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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ロクジョウギルド編
123/148

クエスト118 第三位王子 蘇鉄の願い

 宝石箱のようなハクロ後宮は、後宮門から中央のクリスタル塔までの大通りに実力者の姫が館を構える。

 行き遅れの菖蒲アヤメ姫の館は中央から遠く離れた場所にあり、ハル自身初めて通る道だった。

 白い花飾りの女官は、道途中から袖で顔を隠して肩をふるわせ泣いている様子で、ハルは声をかけることができなかった。

 彼女はハルよりわずかに背が高く茶色の長い髪を後ろにひとつにくくって花飾りで留め、小さな眼をして化粧気がない。

 



 白い花飾りの女官に案内されてたどりついたアヤメ姫の館は、王の影YUYUの絢爛豪華な館と比べると一回り小さく、建物の壁のシミや花壇に茂る雑草が目立ちあまり手入れが行き届いていない。

 それでも趣のある重厚な扉がゆっくりと半開きになり、ハルは館の中に招かれる。 


「どうしたんだろう、窓を全部閉め切って中は真っ暗だよ。

 トド姫も引っ越しの準備をしているの?」


 中をのぞき込むと、昼間だというのにすべての窓を閉め切り、その隙間も目張りされて光が全く入らず館の中は夜のような暗さだ。

 

「ええ、アヤメ姫さまはもうすぐソテツ王子様に嫁がれますので、この邸を引き払う準備をしています。

 それとお客様が明るい場所を嫌がるので、窓を全部ふさぎました」

「えっ、トド姫がソテツ王子に嫁ぐって?

 さっきの話と違う、それにこんな真っ暗な場所にお客様を招くなんて変だ」


 館の中は不気味な音で満ちていた。闇の奥で苦しげに助けを求める女の泣き声と、床を擦るような人ではないモノの気配。

 ハルは紅い右目を起動させ暗闇の中で目をこらす。中に気を取られていると、後ろに立つ白い花飾りの女官はその背中を強く押す。

 つんのめって館の中に数歩足を踏み入れた瞬間、入口の扉が大きな音を立てて閉まった。


 カサ、カサ、ザザッ、カサカサーー


 なんだコノ音は。前に一度聞いたことのある、身の毛もよだつ多脚の化け物が這い回る気配。

 暗闇に慣れてきた眼は巨大な影を捕らえ、ハルの目の前にいる奇妙な姿をした男がクグモった声でしゃべりだす。


「下女、よくやったぞ。父上の目をかすめて、黒髪女官を連れてきたな。

 まったく後宮の女どもは、高貴な王族の私と『王族の契約』を交わすことのできない役立たずばかりだ。

 だが女神に仕える黒髪女官は、間違えなく高貴な血が流れているのだな?」

「はいソテツ王子さま。ミゾノゾミ女神に仕える黒髪女官なら、王族の契約を交わす生け贄にふさわしいと、紫苑王子様が仰っていました。

 王代理の青磁王子に嫌われて、天界の使者である紫苑王子様が後宮に降りることができないなんて許せません。

 ワタシは紫苑王子様の代わりに、ソテツ王子さまの手助けをいたします」


 ハルが驚いて後ろを振り返ると、蛇のように禍々しい視線で、憎しみと歓喜の感情を宿す女がいた。

 この狂信者の瞳を、ハルは何度も見た事がある。

 女官の罠をハルが見抜けなかったのは、彼女がこの行為を正義と信じて行動しているからだ。

 張り巡らされた蜘蛛の糸にからめ取られ、身動きできない他の女官たちが苦しげなうめき声を上げている。


「私は化け物の力を借りてしか動くことが出来ないが、黒髪女官と『王族の契約』を交わせば再び若さと力を取り戻せる。

 今度こそ、私は次期巨人王として終焉世界に君臨するのだ。

 娘よ、お前は一度死に私に命を分け与えろ」


 目の前の巨大な八本脚の化け物は、オアシスの大神官が操っていた魔獣と同じ、老化が進み寝たきりの状態になったソテツ王子は体を動かす為に巨大蜘蛛を憑依させていた。

 

「そうですソテツ王子さま。コノ娘の命を生贄にすれば、ソテツ王子さまは鬼仮面の青磁王子を上回る力が得られると紫苑さまが仰っていました。

 ミゾノゾミ女神もこの小娘もなんて忌まわしい。

 黄金神である紫苑王子の想い人が女神だなんてフザケている、冗談じゃないわ」


 ええっ、僕(女神)が紫苑王子の想い人って、なんでそんな噂が流れているの?!

