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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ロクジョウギルド編
119/148

クエスト114 再び黒いブッタイ

 ロクジョウギルド襲撃事件から二日後。

 捕虜を都に帰し、自警団を管理するギルド組織に賠償金を請求する交渉が進んでいる。

 ボロ別荘の中庭には自警団から奪った戦利品の武器や防具が並べられて、竜胆はそれをひとつ一つ手に取り吟味していた。

 仲間のハーフ巨人戦士たちも、子供のようにはしゃぎながら武器や防具を漁っている。


「さすがは見栄っ張りな自警団、武器や防具は一級品ぞろいだ。

 こんだけの武器や防具があれば、深い森での魔獣狩りも充分やっていけるぜ」

「おおっ、すげぇ!!竜胆さま、この大剣は鋼の郷で鍛えられた黒鋼鉄の銘入りだ。オレ、コイツをもらいます」

「盾の中央に賢者フクロウの胆石が埋め込まれている。こんな珍品初めて見たな」


 これまでハーフ巨人たちが所持していた武器は安くて粗末なもので、例え彼らが丈夫な一級品武器を買おうとしても、ハーフ巨人の売る武器はないと店から断られた。

 人間より力のあるハーフ巨人なら、奪ったほとんどの武器を軽々と扱える。

 防具は大柄なハーフ巨人に会わせて仕立て直さなければならないが、これまで使用していた薄い皮の胸当てと比べれば、防御力には雲泥の差がある。

 ロクジョウギルドを略奪目的でやって来た連中は、返り討ちにあい大切な武器や防具を奪われたのだ。


 王の影は中庭の様子を食堂の窓から眺めながら、薔薇の香りのする甘いハーブティを一口飲んだ。


「そういえば竜胆は、今度深い森で大がかりな狩りをする予定だとか。

 せっかくですからストレス解消に、私も狩りに参加しましょう」


 朝からYUYUを迎えに来た馬車が正門前で待機していたが、当人は全く帰る気は無さそうで、深い森での凶暴な魔獣狩りをまるでピクニックにでも出かけるかのように気軽に話す。

 向かいの席には、けだるそうに滋養強壮に良いと言われる黄眼灰色熊の肝煎汁を飲むティダが腰掛け、奥の厨房からハルが焼きあがったクッキーを子供たちに配りながらYUYUたちのテーブルにやってきた。


「さて今日の予定ですが、コホンッ、もし時間が空いていればハルくんは私と……」

「そういえば、今朝SENからお姉さま宛に「金貸せ」と念話チャットが入った。あいつ一体何をしているんだ?

 竜胆は今度の狩りで、深い森の空の主といわれるグリフォンを捕らえるつもりだ。あと二、三日は狩りの準備に時間がかかるだろう。

 お姉さまはその前に、SENの様子を見に行ってくる」

「なんだろう、それは心配だね、SENさんご飯ちゃんと食べているかな?

 僕もティダさんと一緒に王宮に行くよ」


 ティダとハルが巨人の王都に戻ろうと話をすると、YUYUが慌てて声をあげる。


「王都に戻るのは、ティダさんだけで良いのでは。

 ハルくんは、アノSENに気をかけ過ぎています。

 私はいつも仕事に追われて、ゆっくりとハルくんと過ごす時間もないのに」


 騒動の後二日間、汚泥の化けモノに翻弄されたハルは疲れのせいで爆睡して起きなかった。その間YUYUは後始末に奔走して、ハルの寝顔しか眺めていない。

 やっと捕虜の処分も終わり、目を覚ましたハルと今度こそ森の中でデートと思っていたら、当の本人はSENが気になるから王都に戻るという。

 見た目天使のような愛らしさで必死に訴えるYUYUに、ハルは用事が済めばロクジョウギルドに帰ってくると約束させられた。




 YUYUを迎えに来た馬車にハルとティダと萌黄も一緒に乗り、三人はハクロ王宮に向かう。

 馬車が王都に入り中央のハクロ王宮が近づくにつれ、空を飛び回る白い偽ペガサスが目に入ってきた。


「なるほど、あれはYUYUが苛つくはずだ。

 お姉さまでも、今すぐ空から射落としたくなる」


 二人は馬車の外に出て王宮の上を飛ぶペガサスを眺める。紺のショールですっぽりと頭を覆ったティダと執事服のハルは、貴族の奥方と召使いに見える。

 

