クエスト127 偽ミゾノゾミ女神を暴こう
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気怠げな表情で隣の少年にもたれていた四翼の天使が、ゆっくりと体を起こす。
凍り付いた微笑みを浮かべ、ピジョンブラッドの瞳は相手を蔑む色に染まる。
「これでやっと、話をする気になりましたか。
自称女神と偽る娘、その腕に抱えているマネキンは先代法王そっくりです。
まるで仕組んだように深い森の中に現れ、モンスターに襲われていた所をハルくんに助けられた?
バレバレの自演で笑わせてくれる。
霊峰神殿は一体何を企んでいるのですか、洗いざらい話してもらいましょう」
部屋の後ろで状況を見守っていたSENは、霊峰神殿の名前を聞くと、三人を取り囲むクノイチたちを押しのけ、殺気の満ちた低い声を上げた。
「霊峰神殿だと。それならコイツ等はアマザキの野郎が寄越した間者か」
その殺気を感じ取った浅黒い肌の男は椅子から立ち上がり、黒髪の娘をかばうように前に出ると黒衣の武士と相対する。
「聖女柘榴さまの害をなす者は、守護騎士である俺が承知しない。
お前は何故、法王アマザキの真名を知っている?
巨人についたミゾノゾミ女神に対し、霊峰神殿は法王を神の座に据え女神信仰を破棄した。
そして魔力を持つ聖人狩り始めたのだ」
青年は後ろに庇う娘を気遣うように振り返り、娘は無言で頷く。男はさらに話を続ける。
「聖人の持つ魔力を奪おうと、前法王の遺児であり真の女神である柘榴さまに目をつけてきた。俺は柘榴さまの腕の中で眠るアノ方が目覚めるまで、おふたりを守らなければならない」
男が互いに睨み合う様子を眺めていたYUYUは、ゆっくりと小さな四翼を羽ばたかせ宙に舞うと押し黙る娘に近づく。
娘は目の前に舞い降りる妖精の姿をしたハイエルフに見とれて、次の瞬間王の影はいきなり腕を伸ばすと娘の黒髪を掴んだ。
「きゃあーー痛い、やめてやめてっ」
「えっ、女の人の髪を引っ張って、YUYUさんどうしたんですか!」
「そんなふざけた戯れ言を、王の影である私が信じるとでも思っているのですか?
助けを求めるなら、ミゾノゾミ女神が認めたホンモノの巫女がいるオアシス聖堂に行けば良いではありませんか。
ああそうですか。聖女柘榴が偽物だと見破られてしまうので、オアシス聖堂に行くことができないのですね」
YUYUは娘の長い髪を無理矢理掴み上げると、黒髪に覆われていたと長い耳を暴いた。
聖女柘榴はハイエルフの腕をふりほどき、慌てて手のひらで両耳を隠す。
エルフの血を受け継ぐ者の特徴として、異形の耳と美しく端正な容姿を持つ。
しかしどれだけ魔力を持ち聖女として人々に慕われても、エルフは異種族の女神を名乗ることはできない。
女神の憑代と名乗ることができるのは、汚れのない人間の乙女のみ。
「なんだかYUYUさんものすごく不機嫌だけど、どうしたんだろう」
YUYUの駆け引きをハラハラしながら見ていたハルに、水浅葱が茶菓子と飲み物を差し出した。
しかしこの状況では、ゆっくりモノを食べることもできない。
「そんなことありません、YUYUさまはとても楽しんでいらっしゃいます。ここにホンモノの女神がいるというのに、あの娘はミゾノゾミ女神を名乗った。つい、虐めたくもなります」
「あれ、水浅葱さんも怒っている?」
クノイチたちはニセモノの女神に向けて、隠し持っていた武器を取り出して構えた。
一発触発の緊張した空気が流れる、聖女柘榴は腕に抱える少年を背で庇う青年に渡すと、立ち上がり数歩前に歩み出た。
「動くな、少しでも抵抗すれば容赦しません!」
しかし聖女柘榴の瞳に、自分を取り囲むクノイチたちは映らない様子で、広げた両手をワナワナと震わせて体を激しく仰け反らせると、宙を見つめたまま突然話しだした。
「ああぁーっ、見える見える。七色の美しい宝石で彩られた建物が炎に包まれて焼け落ちている。これは、巨人王都の後宮!!
