表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ロクジョウギルド編
120/148

クエスト115 あのレトルトを食べよう ※2/14小話

 執務室を出たハルは、王宮の厨房より使い慣れた後宮の厨房で料理しようと、すっかり板に付いたメイド姿で後宮に戻ってきた。

 後宮の中はどこか浮き足立った雰囲気で、いつもトド姫に付き添っている髪に白い花飾りをさした女官が窓の外を見上げ白いペガサスに向かって手を振っている。


「ペガサスに乗った白鎧騎士って、全員ハリウッド俳優みたいに美形だから女の子が騒ぐのも判るけど。

 わずか短期間でこの人気はスゴいなぁ」


 ハルはおにぎりの実をゆでながら呟くと、アイテムバッグの中から愛用のドラゴンヘルムを出して、大きく切った野菜と鬼イノシシの肉、そして濃い赤茶色のカラカラ芋を投入してグツグツと煮る。


「このドラゴンヘルムはスゴいよ。普通の鍋の半分の時間で煮込みが出来るんだ。他のカブトも鍋に代用できないか試してみたいな」

「ハルお兄ちゃん、巨人族の大きなカブトを使えば、もっと沢山スープが作れるよ」

「そうか、萌黄ちゃん名案だね。今度青磁王子様や鉄紺王様のカブトを借りて試してみよう」

「は、ハルさま、まさか巨人王族に代々伝わる一級品の防具を、鍋にするつもりですか……」

 

