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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
魔獣グリフォン編
128/148

クエスト123 ロクジョウギルドにて

新章の始まりです。

 ハクロ王都の東、深い森との境目に建つボロ別荘に、紺色の巨大な鷲の翼と上半身、獰猛な獅子の下半身をもつグリフォンが舞い降りる。

 地上ではロクジョウギルド長 桔梗キキョウと、ハーフ巨人戦士三十人が整列して王族の到着を待っていた。

 グリフォンの背負う豪奢な籠の中から、三人の神科学種が降りてくる。

 続いて騎手台から降りてきたのは、紺のマントに黄金の鷹獅子文様が浮かび胸当てにもグリフォンが描かれた衣装を着た白髪の男がキキョウの前に立つ。

 後ろで控えているハーフ巨人戦士たちは、その風貌から巨人王族の中でも最高位の者であると判断する。

 足の悪く膝を折る事ができないキキョウは、胸に手を当てたまま深々と巨人王に叩頭した。


「わが主 鉄紺陛下。改めてご報告いたします。

 陛下より承りました特命を、ついに果たすことができました。

 ココにいる者たちは皆優れたハーフ巨人戦士。

 王のご子息であられる第二十六位王子竜胆さまを慕い、集ってきた者たちです」


 巨人王の忠君である桔梗は感極まった表情で王に語りかけ、白髪の鉄紺王は満足げに頷くと歩み寄りその肩を叩いた。


「よくぞこれだけの猛者を揃えた、でかしたぞキキョウ。

 彼らは竜胆を慕ってきたというが、お前が長であるロクジョウギルドだから彼らは集まってきたのだ。

 天はお前の苦労を見ていた、ソレが報われたのだ」


 王のねぎらいの言葉にキキョウは涙を流す。

 二ヶ月前、役たたずのハーフ巨人たちの溜まり場だったロクジョウギルドに竜胆が乗り込んできた。

 キキョウは多額の賞金がかけられていた竜胆を捕らえず、匿う事に決めた。その時から全ての運命が回り出したのだ。

 王との感動的な場面に、後ろで控えているハーフ巨人戦士の中にはもらい泣きする者もいた。

 と、突然、晴れ渡る空の日差しが遮られ、肌を切り裂くような冷たい風が吹いてくる。

 宙を舞うのは雨粒ではなく、透き通った小さな氷の塊。

 そして別荘正面玄関上の壊れたバルコニーが完全に氷結し、そこに四枚翼の小さな精霊が立っていた。


「お久しぶりです、鉄紺王さま、ハクロ王宮で騒動があったらしいですね。

 私の後宮でグリフォンが大暴れして、中は壊滅状態だとか。

 それと側室をひとり、トド、菖蒲アヤメ姫を第五位側室に格上げされたとか。

 YUYUは怒ってなんかいませんよ。ただ、陛下から何のご相談もいただいていなかったので、直接詳しいお話を聞かせてください」


 愛玩人形のように完璧な笑みを浮かべたハイエルフは纏う空気すらも凍らせ、巨人王に「どんな言い訳をするのか」と脅していた。

 壊滅魔法を行使する寸前まで気を高める王の影と、その気に飲まれまいと覇気を強める鉄紺王。

 地面に突然亀裂が走り別荘の壁が所々崩れ落ちる。近くを飛んでいた鳥が、警戒音を発しながらUターンして逃げてゆく。

 

「鉄紺王陛下、どうぞ館の中へ。YUYUさまとじっくりお話し合い下さい」


 終焉世界最強夫婦の修羅場に、慣れた様子でキキョウは口を挟む。

 夫婦喧嘩が本格的な乱闘になれば、このボロ別荘は簡単に破壊されるだろうな。苦労人のギルド長は心の中でため息をついた。



 ***



 鉄紺王より先に別荘に入ったハルたちは、帰りを待っていた竜胆に呼ばれる。

 食堂の大テーブルに深い森の地図が広げられた、グリフォン捕獲ルートの打ち合わせが始まった。

 