私は神より授かった、過去未来を見渡す千里眼を持っています」
これまでほとんど言葉を発さず身動きもせず椅子に腰掛けていた娘が、まるで別人のように身振り手ぶりを交え、叫ぶように語り出す。
娘の細かく上下して震えるように響く声は、聞く者に言いようのない不安感を与えた。
「なるほど、その特殊な声色と立ち振る舞いで集団暗示をかけるのですね。
聖女柘榴、黙りなさい。皆、この女の言葉に耳を傾けてはなりません!!」
「いいえ、私の声を聞くのです。
武器を手にした獰猛な男たちが、美しい姫君を追い回しています。
私はこんな、悲惨な出来事など見たくもないのに……これから巨人の都に大いなる災いが降りかかる。
無抵抗な女官たちが血塗れで倒れ殴られて蹂躙され、ああっなんて恐ろしい」
空気が淀む。
王の影の声かけも無視して、娘はまるで殺戮の場面にいるような生々しい語り口で凄惨な様子を話し続け、三人を取り囲むクノイチたちは彼女の声が嫌でも耳に残り、硬い表情で息を詰める。
その時、娘の声を遮るように舌足らず気味の少年の声が響いた。
「えっ、その話おかしいよ。
後宮は今、グリフォンに壊された館を修繕していて中にお姫様は住んでいない。
それに僕より戦闘力がある女官のクノイチさんが、無抵抗で兵士に襲われるなんてありえないよ」
映像技術や音響技術の失われた終焉世界は、知的娯楽が少ない。
そのかわり歌を奏でる吟遊詩人や芝居小屋が大いに流行った。
彼女はエルフの血を引く美貌と見事な女優っぷりで聖女を演じ、観客を自分の信仰者に仕立てる技量を持っていた。
しかしリアルでドラマや映画やアニメ、音楽を知るハルには、彼女のアクの強い濃い演技は通じない。
ハルの言葉に我に返ったクノイチたちは、悔しそうに娘に向き直る。
そして目立たぬように衝立の後ろで控えていたティダが、ハルの隣にやってきた。
「お姉さまもうっかり彼女の言葉を信じてしまいそうになったよ。
過去未来を見渡す千里眼かぁ。
過去見なんて相手の履歴を調べれば分かるし、未来は当たるも八卦当たらぬも八卦だからな」
「うん、彼女の口調は、話術が巧みで契約をガンガン獲ってくる『知り合いの保険のおばさん』とソックリなんだ」
ハルの例えがティダにはツボだったようで、もはや彼女の声は『知り合いの保険のおばさん』セールストークにしか聞こえず、何度も吹き出してしまう。
ティダの笑い声に演技を中断した彼女は、その姿を見て驚く。
神に造られ愛された、選ばれしエルフ族。
わずかでもその血が流れていれば、霊峰神殿は選民思想にもとづきエルフ族としての優位性を教え込む。
目の前に現れた滅んだはずの純血のエルフに、娘は思わす声をかけた。
「まさかそこにいらっしゃるのは、神科学種のエルフ族、銀の天女。
貴女こそ神の御使、終焉世界に降臨した女神ではないのですか」
光沢のある薄衣の紫紺のドレスに、流れ落ちる白銀の髪が映える。
長いまつげに縁取られた切れ長な瞳に形の良い薄い唇、自らが光を放つような白い滑らかな肌。
ティダのキャラクターは、無料基本キャラのハルとは違い、課金パーツを追加して作り上げたハイスペックなルックスを持つ。
立ちのぼる妖艶な色香をたたえ、実は残念なドS趣味の天女が、ゆっくりと彼女に近づいてきた。
「いいや、お姉さまはただの神科学種、その資格を持たない。
ミゾノゾミ女神の憑代は、汚れのない清らかな人間の乙女しか選ばれない。
そして予言の通り、女神の憑代を守る役目を持つ」
頬を真っ赤に染め憧れの表情でティダを見つめた娘の顔が、瞬く間に青ざめてゆくのが分かる。
同族の純血のエルフに否定され、しかも偽女神だと暴かれたのだ。
「例え誰がなんと言おうが、俺は聖女柘榴さまと前法王の器にお仕えします」
「梯梧、もう無駄な足掻きはやめましょう。
しかしこれだけは信じて下さい。私たちは霊峰神殿の手の者ではありません。
霊峰神殿の弾圧から追われ逃げてきました。何処にも行き場はないのです」
娘の言葉に長い沈黙の後、王の影とティダたちは話し合いを続ける。
その間椅子に腰掛けていたハルがそわそわし始め、ついに立ち上がると声を上げた。
「えっと、僕はここから抜けてもいい?
