クエスト122 黒マントを着た悪魔
上級ギルドヤタガラスの広い貯蔵庫の中に蓄えられていた二ヶ月分の砂糖は、一粒残らず消えていた。
詐欺師ロウクの声が倉庫中にこだまする。
「な、なんだこれはぁーー。倉庫の中は空じゃねえか!!
貴様が勝手に持ち出したのかっ」
詐欺師ロウクは己が置かれた状況も忘れ、目の前にいる男を指差した。
黒マントに紺色の燕尾服、白地に金の王紋が織り込まれたシャツを着た男は巨人王族宰相代行で、ロウクと砂糖の現物取引契約を交わしていたから、持ち出されても文句は言えない。
「クククッ、上級ギルドヤタガラスのロウクさん。
アンタが何を言っているのか、さっぱり判らないな。
俺は巨人王宰相としてではなく、アンタのギルド経理係を通して砂糖を個人購入したんだ。
買った商品も持ちかえるのは当たり前の事だろう」
「まさかこれだけの砂糖を持ち帰っただと。俺の所にはそんな報告上がってきてないぞ」
白面のロウクがそう叫ぶと、後ろに控えた側近の小太り男は抱えていたスーツケースから書類を取り出し中を確認した。そこには砂糖の取引を行ったという書類は見つからない。
この男が許可無く貯蔵庫に不法侵入して、砂糖を勝手に持ち出しただけじゃないか。
「ええっと名前は忘れちまったな。
宰相さま、俺のギルドがアンタ個人との商品取引をしたという証拠を記した書類は一枚もない!!」
だがSENは、勝ち誇ったかのように笑うロウクの鼻先に、胸ポケットからなにかを取り出し突きつける。
それは数字の書き込まれた分厚いメモの束で、砂糖の小売販売時に切られる領収書だった。
少量の小売販売で切るレシートは、わざわざ客の名前を控えない。
その盲点を突き、SENとの個人取引がロウクに知られないように、協力者の経理係が入れ知恵をした。
SENは自分の全財産にティダから借金までして、一日に十数回も砂糖を繰り返し購入したレシートが数百枚ある。
「キヒヒッ、これで俺が個人的に砂糖を購入したと判ってもらえたな。
しかし俺個人と、巨人王族宰相代理として行った砂糖取引は別の話だ。
ロウクさん、俺がアンタと最初に交わした契約書通り、今日が商品納品日だから、書面通りに全ての砂糖を引き渡してもらおう。
まぁ、肝心の砂糖が見あたらないが、どうするつもりかな?」
「まさか貴様ぁ、最初から俺をハメるために罠を仕組んだのかぁ!!」
「負け犬の遠吠えは心地良いなぁ。
ロウクさん、アンタ詐欺師としては一流だが、伸るか反るかの相場師としては最低だ。
グヒヒッ、騙し取ることしか考えない、相手に全てを奪われる覚悟がない」
もはや八方ふさがり、万事休すだ。
ロウクに残された手段は、この宰相代理の男の口を封じることだけだった。
幸い相手は護衛も付けず一人だけ、自分たちは二人だ。
丸腰で自分の前にいる黒マントの男に狙いを定め、ロウクは毒針を仕込んだ仕掛け杖を握り、男に気づかれないように持ち手のボタンに指をかける。
「今の言葉、そっくりアンタに返すぜ。
俺の前に丸腰で突っ立っているなんて、不用心すぎるなぁ!!」
ロウクは狙った獲物を仕留めるためなら、平気で他人を巻き込み無差別攻撃する男だ。
この窮地を逃れるためなら、相手が巨人王宰相代理でも平気で口封じする。
杖を持ち上げると至近距離から狙いを定め、獲物に向けて猛毒を仕込んで針を放った。
その時SENの黒マントがひるがえり、飛んできた毒針を簡単に払いのけると、広がった漆黒のマントが一瞬ロウクの視界を塞ぎ、闇の中から男の腕が伸びて仕込み杖を奪った。
「えっと、話が逸れちまったなぁ。
もう一度言うぞロウク。今日が納品日だ。
契約書通り、今すぐここで、全ての砂糖を引き渡してもらおう」