「グリフォン捕獲のため、ゴブリンのテリトリーだった安全地帯にベースキャンプを設営した。

 ベースキャンプの設営は馬鹿みたいに簡単だ。

 俺たちは深い森の拠点を確保するため、苦労して安全地帯に住んでいたゴブリンを討伐したのに、膨大な魔力持ちのYUYUがいるだけで周辺のモンスターは姿を消した」


 呆れた口調の竜胆に、その光景を想像したティダは思わず吹き出した。


「くくっ、その話だと王の影YUYUは深い森の巨大モンスター以上の化物だな。

 YUYUが同行すれば余計なモンスターと戦う必要はないから、グリフォン捕獲に集中できる」

「竜胆、俺も宰相の仕事を片づけてきた。今回の深い森の狩りに参加する。

 安全地帯を拠点に、深い森の奥地にある巨人族遺跡洞窟を目指せ。ココを確保すればグリフォンの巣があるタカカオ山は目の前だ。

 ずっと王宮に引きこもっていたからな、最上位狩猟クエストは腕慣らしにちょうどいい」


 ゲームの中で年に数回行われていた最上位モンスター狩猟を、実際に体験できるのだ。

 廃ゲーマーSENがこれほど面白いクエストに参加しないわけがない。


「ああ、SENが加わるなら助かる。

 ケイジュ、いや、次期王候補に選ばれた桂樹ケイジュ兄上は、王宮に戻ることになった。

 兄上と一緒に深い森でグリフォン狩りをしたかったが、とても残念だ」


 竜胆の向かいには、艶やかな紺色のマントを羽織い巨人王族の正装をした第十九位王子 桂樹ケイジュが座っている。

 実の兄と詐欺師ロウクに騙されロクジョウギルドにやってきた王子も、これで王宮に戻ることが出来るのだ。


「ありがとう竜胆。それに神科学種さま、特にSENさまにはどれほど感謝しても足りません。

 ソテツ兄上に盲目的に従い、詐欺師の甘言に惑わされた。俺は二度とこんな愚かな過ちは繰り返さない。

 巨人王に選出されるのは鬼仮面の青磁兄上だろう。

 俺は少しでも、次期巨人王の力になれるように努力する」


 付き物が取れた晴れやかな表情のケイジュ王子は、膨大な借金を帳消しにしてくれたSENと話がしたいと言った。

 竜胆はSENに席を譲り、扉の横で煙草を一服しているティダの側に来た。

 ハルはキキョウに呼ばれて、食堂を出ていった。




 すでにグリフォン捕獲作戦の準備は整い、明日の朝イチでギルドを出立し深い森での作戦行動に入る。

 竜胆がティダにグリフォンを捉えたいと告げてからほぼひと月、それがついに実行されようとしていた。


「今回の狩りには、グリフォンに詳しいギルド長の桔梗も同行する。足の悪い桔梗はウツギに背負ってもらおう。

 その間ロクジョウギルドは、副ギルマスのトクサ夫婦とその父親に留守を任せる」

「えっ、お姉さまたちが留守の間にトクサは結婚したのか。

 アノ頑固親父が、よく結婚を承知したな」

「ハルが王宮からいつまでたっても帰ってこないから、暇を持て余したYUYUとクノイチたちがお節介をして、無理矢理二人の結婚式を挙げたんだ。

 いくら頑固親父でもアノ王の影には逆らえない。俺が見ても気の毒なほど落ち込んでいたよ」


 確か彼女の父親は中級ギルドの元会長だ。ギルド運営に関してはキキョウより詳しい。

 運悪く王の影YUYUに目を付けられた父親は、娘夫婦の手助けをしなくてはならないだろう。

 まさに適材適所、なるほどとティダが感心していると、竜胆は渋い顔で話を続ける。


「それから、今回の狩りにハルも同行させるのか?

 アイツの実力で深い森の奥に入るには危険だ、あまりに弱すぎる。グリフォン捕獲には同行させられない。

 ハルは森の中の安全地帯に待機して、料理当番をさせる」


 竜胆は獰猛な最上位モンスター グリフォン捕獲のために、同行するハーフ巨人戦士を選抜し精鋭部隊を組んでいる。

 皆、巨人王の警護が務まるほどの実力があるハーフ巨人戦士だ。その中に初心者レベルの弱いハルが加わっては、足手まといになる。

 しかしティダは冷たい口調で竜胆に「ダメだ」と告げた。


「竜胆、お前が深い森で狩りを始めたのは、激レアモンスターを狩って金儲けすることが目的か?

