クエスト113 真眼持ちの姫
明けましておめでとうございます。
本年も「神科学種の魔法陣」よろしくお願いします。
騒乱の夜が明け、雲一つない晴れた空に朝日が昇る。
ハーフ巨人との戦闘に敗れ捕虜となった自警団は、ボロ別荘の外壁前に三列で並ばされていた。
そこに若く美しい娘と銀髪を刈り上げたハーフ巨人戦士、そして騒動の大元である娘の父親が現れる。
「皆さん、私の話を聞いてください。
私はハーフ巨人にさらわれたのではありません。
ハーフ巨人である恋人がロクジョウギルドに加入したので、私は彼を追いかけて家を出たのです。
父と話し合い私たち、お父様は黙ってて、二人の仲を認めてもらいました。
私が原因で騒ぎを起こしてしまい、ロクジョウギルドの方々にはご迷惑をおかけしました。
ですが私は、自警団のアナタ方には詫びたりしません。
アナタたちは私を助けるという名目で、本当はロクジョウギルドから金品を略奪に来たのでしょ」
薄い金色の髪をした気の強そうな娘が話している間、隣に立つ父親と恋人のトクサは一切口を挟めずにいた。
娘は蔑むような視線で捕らわれた捕虜を見回すと、自警団の中から罵声が飛んだ。
「このアバズレ女め。俺たちギルドと自警団を敵に回して、王都で暮らしてゆけると思っているのか」
「ロクジョウギルドは人間のギルド組織との関係を絶ち、直接巨人王族と取引を行います。いわば巨人王族御用達のギルドになるということです」
男たちの野次と下ひた笑い声が大きくなり、娘の声がかき消される。
「こりゃお笑いだ。下級ギルドの出来損ないハーフ巨人が、王と直接取り引きできるのかよ」
「ははっ、人間以下のお前たちを巨人が相手にするものか。身の程を知れ!!」
その時、塀の上から小柄な少女が歩いてくるのが見えた。
いや、少女の足は塀の上についておらず、背中の白い四翼を羽ばたかせ、わずかに宙に浮いている。
ハクロ王都に住む者で、その四翼の天使を知らない者は居ない。
柔らかいふわふわなブラウンの髪が肩先ではね、透き通るような白い肌に小さな顔、幼さの残る天使の様な雰囲気をもつ紅い右目の神科学種であり【王の影】と呼ばれる者。
「朝からなんて騒がしいのでしょう。娘よ、捕虜の相手をする必要はありません。口を閉じない者には猿ぐつわをしなさい」
この騒動に加わった自警団の中で一番位の高い者、私の前に出るのです」
ふわりと四翼の天使は塀から降りてくると、娘は慌てて後ろに下がった。
捕虜の自警団数人が互いに押し問答したあと、中から青い顔をした細目に細いまゆの男が出てきた。
王の影は冷めた眼差しで男を一瞥する。
「お前たち、人間の都に戻ったら私の話を伝えなさい。
このロクジョウギルドの建物は、以前は巨人王鉄紺が深い森で狩りを行うときに滞在した別邸。ロクジョウギルド長のキキョウは、巨人王より直々に別荘の使用と管理を任されてます」
まさか自分たちが襲うはずだったロクジョウギルドのボロ別荘が、実は巨人王の別邸だという話に、YUYUが口を閉じろと命じたコトも忘れ男たちは慄き声を発した。
「ここにいる赤毛の巨人と、お前たちのよく知る赤毛の賞金首はまぎれもなく巨人族王子です。
まったく、何故私が捕虜どもの【処理】を行わなくてはならないのですか」
巨人王の愛玩人形と呼ばれるYUYUが、最後面倒そうに呟いた言葉に捕虜たちは震え上がった。
この天使が【処理】に動く時、壊滅魔法が行使され、敵味方関係なく無差別にすべてを破壊する。
王の影に逆らう事だけは許されない。
都に戻り告げた言葉を一言一句違えることなく話さなければならない。
捕虜の自警団全員が血の気を失った白い顔をしている。
