クエスト116 お菓子をみんなに配ろう
※前のクエスト115に、バレンタイン小話追加
ティダはSENの水晶玉を取り上げると、青磁王子と歌姫スズランのいる応接室の扉を閉め、部屋の中央に据えられた執務机の前に座る。
それは普段、終焉世界の覇者巨人王か宰相しか座ることのできない椅子に腰掛けた銀のエルフは、感慨深げに呟いた。
「思い返せば半年前、砂漠の初心者ダンジョンから始まって、今お姉さまたち三人は巨人王の執務室にいる。
まさかクエストをクリアし続けて、たどり着いた先がココとは信じられないな」
それは『神科学種の終焉』というゲームを一通り遊んで予備知識のあるティダの言葉で、ゲーム初心者でほとんど内容を知らないハルにとっては、めまぐるしく変化する状況に流されているような気がする。
ティダやSENが水先案内人として一緒にいなかったら、自分は今でも砂漠の地下鍾乳洞ダンジョンの中ではないかと思った。
「ボス戦クリアして宝箱を開けばそれで終わり、ココはそんなゲームじゃない。
ティダは竜胆のような問題児を教え導ける教師だし、ハルにも役目がある。おまえたち二人はこの世界で思い通りにいればいい。
俺はココで、クククッ、宝箱の鍵を手に入れてやる」
王の執務室にいても自分のオタク部屋でも変わらないSENにティダは苦笑しながら、ロクジョウギルドで起こった襲撃事件の大まかな説明とハーフ巨人たちの戦いぶり、汚泥のモンスターの正体が聖獣だった事を話した。
「それで、ハルが蒼珠を与えて聖獣を大地と同化させたか。
モンスターを討伐する代わりに、モンスターの立ち入れない安全地帯を出現させるとはな。さすがミゾノゾミ女神さまさまだ」
「ああ、全くその通り。女神さまが汚泥のバケモノに囚われて、全身を触手が淫らに這い回り淫れる姿を見せつけられた時は、お姉さまも生きた心地がしなかった」
「ティダさん、変な言い方しないでください。
僕はツタにくすぐられて巫女服を脱がされそうになったりして、大変だったんですよ」
「ち、ちょっと待て。淫獣の触手に捕らわれた巫女の身体に触手がなぶって……どこのエロゲ展開だよ!!
そんな話聞いてないぞ。っうかティダ、スクショは撮ったんだろうな」
「あっティダさん、絶対SENさんには見せないでよ。
きっと天才画伯に、女神さまのイヤラシイ絵を描かせるつもりなんだ!!」
こうしてひと悶着あったが、実はSENは意図的に、ハルをロクジョウギルドに向かわせていた。
その結果、誰も予想しない形でハルは奇跡を起こす。
魔獣の立ち入らない安全地帯という新たな土地を女神から授かったハーフ巨人は、人間に決別して王都を離れるだろう。その彼らの受け皿がロクジョウギルドと竜胆だ。
宰相代行をしているSENが確信したことは、純血のエルフが滅んだように、巨人族も先細りでいずれ純血の巨人は一人も居なくなるだろう。
この世界が終焉世界と言われる訳は、巨人の純血種が失われる事だ。
エルフは同族同士で子孫を増やせずに滅び、巨人族は精力旺盛だが女子の生まれる確率が極端に少ない。巨人王ですら二十六人の子供はすべて男子で、女子は一人もいない。
それに短命の巨人族は世代交代が早く、このままで行けば巨人族もエルフ族と同じ滅びの道を辿る。
新たな時代の継承者は、巨人に寄生する人間ではなく、巨人の意志を継ぐハーフ巨人やたくましい生存能力を持つ猫人族かもしれない。
突然思考の海に沈み、黙りこんだSENにハルが話しかけた。
「ねぇSENさん。今ロクジョウギルドは深い森で大きな狩りをする準備をしているんだ。
僕もその狩りに参加するつもりだけど、その間SENさんの食事が心配なんだ」
「竜胆のヤツは、森に住むグリフォンを狩ろうとしているんだろ。面白そうだ、俺も狩りに行きたいな」
「でもSENさんは宰相代理の仕事があるから動けないよね。
さっきから僕たちをほったらかしにして、その水晶玉をいじってばかりいるし」
「ハルちゃんのいう通りだ。