 料理のアクを丁寧にすくいながら、にこやかに萌黄とのおしゃべりを楽しんでいるハルだが、後ろで控えるクノイチ娘はハルの右目の赤みが増したのを見逃さなかった。

 料理オタクのハルならそれを実行に移すハズだ。

 これは王の影に報告しなくてはならないと、クノイチ娘の檸檬は思った。


 時々かき混ぜながら十五分ほど煮込むとスープはカラカラ芋の赤茶色に染まり、そして料理からスパーシーな香りが漂ってきた。

 この世界の住人は初めて嗅ぐ不思議な匂いで、ハルたちにとっては懐かしく美味しい香り。


「深い森は食材の宝庫だというけど、こんなモノが手にはいるとは思わなかったよ。

 辛くて食べられないって言われたカラカラ芋を試しで煮付けにしたら、まさか「リンゴと蜂蜜がとろり溶けてる」有名な某カレー味になるなんて。

 辛党でジャンクフード好きのSENさんなら喜んで食べてくれるよね」


 カラカラ芋の煮込みスープはトロリと具材に絡まり、見た目もカレーそのものだ。

 ハルはおにぎりの実にカレーをかけて一緒に煮込んでいたイノシシ肉を乗せると、料理の手伝いをしている萌黄とクノイチ娘に味見をさせてみた。


「ふぅふぅ、はむっ、なんだろう変な美味しい味。少しピリッと辛いけど野菜は甘く感じるよ」

「柔らかく煮込まれたイノシシ肉が辛いソースになじんで、とても美味しいです」

「ハルさま、これの不思議な香りは食欲を刺激されますわ」


 どうやらカレー味は、この世界の人の口にも合うようだ。


「萌黄ちゃんが食べているのは甘口カレー味なんだ。

 SENさんには砂漠胡椒を加えた辛口カレーにして、上に目玉焼きをトッピングしようか」


 この終焉世界はなんて不思議なのだろう。

 木におにぎりが実ったり、カレールウ味の芋が生えていたり、砂漠竜はマグロ味でドラゴンは特上和牛だ。

 深い森の中には、どれほどの美味しい食材が眠っているのだろう。

 竜胆の狩りに是非参加したい。


「巨大モンスターとの戦闘は出来ないけど、野営の食事作りとか僕にも手伝えることがあるはずだよね」


 ハルは巨大モンスターに対する恐れより、未知なる食材との出会いに胸を躍らせる。

 そこへハルが帰ってきたことを知った鈴蘭スズランが、クリスタル塔を降りて厨房へやってきた。


「お帰りハル、東の荒れ野に魔獣が現れたそうだね。

 ミゾノゾミ女神さまが現れて、凶暴な魔獣を森に変えたって話を聞いたよ。

 ハルもその場にいたのかい?とにかく無事でよかった」


 ロクジョウギルドでの騒動は広場で露天を開く父親からの伝言で知らせれ、ハルが巻き込まれていないか心配していた。

 そして元気そうな姿に安堵したスズランは、ハルを思いっきり大きな胸の谷間に挟んで抱きしめる。

 愛情表現の激しいスズランは、ハルが実は女装男子だと知らない。

 ハルは豊満な肉に圧迫され苦しみ、後で控えるクノイチ娘が殺気立つ。


「げほげほ、し、心配してくれてありがとうスズランさん。

 僕はこれから王宮の執務室まで食事を運ぶんだけど、スズランさんも一緒に行きませんか。是非紹介したい人がいるんです」


 スズランに歌を教えたSENだが、その時はミイラ状態で古代図書館に住む怨霊と思われ不気味がられていた。

 SENは怨霊ではなくマトモ?な人間だとスズランに教えたいし、薄気味悪がらずに仲良くなればイイなと思う。


「王宮の執務室って、旅疲れで伏せていて巨人王様の代わりに青磁王子さまがお仕事されているんだよね。

 アタシも一度、ちゃんとご挨拶をしなくちゃって思っていたんだ」



 ***



 ハルが料理を乗せたワゴンを押しながら王宮の執務室に入った途端、中にいた二人の神科学種の眼の色が変わる。


「ハルちゃんこの匂いはまさか……信じられない、これこそ奇跡だ!!」

「うおっ、味も香りもまんまカレーじゃないか。俺は週三回はカレーだったんだ。

 我の脳髄に電撃が走り餓えた野獣が目覚め、左手が疼き其れを寄越せと蠢くっ(電波語通訳 腹が減って手が震える)」

「熱々カレーだから気をつけて。って言っている側からSENさん口の中ヤケドしてるし。早くお水飲んで!!」


 ハルの後から執務室を訪れたスズランは、銀髪の天女と黒髪の男がハルの持ってきた料理に大騒ぎしながら食事するのを見た。

 黒髪の男はよほど餓えているのか、皿を抱えてカラカラ芋の煮込みをむさぼるように食べている。

 初めて見る黒髪の男の右目は紅い。きっと銀のエルフやハルと同じ神科学種の仲間だろう。


「あっ、スズランさん。ご飯が済むまでちょっと待っていて。

 そうだ、隣の応接室に青磁王子さまがいるから、ワゴンの上のお酒と飲み物を運んで貰える?」


 男はあっという間に皿を空にして、ハルはうれしそうに声をかけながらお代わりをよそっている。ハルが食事の世話を焼いている姿を見ると、黒髪の男はもしかしてハルの恋人かも知れない。