「ち、ちょっと待ってくれ。少し時間をくれないか。
アンタが貯蔵庫の砂糖を全部買い占めたという事は判った。
今から王宮に納める砂糖は、南のエリアから明後日に入荷されるはずだから、あと三日待ってくれ!!」
「それは無理だな。南のエリアから入荷予定の砂糖も俺が全て抑えた。
南エリア領主、第十九位王子ケイジュが詐欺ギルドに騙されて作った借金は、それを含む資産と権限を巨人王を通して宰相代理の俺に移されているんだよ」
SENは、ケイジュ王子が治めていた南の領地で生産される砂糖の出荷を一時停止させていた。
また北の果てから海路で結ばれる向こうの大地から輸入される砂糖は、ティダが全方位転送魔法陣の一部を通行規制して、王都に入る輸送路を閉じている。
「俺は王都全ての砂糖を管理し、俺の許可なければ一粒たりとも砂糖は手に入らない。
キヒヒッ、どうする詐欺師ロウク、この契約書の内容を履行出来なければ、とんでもない災いがお前たちに降りかかるぞ」
終焉世界で交わされる契約は必ず履行されなければならず、一方的に契約破棄をされた場合、それ相応の対価という名の呪いが対象者に降りかかる。
ロウクの後ろから悲鳴が起こり、小太りの側近がわめきながら左手の中指にハメたギルド員の証である銀の指輪を抜いた。
「ひぃいいぃ、もうアンタには付いていけねえよ。
巨人王族と交わした契約を破った者は末代まで祟られるんだ。
こんなギルド辞めてやる。俺はまだ死にたくねぇ、あんたと心中なんてゴメンだぁ」
「なんだと、俺のおかげで散々贅沢してきたくせに、土壇場になって裏切るのか!!」
ロウクの罵声を浴びながら、小太りの男は転がるように扉に向かって走り出す。
その時男が放り出した鞄の口が開き、散らばった書類の半分、宰相代理のサインが書かれた契約書が舞い上がると生きている鳥のように小太り男の周りに群がった。
「なんだぁ、この紙は、ヒィ痛てぇ、皮膚が切れたァ!!
紙が刃物みたいになって、やめて、やめてくれっ〜〜」
地面にうずくまる男の周囲をかすめて飛び回わる契約書は、白い紙が血糊で徐々に赤く染まってゆく。
そしてロウクの周囲には、それ以上の枚数の契約書が飛んでいた。
バサバサと紙が宙を舞い風を切る音は、まるで悪魔の羽ばたきに聞こえる。
「どうするロウク。俺が砂糖売買の契約違反を宣言すれば、王族の呪いがお前に降りかかるぞ。
刃物状態になった契約書類がおまえを襲い、わすか数分で肉も骨も切り刻みミンチになっちまうなぁ」
全身から脂汗を流し化粧した白面が剥げた詐欺師ロウクは、死刑宣告を告げた悪魔に土下座して頭を床に擦りつけて許しをこう。
「終焉世界の覇王である巨人族を陥れようとしたお怒りはごもっともです。
ケイジュ王子さまたち巨人王族の借金は帳消しにして、借用証書の契約更新料もいただきません。
どうかなにとぞ、命だけお助けください」
だが、頭上から降ってきた声は冷たい。
「王族の借金を帳消しにしても、この呪いは解けない。
砂糖買い取りの契約をした時、俺がアンタに前払いとして渡した金と宝品を返済する必要がある。
金は工面できるかもしれないが、巨人王族の宝物は売っ払った後だろ。アレの代わりになる宝物を準備するのは不可能だな」
SENは砂糖の購入代金として、わざと貴重な巨人族の宝飾品を数点ロウクに渡した。
取引で通された詐欺ギルド応接室は、中に飾られたインテリアの統一性が無く雑多で物置のような雰囲気だった。
どうやらロウクの鑑定眼は大したことなく、王族の宝物も低評価でさっさと売っ払うだろうと予想できた。そして買い取った所有者は巨人王族の所有する超一級宝物の価値が判るなら、簡単には手放さないはずだ。