 違うだろ。ハーフ巨人でも魔獣を倒せる、ハーフ巨人でも戦うことが出来る、ハーフ巨人は人間の奴隷ではない。それを身をもって行動で示し証明するためだ。

 ココに集うハーフ巨人たちは、半数はお前のカリスマ性に惹かれ集った。

 そして残り半数は、ククッ、ロクジョウギルドに行けば美味い飯が食えると集まってきた」


 そこまでティダが話すと、竜胆は腕を組み唸る。

 ティダの言う通り、モンスター狩りをするだけなら、腕自慢の荒くれ者ばかりが集っただろう。

 しかし実際はハーフ巨人でも差別することなく世話を焼くギルド長のキキョウを信用して、わざわざ上級ギルドを抜け駆けつけたトクサのような戦士がいる。

 貧しい食事をしていたハーフ巨人たちに、美味い飯を振る舞うハルがいたから、彼らは家族を引き連れてギルドに加わった。


「ティダ、アンタには一度、いつまで狩人の首領ゴッコをするつもりだと言われたことがあったな。

 俺ひとりでは、狩人の首領どまりなんだろう。

 ウツギのヤツなんか俺を呼び捨てにするくせに、ハルは様付で呼んでいやがる」

「竜胆、どんなに危険な深い森の奥で狩りをすることになっても、ハルちゃんを連れて行け。

 ハルちゃんを危険から遠ざけようとしても運命は動く。

 まぁ、ハルちゃん自身が勝手に動き回って騒動を起こすと思うが」




 深い森の奥で、次に待ちかまえる試練は何だ。

 オアシスの砂漠竜と大神官を倒し、枯れた泉を水で満たし木の実で飢えから人々を救った。

 鳳凰小都では聖人を選出し、寒さで凍える街の人々に神の燐火を与える。

 さらわれた島では、奴隷海賊を倒し猫人族の娘を救い、異界の魔物まで退けた。

 そしてハクロ王都では失われた魔法陣を起動させ、怒る聖獣を鎮め緑の豊かな大地に変えた。


 しかしそれを成し遂げるために、ハルや竜胆たちは戦い足掻き、力を振り絞りその果てに奇跡が起こる。女神ミゾノゾミは祈るだけでお願いを叶えてくれるような、お優しい女神ではない。


「女神の憑代であるハルちゃんがハクロ王都に降臨したのは、第三位王子 蘇鉄ソテツの願いに答えるためだった。

 そういえば竜胆、巨人王の座すら望まないお前でも、なにかミゾノゾミ女神に願った事はないか?」

「俺が女神様にお願い事?

 俺は自分でなんでも出来る。女神に願うなんて……ああ、ひとつだけあった」


 そこまで言うと、竜胆はふてぶてしく笑いながら隣の見目麗しい天女に顔を近づける。


「ティダ、後でアンタにだけ教えてやる」



 

 バッタァーーーン


「ワーイ、ティダさんSENさん、これを見て下さい!!

 鉄紺王さまから貰っちゃった。

 僕、前から大きな鍋が欲しかったんですよ。

 あれっ、竜胆さん。なんで扉に挟まっているの?」


 目の前の扉が勢いよく開き、ハルが興奮しながら食堂に飛び込んできた。

 ティダは開いた扉から飛びのき、そして真正面にいた竜胆は顔面をしたたか打ち付けて悶絶する。

 ハルは嬉しさで瞳をキラキラと輝かせながら「大きな鍋」を頭上に掲げ、SENとケイジュ王子がいる大テーブルの地図の上にそれを置いた。


「おいハル、これはまさか!!コイツは「大きな鍋」じゃないぞ」

「ハルさまの言う「大きな鍋」とは……。

 巨人王しか持つことを許されない【覇王の鷲獅子兜】ではありませんか」

「ハルちゃんの持つソレは、ゲームで言うならラスボス装備の最高級防具。

 しかも唯一しか存在しない【覇王の鷲獅子兜】。超激レアアイテムだよ!!」


 現在ハルが鍋として愛用しているドラゴンヘルムもかなりの激レア品だが、今目の前にある【覇王の鷲獅子兜】は桁違いに高価な、いや、値段さえ付けられない終焉世界の至宝だ。


