クエスト128 浅黒い肌の守護騎士
竜胆たちグリフォン捕獲部隊と王の影一行が深い森の中に入って一日目、さっそくハルが騒動を起こす。
果物採取に夢中になり竜胆達からはぐれたハルは、凶暴な陸タコモンスターに襲われる。
そのタコモンスターに食われ腹の中にいる人間を救い出すため、自らタコの口に飛び込み腹の中から攻撃して、食われかけた人間を助け出す。
しかしその人間たちは、魂のない子供を連れ霊峰神殿から逃れてきた偽巫女と、彼女を守る狂信者の青年だった。
一夜明けたベースキャンプの大食堂、豪華絢爛な巨人王御車で朝のミーティングが行われていた。
「今日はこれから、SENと他五人の先発隊がグリフォンの巣のあるタカカオ山を目指す。
タカカオ山の手前には、巨人族遺跡大洞窟がある。
残りのグリフォン捕獲部隊は、この安全地帯周辺を二日間調査したあと大洞窟を目指し出発する」
「ああ、竜胆、俺に任せてくれ。先発隊は足が速く持久力のあるヤツを選んだ。
ゲームで何度もグリフォン捕獲クエストをクリアし、その最短ルートを熟知している我の知識があれば、グリフォンの住処まで三日以内にたどり着けるだろう。
グリフォンの巣の場所を確認したら、俺たちも大洞窟で待機してお前達が来るのを待つ」
旧巨人居住地区だった大洞窟は、軍隊が深い森で訓練を行うときの拠点に使われ、緊急用に食糧や医薬品も備蓄されている。
大洞窟もココと同じ、深い森の中に点在する安全地帯で、その場所にモンスターは足を踏み入れない。
しかしそこにたどり着くまでに、凶暴な巨大モンスターのうごめく危険な深い森の奥地を進まなくてはならない。
竜胆たち捕獲部隊は、巨人王軍隊の半分の人数でそれに挑むのだ。
大テーブルの上に広げられた地図には、これからの長い道のりが記されている。
緊張した表情のハーフ巨人戦士を眺め、竜胆はニヤリと笑った。
「大洞窟までの道のりには、凶暴な激レアモンスターがうじゃうじゃいるぞ。
幻の虹色孔雀や、まだこれまで一度しか姿を確認されていない三ツ目獅子が見つかるかもしれない。一頭でもシトメれば、十年は遊んで暮らせるだけの金が手に入る。
行きは危険な森の中を通ってゆくが、帰りは捕えたグリフォンの背中に乗って楽々ギルドに帰るんだ」
竜胆の脳天気とも思える言葉に、ハーフ巨人戦士達は目を輝かせ嬉しそうに大声で同意する。
どんなに困難な場面でも竜胆は口に出した言葉をすべて実行し、ハーフ巨人の彼らに自信と勇気を与えてくれたのだ。
「なるほど、すばらしいカリスマ性です。
竜胆が末席の王子で良かった。もし巨人王さまとそれほど歳の離れていない王子だったら、私は危険を排除するために動いていたかもしれません。
それにしても、はふはふっ、一晩寝かして味の染みた具材にもっちりと柔らかい牛タンが、ほおばると口の中でトロケてゆきます」
「ハルちゃんハルちゃん、お姉さまは昼前までにギルドに帰らないといけない。
その色鮮やかなモモ色に身の引き締まりに肉汁のあふれ出る、コリコリジューシーな牛タン塩蒸しをお持ち帰りさせてくれ!!」
作戦の打ち合わせを行う竜胆たちハーフ巨人部隊の隣で、YUYUのバカンス部隊は呑気な会話をしていた。
ただしそれは見た目だけのことで、普段YUYUに付く女官の半数は、昨日保護した偽巫女 石榴と浅黒い肌の青年の監視に回っている。
「王の影、そういえば聖女柘榴はどんな様子だ。ずっと部屋に閉じこめておくつもりか?」
「いいえティダさん。聖女柘榴は何の制限もなく自由に動き回れますし、身の回りの世話をする女官と立派な部屋を与えています。
ただし、あの男との接触はいっさい禁じます。汚れ無き聖女の側に男は必要ありませんからね。
