クエスト119 トド姫無双
後宮門の上にとまったグリフォンの頭の上には、派手な紅いドレスにオレンジ色の巻き毛、ピンポンパール金魚のようにまん丸と太った姫が乗っていた。
そしてグリフォンの騎手である白髪の近衛兵は、彼女に硬い声で命じる。
「後宮の中でグリフォンを飛び回らせてもかまわない。
黒髪女官を探し出すんだ!!」
位の高い騎士でも巨人王の側室の姫に命じる事は出来ないが、真眼持ちのトド姫は、この白髪の男が只の騎士ではないと見抜いていた。
男の白い髪の色は違うが、彼女に命じることが出来るのは赤毛の巨人王族しかいない。
「下女がミゾノゾミ女神付きの黒髪女官が連れ去った先は、きっと私の館よ。
私は出かけたら夕方まで帰ってこないのを知っているから、その間好き勝手に他人を館に連れ込めるんですもの。
後宮の上をチマチマ飛ぶのは面倒、グリフォンを下に降ろして」
そう言うとトド姫は、巨大なグリフォンを後宮門から中央の大通りに急降下させた。
鷲獅子の羽ばたきは強烈な突風を巻き起こし、通りを歩いている姫や女官のドレスがパラシュートのようにめくれて悲鳴が上がる。
「ほら、貴女たちどきなさい!!
大通りを突っ切って、私の館まで一直線に進むわよ」
物音に驚いて館の外に出た女官は、グリフォンが後宮を破壊しながら飛び回る姿に唖然とする。
「キャア、危ない!!みんな早く建物の中に隠れて」
「誰かがグリフォンの頭の上に乗っている。
あの派手なオレンジ色の巻き毛に大きな体は、まさかトド姫!!」
途中グリフォンは豪華な館の屋根を止まり木にして半壊させる。
後宮の中をグリフォンで駆け回るトド姫はとても楽しそうだが、あまりに派手に壊すので鉄紺王は呆れて声をかけた。
「これではハルさまを探し出す前に、後宮がボロボロになってしてしまうな。
後でYUYUになんと嫌味を言われるか……」
「大通りの外れにある行き遅れの姫の後宮は老朽化しているから、いっそ壊して立て替えた方がいいのよ。
もうすぐ私の館に到着……ああっ、館が燃えているわ!!」
驚いた声をあげたトド姫が指さした先には、一棟の館がすさまじい七色の光を放っていた。
それは建物が燃えているのではなく、古びた館の窓から七色の神の燐火が吹き出し、魔物を焼く尽くす祝福の炎だった。
「あれほど膨大な神の燐火を扱えるのは女神の憑代しかいない。
ハルさまが敵に襲われて力を発動させているのだ。早く助け出さねば。
姫はしっかり捕まっていろ。グリフォン、館に体当たりしろ!!」
鉄紺王は力いっぱい手綱を引き、魔獣を目の前の館につっこませた。
手入れの行き届いていない寂れた館の外壁にグリフォンがしがみつくと、その衝撃で古い館が激しく揺れる。
「下女をしっかり管理できなかった私にも責任があるわ。
グリフォン、私を開いた窓から館の中に投げ込んで!!」
トド姫はそう叫ぶと、魔獣の眉間部分を力一杯叩いた。
神の燐火が吹き出す窓の中へ頭をつっこもうとしていたグリフォンは、その痛みに驚き反射的にトド姫を振り落とす。
白髪の騎士がとめる間もなくトド姫の姿は、まばゆい七色の光に飲み込まれていった。
***
「どうしたのです、ソテツ王子さま。
さぁ、その黒髪女官にトドメを刺して下さい」
白い花飾りの女官は、ハルが巨大蜘蛛に襲われる姿を笑いながら眺めていた。
しかしソテツ王子は、倒れた獲物を前にして何もせず突っ立ったままだ。
娘は苛立ち甲高い声で叫ぶが、巨大蜘蛛に憑依した男は呆けたように、無防備の黒髪女官を見つめるだけだった。
「ああ、もう私はお前の名すら思い出せない……だがその顔は間違えない。
同じだ、アノ娘と、アノ娘……はて、アノ娘とは誰だ?」
「僕と同じ顔、二十年前?
