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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ロクジョウギルド編
125/148

クエスト120 空いた巨人王候補の椅子

 この日ティダは城壁の外にある人間の都で、白い菓子を配っていた。

 そこで念話チャットを受信しハルの危険を知らされ急いで馬を走らせて戻ってくると、王宮ではペガサスとファイヤードラゴンが暴れ、後宮は大通り周辺が半壊状態だった。

 

「これはいったい、お姉さまが居ない間に何があった?」


 建物の中に隠れていた女官たちは、後宮門の前で馬から下りるティダの姿を見て髪を振り乱しながら駆け寄ってくる。


「ああ良かった、ティダさまがお戻りになられた」

「天女さま、お聞きください。あのトド姫が、よりにもよってグリフォンで後宮の中を飛び回り、何もかもメチャクチャにしたのですっ!!」

「嫁ぎ先が見つからないトド姫が、人目を引くためにやらかしたのよ!!」


 女官たちは一斉にトド姫とグリフォンが後宮を荒らしたと訴えるが、ハルが大蜘蛛に襲われた件はまったく知らないという。


「グリフォンは鉄紺王の騎獣じゃないか、何故後宮の中で暴れたんだ?」


 疑問符だらけのティダにSENから連絡が入り、ハルの無事と居場所を知らされた。

 そこはティダのいる後宮門から大通りを一直線に、グリフォンが建物をなぎ倒して突っ切った先にある建物。

 どうやらハルを助けようとグリフォンを急かした結果、後宮をぐちゃぐちゃにしたのか。なんて大雑把なんだと、ティダは呆れて溜息をもらした。




 アヤメ姫の館に王直属の近衛兵が駆けつけると、ソテツ王子の保護と女官の処遇を彼らに任せた。

 ハルと青磁王子たちは、グリフォンの被害を免れた第四位側室YUYUの館に場所を移動した。何故か一緒に付いてきたトド姫が「お腹が空いた」と騒ぎ出したので、ハルは彼女を食堂へ連れてゆく。