 スズランは何故だか少し寂しい気持ちになりがら、飲み物を乗せたワゴンを押して隣の応接室のドアをノックした。


「どうぞ」


 部屋の中から落ち着いた低い男の声で合図があり、スズランはドアを開けるとお辞儀をした。

 以前勤めていた王室御用達の高級店で礼儀作法を習得しているスズランは、洗練された優雅な仕草でワゴンを押して部屋の主が座るソファーの前に運んだ。

 巨人族は荒々しく粗野な雰囲気の者が多いが、この目の前にいる王子は大柄でたくましい体格ながら、整った知的な顔に思慮深い表情を浮かべていた。

 顔半分を鬼の面で覆っているが、それすら王子の魅力を増すアイテムのように思える。

 後宮では煌びやかなハーフエルフの紫苑王子派と、鬼仮面の英雄青磁王子派で女たちが騒いでいるが、この男っぷりでは皆が騒ぐのも良く判る。


「初めまして、第十二位王子 紺の青磁殿下。

 私は後宮のクリスタル塔の歌唄い スズランと申します。

 この度は後宮女官のハルの手伝いで、こちらに参りました」


 さすがのスズランも、紫苑王子を前にすると声が震え、自己紹介を終えると慌ててグラスと酒の用意をした。


「酒はいらない、まだ仕事が残っているからな。

 それより、ハルさまがわざわざここに連れて来たのなら、貴女は女神の声を持つ娘ですか」


 この時スズランはヒドく緊張して、青磁王子がハルを様付けで呼んでいることに全く気づかなかった。

 頬を赤らめて見返した青磁王子の顔に、眼の下のクマが浮かんでいるのが見える。


「でも青磁王子さまは、少しお疲れの様子です。

 そうですわ、お酒ではなく私の歌でおくつろぎ下さいませ」




 カブト一杯に作ってきたカレーは、SENがほとんど食べてしまった。

 ハルは食べ終えた皿を片づけていると、隣の応接室から美しい歌声が聞こえてくる。


「あっ、これ洋楽ポップスだよね。ラジオから曲が流れているのを聞いたことがあるよ」

「あの高音のカレンの曲を軽々と歌えるとは、さすが歌姫だ」


 ティダとハルが女神の声に聞きほれていると、SENは膨れた腹を叩きながら答える。


「古代図書館に保存されていたのは本だけじゃない。古いレコード盤があった。

 仕組みがシンプルなレコード盤なら、単純な魔法で曲を聴くことができる。

 俺が指導しなくても、スズランなら独学で歌うことができるさ」


 ハルはスズランの歌に引き寄せられるように隣の応接室を覗いた。

 部屋には豪華な暖炉が据えられ、中にくべられた炎の結晶がまるでスズランの歌に呼応するかのように音を立てて赤々と燃え上がる。

 青磁王子はソファーに深く腰掛けて、目を閉じて彼女の声を聞き入っている。

 彼女が歌い終わるとソファーから体を起こし、目の前の歌姫を仰ぎ見て感嘆の声をあげる。


「なんという素晴らしい歌声だ。

 それほどの声を持ちながら塔の中に閉じこもり、どの王子の求愛を受けないという噂を聞いたが、それは本当かな」

「おっしゃるとおりです青磁王子さま。アタシ、もう男は懲り懲りなの」

「それは奇遇だな。

 私も長い間、二度と女は懲り懲りだと思っていたが……」


(うわっコレは、もの凄く声を掛けにくい。)

 なんだか良さげな雰囲気のオーラで見つめ合う二人に、ハルは扉の影から動けなくなった。

 顔半分を覗かせたハルに気づいたのは青磁王子で、ソファーから立ち上がると扉を開き、女官姿のハルをエスコートして中に招く。

 ハルに続いてティダも応接室に招かれ、残りの一人は巣に戻ってしまった。

 青磁王子は自分の座っていた一人掛けソファーをハルにすすめ、自ら飲み物を注いで手渡す。

 ここでスズランも、女神に仕える神科学種のハルは、巨人族の王子より上の位にあるのだと気づいた。


「そういえば、ハルはワタシに何か用があったよね、誰か紹介してくれるって」


 少し緊張した面持ちでたずねたスズランと、振り返る青磁王子にハルの方が慌てた。

(この状況でSENさんを紹介するには、あまりに空気を読まなすぎるよね。)

 ハルはドギマギしながらメイド服のエプロンを握り締め、ふとポケットの中に入れていたモノを思い出す。

 ポケットの中からハンカチに包まれたモノを取り出すと、テーブルの上にゆっくりと広げた。


「この卵からもうすぐ黒い鳥が生まれるハズなんだけど、鳴き声がとてもウルサいんだ。

 スズランさんの歌声を聴かせれば、マトモな鳴き声になるかもしれないと思って」


 こぶし大のまだら模様が入った卵を見てティダが顔をしかめる。

 竜胆のそばにいるティダは、雛鳥の爆音のようなダミ声をよく知っているのだ。


「そうね。わたしはここで好きな歌をうたうだけの仕事だから、忙しいハルの代わりに卵を温めてあげる」


 スズランはマダラ卵を受け取ると、いきなり襟が大きく開いたドレスの豊満な胸の谷間に押し込んだ。

 確かにこの場所なら人肌で温められるし、スズランの歌声もよく聞こえるだろう。

 金色に染めていた髪は地毛の灰色に戻っているが、彼女は大柄でグラマラスな美しい娘で、その胸元に挟まれた卵はあらぬ妄想も掻き立てられてしまう。

 スズランの仕草にハルは頬を赤らめ、ティダは微かに笑い、そして彼女の熱い視線を受ける青磁王子は少し動揺した様子で顎をさすった。 


「こ、これは、なかなか目のやり場に困るな。

 ゴホン、女神の歌もイイが、私はスズランの別の歌を聞いてみたい」

「はい、青磁王子殿下。それでは遙か北の国の恋の歌を」




 そそくさと応接室から出てきた二人は、背後から聞こえる濃厚なラブソングに溜息をつく。


「SENさんに会わせるためにスズランさんを連れてきたのに、青磁王子とイイ感じになっているよ」

「海賊船で見たエルフ美姫の肖像画はかなりの巨乳だったから、スズランは彼好みのタイプだろう。

 それにしてもSENのヤツ、お姉さまもせっかく後宮の中に入れるようにお膳立てをしてやったのに、結局リアル女子に縁が無いか」


 なんだか困惑した様子のハルに、あきらめた口調で苦笑いのティダ。

 そして当の本人は、書類と萌絵で埋もれた巣の中で水晶玉を覗きながら奇声を上げていた。


「キタ━━(゜∀゜)━━ッ!!

