クエスト11 蒼珠砂竜討伐作戦 1
萌黄は、冒険者ハルお兄ちゃんの助手になりました。
最初の助手のお仕事は、地下鍾乳洞から持ってきた木の実の種を鉢に植えることです。
お水をかけると、1時間したら小さな葉っぱが出てきました。
ハルお兄ちゃんが、面白がってカピバラの骨を葉っぱのそばに置いたら、根っこがニョキニョキ伸びてきて骨を捕まえて土の中に埋めてしまいました。
次の日、朝起きて見ていたら、葉っぱがモシャモシャ生えてきて、萌黄のおへその高さまで大きくなっていました。
朝早くからハルと萌黄は、宿の裏庭に「地底世界樹」の苗木をせっせと植えていた。
「これが砂漠に根付いて『おにぎりの実』が収穫できれば、オアシスの食糧事情はだいぶ改善できるはずです。」
「ハルちゃんが植えるなら、『幸運度』が発動して、確実に根付くと思うよ」
昨日深夜まで作戦を練っていたティダは、眠気まなこで窓枠に体を預けながら、二人の作業を見守った。
「肉食植物だから噛み付きますよ、近づくときには根を麻痺させないと喰われるので注意してくださいね」
楽しそうな二人の姿に、興味本位で近寄ってくる自警団のメンバーに注意をする。
砂漠竜討伐作戦が開始されるので、自警団員は宿の外で待機しながら装備や武器の点検をしている。
これからハルは、後方支援(戦闘参加は即死確定なので)として、水と食料確保のために再び地下鍾乳洞に向かう。
SENとティダは砂漠竜討伐作戦を指導し、竜胆はハル達と地下鍾乳洞に付き添うことになった。
「なんで、自警団で一番実力のある俺を最初から参加させないんだ?」
竜胆が納得できずに抗議すると、SENは苦笑いしながら若い王子に言い聞かせる。
「貴方は紺の王子、砂漠の民じゃない。
そして貴方も、その従者も、俺達もいずれココを去る。
だから砂漠の民達の力で、砂漠竜が狩れるように教え込むんだ」
昨日の約束通り、退紅が仲間を十数人引き連れてオアシス自警団に合流した。
これで、オアシス自警団と神官の混合討伐隊が結成される。
部隊は二つに分けられ、ティダが先発隊を率いて出発した。
SENが砂漠竜狩りに用意させた武器は、剣や鈍器ではなく大きな銛や釣り針だった。
武器のほとんどは聖堂によって没収されていたが、水の枯れたオアシスでは役に立たない銛や釣り針は確保できた。そして爆弾の代わりに、女神聖堂の祭りに使われる花火を、退紅の協力で手に入れた。
「さて、2日後にオアシスを襲う砂漠竜を仕留めるために、この花火を仕掛けに使う」
「SEN様、花火をぶつけても堅い鱗に覆われた砂漠竜にダメージを与えられないし、すぐ砂の中にもぐって逃げられる。」
退紅は、あまりに頼り気の無い作戦に、困惑気味にSENを問う。
「砂漠竜を捕まえるんじゃない、花火で休む間もなく追い立てて、オアシスに誘い込むんだ。
夜行性の砂漠竜が、のんびり昼寝しながらオアシスに来るの待ち構えるのか?」
砂漠竜は習性として、必ず同じコースを回遊し、同じ場所で休んだ。
前もって回遊コースと休憩場所に大量の花火を設置しておき、警戒心の強い砂漠竜を花火の爆音と光で興奮させ追い立てる。
「大型モンスターは見た目よりスタミナがない。
休む暇など与えずしつこく追い立てれば、オアシスにたどり着く頃には、随分とスタミナを消耗して弱まっているはずだ。
明日の昼までに、砂漠竜を聖堂大広場まで追い込み、そこで釣り上げる」
SENの発言に、周りからどよめきが起こる。
討伐隊を二つに分けたのは、これから丸一日、狂暴な砂漠竜を熱風吹き付ける砂漠の中で追い回さなくてはいけないからだ。
隊は数時間ごとの交代を繰り返しながら、砂漠竜をオアシスに追い込む。
すでにこの時、ティダと少数の自警団、神官によって作戦は実行されていた。
***
人間より耳と鼻の利くエルフ族のティダは、ボスモンスター砂漠竜のマーキングした匂いを簡単に探し出す。
夜行性の砂漠竜が、真昼の日差しを嫌い砂漠の中深く潜っていると思われる場所に、大量の花火が仕掛けられた。
「コホン、さて、第1回 蒼珠砂竜討伐 大花火大会を開催いたします」