 SENと青磁王子がサロンで今後の打ち合わせをしている所へティダが合流し、王子から事の経緯を詳しく聞いた。


「ハルちゃんが無事で良かった。

 しかし巨大蜘蛛の被害より、グリフォンが暴れた被害の方が大きいように見える」

「どうやら後宮にも、巨人王と敵対する者が紛れ込んでいるようです。

 グリフォンに破壊された館の建て替えを理由に、後宮に居座るつもりの姫や女官を外に出して、改めて全員の身辺調査を行います」


 ティダに答えた青磁王子は、兄のソテツ王子が急激に老い衰える姿を目撃しかなりのショックを受けた様子で酷く疲れた表情をしていた。


「ハルちゃんがこのハクロ王都に呼ばれた理由は、第三位王子 蘇鉄ソテツの願いを叶えるためだったのか。

 結局、全包囲転送魔法陣の起動も荒れ野に現れた聖獣も、そのオマケでしかない」


 ソテツ王子の寿命を縮め、ハルの命を奪おうとした紫苑のたくらみすら、ミゾノゾミ女神がソテツ王子の願いに応えるというクエストのひとつ。

 この終焉世界は、ハルに女神の憑代としての務めを強要し続ける。

 ティダが最も安全な場所だと選んだハクロ王都の後宮すら、ハルは危険から逃れられなかった。

 人々に祝福を与える対価としてハルは常に危機に直面し、それを切り抜けて行かねばならない。 


「ティダさま、ソテツ王子の話ですが……。

 鉄紺王はソテツ王子の次期王位継承者の権利を取り消しました。

 本当は紫苑の席も取り消したいのですが、この騒ぎにヤツが関わったという証拠はありません。

 ソテツ王子の代わりの椅子に座るのは、第十九位王子桂樹か末席の竜胆。私は二人のうち誰かを選ぶ権利を与えられました」


 鬼仮面の青磁王子が、ティダに次期王位継承者の話を聞かせるということのは、彼は竜胆を推薦したいのだろう。

 しかしティダは、はっきりと首を左右に振った。


「青磁王子、継承権の空席には桂樹王子を指名してください。

 竜胆は、巨人王には全く興味がない。

 それにハーフ巨人の差別が根付いている場所では、竜胆は本領発揮するどころか、すべてをぶち壊すことになるかもしれない」


 しかし竜胆の推薦をあきらめきれない青磁王子は、ティダを説得しようと試みる。

 その時、部屋の窓ガラスが音を立ててきしみ、激しい羽音が閉じた窓の外から聞こえた。グリフォンに乗った白髪の騎士、巨人王鉄紺が三階窓の外から中をのぞき込んでいた。

 青磁王子は慌てて窓ガラスを開くと、困惑した表情で父親に声を掛ける。 


「父上、グリフォンを屋根にとめるのは止めてください。

 この館まで壊しては、今度こそ王の影に言い訳が出来ません!!

 どうかグリフォンを、後宮門の上に戻してください」


 慌てふためく青磁王子の様子だと、ここ後宮では主の巨人王よりも第四位側室YUYUの権限が上なのだろう。

 息子にとがめられた父親は人なつこい笑みを返すと、グリフォンの手綱を放し側のバルコニーに飛び降りる。そしてグリフォンは空高く舞い上がり、ゆっくりと後宮の空を旋回した。

 



 巨人王 鉄紺はバルコニーから部屋の中に入ると、暖炉の横に据えられた豪奢な一人掛けソファーに腰を下ろした。

 ヒラヒラと手招きをして青磁王子を呼び寄せると、若々しい見かけから予想できない、重厚で威厳のある低い声で息子に告げた。


「深い森に住んでいた巨人は、森を出てこのハクロ王都を築いた。

 竜胆はハーフ巨人だが、その魂は古の巨人に近い。だからアレは再び森へ戻ろうとしている。

 知っているか青磁、竜胆のいるロクジョウギルドはハクロ王宮から見て最も東、太陽の昇る位置にあり、逆に巨人の王都は日が沈む位置にある」


 このハクロ王都に来てすぐ竜胆は騒ぎを起こし、ハルを連れて後宮を飛び出した。

 居座った先は王都の東端の僻地にある貧しいロクジョウギルド。

 竜胆とハルはギルドをひっかき回し、ギルドはわずか数ヶ月でハーフ巨人の猛者たちが集う場所に生まれかわった。


「父上、そうでした。

 竜胆とハルさまは、私の治める風香十七群島の奴隷海賊と猫人族を救ってくださった。

 私は竜胆に巨人王族の責を押しつけるのではなく、竜胆が何を成しとげるか見守るべきなのですね」


 すでに巨人が斜陽の一族であると彼らは痛感していた。近いうちに純血の巨人は絶え、世界は人間のモノになると予想し諦めていた。

 しかしここで新たな可能性、巨人族の意志を継ぐ者が現れる。

 今はまだ小さな集団だが、竜胆の持つカリスマに導かれ数年後には強力な集団と化するだろう。


「末席の年若い竜胆に頼るなど、私も不甲斐ない考えは止めます。

 ティダさま、アレは貴方に任せましょう。

 第三位王子 蘇鉄ソテツが辞して空になった巨人王候補五番目の席には、第十九位王子 桂樹を据えよう」

「ケイジュさんはとてもイイ人ですよ。

 竜胆さんより仕事熱心だし、ギルドのハーフ巨人にも対等に接するし、一度借金して痛い目に遭っているから同じ過ちはしないでしょう」


 いつから三人の話を聞いていたのか、メイド姿のハルが飲み物と料理を乗せたワゴンを押しながらサロン入り口に立っていた。

 ティダはハルを部屋に招き入れ、王と王子に振り返った。


「ハルちゃんは竜胆よりもケイジュ王子押しです。

 ミゾノゾミ女神の承認を頂きました。それで話を進めて下さい」

 

 