ほら、噂をすればなんとやらです」
王の影が薄笑いを浮かべながら牛タンの最後の一切れを口に運んだ時、男の大声とそれを留めようとする女官の騒がしい声が大食堂に飛び込んできた。
食事をするYUYUのテーブルに、聖女柘榴の守護騎士を名乗る浅黒い肌の男が大股で近づいてきた。
「王の影、口では上手いことを言うが、俺とアノ方を引き離そうとしても無駄だ。
俺はどんなに遠く離れていても、アノ方のご様子を知ることができる。
柘榴さまの世話をするだと。昨日からアノ方に牛の餌のような食事しかさせていないくせに、本当は飢え死にさせるつもりなんだろう」
YUYUはナプキンで口元を拭くと、男を顔を見ようともせずに冷めた声で返事をする。
「聖女柘榴は信者達からの捧げ物で贅沢三昧してさいか、好き嫌いが多いようですね。
今お前が家畜の餌と言ったそれは、ハクロ王都でハーフ巨人や貧しい者たちが主食として食べているモノです。
オアシスに降臨した女神は、砂漠に米のような木の実を植え、王都では雲を焼いた甘いお菓子を人々に与えた豊穣と美食の女神。
聖女柘榴、あの偽巫女が自身をミゾノゾミ女神の化身と名乗るなら、私たちが食事の世話をすることはありません」
女神を名乗り続けるつもりなら、食い物は自前でなんとかしろと王の影は告げた。
「クソッ、それなら俺がアノ方の食事を用意する。
森に入ればいくらでも獲物を狩れるはずだ。取り上げた俺の武器を返してくれ」
「まさか、お前のような怪しい男に武器を持たせるわけありません。
手足を縛られず、自由に動き回れるだけありがたいと思いなさい」
話は終いだというように、王の影は席を立つと男を残し大食堂を出て行った。
同じ大食堂にいたハーフ巨人戦士にも聖女柘榴の食事の話が聞こえて、浅黒い肌の男を刺々しい視線で睨み苛ただしげに舌打ちをした。
竜胆とSENは互いに顔を見合わせ、そこに困惑した表情のティダが加わる。
「おいおい、YUYUのやつ、コイツを俺たちに押しつけるつもりか。
どうせ押しつけるなら熟女巫女の方がいいな、戦士の志気が上がると言うものだぜ」
「なにをいってるんだ竜胆。二次元聖霊を愛でる紳士の俺とは違い、美老女でもOKなお前の側に聖女柘榴は置けないだろ」
「王の影は、彼女をハルちゃん……女神の影武者に仕立てあげるつもりらしい。不味い食事で兵糧責めにして根を上げさせるか、水浅葱の読心術を用いて恭順させるのだろう。
問題はアノ男、偽巫女の狂信者でSENと打ち合えるほどの実力を持つ守護騎士。
SENは先発隊としてグリフォンの巣を目指すし、お姉さまもギルドに戻る。
竜胆は捕獲部隊の指揮をとらなくてはならないし、全く面倒な事になった」
女官に監視されながら、男は大食堂の隅のテーブルに座る。
その女官達に、テーブルの上を片づけていた小間使いの少年が声をかけてきた。
男は質素なシャツにエプロン姿の少年の顔に見覚えがあり、確か昨日の尋問会で白銀の天女の側に控えていた召使いだと思い出す。
「ご苦労様ですクノイチさん。今日の朝食は牛タンの切れ端とイノシシ肉のハンバーグを蒸し焼きにして、甘辛い果実ソースをかけたんだ。トッピングは角鶏目玉焼きと赤黄色人参グラッセだよ。
仕事が終わったら交代で厨房に食べに来てね」
少年にクノイチたちはうわずった黄色い声で返事をする。
そして口々にまかない料理の話を始めるので、女達はよっぽど腹を空かしているのだろうと男は思った。
しばらくすると男の向かいのテーブルに痩せた背の高いハーフ巨人と足を引きずった初老の男が腰掛け、小間使い少年はそのテーブルに向かった。
ハルはロクジョウギルド長の桔梗とハーフ巨人ウツギのテーブルに料理を配膳しながら何度もため息を付く。