 ひどい誤解にハルは唖然としてしまう。

 しかし今ハルがどんな言い訳をしても、嫉妬に狂った娘は聞く耳を持たないだろう。彼女は以前ハルを誘拐した猫人族の女騎士と同じタイプだ。

 そして巨人王族の集まりで会った事のあるソテツ王子だが、その時ハルは普通の執事服で女装ではなかった。地味な男子と女神によく似た美しい黒髪女官では、とても同一人物に見えない。




 巨大蜘蛛の黒い影が次第にハルへと迫る。

 オアシスで戦った蜘蛛の魔獣より一回りデカい。張り巡らされた蜘蛛の糸に絡まれば逃れられない。前回はティダが囮になってハルが親蜘蛛を見つけだし倒すことができたが、今ハルはたったひとりだ。


「次期巨人王になる私に選ばれ『王族の契約』が出来ることを光栄に思うのだ。

 なに、この大蜘蛛の毒爪で心の臓を突けば一瞬で終わる。

 ほとんど痛みも苦しみは無い。さぁ、お前の命を私によこせ!!」

 

 暗闇の中、巨大蜘蛛がハルに向かって突進してくる。

 ハルは身を屈めてモンスターの足の下をすり抜け、反対側に逃れる。暗闇で狙いが定まらないのか、モンスターの動きはとても鈍い。


「バトルは苦手だけど逃げ足なら自信があるから、助けが来るまで何とか粘れそうだ。でも暗すぎる。明かりが欲しい」


 ハルは後ずさりながらエプロンの下に隠したアイテムバッグに手を伸ばし、中から鳥の紙細工を宙に放つ。

 七色の神の燐火をまとった折鶴が数匹、暗闇に閉ざされた部屋の中を照らし出した。

 窓は蜘蛛の巣がびっしりと張り付いて目張りされ、天井から伸びた蜘蛛の糸に囚われた女官たちが吊されている姿が見えた。


「ま、眩しいっ。なんだコノ光は!!

 ううっ、見るな、俺を見るなぁ」


 ふわりと宙を舞う神の燐火が大蜘蛛を照らし出すと、化け物に憑依したソテツ王子の姿が見えた。

 王の間で会ったソテツ王子は細身で顔色の悪い中年の男だったが、今目の前にいるのは、頬はこけ痩せ細り、顔はシワだらけで目の焦点が定まらない病んだ老人だ。

 憑依させた大蜘蛛を自由に動かすことが出来ず、体を何とか支えている状態で酔ったのようにフラツいている。


「そうか、巨人族は老化の早い。第三位王子ソテツはドーピングが効かなくなって、若さを保持できず寿命を迎えようとしている。

 鉄紺王は若い頃に長命なハイエルフのYUYUさんとの『王族の契約』をしたから老化が遅れているだけで、決して若返っているわけじゃない」

「何をいう。高貴な血の娘と契約すれば、私はその命を分け与えられると紫苑が教えてくれた。若返った私は、生意気な青磁王子を退け巨人王の座に付くのだ」

「それは嘘だ、貴方は紫苑王子にだまされている。例えソテツ王子の契約が成功しても、肉体は年老いたままで若返ることは出来ない!!」


 おとなしげに見えた黒髪女官が、鋭く厳しい口調でソテツ王子を糾弾する。

 その言葉に激怒した王子は、獣のような甲高い叫び声をあげた。

 高周波のその声は建物を揺らし、蜘蛛の糸で塞がれた窓ガラスが次々と砕け散り、天井の大きなシャンデリアが波打つように激しく揺れると、吊していた留め具が千切れハルの真上に降ってきた。

 逃げ足の早いハルはそれをなんとか避けるが、周囲は大蜘蛛の巣が張り巡らされて、逃げ込んだ柱の影にも白い糸がびっしりと絡まっていた。


「ああっ、しまった!!

 両足に蜘蛛の糸が絡みついて、無理に動かすと糸が食い込んで足が切れるっ」


 オアシスでの巨大蜘蛛とのバトルで、狂戦士で自己治癒力の優れたティダは怪我を覚悟で大蜘蛛の糸を引きちぎたが、力のないハルにそんな真似はできない。

 そうしている間に、次々と蜘蛛の糸はハルの両足に絡みついて、全く身動きがとれなくなる。


「契約をして私が若返るかどうか試してみよう。お前を殺して『魂の契約』が失敗しても、まだ次の替りになるアヤメ姫がいるのだ」

「何故、ソテツ王子は巨人族の宰相を務めて、巨人王と同等の権力を持っていたじゃないか。

 それなのに化物に憑依してまで、女の子の命を奪ってまで、いったい何が欲しい!!」


 SENやYUYUの話では、ソテツ王子は傲慢で欲深いところはあるが、詐欺ギルドに騙されるまでは巨人王影武者の弟を支え、充分宰相の役割を果たしていた。

 覇者の次席として溢れるほどの財も名誉も誇りも得たというのに、この妄執はなんだろう。


「ウルサイ、お前に何がわかる。巨人族は力こそすべてだ!!

 先の霊峰神殿との戦で名声を上げた弟と、たいした功績も挙げられない私では、一族の者も母上も私を無様な巨人とあざ笑う。

 そして唯一欲しいモノは、決して決して、私の手に入らないのだ!!」


 シワだらけの顔に青筋を立てて怒り狂うソテツ王子は、再び憑依させた大蜘蛛を動かし始める。

 大蜘蛛は倒れそうによろめきながら、ノロノロとハルに近づいてくる。

 蜘蛛の脚に生えている鋭い毒爪がハルの心臓を一突きすれば、弱い神科学種のハルは即死デッドリーだ。

 このピンチを逃れるために、もはや巨人王の息子であるソテツ王子に弓を射るしか方法はない。

 意を決して顔を上げたハルの視線の先に、宙を漂う神の燐火が見えた。


「あれ、蜘蛛の糸が張り巡らされているのに、折ツルは糸に引っかからないで普通に飛んでいる?