 サロンに運び込まれたワゴンには、曇り一つない硝子のグラスに薄ピンクの飲み物が注がれている。一口サイズにカットされたフルーツが中に浮かんでいる。

 二台目のワゴンを押して部屋には行ってきたのはパッションピンクのドレスに着替えたトド姫だった。

 暖炉横に据えられた主の椅子に白髪の騎士が座り、その横に巨人王代理の青磁王子が立っているのを見ると、納得した様子でうなずいた。


「みなさん、一息入れて下さい。

 飲み物は紅茶に天蜜桃果汁で香りと甘みを加えて、炭酸水で割ってあります。あっさりとして飲みやすいですよ。

 お砂糖が手には入ったので、ほろにがカラメルの黄金卵プティングをトド、アヤメ姫さまのリクエストで作ってみました」

「ちょっ、ハルちゃん、大蜘蛛とのバトルで怪我までしたんだから、無理して料理作らなくてもいいのに」


 ハルはまだ顔色が悪く動作も鈍い、しかし苦笑いしながらティダに答える。


「うん、少しダルいけどSENさんに毒消ししてくれたし、体を動かした方が気が紛れる。

 それにトド姫に、助けたお礼に美味しいモノ作れって言われたし」

「そうですわ、私は女官食堂の厨房に忍び込んで、お前の料理の技を盗もうとしたのよ。

 もう素材の味も判らないほど甘い味付けの料理なんてコリゴリ。

 でも後宮が解散したら、お前の風変わりな異国料理を食べられないのね。

 とても残念だわ」


 後宮の中でグルメと名高いトド姫に料理をほめられたハルの瞳が輝く。大喜びで焼きたてのプティングを皿に山盛りするとトド姫に味見をさせ始めた。

 そんな二人の様子を見た鉄紺王は肩を震わせ、堪えきれずに腹を抱えて笑う。

 

「グッ、ブハハッーー。ハルさまは女官姿の方が違和感ないぞ。

 それにアヤメ姫は色気より食い気か。

 王座に座る儂を前にしても、食べ物の方に関心があるのだな」


 ついさっきまで深刻な話をしていたのに、甘い香りと共に現れた愛らしい娘?と太ったインパクトのある姫は部屋の空気をがらりと変えてしまった。

 鉄紺王の言葉に、ハルもそういえばとトド姫に話しかける。


「ソテツ王子がボケちゃったから、トド、アヤメ姫は嫁ぎ先が見つからないままだね。

 これからどうするの?」

「どうするも何も、私の館は巨大蜘蛛とグリフォンに破壊されて、もう人が住めない状態よ。

 そのまま後宮に居座わることはできないわ。母方の親戚を頼って僻地に……」


 館の床をぶち抜いたのは彼女自身だが、ついに夢見る恋する乙女も現実を受け入れなくてはならない。

 後宮は解散すると決まったのだ。鉄紺王の上位の側室以外はここを去らなければならない。

 