そして自分もイスに腰掛けると、情けない顔でキキョウの顔を見た。
「キキョウさん、聞いて下さいよ。
昨日の事で竜胆さんに怒られて、今日の狩りに連れて行かないって言われたんだ。
このベースキャンプ周囲に住むモンスターはYUYUさんの気配を察知して逃げ出しているし、せっかく森の中にいるのに食材を狩れないなんて、はぁああぁ〜〜つまんない」
「坊主、このベースキャンプ周辺には甘いクリームのような、白い木の実が生えている場所があるぞ。
昔、軍の深い森での訓練中にその木の実を見つけて、みんな訓練そっちのけで大騒ぎして食べたなぁ」
深い森の動植物に詳しいキキョウは軽い気持ちでそんな話をしたが、ハルは目の色を変えて話に食いついてくる。
「えっ、キキョウさんちょっと待って下さい。
クリームのようなそれって、もしかして手のひら大の楕円形で黄緑色の柔らかい皮でデコボコしている木の実?」
「ああ、そうだ。ココから少し東に行った妙な臭いのする泉の側に生えている」
「うわぁ、それは三大美果と言われる森のアイスクリーム、果実のチェリモアかもしれない!!
日本でもめったに食べられない高級果物、というかこんな寒い場所に熱帯植物が生えている?
チェリモアが生えているなら、同じ三大美果のマンゴーやマンゴスチンも見つかるかも。
うん、ベースキャンプ周囲で果物採取するだけなら、竜胆さんにも文句を言われないね」
隣のテーブルで年輩の男と食事係の召使いが森に生えている果物の話をしていて、男は居ても立っても居られず、思わす隣のテーブルに声をかける。
「アンタたち、森に果物を採りに行くという話、俺も付き合わせてくれないか。
俺はどうしてもアノ方のために、食物を確保しなくてはならないんだ。
雑用は荷物運びでも何でも引き受けるから、アンタ達の果物採取に同行させてくれ」
この館に住んでいるのは、煌びやかな王の影と女官達。そして人より巨漢で鍛え抜かれたハーフ巨人戦士。
だから目の前にいる足の不自由な人間は、この館の使用人だと思い込んだ。
男の行動に気付いたティダとSEN、竜胆は怪訝そうな表情で事の成り行きを見守っている。
キキョウは竜胆達を見てうなずくと浅黒い肌の男に話しかけた。
「ワシは深い森の道案内をしているキキョウという者だ。
背の高いハーフ巨人は、足の不自由なワシを背負って運ぶ役目をする従者のウツギ、その坊主は厨房の下働きでハルという。
王の影は料理にうるさいくて、珍しい果物が食べたいとハルにワガママを言ってきたのだ。
ワシの手伝いをするなら、お前もハルと一緒に果物採取に連れて行ってやろう」
「ありがとうキキョウ、どうかよろしく頼む。俺の名はデイゴという。
昨日の騒ぎを知っているだろう。俺は女神、いやアノ方の守護騎士をしてるが、王の影によって離ればなれにさせられた」
まさかキキョウは、女神の憑代であるハルと偽巫女の守護騎士を一緒に行動させるのか。
男を監視していたクノイチたちはキキョウに抗議の声をあげようとしたが、それを素早くティダが制し何食わぬ顔でキキョウに近づく。
キキョウは主に使える下僕のようにティダに頭を下げ、用事を言いつけられたと男に告げると、テーブルを立ち片足を引きずりながら廊下に出た。
「ティダさま、あの男はワシに任せてくれないか。
ハルさまに何かを感じ取っている様子、聖女柘榴より油断ならない存在です」
「確かに今の状況では、お人好しのキキョウにお願いするしかないな。
そしてハルちゃんの騒動を引き寄せ、それを幸運に変える力を信じよう」
そう呟いたティダの視界の隅に、珍しい果物採取に出かけられると浮かれ、厨房で万歳三唱をしているハルの声が聞こえた。