詐欺師にだまされた巨人王族の借用証書問題は、SENじゃないと解決できないからな」
ティダの言葉にSENは手の平で水晶玉を転がして少し考え込み、意を決したように自分の胸ポケットに入れた小さな財布をハルに手渡した。
「幸運の女神が王宮に留まっている間に、俺のゲームを終わらせるか。
ハル、このアイテムバッグの中身は全部砂糖だ。それで白い菓子を作りまくって王都中にばらまけ。
ティダは女神が菓子を作るために砂糖を必要としているとふれまわり、王都中の台所にある砂糖を高値で買い集めてくれ」
砂糖を独占販売する詐欺ギルドのたくらみに便乗したSENは、バブルを起こし砂糖を金と同じ価格まで値段をつり上げることに成功していた。
「でも高価な砂糖を買わなくても、深い森の果物で作られた果糖と蜂蜜が出回っているから、それで甘い料理は作れるよ。
今更白いお菓子を作って、どうするつもりなの?」
ハルが不思議そうにたずねると、SENは五機の脳内HDを起動させ、紅い両眼球を細かく動かしながら答える。
「ハルの作る白い菓子は湿気に弱くて保存が利かない。
貴重な砂糖で作られていても、しぼむ前に食べるしかないんだ。
つまり女神さまの菓子作りには、大量の砂糖を消費すると皆に知らせるのさ。
それに砂糖の値段が上がりすぎて、もうすぐ暴落が来るという噂を知り合いに流させている。
自分が信用取引で買った砂糖を、値段が下がる前に売って儲けたい連中も多いだろう。
キヒヒッ、一夜成金一夜乞食。幾回敗れるも、断じて我が成功を疑うこと勿れ」
SENの話にハルは首をかしげ、ティダは呆れ顔ながら納得した様子だ。
「お姉さまにまで金をタカって仕掛けたんだ。勝負師のお手並み拝見といくか」
***
翌日、後宮の調理場には、何故かミミックの箱が十数個並べられていた。
「これは深い森での狩りで集めてもらったモンスターボックスで、昨日一晩かけて僕が中身の温度調整をしたミミックのオーブンです。
クノイチさん達はもう白いお菓子の作り方を知っているから、他の女官さんも手伝わせて四班に分かれて、これから白いお菓子を作ります」
「ちょっと待ってください。私たちはハルさまの白いお菓子作りをお手伝いをしていますが、それは護衛の役目があるからです。ハルさまと別に作業をするなんて、とんでもないです」
「でも、今日は三百個の白いお菓子を五回に分けて一五〇〇個作ろうと思っているんだけど、数が多すぎるから、分担して作らないと夜寝る時間もないよ」
「えっ、ちょっと待って下さい。ハルさま、三百個ではなくて一五〇〇個ですか?」
「うん、一人三個ずつ配るんだよ。
果物で白いお菓子を色づけして、とても綺麗にできたんだ」
ハルがミミックの箱を開くと中から甘い香りが立ちのぼり、中には白いお菓子と薄桃色と赤紫の三色のメレンゲクッキーが焼かれていた。
ハルの隣で驚く三人のクノイチ娘を面白そうに見ていた萌黄は、カラフルなメレンゲクッキーを小皿にとって手渡す。
「この赤いのはね、萌黄がハルお兄ちゃんに教えて種の多い紅木イチゴを少し混ぜたの。黄色は夕焼けウズラの白みで作ったんだよ」
「ありがとうございます萌黄さま。ではハルさま、お味見させていただきます。
赤紫のお菓子を、はふん、お菓子が口の中で溶けた後イチゴの種がプチプチと弾けて、ジュワッと甘酸っぱい後味が口の中に広がります」
「それではワタシは黄色のお菓子を、パクッ、味は濃厚なミルクのようにとろりと喉の奥に落ちて、ああなんて甘くて美味しいのでしょう」
女神の生み出した新たな料理や菓子の味見をするのは、クノイチ娘たちにとって至福の瞬間だ。
実はハルにも考えがあり、彼女たちに助手として手伝ってもらうために、ゲテモノ料理の味見はさせなった。
ゲテモノ料理の味見は、手伝いのできないSENや竜胆に任せてる。
「メレンゲクッキーは白身をしっかり泡立てる必要がある力仕事だから、美味しいお菓子を作るために皆で頑張ろう!!
