のそばの地面がとても熱いよ。でも岩をどかせたら、上にある大きな石が落ちてくる」
萌黄はハルの腕を引いて崩れかけた岩山に連れてゆき、その地面に寝そべるとココだと示した。
目の前の岩壁の隙間から、わずかに水蒸気が登っているのが見える。
どうやら落ちてきた岩が源泉をふさいだらしく、岩を除けば湯が噴き出してきそうだが、少しでも動かすと崖崩れが起こるだろう。
「せっかく源泉を見つけても、これじゃあ危険で誰も近づけないな。
ティダさんやSENさんの攻撃魔法なら離れた場所から岩を破壊できるけど、ギルドに戻ったティダさんをわざわざ呼ぶ訳にはいかないし、YUYUさんはとても疲れているみたいだし。
うーん、源泉をふさいでいる岩はひび割れてもろい感じがする。そうだ、デイゴさんの投擲が使える」
ハルに呼ばれたデイゴは、果物を背負っていたかごを下ろし、湯気のわき出る岩の割れ目を狙い硬貨を放った。
一枚目の銅貨は岩に弾かれるが、二枚目は岩の割れ目の中に吸い込まれていった。
同じ場所を狙い数枚の硬貨を放つと割れ目から吹き出す水蒸気の量が多くなり、源泉をふさいでいた小さな岩が一つ転げ落ちて、そこから大量の熱湯が噴き出す。
「うわぁああーーハルさま、こりゃたまげたよ」
キキョウを背負ってハルの様子を見に来たウツギは、思わず驚きの声を上げる。
噴水のように勢いよく流れてきた白濁湯は、源泉の岩山から一段下の窪地に貯まり、その池は天然の露天風呂になった。
報告を受けたYUYUが硫黄温泉にたどり着くと、湯煙の立ちこめる池で足湯につかるキキョウを見た。
「ふぅ、極楽極楽。足を湯につけていると、体が芯まで温まり膝の痛みが和らいでくる」
「湯加減はどうですか、キキョウ」
「ああ、王の影、こんな格好で失礼します。
ワシは今まで何度もこの場所に来ているが、臭いのする腐った水と思っていたものが薬効のある温泉だったとは、とても驚いています」
水浅葱に抱き抱えられたYUYUは下におろされると総レースのミニドレスの裾をまくりあげ、キキョウの隣に座り湯に足を浸した。
白濁色の湯につかった足を包み込むような肌ざわりで、冷たい足先の指もじんわりと暖められる。
「くぅう〜〜効きますね。終焉世界では温泉の詳しい効能はあまり知られず、臭いのきつい硫黄温泉や黒い墨のような色をしたラジウム温泉はほとんど利用されていません。
この奇跡は、キキョウの膝を癒すために起こったのでしょうか?
そういえばハルくんと、アノ男はどこにいるのですか」
この場所に生えている『クリームのような果物』を探しに来たはずのハルの姿が見えない。そばに控えた女官がYUYUに答える。
「この温泉はハルさまが見つけ、デイゴという男が岩を崩して湧き出させました
そのハルさまはですが……『クリームのような果物』を見つけてもそれには目もくれず、突然地面に穴を掘っています」
源泉近くの岩影で、ハーフ巨人戦士に監視されながら採取した果物をかごに納めている男の姿と、湯の湧く岩場を取り囲むように茂る熱帯林の中で、全身泥だらけにして穴を掘るハルと萌黄の姿が見えた。
目の前には『クリームのような果物』や完熟トロピカルフルーツが実っているのに、ハルはそれをほったらかして、何故夢中で穴掘りをしているのか?
今度は芋掘りでも始めるのか、謎だらけのハルの行動だ。