クエスト10 反大神官派と話し合おう
A.D.α 2025/02/14 13:21
東京都K市
玄関先に届けられたピザは冷たくなっていた。
野原幸樹は、リクライニングチェアーから体を起こし 首に巻いた5本のチョーカーに触れる。
急に熱が上がって、こってり味のピザを食べる食欲は無くなっていた。
数本の端子が伸びたヘッドホン、VBWモノクルを違法改造した赤いレンズの眼鏡を掛け直す。
最初のインフル死者は詳しくニュースになったが、1月末で死者が1千人を超えたところから、その数は報道されなくなった。
国はひた隠しにしているが、関東地区だけで死者5千人は確実に超えただろう。
世界的パンデミック 新型インフルエンザは『バタフライ』と呼ばれるようになった。
蝶の羽ばたきは、病災の鱗粉を世界中に降り注いでいる。
ああ、体が重い、寒気がする。
自分は家に引きこもっているから大丈夫だろうと甘く考えていた。
コンビニや移動の電車、日曜にアキバに行ったのが拙かったかもしれない。
彼の目の前の景色は、5つのバーチャルモニターが重なって存在するゲーム空間だった。
VBWシステムは、10時間経つと強制ログアウトになる。
だから、彼は5本のチョーカーを9時間30分ごとに切り替え、ほぼ24時間システムを起動させている。
その中の、一つのモニターに映し出された男が早口でしゃべっている。
「なぁコウキ、我々の『End of god science』は世界の終焉を予言していたんだ。
ヒヒッ この腐った世界は、黒の蝶によって清められる。
女神なんて現れるものか」
「黙れアマザキ、予言が真実なら、それを防ぐ方法もあるはずだ。
俺は、自堕落で妄想まみれで無関心で自分勝手な、この世界が気に入ってんだよ。」
幸樹はスカイプを切ると、苛立たしげに長く伸びた前髪を掻き上げる。
今日は体調がよくない。少し休むか。
その時、フレンド登録していたキャラのログインを知らせるメールが入った。
12月と、1月に、姿を消していた二人が同時にゲームにログインしている。
まさか、彼らがログインできるはずがない。
だって、彼らは……
どうする、行くか、逝くか。
幸樹は、黒袴姿のアバターSENを選ぶと『End of god science』のログイン場面にパスワードを入力する。
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退紅は僕らを、聖堂の武器庫の奥にある備品置き場に案内した。
周りから怪しまれないように造られた隠し部屋。
狭い部屋の中には、退紅の声掛けで集まった20人ほどの神官達が待ち構えていた。
「妹は、聖堂で働く約束はしたけど、砂獏竜の生贄になるなんて話は聞いてない。
由緒あるオアシス聖堂の権力を、大神官は私物化し非道な行いを繰り返す。
俺はこれ以上我慢できない。生贄の儀式の間を狙い、奴を倒すぞ」
「神科学種の聖人さまが現れた。今度こそオアシスを我々の手に取り戻そう」
背の高い茶髪の男、銀朱の兄 退紅は反大神官派のリーダーのようだ。
集まった男も女も、熱気を帯びた熱い眼差しで、突然現れた神科学種の救世主を見つめている。
状況を呑み込めないハルの腕を引き、皆の前に連れ出そうとする彼をティダが遮る。
「ハルちゃんを祀り上げる前に、まず話を聞かせてくれないかしら。
生贄の儀式をぶっ潰して大神官を倒したとして、オアシスを襲う砂漠竜はどうするの?」
「我々の力では、砂漠竜どころか、群れたゴブリンを倒すこともできないのです。
しかし、神科学種の冒険者は、砂漠竜を倒せるほどの力を持っているという話を聞きました」
ん、これはもしかして、僕らに悪いモンスターを倒してくれ、という他力本願?
無表情で相手の出方を伺っていたSENが、厳しい口調で更に問いかける。
「今回は、俺たちが砂漠竜を倒しやっても、次の砂漠竜が沸いたらどうするんだ?
自分たちで砂漠竜を倒せないなら、再び生贄を差し出すことになるぞ」
SENの言葉に、集まった神官たちは戸惑うように顔を見合わせる。
ただリーダーの退紅だけは、挑むように鋭い眼差しで答えた。
「大神官を倒して、砂漠竜を倒すなんて無謀かもしれないが、俺はそれで討ち死にしたって構わない。
もうこれ以上、奴らの言いなりになるくらいなら、モンスターに喰われたほうがマシだ」
彼の言葉に呼応するかのように、仲間の神官も声を殺して拳を振り上げる。
その様子にSENはニヤリと笑うと、退紅の肩をポンと叩いた。
「我々は精霊の導きでこの地に現れた『神科学種』だ。
女神【ミゾノゾミ】は、罪無き乙女が魔物の生贄になることを望まない。
我々は、オアシスの砂の民のために力を貸してやろう」
イベント好きのティダは、楽しげに呟いた。
「1.生贄の少女を救う 2.砂漠竜を倒す 3.悪大神官をボコる というクエストかぁ。」
***
神官たちを解散させた後、リーダーの退紅と二人の神官、それに僕たちでこれからの作戦を練る。
砂漠竜を倒すのに実力経験不足の神官たちは、オアシス自警団と手を組み、SENから砂漠竜討伐のノウハウを教わることになった。
また、生贄の儀式もぶち壊すけど、そもそもどんな儀式なんだろう。
「大神官は、乙女が生贄として相応しいか「確認する」儀式を行うと言っている」
それって、生贄のオンナノコの味見するってコトですか!!
なんという如何わしいエロ大神官なんだ。
「この蛮行を見過ごしては、我々変態紳士の名が廃るというもの」
「おいSEN、俺はそっち系じゃないからな。電波漏れてるぞ~~」
話が脇にそれた頃、SENから渡された服で身支度を整えた、生贄の少女 銀朱が現れた。
彼女の姿を見て、兄の神官達は感嘆の声が、僕らは戸惑いの声を発した。
その姿は、白い肌に長い黒髪の映える、白い小袖(白衣)に緋袴を履いたMIKOですよ!!
っうか、なんでSENさん、巫女服なんて持ってんだ~~。
きっとこれは宝箱かモンスタードロップ品であって、男のロマンを追い求めてうっかり購入したものでは無いはずだ。
「まるで女神さまが降臨したようだ、なんて神々しい衣装だ」
「ああ銀朱、我が妹とは思えない、見違えるほど美しくなった、素晴らしいよ」
こちらの方々には、コスプレではなく、本来の神聖な衣装として映っているらしい。
SENも満足げに彼女を眺めると、何故か僕の方に銀朱を連れてきて隣に立たせる。
「顔は、怪我をしているという理由で包帯を巻けば隠せる。
このMIKO服は神事に相応しいし、体格も上手くごまかせるだろう」
あれ、皆さん、どうして僕と銀朱ちゃんを見比べているの?
「身長もほぼ同じだし、中身が入れ替わっても気付かれない」
何故か、すごく嫌な予感がする。
「ハルちゃん、本番ではお嬢ちゃんの身代わり、生贄役お願いね」
なんてテンプレな話、そしてお約束の展開になんだ!!