そしてお菓子は焼き時間が長いから、ミミックの箱を馬車に乗せて王都の外に運んで出来立てのお菓子を配るんだ」
このハルの一言に、さすがのクノイチ娘たちも絶句する。
後宮でも、厨房の入口で配られた白いお菓子はその場ですぐに食べないと、しぼんで消えてしまう。
その女神の白いお菓子を、ハルは焼きながら外に持ち出そうとしているのだ。
「あ、あのう、わたしにも、お菓子作りのお手伝いさせてください!!」
その時、お菓子をもらう順番待ちで厨房の扉の前にいた女官の一人が声をかけてきた。
ハルは見るからにおとなしそうな、白い花を髪に挿した女官に見覚えがあった。
「確か君はトド姫のおつきの一人で、僕がトド、アヤメ姫に突き飛ばされた時真っ先に謝ってきたよね。
でもトド、アヤメ姫のお世話をしないで、ほったらかしにしてもいいの?」
トド姫の派手な化粧をした女官の中にいる地味な娘は逆に目立つ、茶色の髪を無造作にくくって花飾りひとつだけ、薄い水色のシンプルなドレスを着ている。
「アヤメ姫さまは、毎日後宮門の上で外を眺めていらっしゃいます。
お一人になりたいご様子で、私たちが付いて来ると嫌がって追い払うのです。
それに数日前から、後宮門に大きなグリフォンが現れて……。
姫さまは平気な様子ですが、私たちは恐ろしくてとても近づけません」
「ありがとう、人手はいくらあっても足りない位なんだ。
作業を手伝ってくれれば、僕が女神さまの白いお菓子の作り方を教えてあげる。
他の女官さんにも伝えてもらえるかな」
そうして女神の黒髪女官のお菓子作りを手伝えば、白いお菓子のレシピが習えるという話に、大勢の女官たちが手伝いに集まってきた。
その日の昼前、後宮門からミミックの箱を積んだ五台の馬車が出発し、白い石畳の道を駆け抜け半刻ほどして城壁外の人間の都に出た。
そこはギルドに雇われている下働きの人々が住む地域だ。
迷路のように入り組んだ細い道いっぱいに巨人王族を示す紺色の車体の馬車が停まり、人々はこれから何が起こるのかと不思議そうに眺めている。
馬車の扉が開くと、そこから七色に輝く紙細工の鳥が飛びだし、中から紺のドレスを着た黒髪の娘たちが大きな木箱を抱えて出てくる。
娘たちの先頭に立つ長い銀髪の天女が、集まった人々に語りかける。
「ミゾノゾミ女神さまから、次期巨人王へ祝福を。
ハクロ王都に暮らす総ての者へ、神の国の菓子をお与えしたいそうです」
「これは天界の女神さまが作られた、とても小さくて柔らかい、そして甘いお菓子ですよ」
娘たちが木箱を開くと、そこから香ばしいい甘い香りが立ちのぼる。
中から取り出したのは白い袋がくくられた紙細工の折り鶴で、それを次々と宙に放った。
一体何の手品だと驚く人々の間を、紙細工の鳥はふわふわと漂い、それを一人の子供が捕まえ薄い紙袋の中身を取り出した。
「おかあさん、この中にお空の雲が入っているよ。とても甘い香りがする」
「まぁこれは噂で聞いた、雲を焼いた女神さまの白いお菓子よ」
「はむっ、ああ、なんて甘い。口の中にいれたとたん消えてしまった」
それから人々は宙を漂う紙細工を捕まえようと大騒ぎになる。
力任せに捕らえようとすれば、雲のようにもろい焼き菓子は潰れてしまう。
大人より子供の方が上手に飛んできた紙細工を手に停まらせて、捕まえることができた。
しかし人々の中には「腹が減っているんだから、菓子より金をくれ」とタカって来る者もいる。
「アタシたちは子供が三人もいて、旦那は病持ちで働けないんだよ。
天女さま、菓子よりも金を恵んで下さい」
儚げな銀の髪のエルフが実は折檻好きのドS天女と知らずに、半ば威嚇するようにタカる夫婦を、ティダは冷笑を浮かべながら紅い右目で睨みつける。
「金が欲しければ、危険と引き替えにハーフ巨人の深い森の狩りに加われば稼げるぞ。
病を患っているのなら、オアシスの奇跡の泉に行くがいい。
金をタカりたければ、お姉さまではなく、ペガサスに乗って神の代理人だと言っている連中にお願いするんだな」
こうして女神さまの白いお菓子は、昼過ぎに南の問屋街で、夕方は北の農場で配られた。
***
「ねぇ、第九位側室の綿毛姫は第十六位王子に嫁がれるそうよ。明後日後宮を出るんだって」
「うちの姫は第十四位王子で決まりだけど、辺境王子だから田舎はイヤだって言っているわ」
「私の姫さまは、なんとしても鬼仮面の青磁王子に嫁いで欲しい。
でも青磁王子さまは政務が忙しくて、全く後宮にいらっしゃらないのよね」
大量のお菓子づくりに駆り出された女官達は、手と口を忙しく動かしながらおしゃべりに花を咲かせる。
次期巨人王が決定すれば一度後宮も解体されるが、独身で女嫌いと噂される青磁王子が巨人王に選ばれれば、後宮そのものが無くなるという話だ。
