クエスト126 巨大紅葉陸タコと戦おう
深い森の木のウロに住む【紅葉陸タコ】は、艶やかな紅色の頭部が大きな果実に見える。収縮自在な八本足と強力な吸着力のある吸盤で獲物をとらえ、丸飲みして体内で消化する。
「僕が飲み込まれたら、コイツの動きを封じて!!」
「ハルさま、危険な事はおやめください!!もうすぐ竜胆様たちが助けにきます」
しかし待つ時間はない、飲み込まれた人間は今すぐに助けないと死んでしまう。
ハルは思いっきり体をのばし、巨大タコの口の中に飛び込んだ。
全身を捻られるような圧迫感と、服が破れ素肌の露出した部分が炙られたように熱い。
タコに飲み込まれ、狭い筒のような場所を通り過ぎると、ハルは生臭い匂いが充満した漆黒の空間に投げ出される。
巨人王からもらった兜のおかげで頭から首を保護できる。タコの消化液が触れた腕と足、体全体が日焼けで剥けたようにジリジリと傷んだ。
獲物を溶かそうと、雨のように消化液が降り注ぐのが分かる。グズグズしている暇はない。
真っ暗な空間で周囲は何も見えないが、モンスターの心臓の鼓動とは別にか細い人間のうめき声が聞こえる。
ハルは手探りで内臓の壁を確認すると、服の中に潜ませていた女神の矢を両手で握りしめた。
「どんなモンスターでも、体内を攻撃されれば大ダメージになるはずだ。
三本目の女神の矢、これが僕の限界。最後の一本でモンスターにとどめを刺す!!」
ハルは巨大タコの内蔵に、全身全霊の力を込めて赤い女神の矢を突き立てる。
やじりが神の燐火を纏い燃え上がり、突き刺した臓器を焼いてゆく。モンスターの悲鳴と痛みでのたうち回る衝撃が、直接内部にいるハルには感じ取れた。
「まだ浅い、もっと深く突き刺して、モンスターに致命傷を与えないと!!」
巨大クモとの戦いの時もそうだが、ハルは自分の非力さを改めて痛感する。
それでも己に宿る祝福の力を両手に集中させ、女神の矢に流し込むように想い描く。すると緋色の矢が舌なめずりをして、自分の力に喰らいつくような感覚がした。
内臓に突き刺した女神のやじりが、巨大タコの体にどんどんめり込んでゆく。神の燐火の光で明るく照らされた先に、少女を庇うように抱え込む青年の姿が見えた。
モンスターは痛みにのたうち回り、中にいるハルも激しく揺さぶられ、女神の矢を握りしめていた両腕の力が抜ける。
「うわっ、魔力と生命力が残り一桁。力が入らない、ここで倒れたらタコに消化される……」
次の瞬間、ハルの体を誰かが持ち上げると、足元の巨大タコの口が開き、ものすごい勢いで消化ブツと一緒に外へ吐き出された。
「このバケモノの胴体を攻撃しては、中にいるハル様まで傷つけます。
足を全て切り落とし、動きを封じるのです!!」
クノイチたちは一斉に巨大タコの脚を狙い切りつける。
鋭利な刃物は易々とソレを切り落としたが、しかし切り落としたはずの脚が次々と生えてくる。
驚きで一瞬動きを止めたクノイチに、タコ脚が巨大な鞭のようにしなり襲いかかってきた。
「お姉ちゃんたち、頑張れ!!ハルお兄ちゃんも、中で戦っているよ」
モンスターを上回る瞬発力で飛び出してきた萌黄は双剣を振るい、タコの脚に駆け登りながら一度に数カ所を切りつける。
タコ脚は切り落とすより、傷つけたまま動きを鈍らせた方がいい。小さな少女の叱咤にクノイチたちも声を上げ、再び巨大タコに挑む。
「ハルくんが、モンスターに喰われたというのは本当ですか!!」
そこへ女騎士姿で水色の髪を一つにまとめた水浅葱が、王の影を抱えながら駆けつけた。
YUYUは、背中の四枚翼に飾り付けられた細いかんざしを一本引き抜く。この程度の魔物相手に呪杖を使うと、彼女の膨大な魔力は周囲の人間まで巻き込み屠ってしまうのだ。