「青磁、お前アヤメ姫をもらわんか?」


 突然鉄紺王は青磁王子に声をかけ、鬼仮面で顔を半分隠した王子は顔面蒼白になる。

 数日前歌姫スズランと知り合い女性不信を克服したばかりの青磁王子に、アクの強いアヤメ姫はハードルが高すぎる。

 この鉄紺王さまって、竜胆さんとタイプ似てるかも。ハルは心の中でそう思った。

 アゴに手を当て指を折って何かを数えていた王は、しばらくすると閃いた様子で膝を叩いた。


「儂の側室は何人居たかな、YUYUの次は誰だ。

 そうか、第五位側室が空席ならアヤメ姫を格上げしよう。

 鉄紺王の第四位側室、王の影に次ぐ二番目の地位だ」

「えっ、それじゃあ王様、トド姫をお嫁さんにするの?」


 トド姫は、王の影YUYUとは水と油の性格をしているのだ。

 もし王様がトド姫を格上げして重宝すれば、熟年夫婦の修羅場な展開が想像できる。

 それに巨人王側近の後宮の姫や女官の務めは、色恋よりも諜報活動が主。しかし真眼を持つ姫は隠し事が出来ないし、彼女自身があまりに目立ちすぎる。


「ハルさま、アヤメ姫にはグリフォンの世話をお願いする。

 ただの魔獣ではない、グリフォンは巨人族の覇王としての象徴、王の化身のようなものだ。

 王のグリフォンに嫁がせるとでも言えば、YUYUも納得するだろう」


 うろたえて目を白黒させるハルに、鉄紺王が笑いながら説明を付け足す。

 トド姫は突然の話に驚いていたが、グリフォンの世話と聞いて飛び上がり、部屋中に響き渡る足音を立てながら王へ駆け寄った。


「ああ、我が主、鉄紺王陛下。

 私のような一介の小娘に、あのような優美で雄々しい王獣の世話をお命じなさるとは、なんという光栄でしょう」

「トド姫は王様にお嫁入り、ではなくグリフォンの世話係かぁ。

 あのグリフォンが怖くないなんて、トド姫はすごいな」


 取りあえずトド姫が他の王子に嫁ぐ事はなくなったし、第五位側室としてハクロ王都に住み続ける。

 そしてウツギとトド姫は、機会があれば会うことができるのだ。

 喜ぶトド姫と安堵するハルの姿を見て、しかしここで鉄紺王は意地の悪い笑みを浮かべる。


「そうだ、アヤメ姫。

 姫が誰を好いているのか知らないが、今後その男と会うことを一切禁じる。

 真眼を持つ姫が下らない男に惑わされて、貴重な力を失ってはたまらないからな。

 ハルさま、その男に伝えてくれ。

 巨人は力こそ全て、欲しいなら力ずくで奪いに来いと」


 ええっ、臆病なウツギさんにこの条件は厳しすぎるんじゃないの!!





「幼女の姿をした王の影、そしてトド姫……。

 ロリコン王の次はどんなアダナが付くか、考えるだけで気が重い」


 しかしトド姫を押し付けられなかった安堵からか、青磁王子の顔色は良くなっていた。

 黙って事を見守っていたティダは、ふと気がつくと誰かを探している様子でハルに声をかける。


「そういえばハルちゃん、いつの間にかSENの姿が見えないけど一緒じゃなかった?」

「SENさんなら残した仕事を片づけるといって、王宮に戻ったみたいですよ」



 ***



 ついに霊峰神殿はハルに狙いを定めてきた。

 その霊峰神殿の支配者は、SENがよく知る人物、法王の器を奪った神科学種アマザキだ。 


「たかがアマザキごとき、俺のモノを壊せると思ってんのか。

 違法チート能力だけでは、この終焉世界は思い通りにならないと教えてやる。

 ヤツがコソ泥なら、俺は全てをむさぼり尽くすハゲタカだ。

 宰相ソテツがヘマをした尻拭いと、ゲームの仕上げといこうか」

 

 SENは燕尾服に似た宰相の衣装の胸ポケットから水晶の球を取り出す。

 透明な球の中心がどこかを映し出した。

 派手なケバケバシい外装の建物を前に、数字の書かれた書類を手にした大勢の人間が押し掛けている。群衆の数に建物を護衛する用心棒たちは押しのけられ、人々が罵声をあげながら扉を破ると中へ乗り込んでゆく姿が見えた。

 詐欺ギルド、ヤタガラスが暴徒に襲われている。


「砂糖の信用取引という博打で大負けした詐欺ギルドの連中は逃げ出した。

 客が詐欺に気づいて建物に押し入った所で、時すでに遅し、中はもぬけの殻。

 しかし連中の逃げ込んだ先は判っている。

 キヒヒッ、現物は確保していると油断してたんだろうが、倉庫の中身は全て無くなっているんだ。今頃腰を抜かしているだろうな」

 

 普段は右目に片眼鏡モノクルを填めているが、今SENの両眼は煌々と不気味な赤い光を放ち、五機の脳内HDをフル稼働させていた。

 分厚い書類の束が入った黒いスーツケースを両手に抱え、漆黒の外套をはおい、ハクロ王宮の執務室を出る。

 猫背気味の宰相代理の男は、黒髪を振り乱し奇声を上げながら歩いてゆく。

 しかし足音はしない。

 男の影が無い、まるで死神のようだ。と誰かが言った。

挿絵(By みてみん)


こいしるつこさんからいただきました。

綺麗なティダ、ありがとうございます。


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