 ティダの言葉通りペガサスの数が多い。YUYUは八十騎といっていたが、これは百を超えているのではないか。

 ハクロ王宮の真上を数十騎が隊列を組み旋回している姿は、かなりの威圧感がある。

 空を飛ぶペガサスに対抗して、王宮正門の警備を数頭のファイヤードラゴンが務め、後宮には巨大なグリフォンが待機しているのが見える。

 ペガサスたちは、巨大で凶暴な魔獣グリフォンは避けて飛ぶが、小型翼竜のファイヤードラゴンには低空飛行で接近を繰り返している。




 ふとハルの真上を黒い影が横切り、続いて騒がしい羽音と共に上空から馬車をかすめ、前方にペガサスが現れた。


「キャアー、白鎧の騎士さまがいらっしゃったわ」


 周囲にいた人々の中から、若い娘の黄色い声援があがった。

 人々は舞い降りたペガサスの周りに詰めかけ、現れた白鎧のイケメン騎士は持っていた皮袋から金貨を出してバラまき始める。


「いいか人間たちよ、よく聞くんだ。

 我が主である紫苑王子さまは、巨人だけが富を得るのではなく、懸命に働く人間にも富分け与えるべきだと考えている。

 神の化身であるエルフ族の血を引く紫苑さまは人間の味方だ。

 紫苑さまが王になれば、巨人族の富を人間にも平等に分け与えて下さるだろう」


 芝居がかった口調で演説する白鎧の騎士に、集まった人々は感謝の声と、特に若い娘たちは熱に浮かされたように紫苑の名前を叫ぶ。


「うっ、あの男の口にメイスを押し込んで、歯の根をガタガタ言わせたい」


 ティダは腕組んだまま禍々しい狂戦士モードで呟くとハルを見た。


「ハルちゃん、人間と巨人を比べるのは馬鹿げている。

 巨人の富の源である鉱物採取で例えるなら、人間は手堀りで巨人はパワーシャベル。

 能力が違いすぎる。得られる富が人間と巨人で差があるのは当然なんだ。

 そして巨人以上に富を持つ人間たち、上級ギルドや偽法王がいても、その貧富の格差について連中は何もいわない」

「人間の支配は霊峰神殿の役割ですよね。

 でも神殿トップが偽物の法王で、弱者を助けないから人間の不満が高まっている。

 裕福な巨人の王都ですらこうなら、霊峰神殿が直接治めている地域は一体どんな状況なんだろう」


 長い間人々は道を塞ぎ、馬車が再び動いてハクロ王宮に入るまでに一刻以上の時間を要した。

 


 ***



「なかなか壮観な眺めだろう。ペガサスの羽が雪のように舞っている」


 顔半分を仮面覆う第十二位王子の青磁は、王宮の執務室の窓から外を眺めると不敵に笑った。

 彼は双子の兄、廃王子を傀儡として扱った紫苑を決して許さない。

 青磁王子が王の代行を務めている間、紫苑王子とその下僕はハクロ王宮に足を踏み入れることを許されず、ペガサスの群は王宮周囲を飛び回っているだけだ。


 カサカサカサ

「青磁王子、王の影はペガサスが我慢できずにロクジョウギルドに転がり込んできました。

 いよいよ十日後には巨人王選定会議が控えていますが、次期巨人王に選ばれるのは貴方で確定のようですね」

 カサカサカサ ゴソゴソ

「YUYUさんは、王都の事は全部青磁さまに任せたと言って、すっかり引退気分でしたよ」

 カサカサ ゴソゴソ バサバサバサ

「もう、SENさん返事をして。ハルお兄ちゃんのいない間に黒いのに戻っているよ」


 三人が王宮執務室を訪ねると、部屋のの片隅に本と書類と萌絵で埋もれた黒い物体が巣の中でうごめいていた。

 普通なら外のペガサスより同じ部屋の中にいる黒い物体の方が気になるはずだが、長い間強烈な性格の兄と接していた青磁王子は、会話が通じて仕事を完璧にこなすSENの問題行動など気にならないらしい。


「これでも一応声はかけているのだが、今SENさまは詐欺ギルドとの大勝負の最中で、寝食する暇など無いそうだ」

「少し目を離すとこんな状態だ。

 コイツは趣味に没頭しすぎすと、自己管理が出来なくなる。

 SENはハルちゃんの作る料理なら食べるから、なにか作ってきてもらえないか」


 つきあいの長いティダは、諦めたようにため息を付きながら巣の中のSENを引っ張り出してきた。

 前回のミイラほどではないが、頬はこけ窪んだ双眸の奥に紅い目がギラギラと光り、ブツブツと薄ら笑いに独り言をつぶやきながら、紙の束を手にして計算式と折れ線グラフを書き込んでいる。


「僕がロクジョウギルドに出かけてから、SENさんはずっと絶食状態?