威力を抑えるために、かんざしを杖がわりに構え、呪文詠唱を始めたYUYUの目の前で突然巨大タコの体が、まるで赤ちょうちんのように七色の光を放ち出す。
そして奇声をあげながら苦悶の表情でのたうちまわると、胴体が半分裏返り口を開き三人の人間とハルを吐き出した。
その瞬間、YUYUは上位氷魔法を放ち巨大タコを氷付けにする。
モンスターから吐き出され消化ブツまみれで出てきた三人は、子供を胸に抱いた少女とハル、ふたりを両腕にかかえ飛び出してきた青年だった。
クノイチたちは一斉にハルへ駆け寄ると、兜を取り全身にこびりついたモンスターの消化液を拭き取る。
ハルは意識を取り戻し、体を起こしたところでYUYUが間近に迫ってきた。
「まぁハルくん、バケモノの消化液でキレイな肌がただれてしまって。今すぐ完全蘇生魔法で回復させましょう。さぁ、私とチ、チ、チュウを!!」
「YUYUさん、この程度なら自分の回復魔法で治せるから、それよりも巨大タコに食べられていた人を、先に助けてください」
女神の矢に力を奪われたハルは自己回復が出来ない。しかし、助け出した者たちを救えとYUYUを指し示す。
青年に庇われた娘は、顔や手足が少し赤く腫れているが軽傷だ。しかし二人をかばいハルを連れ出した青年は大怪我で、背中の皮膚と肉はただれ白い骨が見える。
「そうですか……ハルくんの願いですから助けてあげましょう。
しかし、その者たちは何故このような場所にいるのです。あまりに怪しすぎます」
背中に四枚翼の美しい妖精は不機嫌に眉を寄せながら、倒れた三人に向けて両手をかざす。
まるで恋を歌う小鳥のさえずりのような治癒魔法詠唱。最上級種族、ハイエルフのみ行使できる集団治癒術は、青年の焼けただれた背中の怪我を一瞬で癒やし、側にいたハルの手足の傷もキレイに治していた。
「うわぁ、僕は直接相手に触れないと傷を治せないのに、一度に何人もの怪我を治す事が出来るYUYUさんの魔法ってスゴい。
あれ、この魔法が使えるなら、僕にチュウする必要無いよね?」
「そ、そんなことありません。女神の憑代であるハルくんは、その体に傷一つ残さないように、完全蘇生魔法でチュウをして治すのです!!」
傷が癒えたばかりで、まだ立ち上がることの出来ないハルに、頬を赤く染めながらYUYUの顔が近づく。
ハルの危機を察知して飛び出そうとする萌黄の周囲を、クノイチが人間バリケードを築き邪魔をした。
「これで邪魔者は居ませんね。さぁ、ハルくんに念願のチュウを!!」
「YUYU、あんた何やってんだ?
ハル、こんなトコロで騒ぎを起こしやがって。なんだ、動けないのか」
数人のハーフ巨人戦士を引き連れた竜胆とSENは、ハルの行方を探していた。ハルと仮の王族の契約を行っている竜胆は、ドコにいても居場所が分かる。
そして絶妙なタイミングでYUYUの目の前に現れた竜胆は、ハルの襟首を猫のようにつまみ上げて担いでしまう。
千載一遇のチャンスを逃したYUYUは、ガックリと肩を落とした。
「もう少し遅れて来ればいいのに、全く空気を読まない男たちですねっ。
ハルくんが居るのですから、騒動が起こるのはお約束です」
不機嫌になった王の影は警戒心露わにして、地面に倒れる三人を見た。
「何故この者たちは、深い森の中にいるのですか。
治癒魔法で三人の傷は癒えています。水浅葱、今すぐ叩き起こして尋問しなさい」
王の影の指示に従い、クノイチが倒れている三人を取り囲む。
YUYUの様子に、竜胆に担がれたハルは戸惑った。
彼らは自分と同じように、森の中に迷い込んでだけではないのか?