 そうか、燐火が触れると蜘蛛の糸が千切れて……魔物の糸は神の燐火に弱いんだ!!」


 既にハルの両足の膝下は、蜘蛛の糸でがんじがらめになっていた。

 ハルは腰に巻いたウエストポーチタイプのアイテムバッグをはずし、蓋を開き中身をひっくり返す。

 小さなアイテムバッグの中からポロポロとこぼれ落ちてくるのは、七色の光をまとう紙細工の折ツル。

 それも一つ二つではない、十、二十。いや、百以上、数え切れないほどの小さな光の球が溢れ出し、ハルを中心にまばゆいほど輝く巨大な光の渦となって暗い館の隅々まで照らし出す。

 あまりの眩しさにソテツ王子は目を開けられず、光を嫌がる巨大蜘蛛はヨルヨロと後ずさる。


「この眩しい光は、白いお菓子が焼き上がるまでの時間、老いた巨人王さまが元気になるようにと女官たちが折った千羽ツルだよ。

 後宮の姫も女官たちも、心から巨人王族を慕っているのに。

 力こそ全ての巨人族は弱い者に寛大で、美徳は弱者を虐げないことだ。

 それなのに己の延命のために無垢な娘の命を奪おうとする、貴方のような小モノが巨人王になれるはずがない」


 ハルの発する言霊は、王座に執着する男のプライドをはぎ取り、妄執の奥底にある真実を暴き出す。


「うるさい、私は父上を越えるのだ。一番欲するモノすら手に入らない宰相の身分などどうでもイイ。

 お前がミゾノゾミ女神に仕える者のなら、私の決してかなわない願いを叶えろ!!」

「貴方はミゾノゾミ女神を信じていながら、かなわない願いを望むの?」


 ハルがソテツ王子の関心を引きつけている間に、膝下をがんじがらめにしていた蜘蛛の糸も、アヤメ姫の館の中に張り巡らされていた蜘蛛の巣も、神の燐火をまとった千羽以上の折ツルが宙を漂いながら糸を引きちぎり戒めを解く。

 両足の拘束が解けたことを確認すると、メイド服のスカートの中に忍ばせていた一本の赤い矢を握りしめる。

 神の燐火のまばゆい光にも慣れてきたのか、大蜘蛛が再び体を起こそうとしている。

 このモンスターは、一匹の親蜘蛛マザーを核として複数の子蜘蛛で形成されている。その核となる赤い親蜘蛛が、憑依したソテツ王子の正面真下にいた。


「大蜘蛛さえ退治できれば、ソテツ王子は自力で動けないはず。

 正面から飛び込んだら確実に攻撃されるけど、とにかく僕がここで大蜘蛛をしとめないと、他の女官にも犠牲が出る」


 囚われた女官の蜘蛛の糸も解けていたが、毒の影響で倒れたまま動けない様子だ。

 迫り来る大蜘蛛に弓を引き狙いを定める時間はない。

 自由を取り戻したハルは、赤い矢を手に大蜘蛛モンスターの懐めがけて駆け出す。

 光で眼くらましされ動きが鈍いとはいえ、敵が凶暴なモンスターであることに変わりはない。

 猛毒を帯びた巨大槍のような八本足でハルに襲いかかってきた。


「ハハハッ、私の願いが叶えられないなら、お前の命をよこせ。

 さぁ、二十年の時を戻しアノ娘に会わせ……な、なんだ、お前のその姿はまるで」


 一撃目二撃目をかわしたが、次の瞬間三本の脚が一度に襲いかかり、ハルは体をのけぞらせて心臓を狙う毒爪から逃れる。

 しかし体勢を崩し、交わしそびれた毒爪が左腕を掠った。

 腕が切り裂かれ、まるで焼いた鉄の棒を押しつけられたような痛みが走るが、ハルは悲鳴をこらえながら、心臓が剥き出しで鼓動するようなモンスターの核である親蜘蛛マザーに、女神の力の宿る赤い矢を突き刺す。




 突如巨大モンスターは硬直して動きをとめる。

 しかし矢の刺さりは浅く、紅い心臓は脈動し続けている。


「ダメだ、腕がしびれて、トドメが刺せないっ」


 毒に犯されたハルの左腕は紫色に腫れ上がり、大蜘蛛の真下で仰向けに倒れてしまう。

 もはや万事休す。絶望に襲われながら視線だけをソテツ王子に向けると、倒れ込んだ黒髪女官の姿を見るソテツ王子の様子がおかしい。

 表情が消えて瞳の色が濁り、呆けた定まらない視点でハルを見ていた。


「お前のその姿はまるで、まるで、まるで。

 なんだ、名前が思い出せない。

 この二十年ずっと想っていたのに、名前、アノ娘は何という名前だ?」

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