もはやなすすべもなく死刑執行を待つだけのロウクは、言葉も失いガタガタと震えている。
腕組みしたままその姿を眺めていたSENは、今度はズボンのポケットから4つ折でたたまれた紙を取り出しながら呟く。
「ああ、そういえばたった一つのだけ、お前がミンチにならず生き延びる方法があるが、俺と契約を交わすか?」
SENは手にした一枚の書類を詐欺師の目の前で広げる。
顔を上げそれを見たロウクのくちびるがワナワナと震え、額に青筋が浮かび上がり、血を吐くような声で吠えた。
「こ、これは俺のギルドヤタガラスを丸ごとアンタに譲り渡すという委任状。
畜生、キサマ最初からギルド乗っとりが目的だったのかぁ!!」
SENは宰相代理として王族の借金を肩代わりしている状態だが、SEN自身がヤタガラスのギルド長になれば、その負債はプラスマイナスゼロになる。
それに「ネット有料エロサイト契約」に似た手口で行われた書類の契約更新料も、解除する必要すらなくなる。
またSENが個人所有する砂糖は、王族の砂糖買い付け契約を履行するに充分の量があった。
「おい、よく見ろよ。キヒヒッ、書類は二枚綴りだ。
ヤタガラスギルドの資産だけじゃ全然足りないが、俺はアンタ自身の詐欺師としての才能も評価しているんだ。
ギルドヤタガラスの譲渡と詐欺師ロウクの奴隷契約をセットで、砂糖買い付け契約解除とする。
さぁ今ココでミンチになるか、俺の犬になるか決めろ」
***
背中に豪華な駕籠を乗せたグリフォンが、ハクロ王都の東の空を飛んでいた。
グリフォンの頭上に立つ白髪の巨人王鉄紺は、金色の髪の小さな萌黄を右肩に乗せながら手綱を握っている。
隣でオレンジの巻き毛に紅いドレスを着たトド姫が、王からグリフォンの飛行操作方法を教わっていた。
色鮮やかな宝石の屋根に紺に金で縁どられた駕篭の窓から、身を乗り出して眼下の景色を物珍しそうに眺めてるハルに、中にいるSENが声をかける。
「ハル、ちょっと窓を閉めてくれ。書類が飛んで整理ができない」
あっ、ごめんなさい。とハルは慌てて窓を閉めた。
駕籠の中には、色鮮やかな絨毯の上で直座りで座卓に書類を並べ数字を書きこんでいるSENと、奥のソファーで足を組みキセルを手に紫煙をくゆらせるティダがいた。
ハルたちを乗せたグリフォンはロクジョウギルドを目指している。
第三位王子 蘇鉄が次期巨人王候補から外れ、代わりに第十九位王子 桂樹が候補に選ばれた。グリフォンはロクジョウギルドに滞在しているケイジュを迎えに行くのだ。
ハルは並べられた書類を覗き込むが、書き込まれた数字の桁が大きすぎて内容が全く理解できず、きっと自分が想像できない相場師の世界なのだろうと思った。
「すごいよSENさん。
これって詐欺ギルドから回収した書類でしょ。
SENさんはヤタガラスのギルド長だから、もの凄い大金持ちになったんだよね?」
「はぁーー、何言ってんだハル。
高値で買い付けた砂糖は一般人が変える値段で市場に戻さなきゃならないし、詐欺ギルド一番の儲け口だった巨人王族の契約書類更新手数料がゼロになったんだ。
宰相代理としては巨人王族の借金がチャラになったからイイけど、俺個人がつぎ込んだ金は返ってこない。大損だよ、大損!!」
「ええっ、それじゃあSENさんはどのぐらい損をしたの。
この書類に赤字で書かれている数字が損した金額?……ってほとんど全部じゃない」
「フン、これは詐欺ギルドを乗っ取るための初期投資だ。
まずギルドの扱う商品に、天才画伯の萌萌女神姿絵を加えて大量に売りさばいて、損した金を取り戻すぞ!!」