 たいへんだぁ、すぐご飯を作ってくるよ」

 

 驚いたハルは大急ぎで食事を準備するため、萌黄を連れて執務室を出て行く。

 皆が話しかけている間もSENは手にした水晶玉を覗きこんだまま、誰かとしきりに連絡を取っている。

 怒ったティダはSENの手にした水晶を取り上げて怒鳴った。

 

「SEN、お前が金を貸せというから、忙しいロクジョウギルドから来たんだぞ。

 まさか、詐欺ギルド相手の砂糖取引に失敗して大損したのか。一体どれだけの金をスったんだ?」


「ちゃんと話は聞いているって、ティダ。

 損をするもなにも、俺はひたすら砂糖の『現物』を買い占めているだけだ。

 相場は寄せては返す波。微かな波の引ききったところで買い増し、寄せる直前に売り払い、そして再び買い戻す。

 単純な取引で少ない稼ぎに見えて、グヒヒヒッ、小さな雪玉を斜面で転がして大きくするように資産を増やしている」


 そう言うとSENは細かな売買履歴が書き込まれた紙の束を差し出し、ティダと青磁王子は記された数字を確認する。


「私も多少商取引には詳しいが、これだけ利益を上げながら現物を増やしているのなら、逆に取引相手は相当損をかぶっているでしょう」

「キヒヒッ、さすが次期巨人王、ご名答だ。

 俺はすでに詐欺ギルドの砂糖倉庫を空にして、砂糖の生産地であるエリアでも直接買い付け、この終焉世界にある全ての砂糖を集めている。

 俺が全て砂糖を買い占めれば、※信用取引で売買している連中がどうなるか判るか?

 俺の言い値でしか砂糖は取引できない。市場を我が手の上で転がすように支配できるのだ」

「待てよSEN、砂糖の現物を得るための資金はどこから……。

 そうか、激レアアイテムの蒼珠砂竜の鱗を換金して、足りない分は鳳凰小都紙幣を刷りまくっているのか」


 普通、紙幣を大量に印刷すれば市場は混乱するが、祝福の宿る折り鶴の材料で消耗品の鳳凰小都紙幣は、刷れば刷るほど儲けが出る。

 そして砂漠竜の鱗はSENとティダで半分ずつ分けていた。ティダの持分まで換金すれば、SENは更に買い進められるのだ。

 腕組みをして考え込んだティダに、SENはひらひらと手の平を出して、鱗を寄越せとゼスチャーする。

 ふと、ティダが眉間にしわを寄せ顔をしかめると、思わず鼻と口を押さえる。


「ん……くさいっ、臭うぞSEN。お前いつから風呂に入ってないんだ!!」

「さぁ、いつからかな。この言霊水晶で相場の値動きを知らせ買い付けしているんだが、コイツは水に弱いから風呂場に持ち込めないんだよ。

 もし俺が風呂に入っている間に、大商いのチャンスを逃したらどうする」

「これだからデイトレーダーはっ!!

 エルフは鼻が利くんだよ、臭いままなら鱗は渡さないぞ。

 青磁王子、ココの風呂はどこにある。

 ハルちゃんが食事を作っている間、お前も身綺麗にしてこい」


 まるでボケとツッコミのような二人の様子に、青磁王子は苦笑いしながらが二拍手すると、扉を開けて数人の女官が現れる。

 SENの世話をするために呼ばれた女官は、かなり年輩の腰の曲がった老女たちで、しかも手にしているのはデッキブラシや亀の子タワシだ。


「SENさまには古代図書館の怨霊が憑いているという噂があって、若い女官たちが恐れて世話をしてくれないんだ。

 彼女たちベテラン女官は充分にSENさまのお世話をしてくれるだろう。お願いするよ、ばあやたち」

「ちょっと待った。ハルは若くて可愛いピチピチ女官にイタズラされながら風呂に入るのに、俺はこんな萎れた婆さんに……。

 うわぁあーー失礼しましたぁ、タワシで頭をこするな毛が抜ける!!」


 そしてSENはベテラン女官に風呂まで追い立てられていった。

 しばらくして入浴を済ませたSENは、スッキリした痩せ気味のイケメン武士姿で風呂から出てきたが、やたらと頭の頭頂を気にしていた。



※信用取引 資金や商品を借りて、手持ち額以上を売買する取引


久しぶりに3人が揃いました。

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