ウツギさんに鍋の番を頼んでいるんだけど、そろそろ料理が出来上がる時間なんだ」
「ハルさま、何をおっしゃいます!!
この娘は自分がミゾノゾミ女神だと偽っていたのですよ。それを放置しても良いのですか」
「そんなどうでもイイ事より、今日の料理は王様鍋にワニの胆塩を詰めて、紅葉大タコ足の塩蒸しなんだ!!
こんな所で油を売っている場合じゃない」
ハルの言葉に水浅葱は一瞬言葉を失い呆気にとられる。
彼には偽女神を名乗る娘の存在など問題にならず、それよりも今夜のモンスター料理の方が重要なのだ。
拳を握りしめ熱く語るハルに、隣にいたティダは怪訝な表情をする。
「巨大タコの足かぁ。えっと、お姉さまはちょっと用事を思い出したから、ギルドに戻らないと……」
「そうかぁ、ティダさんは食べないんだね。
実はあのタコの足、火を通したら牛タンと全く同じ味になるんだよ。
カタストロフドラゴンも和牛味だったけど、頭部は異界の穴に吸い込まれて舌が手には入らなかったんだ。
タン塩の他に、デミグラスのタンシチューも作ってるんだけど、本当にティダさんは食べないの?」
ハルの話にティダは思わず身を乗り出し、その背後からSENが割り込み声を踊らせて聞いてきた。
「ハル、もしかしてそのタンシチューって、あの有名店の土鍋でグツグツ煮込んだ和風な味付けなのか?
アキバ帰りに銀座駅で降りて、よく食べに行ったよ。うわぁああ、味が甦ってきた!!」
聖女柘榴を尋問しているYUYUの背後で繰り広げられる牛タン談義に、とうとう彼女も堪えきれずに後ろを振り返る。
「ふぅ、ハルくんの牛タン料理に比べれば、こんな偽女神騒動など大した問題ではないのですね。私はタン塩が気になって気になって、お腹が空いてきました」
「私、ワギュウとかタンシオとか言葉の意味は分かりませんが、ハルさまの作られる料理はものすごく美味しそうだと思います」
YUYUから退席許可が出ると、ハルは手を振り大急ぎで部屋から出ていった。
そして長い尋問会は、王の影の一言であっけなく終了した。
「では聖女柘榴は、巨人王第四位側室 YUYUが保護することにしましょう。
これからは私の女官たちが、聖女様のお世話をします。
それから、聖女のそばに無粋な男は必要ありません。
デイゴと言いましたか。お前の事は、巨人族王子の竜胆に任せます」
***
三階建ての煌びやかな巨大御殿。その一階の大広間は、大勢のハーフ巨人たちが食事をとれる食堂になっていた。
最上階から降りてきたYUYUは厨房真横のテーブルに陣取り、一番先に食事にありつこうとしている。
「水浅葱、他の連れの者たち、特に浅黒い肌のデイゴという男は何者ですか?」
YUYUのテーブルをセッティングしながら、水浅葱は声をひそめ答えた。
「YUYUさま、付き人の青年は、脳味噌の中は聖女と法王を敬う言葉ばかりで他の感情がありません。洗脳済みの狂信者のようです。
そして連れの幼い男子には魂がありません。自ら動くことのない生き人形です」
聖女柘榴たちは、霊峰神殿の聖人狩りから逃れるため緊急脱出用の転送魔法陣を起動した。その行き先が、運の悪いことに巨大タコの巣になっていたのだ。
結局三人がモンスターに襲われたのも、ハルに助けられたのも偶然の出来事らしい。
「どうでしたかティダさん。アノ娘は」
「うーん、見るからに乙女な彼女に色仕掛けするのは、少し良心がとがめたな。
おかげで最後までお姉さまに釘付けで、隣にいるハルちゃんには見向きもしない。