ふざけた合図により、自警団は花火に点火すると、大急ぎでその場所から離れた。
ドンッ ドドドンッ スドォンーーン
大量の火薬の破裂音で地面が揺れ、砂が舞い上がり数十発の花火が同時に青空に白い花を咲かす。
ギ ギ ギギャアアーーーァァ
耳をつんざく金切声が響き、砂が山のように盛り上がると、中から爆炎とともに砂漠竜が飛び出してくる。
砂と同じ白い保護色の鱗をきらめかせ、長い胴体に鉤爪の手足が東洋の竜に近い姿をした巨大な竜が姿を現す。蒼珠砂竜の名の通り頭部に青い珠が埋め込まれ、裂けた口から青白い炎の舌がチラチラ覗いていた。
砂漠の強い日差しを嫌い、身をひるがえし砂の中に潜り込もうとするところを、先回りして待ち構えていた自警団が、手にした銛や釣り針を投げ竜の鱗に引っ掛ける。
銛や釣り針には銅線の釣糸が取り付けられ、竜が暴れるとソレが体に絡みつく。
ティダが砂漠竜の前に歩み出て、雷属性の銀色に輝く呪杖を構えた。
「そこの神官、お姉さまの、術の行使をよく見ていなさい。
雷よ集え鳴り響け 稲妻鷹落 」
銀髪のエルフが杖を振り上げると、バチバチと白い火花を散らす雷の塊が、巨大な珠になって杖の先に浮かぶ。
魔力を込め、勢いよく振り下ろされた雷の塊が砂漠竜に当たり弾ける。
竜の体に纏わりついた銅線に電撃が伝い、黄色い火花が砂漠竜の巨体を這い回った。
しかし、これだけの電撃を受けても、砂漠竜に致命傷を与えることはできない。
砂漠竜にとっては静電気程度の威力しかないが、今まで敵の攻撃をほとんど受けたことのないボスモンスターを苛立たせるには充分だった。
「さて、次はアンタたちの番よ。5人で行えば同等の電撃の威力があるわ」
ティダは、竜の暴れる様を驚いてポカンと見ている神官達に声を掛ける。
慌てた5人の神官は、てんでバラバラの、力のない呪文詠唱で呪杖を振るう。
シュプ パシュ バシャ ビリリ プスン
放たれた電撃は、横に外れたり途中で欠き消えて、砂漠竜の体にすら届かない。
その隙に、せっかく地表に誘き出した砂漠竜は、ノソノソと砂の中に潜り姿を隠してしまった。
「どうも杖の調子が悪いなぁ」
「ここは暑っいし、寝不足で力が出ないよ」
「どうして私が冒険者に使われなくてはならないんだ」
彼らには「モンスター狩りは野蛮な連中の仕事」という考えがこびりついている。
文科系体質の神官たちは、砂漠竜を見逃す失態を犯しておきながら、ブツブツと言い訳しだした。
人並み外れた美貌の、常に天女の様な微笑みをたたえたエルフは、手に持つ武器を呪杖から細い木の板に持ち替えた。
それは、教室の黒板の横に引っかかっている、1メートルものさし(竹製)。
「SENのヤツ、この連中は手がかかることを知っていて、俺に押し付けたのか。
まぁお姉さまにかかれば、あっという間に「素直なイイ子ちゃん」に シテアゲル。
調教パート2、始めますか」
相手の雰囲気が変わったことに気付いた神官は後ずさりした。
それすら気づかすベラベラと愚痴っている男に、凍るような笑みを口元に張り付かせ、ギラギラと瞳が光らせたティダが近づく。
突如、切り裂くような鞭打つ音とティダの高笑い、神官の悲鳴が砂漠に響き渡った。
1時間後、神官たちの呪文詠唱がピタリとハモる。
「「「「オアシスを救うのが我々の務めだ 雷よ集え鳴り響け 稲妻鷹落」」」」
神官五人の息の合った、気合が入った呪術が砂漠竜の体を打ち、砂漠竜は、巨体を引きずりながら背中を向けて逃げ出す。
初めて上手く決まった攻撃に、神官たちは喜声を上げて拳を振り上げる。
パチ パチ パチ
舞い降りた天女の様な、慈悲深い微笑みを浮かべたティダが、拍手をしながら満足げに頷く。
「なんて素晴らしいチームワーク。
お姉さまの思った通り、お前たちはやればできる子なのね」
「「「「アリガトウ先生!!貴方のおかげで俺たちは生まれ変わったよ!」」」」
ノリノリで次の攻撃に取り掛かる神官たちを眺めながら、ティダは小さな声で呟いた。
「やばいっ、こいつら簡単にマインドコントロールに掛かっちまう。
大神官を追い出した後、代わりに上に立つヤツを仕立てあげたほうがいいな」