貴方が叶えたい望み、会いたいと願う人は、まさか」
ソテツ王子は衰える体で無理矢理モンスターに憑依した結果、残り少ない寿命を急激にすり減らし、意識も混濁して正気を保てずにいた。
この隙にハルは毒消しの呪文を唱え、なんとか腕の痛みを半減させる。
もはやソテツ王子に大蜘蛛を操る力は無く、紅い矢を突き立てられた親蜘蛛が鼓動を止め、核を失ったモンスターの体が崩れてゆく。
散り散りになった数千匹の子蜘蛛は、物陰に逃げようとして部屋の中を漂う神の燐火に焼き尽くされた。
そして荒れ果てた部屋の隅に残されたのは、薄汚れた寝間着姿のやせ細ったシワだらけの老人で、うつろな瞳で宙に視線をさまよわせながら独り言をつぶやいている。
「貴方の願いは叶った。でもとても残酷だね」
ハルは痛む腕を抱え複雑な想いでソテツ王子の正面に立つが、もう黒髪女官の姿を見てもソテツ王子は何の反応もしない。
「まさか、あの巨大蜘蛛をひ弱な娘が一人で倒すなんて、これも女神の力なの?
イヤ、こんな女に紫苑様を奪われるなんて、許せないっ!!
お前は生贄になるために死ぬのよ」
満身創痍で立ち上がったハルの背後から、白い花飾りの女官が短剣を振りかざし襲いかかる。
女の金切り声に振り返ったハルに、呪いをまとった短剣が突き刺さろうとしていた。
霊峰神殿が本格的にミゾノゾミ女神を葬り去ろうとした、その瞬間。
ドカンドカン、バリバリ、メキメキ、
館に何かがぶつかり床が波打つほど揺れ、天井から巨大な物体が屋根を突き破り轟音をたてて落ちてくる。
「このぉ、私の館で何ふざけたことしているのぉ!!」
「あ、あれは巨大なオレンジの肉。
ひぃ、まさかアヤメ姫さまが、空から降って、グギヤァーーアア!!」
嫉妬に狂う白い花飾りの女官の上に、窓を突き破り上階の床を突き抜けて、まん丸に太った肉の弾丸が轟音と立てて落下した。
床の大理石が砕け散る音と、骨の砕ける嫌な音。
間一髪、ハルの真横に外れて被害を受けずに済んだが、女官は肉の弾丸の下敷きになり体半分が床にめり込こんで、周囲に白い花飾りの花びらが散った。
「あら、あの方のために念入りにセットした髪が乱れてしまったわ。
嫌だわ、ドレスのペチコートも破れているじゃない」
ひぃ、このトド姫さま屋根から床を三階突き破って落ちてきたのに……両足で踏ん張ったよ。
全然平気な顔で仁王立ちで、どこも怪我をしてない。体は建物解体用鉄球並みの強度だ。
押しつぶされた女官は白目を剥いて口から泡を吹いて、脚が逆方向に曲がっているけど、息してるから大丈夫だね。
「そこのお前、女神に仕える女官でありながら、なにノコノコと警戒心もなく悪意を持つ人間について行くの!!」
「ええっ、ご、ごめんなさいっ。
ハッ、どうして僕が謝らないといけなんだ?」
お気に入りのドレスが破れてしまったトド姫は不機嫌そうにハルを怒鳴りつける。
トド姫は威圧感たっぷりで、彼女に助けられたハルは言い訳が出来ず、その迫力に身を竦め何度も頭を下げた。
半壊した館の壁の隙間から白髪の騎士が姿を見せ、部屋の中央でうずくまる老人に声をかける。
「我が息子、第三位王子蘇鉄よ。
不老長寿の薬など存在しないと何度も告げたのに、儂の声はお前には届かなかった。
老いは巨人族の宿命、逃れることは出来ない」
「へぇ、アンタは誰だ。私は、どうしてこんな場所にいるんだ?」