「ハル、お前が命がけでアイツ等を助けた事は誉めてやる。
しかし人間が深い森の中に迷い込むなんてあり得ない。一歩森に踏み入れた途端巨大モンスターの餌食だ。
ハーフ巨人の俺でも、森の奥に入るのに集団で挑んで一月以上かかったんだ」
読心能力を持つ水浅葱が、小麦色の巻き毛の幼い少年と、彼を抱き抱える娘に近づく。娘の黒髪は溶けて千切れた状態だが、鼻筋の通った上品な顔立ちをしている。
腕に抱える少年は、不思議な事に全くの無傷だ。
娘はうめき声を発しながら瞼を開き、顔を上げ自分たちを取り囲む人々と、氷付けになった大タコを見た途端甲高い金切り声をあげた。
「キャアァ!!いやっ、ヤメテヤメテ」
「落ち着きなさい、もう大丈夫です。アナタたちは助かったのですよ」
水浅葱が穏やかな口調で娘をなだめるが、彼女はまるで憑かれたように悲鳴を上げ続ける。
それは背筋をざわめかせ、恐怖が伝染するような不気味な声だ。
娘をなだめようと水浅葱が腕を伸ばした次の瞬間、大怪我で倒れていたはずの青年が弾かれたように起きあがり、水浅葱に飛びかかる。
後ろに控え状況を見守っていたSENは、男に肩から体当たりして押し倒し、クノイチとハーフ巨人戦士は取り囲んだ三人に武器を向けた。
「畜生、このケダモノどもめ!!
我が主、ミゾノゾミ女神さまに、汚らわしい手で触れるなぁ」
男はSENも手こずるほど激しく逆らい暴れ、狂気を宿した目で信じられない言葉を吐いた。
***
終焉世界のミゾノゾミ女神信仰には、多くの聖人聖女が誕生する。
聖人の中から法王や大神官が選定され、聖女の中で、特に黒髪の娘はミゾノゾミ女神の憑代と人々に崇められる。
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ハルたちが安全地帯のベースキャンプに到着したのは、予定よりかなり遅れて日の傾く夕刻になっていた。
ベースキャンプと言われて想像するのは、大型テントとか簡易プレハブ小屋で出来た野営基地だが、ハルの目の前に現れたのは……。
「ここがベースキャンプ?
豪華絢爛な後宮の館が一つ、引っ越してきたみたいだけど」
ゴブリンのコロニーだった安全地帯は、剥きだしの岩肌に低木が繁る殺風景な場所だったが、そこに突如現れた巨大御殿は、壁は王色の紺と宝玉が埋め込まれ、屋根は金色の瓦が乗った三層に及ぶ豪邸だった。
どこかで見た覚えのある建物だと腕組みをして考えていると、巨人王が帰還した時に乗っていた宝船だと思い出した。
「コイツはYUYUが親父に我が儘を言って、グリフォン三匹かかりで王都から運ばせたんだ。
YUYUのやつ、バカンスと称して本気でベースキャンプに居座るらしい」
そんなハルと竜胆のノンビリとした会話とは裏腹に、周囲には緊張をハラんだ空気が流れている。
ベースキャンプ御殿の最上階の主賓室では、これから怪しい三人の尋問が行われようとしていた。
皆、警戒心を露わにしたまま、部屋の中央の椅子に座らされた黒髪の娘と浅黒い肌の青年を見ていた。
彼らは拘束こそされてはいないが、武器を構えたクノイチに取り囲まれている。
「朝早く、グリフォン捕獲に向かうハルちゃん達を手を振って見送ったのに、昼には騒ぎを起こすなんて、いくら何でも早すぎる」
「俺にハルを連れて行けって言ったのは、ティダ、アンタだからな。
騒ぎを覚悟してたなら、過保護発言するなよ」
廊下で控える竜胆とハル、そして少し前に偽ペガサスに乗ってベースキャンプに駆けつけていたティダの姿がある。