普段の変態紳士モードに戻ったSENは、赤字だらけの書類を楽しそうに処理していた。
キセルで煙草をくゆらせていたティダがSENにたずねる。
「そうだ、SENはお姉さまからも借金しているんだ。しっかり稼いでくれよ。
でもSENは深い森の狩りに参加するんだろ。その間王宮はともかくとして、ギルドヤタガラスはどうする?」
「それなら心配する事はない。俺の企みに協力した経理係を副ギルマスにギルド運営を任せた。
詐欺ギルドの中にいても真っ当に取引をしてくれた男だ、そいつが上手くやってくれるだろう」
そこで言葉を区切ったSENにティダは目配せすると、ハルに話を聞かれないように直接 念話で話す。
「SEN、お前と奴隷契約した詐欺師ロウクはどこにいるんだ」
「ああ、詐欺師ロウクには「霊峰神殿に行け」とだけ指示を出した。
ヤツはこれまで通り自由に行動出来るが、見聞きした事は全て俺に報告させる。
あの男は使える。人を騙すことも巧いし、目的のためなら暴力もためらわない」
「なるほど、詐欺師ロウクをスパイに仕立てたのか。良い考えだな。
あのアマザキ相手に卑怯な行為を取らなくてはならない場合、お姉さまたちパーティがソレを行うとハルちゃんの幸運度に影響する。汚れ役が必要ということか」
詐欺師ロウクはとにかくしぶとい男だった。
竜胆に剥かれてもティダに縛られて噴水に吊るされても、へこたれることなく悪事を繰り返し、最後は詐欺師ロウク以上のペテン師SENにすべてを奪われ、奴隷契約をさせられた。
SENの考える謀の裏で動かすには、とても適任な人物だ。
「そうだティダ。ゲームの中での霊峰神殿は、決して立ち入ることの出来なかった聖域。
廃ゲーマーの俺すら、あの中がどんな状態なのか全く知識がない。
そして今回の後宮騒動でアマザキにハルの存在が知られ、それをめぐっての争いが始まる」
現在SENが知る唯一の情報は猫人族の女騎士からもたらされたモノで、彼女の話によると霊峰神殿は祝福の力が枯渇し、それを補い霊峰神殿そのものを動かしているのは偽法王アマザキの魔力だった。
したがって偽法王アマザキの意にそわないものは魔力の恩賞を受けられず、狂信者が人々に信仰を強制する末期的な状態だという。
この終焉世界で最も価値があるモノは、巨人王の覇王の力でも霊峰神殿の法王の魔力でもなく、降臨した女神がもたらす祝福の力。
その力を持つ唯一の者は、今SENの目の前でのんびりと茶を啜り自分で手作りした菓子をほおばっている。
「もうすぐロクジョウギルドに到着だね。竜胆さんたちは狩りの準備が出来たかな?
深い森の珍しい果物に美味しいモンスター食材をこの目で見たい。もちろん僕も参加するよ」
後宮で白いお菓子を作るために閉じこもり気味だったハルは、楽しくてたまらない様子だ。
瞳を輝かせワクワクした姿は、深刻な話をしていた二人の緊張感を吹き飛ばす。
「ハルちゃん、今回の狩りの目的はグリフォン捕獲だからね。
それからグリフォンは美味しいかもしれないけど、食材ではないから」
「あー、なんか嫌な予感がするぞ。
ハル、モンスター料理の毒見は竜胆とウツギにさせろよ。俺はまともの料理しか食わないぞ!!」
騒々しい三人を乗せたグリフォンが、ロクジョウギルドのボロ別荘上空を旋回する。
人間も巨人もハーフ巨人も空を仰ぎ、中庭で子供が手を振っている。
『End of god science -神科学の終焉-』
・ハクロ王都 ロクジョウギルドクエスト complete
ハクロ王都編からロクジョウギルド編まで、長い間続いたお話がやっと一区切りしました。
次回から、グリフォン捕獲の新クエストです。
※5/20 おまけ話 ハルちゃんのモンスター料理更新