 ナンピンナンピン買増の弾幕で売手を踏みつぶしてしまえ。

 クククッ大相場小相場見分け肝要なり、ギヒヒッ損も利益も此処に始まる」



 ***



「また来たのか。お前も側室の姫なら早くどの王子に嫁ぐか決めないと、十日後には居場所がなくなるぞ」


 後宮門の物見ヤグラでいつものように広場のバザーを眺めるトド姫に、グリフォンの上から白髪の騎士は声をかけた。


「アナタ、私のこの太った姿を見てからかっているのね。

 ご生憎さま、私は二人の王子から求婚を受けているのですよ。

 第三位の元宰相ソテツ王子と、あのハーフエルフの紫苑王子様が、私を正妻に迎えたいと申し込んだの」

 

 しかし言葉とは裏腹に、トド姫は曇り顔で視線を広場のバザーに向けたまま誰かを探している。


「では二人の王子の誰を選ぶ?

 紫苑王子の正妻として申し込まれたのなら、他の姫から羨ましがるだろう」

「ソテツ王子は若返りの薬を取りすぎて、その副作用で床から起き上がれないという噂よ。

 紫苑王子、あれはダメね。巨人族の勇敢さも、エルフ族の知性も足りない。

 外見を華やかに着飾ることでしか、己を誇示できないんですもの」


 ピンクの風船のように丸々と太った姫の言葉に、白髪の騎士に化けた巨人族暴力王鉄紺は無言で笑う。

 真眼の持ち主は本能で全てを見極める。

 後宮を掌握していた王の影YUYUは謀の達人。

 偽りと真実は対極の存在で、つねづね二人が衝突していたのは仕方がないことだった。


「やはり本物の高貴な魔獣は美しいわ。

 ああ、私もグリフォンのように自由に空を飛んでみたい」


 賢いグリフォンは彼女が只人ではないと判っているのか、トド姫が目の前まで来ても襲うことはぜす、持ってきた肉の塊を手から食べるまでになっている。

 グリフォンが人間にこれほど懐くのは、とても珍しい。

 鉄紺王は、真眼の娘に話しかけた。


「そんなにコレが気に入ったのなら、王の許しがあれば乗り方を教えてやるぞ。

 グリフォンは王の証そのもの。

 後宮の姫でもグリフォンの背から降りなければ外に出られる。王宮を出て深い森までも飛んで行けるぞ」

★★2/14 バレンタイン?小ネタ★★

「今日は何の日だ。とう 日で、ふんどしの日なんだよ!!!

 ギヒヒッ、ハルのメイド姿で「ハイ、チョコレート」を期待してた愚か者たち。残念だったな」

「SEN、そんな話を泣きながら喚くなんて……。

 後宮に住んで(監禁されて)いたのに、どの女官からもチョコを貰えなかったのか」

「大丈夫ですSENさん。

 こんな事もあろうかと、深い森に住む黄金角極牛の生クリームと西の常春の国で作られた最高級チョコで、僕の力作ハート型ガトーショコラケーキを作りました!!

 これを皆に見せれば、誰からもチョコを貰えないって言われませんよ」

「ハル、お、お前から毎回チョコをもらうのが一番、危険……。

 あれ?いつも怒鳴り込んでくるはずのYUYUが現れないぞ」


 ***


「YUYUさま、この黒い物体はなんですか?」

「ご覧なさい水浅葱。私でもやれば出来るのですよ。

 これはハルくんと鉄紺王のために、一週間かけて作ったハートチョコです」

「でもこのブッタイから、表面がグツグツと煮立っていて鼻につく異臭がします。

 YUYUさまが念を込めすぎたせいで、その膨大な魔力に反応して黒い物体の中から触手のような、異界の高位魔物が召喚されました!!」


 恋人たちが愛を告白する夜に、ハクロ後宮の強固な結界を破り、どこからか現れた謎の魔獣は、王の影YUYUによって討伐された。

 それから、極秘で鉄紺王からYUYUに『お菓子作り禁止令』が出たとかでなかったとか。

★END★



二月から「神科学種」と「DIY乙女」を交互更新します。

別世界のファンタジーだけど、どこか似たところがあるかも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