アノ娘は聖女ではない。
聖人に選ばれる者たちは、オアシスの巫女も鳳凰小都の大神官クロトビも歌姫スズランも、初対面からハルちゃんに興味を示す」
結局ティダは、ハルの牛タン料理につられベースキャンプに一泊することになった。
実は聖女柘榴が本物かどうか見極めるためにハルの隣にはYUYUと水浅葱と、そしてティダがいたのだ。
柘榴は地味な外見のハルには一切関心を示さず、ハルが話している間も同族であるティダばかり見ていた。
「霊峰神殿に忍ばせているクノイチからも報告がありました。
柘榴という娘、前法王の遺児で間違えないようです。
遺児といっても養子契約で、しかもエルフの血で見た目は二十歳そこそこに見えますが、実年齢は四十近いとか。
かなり人生経験を積んでいる様子、それでアノ演技力もうなずけます」
「ええっ、マジかよ。新たな巫女乙女の登場だと心密かに萌えていたのに!!」
ティダの隣にいたSENが思わず声をあげ、かなりショックを受けた様子で髪をかきむしる。
どちらかといえばロリ趣向で熟女エルフは興味対象外らしい。
「こうなったら褐色肌ダークエルフ少女の登場を……えっ、ダークエルフはいない!!」
「SEN、ちょっとコッチ来い。夕飯前に非常識なたわごとを大声でわめくな」
ティダは完全紳士モードでブツブツと妄想を垂れ流しのSENを小突いて、食堂の隅に追いやる。
何故か王の影はとても嬉しそうの表情で、テーブルセッティングを終えた水浅葱に話しかける。
「水浅葱、私はアノ娘が気に入りました。
僅かな魔力と巧みな話術、そして演技力で、これまでミゾノゾミ女神になりすましていたのです。
ハル君を守るための女神の影武者に、これほど適材人物はいません」
「今夜はハルさまの手作りシチューのようですね。
ああ、私は後宮に同行できなかったので、久しぶりにハルさまのまかないお料理がいただけるかと思うと、じゅる、食事が待ち遠しいです」
下の階から立ちのぼってくる肉の焼けるにおいと濃厚なスープ、そして甘い果物の香りに、彼女の衣装を整えていた女官が鼻をひくつかせる。
そして聖女柘榴の目の前の皿には、以前ハーフ巨人たちが食べていた、腹が膨れるだけの雑穀の白い粉末が置かれた。
「こ、こんな貧相な、まるで家畜の餌のような食事を、女神の憑代である私に食べさせるのですか?」
しかし側で控えるクノイチの檸檬は、にっこりと微笑んだ。
「私の知るミゾノゾミ女神さまは、その白い粉ですばらしいお料理を作りました。
聖女柘榴さまがミゾノゾミ女神を名乗るのであれば、それを美味しい料理に変えれば良いではありませんか。
それに私の知る女神さまは朝早くから夜遅くまで、皆のために働いています。
聖女柘榴さまがミゾノゾミ女神を名乗るのであれば、明日は夜明け前に起きて、女神としてのおつとめを果たして下さい」
どうやら怒っていたのは、YUYUや水浅葱だけではなかったらしい。
***
翌朝、まだ日も昇りきらない時刻。
隠し部屋を教えられた竜胆は、これ幸いと部屋に居座り、毎度のごとく柔肌を楽しんだ。
巨人族末席の王子は隣に眠る細い体を引き寄せ、ふと顔を上げる。
隠し部屋のハメ殺しの天窓から、夜明けの空をグリフォンの群れが横切ってゆくのが見えた。
その中で、一匹の若いグリフォンが群れを離れ、旋回を繰り返しながら何度も深い森の中へ降りてゆく。
まるで何かを探しているようだった。
シリアス展開のハズが、毎度のコメディに。