もはやソテツ王子は自分の父親である鉄紺王の顔すら忘れ、老いることのない父は哀しげな表情で息子を見つめる。
ハルは鉄紺王に声をかけられずにいると、その背中をトド姫が分厚い掌で乱暴に叩いた。
「なにボーっと突っ立っているの。
お前を助けるためにグリフォンでココに駆けつけて下さった、アノ方に礼を述べるのです。
お前が普段軽々と声を掛けることも出来ないお方ですよ」
「そうだねトド、アヤメ姫。
鉄紺王さま、助けてくれてありがとうございます。
それと、僕から王さまにお話ししたいことがあります」
***
ハクロ王宮で宰相代理の執務中のSENは念話で危険を知らされ、ハルを助けるために青磁王子と共に後宮に向かった。
しかし王宮上空を飛び回っていた数十のペガサスが二人の行く手を阻もうと急降下し、王宮警備のファイヤードラゴンと争いを起こす。
ペガサスを追い払おうとファイヤードラゴンは威嚇するが、逆に俊敏なペガサスに複数で取り囲まれた。
ハクロ王宮の北門から広場を挟み後宮門へと続き、その広場で大勢の人間たちがバザーを開いている。どこから馬の嘶き声と雷のような低い音が聞こえ、露天で買い物をしている人々は空を見上げる。
「おや?ペガサスがあんなに群がっているけど、一体どうしたんだ」
「王宮からファイヤードラゴンが出てきたぞ。なんでドラゴンとペガサスが争って、うわぁ、ドラゴンが火をはいたぁ!」
「ひぃーっ、ドラゴンが狂ったぞ。このままじゃ俺たち全員焼き殺されちまう!!
そうだ、みんな王宮の中に逃げろ」
怒り狂ったファイヤードラゴンは火炎弾を空に向けて放つ。
しかし場所が悪かった。獰猛な魔獣が火を吐く姿を見た人々はパニックを起こし、助け求めて王宮の中になだれこんできたのだ。
後宮に向かっていたSENと青磁王子は、その群衆に行く手を阻まれる。
「おい、城の中から出てきたアノ巨人、鬼仮面の青磁王子さまだ」
「青磁王子さま、狂ったドラゴンが白い翼を持つペガサスを襲い、俺たちを焼き殺そうとしました!!」
「助けてください王子さま。逃げ遅れた子供が広場に残されています!!」
「ここは巨人の王都なんだろ、絶対安全のはずなのにどうしてドラゴンが暴れてるんだ」
群衆の中に扇動する者がいて、わざと青磁王子に助けを求めるように仕向けていた。
SENと青磁王子はすがる人々をかき分けて先を進む事が出来ず、その場で立ち往生してしまう。
「クソッ、邪魔だ!!人間たちはファイヤードラゴンが襲ってくると勘違いしている。
こうなったら人間もペガサスもドラゴンも、ひとまとめに動けなくさせてやる」
このままではラチがあかないとSENは刀を抜き広域麻痺魔法を行使しようとして、青磁王子が肩を掴んでそれを止めさせる。
彼らに群がり騒ぐ人々の前で、青磁王子は顔半分を覆う鬼仮面をゆっくりと剥がし、素顔を露わにした。
その顔は、皮膚は焼けただれ目蓋がなく眼球が剥き出しで、青紫色の血管が浮き出た禍々しい状態だ。
どこからか悲鳴が上がり、人々は恐れおののき後ずさりした。
「ここは魔獣の住むハクロ大地、そして魔獣を恐れない巨人の都だ。
ファイヤードラゴンごときで騒ぎ立てる臆病な人間たちよ。
魔獣から身を守れないのなら、建物の陰にでも隠れていろ。
お前たちは巨人の臣下や民か、それとも人間のギルドの者か?