「次の巨人王は鬼仮面の青磁王子さまだから、フルフェイスタイプの【覇王の鷲獅子兜】は使わないんだって。

 だから僕が譲って貰ったんだ。

 この大鍋なら、ドラゴンヘルムの三倍量のスープが作れる。

 しかも保温機能も抜群だから、熱々のスープが半日たっても冷めないんだ」

「待てよハル。お前恐れ多い、いくらなんでも罰当たりだぞ。

 つうか親父、なんで王の証である【覇王の鷲獅子兜】をコイツにやるんだよ。

 鍋にするぐらいなら俺が貰ってやる。そいつをよこせ」

「これは巨人サイズの兜だから、ハーフ巨人の竜胆さんには大きすぎるし、全然似合わないよ」


 毎度のハルと竜胆の口喧嘩が始まり、竜胆は言い負かされてしまう。

 暴力王の兜は、禍々しい角をイメージした鋭利な飾りが付いていて、ハルはその部分を鍋の持ち手にすると嬉しそうに「大きな鍋」を抱えて厨房に入っていった。

 廃ゲーマーのSENは、驚きを通り越して呆れた口調で呟いた。


「まさか、終焉世界にたったひとつしか存在しない究極防具を鍋にするハルもハルだが、それを簡単に譲る鉄紺王も想像がつかないほどの太っ腹だ」

 


 ***



 ハルに兜をプレゼントした白髪の鉄紺王は、ボロ別荘離れの客間にいた。

 王の側には波打つ水色の髪が美しく豊満な肉体を持つ第十八位側室水浅葱が控え、その腕の中で大事そうに抱えているのは、瞼を閉じたハイエルフだ。

 ただ、寝ているにしては様子がおかしい。YUYUから寝息は聞こえず、細い手首の脈が止まっている。

 

「鉄紺王陛下、今YUYUさまの魂は、アチラの世界に還られています。

 YUYUさまがよくおっしゃる【ログアウトしてリアルに戻っている】状態です」


 鉄紺王とYUYUの話し合いはキキョウが心配したほど大事にはならず、お互いの情報交換をするだけだった。

 それから鉄紺王がハルに大鍋の代わりに【覇王の鷲獅子兜】を渡そうと席を外している間に、突然YUYUが意識を失った。


「これまでYUYUが意識を失うのは年に一度程度だったのが、この半年ですでに十回以上【魂の居ない】状態になっているのか」

「ハイ、そうです鉄紺王陛下。

 気を失われても数分で目覚められるのですが……でも私は、いつかYUYUさまがアチラの世界から戻って来れなくなるのではと、心配でなりません」


 今にも泣き出しそうに肩を震わせる水浅葱を、鉄紺王は抱えたYUYUごと引き寄せ抱きしめる。


「心配するでない水浅葱。儂とYUYUの魂は『王族の契約』で結ばれている。

 たとえ異なる神科学世界リアルに戻っていても、その魂を呼び寄せることができる。

 それからあの女神の憑代の子供も、YUYUと同じ状態なのだな」

「終焉世界に現れた三人の神科学種のうち、ティダ様とSEN様の魂はこの世界に在ります。

 ハルさまだけはYUYUさまと同じで、時折魂が【ログアウトしてリアル】に還られます」


 読心術の能力を持つ水浅葱は、魂を形として捉えることができる。

 王の影YUYUの魂を見守り、三人の神科学種の魂を監視するのが彼女の務めだ。

 二人の会話に反応するかのように、小柄なハイエルフは水浅葱の腕の中で身じろいだ。

 水浅葱は安堵の声をあげる。


「ああ、YUYUさまがお戻りになられました」




 半年前終焉世界に現れた三人の神科学種。

 巨人王鉄紺はこれまで十人ほどの神科学種たちと会っていた。

 彼らは一様に【ゲームからログアウトできなくなった】と不思議な事を言い、元の世界に【ログアウトしてリアル】に還ろうと足掻く者もいた。

 しかし彼らには、それぞれ与えられた役目があるようで、YUYUはそれをクエストと言う。

 まるで神が、世界に必要とする知識と力を持つ魂を選択して、神科学世界リアルから招き入れているようだ。


「我が妻、王の影は、もはやこの世界になくてはならない存在。決して手放したりはしない。

 しかし終焉世界に魂の根付かない女神の憑代は、ある日突然魂が【ログアウトしてリアル】に還ってしまう危険があるのだな」

※久々に「ハルちゃんのモンスター料理」も更新しています。あわせてご覧ください。


※キャラアンケート人気投票開催中です。是非是非ご参加ください。

 5/29現在、竜胆と紫苑が二位争いというビックリ展開です。

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