「でも驚いたわね。後宮を真っ先に出て行ったのが、第四位側室のYUYUさまなんですもの」
「ウフフ、青磁王子はYUYUさまのような幼女を愛でる趣味は無いのよ」
娘たちの騒がしい笑い声とクノイチ娘の殺気だった気配に、ハルは白身をかき混ぜる手が止まりそうになる。
「あわわっ、YUYUさんがこの話を聞いたら怒り爆発だよ。
それに大本命の青磁王子とスズランさんが良さげな雰囲気だと他の側室の姫が知ったら、どんな修羅場が起こる事か」
「ハルさま、そのような心配は無用です。
歌姫スズランさまはミゾノゾミ女神の『声』そのもの。ここで女神に逆らえる者はいません。
それに後宮が解散しても、全ての姫の嫁ぎ先にはクノイチが潜り込んでいます。
これからもYUYUさまは王の影として、終焉世界の覇者である巨人王族の治世を支えるお役目を務められます」
巨人王鉄紺は、ハイエルフのYUYUと【王族の契約】を交わし、老いる事がなくなった。
しかしそれは良いことばかりではなく、短命の巨人族は彼を残して次々とこの世を去ってしまう。
影武者に仕立てた息子も既に余命が迫り、巨人王鉄紺は自らの存在を葬り去り、次代の新たな王を選ぶ決断をした。
「みんな次の巨人王は青磁王子で決まりだと思っているみたいだね。
誰一人、元宰相のソテツ王子の名前を出す人はいないよ」
「ハルさま、ソテツ王子は寿命を延ばすために行った【王族の契約】儀式を失敗して、その代償で一気に老化が進んでしまいました」
「くそう、何が若返りのエルフの秘薬だ。ぜんぜん効かないではないか。
紫苑、ヤツはどうした!!俺に忠誠を誓ったのに、全く顔を見せないではないか」
第二側室であった母親の館に滞在するソテツ王子の元を訪ねる者はほとんどいない。
元々巨人族にしては細身のソテツ王子は皮膚がしおれて皺が増え、顔色も不健康な土気色で、年齢は一気に二十歳以上歳を重ねた老人のような衰え方をしていた。
父の跡を継ぐにふさわしい次期巨人王は自分だと、様々な策略を巡らしライバル王子を蹴落として名乗りを上げたのに、まさかこれほど早く老化が来てしまうとは。
「紫苑王子さまは巨人王代行の青磁王子から、ハクロ王宮への立ち入りを禁じられているのです。
やっと遠話水晶でのご連絡がとれましたので、紫苑王子とお話ください」
遠方と音声だけを通話する水晶とは違い、それは手鏡部分に相手の顔を映し出し会話することのできる魔法道具だった。
手のひらサイズの水晶の板に、黄金色の髪をした端正な顔の男が映される。
「お久しぶりですソテツ兄上。今日はどういったご用件でしょう?
おや、お忘れですか。私は先月お渡しした若返りの秘薬が最後だとお話ししたはずです。
若返りの秘薬を作るための原料である鳳凰は、すべて捌いてしまい私の手元には一羽も残っていません。
生きた鳳凰を持って来て頂ければ、若返りの薬を作ってさしあげますよ」
「まさか、ほ、鳳凰が若返りの秘薬の材料だと!!
鳳凰小都に住んでいた鳳凰は全てお前に与えたんだ。
この終焉世界には、もう鳳凰は一羽もいないぞ」
水晶に映し出されたハーフエルフの王子は「それは残念です」と一言告げただけで、言葉を返してこない。
ソテツ王子はシワだらけの額に青筋を立て、水晶の手鏡を持つ手が怒りで小刻みに震える。
「くそう、このままでは終わらんぞ。俺はなんとしても次期巨人王の席に着くんだ。
そうだ、高貴な血筋を持つ肥え太った姫と王族の契約して、今度こそ新たな命を手にしてやる」
「ソテツ兄上、アヤメ姫は後宮門のグリフォンのところへ通われて、父上に大変可愛がられていますよ。
まったく、幼女の次はトドと、父上の趣味はよく判りませんね」
もともと出不精で、老化が進んでからはほとんど館から出ることのないソテツ王子は、アヤメ姫に書状を送りつけただけで安心して、まさか肥え太った行き遅れの姫に邪魔が入るとは考えてもいなかった。
しかもその相手が父親である暴力王鉄紺では、王のお気に入りに手を出すことなどできない。
愕然とする兄に、神の化身のごとく優美な姿をしたハーフ巨人王子は罠を張る。
「ソテツ兄上の【王族の契約】が成功するように、私も手助けしたします。
この後宮には、女神に仕えるほどの祝福を宿した若い黒髪女官が一人いるそうです。
ソテツ兄上、前回は体を交わす【血と肉の契約】を先にしたせいで失敗したのです。
今度は間違えずに【魂の契約】から先に行ってください。
そう、黒髪の女官の命を奪い、再び蘇生させるのです」
「神科学種」男子主人公がお菓子作りで、「DIY乙女」女子主人公が力仕事をしてます。普通逆だよね。