もし巨人王の庇護を求めるなら、巨人への忠誠と務めを果たしてもらうぞ!!」
淡々とした口調、しかし重く迫力のある声で次期巨人王候補 第十二位王子青磁が人々を叱咤する。
そして全身から放たれる覇気に、怯えて震え上がり逃げ出す者と、その姿を食い入るように見つめる者がいる。
一言でその場を納める青磁王子の姿にSENは思わず感嘆の声を上げる。甘言で人々をおとしめるハーフエルフの紫苑とこの男では器が違う。
取り囲んでいた人々は波のように引き、二人は駆け足で王宮を出て広場を横切る。
しかし後宮門の目の前でSENは立ち止まり、宙を凝視したあと先を進む王子に声をかけた。
「青磁王子。ハルがソテツ王子に……引導を渡した」
王宮上空ではペガサスとファイヤードラゴンが争い、後宮ではグリフォンが暴れていた。
この緊急時に王族以外の者、宰相代理を務める人間が後宮の中に入ってきても、誰もとがめる者はいない。
ハルがいる館は一目瞭然だった。
後宮門から大通りを突き抜け、先を塞ぐ建物を破壊して一直線の道が出来ていた。その奥に七色の燐火に包まれた一件の建物、その上で羽を休めているグリフォンがいる。
「これは随分と派手にやらかしたな。さすがは巨人族暴力王だ」
アヤメ姫の館に向かいながら青磁王子はSENにたずねる。
「兄上が王族の契約を行使しようとハルさまを襲ったと聞いていたが、何故引導を渡す事になったのですか?」
「ソテツ王子の願いをミゾノゾミ女神が聞き届け、願いが叶ったとたん、ソテツ王子は呆けた状態になった。
ソテツ王子の願いとは、とある姫に再び会うことだった」
SENの言葉に青磁王子は思い当たる節があり、深くため息を付く。
「もう二十年前も話です。当時巨人族は霊峰神殿との戦で敗北濃厚で酷い状態の時、貢ぎ物の宝物として魂のない神科学種の娘が鉄紺王の元に招かれました。
確かにあの娘は、ミゾノゾミ女神にとてもよく似ていましたよ。
それから不思議なことに数々の幸運が味方して、戦いで巨人族は形勢逆転し勝利しますが……しかし幸運は続かない。
女神によく似た娘は、不慮の死を遂げてしまう」
青磁王子の感情を押し殺した声に、SENは背筋が冷たくなるのを感じる。
まるで予言の言葉、ハルはこれまで降りかかる災いを祝福に変えていった。だがその幸運はどこまで続くのだろう。
「まさかハクロ王都の後宮の中で、ハルさまが直接危害を受けるとは。
霊峰神殿の間者なら見抜くことが出来たかもしれないが、紫苑が後宮の女官を惑わし暗殺者に仕立て上げるとは予想していなかった」
「これまで紫苑王子が興味を示していたのは竜胆とティダで、ハルには無関心だった。それが何故、今になってハルを狙うんだ?
なるほど……この騒動で紫苑王子に指示を出しているのは偽法王アマザキか」
ついに霊峰神殿はハルが女神の憑代だということに気が付き、狙いを定めてきた。
二年前、霊峰神殿の法王白藍は器を奪われ、今その座に就いているのは神科学種アマザキ。
ヤツは嫌になるほどよく知る人物、SENのストーカーで違法チートゲーマーだ。
「たかがアマザキごとき、俺のモノに手出しできると思ってんのか。
この騒動の礼は、しっかりノシを付けて返してやる」
4/15の活動報告に
「リア充撲滅バトン」SENメインで小話書いてます。
お暇な方は読んでください。