巨大タコの巣の魔法陣調査に、ティダが呼ばれたのだ。
ハルに関してはやたらと心配性なティダに、これ以上ボヤくなと竜胆が釘を差した。
部屋から出てきた水浅葱が、三人の姿を見つけると駆け寄ってきた。
「竜胆さまは申し訳ありませんが、あの娘は巨人族の姿を見ると怯えてしまうので、隠し部屋から中の様子をご覧ください」
「えっ、この館に隠し部屋なんてあるの。スゴいや、僕もその部屋に入りたい」
「ハルさまはあの三人を命がけで助けたのです。どうかティダさまと一緒に、お部屋の中へお入りください。」
水浅葱に案内されて部屋に通されたハルは、中央にいる三人と、向かい合わせの主賓席で寝そべるように座る王の影を見た。
YUYUが自分の隣に座るように手招きをして、それに従い隣に座ったハルの肩に小柄なハイエルフの妖精は甘えるようにもたれてきた。
「YUYUさん、とても眠たそうだね。もしかして氷魔法や治癒魔法を使ったせい?」
「フフッ、このハイエルフの器は子供並の体力しかありません。膨大な魔力を行使すると、肉体はすぐ疲労してしまいます。
さっさと面倒な用事を片づけて……ふわぁ、早く休みたいものです」
可愛らしい仕草で眠たい瞼をこすりアクビをこらえるYUYUを、隣に立つ水浅葱が恍惚とした表情で眺めている。
「ハルさまとYUYUさまが並んで一緒に座られる御姿は、ハァハァ、なんて愛らしい。
では、コホン、YUYUさまにご報告いたします。
魔法陣修復の技を持つティダさまが、モンスターの巣にある魔法陣を確認されました。
アレは簡易転送魔法陣。しかも繋がる先は、霊峰神殿から深い森への片道一方通行です」
水浅葱が発した【霊峰神殿】という言葉に、椅子に腰掛けていた黒髪の娘が顔をこわばらせる。
モンスターから助け出された三人は、その後なにを聞かれても一言も言葉を発しなかった。しかし読心術を持つ水浅葱は、娘の世話をしながら心を読み正体を暴いていた。
相変わらず眠たげな王の影は一度大きくアクビをした後、冷淡な声で告げる。
「この三人の者たちが誰か、娘の服装を見れば一目瞭然ですね。
袖の長い白衣に緋色の袴。その黒髪も元は腰ほどの長さがあったでしょう。
霊峰神殿は、祝福の力を持たない無能な娘でも、見栄えさえ良ければ信者獲得の餌としてミゾノゾミ女神に仕立て上げる。
お前は霊峰神殿の巫女ですね」
王の影の侮蔑を含んだ口調に、娘の隣で身構えていた男が立ち上がる。
「黙れ、貴様こそ人間を裏切り巨人に付いた魔女ではないか、王の影!!
この方は霊峰神殿前法王の遺児であり、真のミゾノゾミ女神 柘榴さま。そして……」
憎しみのこもった男の罵声を受け、王の影は小首をかしげながら口元に微笑みを浮かべた。
「これでやっと、話をする気になりましたか。
自称女神と偽る娘、その腕に抱えているマネキンは先代法王にそっくりです。
まるで仕組んだように深い森の中に現れ、モンスターに襲われていた所をハルくんに助けられた。
霊峰神殿は一体何を企んでいるのですか、洗いざらい話してもらいましょう」
★キャラアンケートありがとうございました。
上位三人プラス一人を二巻表紙に書いてみたいと思います。
[投票数] 49票
ハル 15票 /ティダ 1票 /SEN 7票 /竜胆 10票 /
YUYU 7票 /水浅葱 1票 /萌黄 3票 /紫苑王子 5票/
ハルと竜胆は、きっと男女問わず好かれたようです。
意外だったのがSENと紫苑王子の人気。
そしてティダに投票して下さったドMな方がいらっしゃいました(笑