二騎の馬が荒れ野を駆ける。
乾いた赤茶色の土と石が転がり雑草すらまともに生えない荒れた土地が、途中から青々とした若草の芽吹く草原になり、昨日までそこには存在しなかった緑の山が出現する。
「YUYUさま、ご苦労様です。仕方がありませんわ、現在捕虜の対応が出来るのは私たちとケイジュ王子だけですもの。
竜胆さまもティダさまも、そしてハルさまも戦いに疲れ果ててお休み中ですから」
YUYUを前に乗せ馬の手綱を握る水浅葱と、後ろからロクジョウギルド長キキョウの乗る馬が続く。
今回のロクジョウギルド襲撃事件は、敵を先陣きって戦った、というか略奪行為を働いた竜胆と、偽ペガサスを操る白鎧の騎士を退けたティダの活躍があった。
そしてハルが動き、災いと思われた出来事が豊穣をもたらす出来事に変化をとげる。
「まさか汚泥の化け物が聖獣で、ハルくんがその聖獣の怒りを鎮めるコトが出来ただけでも驚きなのに、豊穣の女神の祝福はこの荒れ野に緑を蘇らせました。
私たちは女神の憑代を守るどころか、常にハルくんから施しを与えられています」
汚泥の化け物が暴れた大地には緑の絨毯と白い小さな花が芽吹き、眠りについた聖獣の躰を木々が覆い、荒れ野の真ん中にゾウの姿によく似た小さな森が出現していた。
森の周囲を馬で一回りしてきたキキョウが興奮した様子でYUYUに話しかける。
「王の影よ、この象モンスターは完全に眠りについた。一度眠れば百年は目覚めないと言われている。
ああなんて素晴らしい、深い森の最奥にすむ巨大象モンスター、雪白露象をまさかこの目で見ることが出来るとは思わなかった。
聖獣に蒼珠を貢ぎ物として与え続ければ、聖獣は大地と同化して魔物が深い森から迷い出てくるのを防げるはずだ」
「そうですかキキョウ。深い森の魔獣に詳しい貴方がいてくれて助かります。
ところであそこにいる男たちは、一体どうしたのですか?」
YUYUが怪訝そうな顔で指差した先には、汚泥の中から助け出された数人の男たちが象モンスターの体内へと続くツタの解け目でなにやら必死に祈っていた。
「ミゾノゾミ女神さまがコイツに喰われた途端、俺たちの手足を縛っていたツタが解けて助かった。でも中に呑み込まれた女神さまは化け物に食われて、ううっ、お許しください女神さま」
「お、俺は見たぞ!!ミゾノゾミ女神さまが呑み込まれた後、金色の髪をした妖精がツタの解け目から出てきたんだ。
きっとあれは、女神さまに遣わされた子供の姿をした聖霊だよ」
「そうだ、なんでこんな場所に小さな娘がいるのだと不思議に思っていたが、アレは女神さまが妖精に姿を変えていたのか。ああ女神さま、感謝します」
男はツタの解け目に入っていた萌黄を妖精と間違えて話をしているようだ。
萌黄の後ろからハルも出てきたのだが、男たちの目に地味な風貌のハルは全く印象に残らなかったらしい。
「YUYUさま、助け出された連中の間で妙な噂が広がっているようですね」
「そうですね、せっかくなので男たちの噂に便乗しましょう。
二度と聖獣を怒らせないように、この小さな森を聖域とし、ツタの解け目の穴を塞いでその前に祭壇を備えましょう」
こうしてひとまずロクジョウギルド襲撃事件の幕は下りた。
荒れ野の真ん中に突如現れた小さな森に最初に移り住んだのは、汚泥の中から助け出された自警団の男だった。
男は毎日女神に祈り供物を捧げ、そこを訪れた人々に「女神がその身を犠牲にして人々を助けバケモノを森に変えた。森の中には金色の髪の妖精が住んでいる」と語り聞かせた。
いつしか大地と同化した聖獣は『妖精之森』と呼ばれるようになる。
***
GAaaゲヒッ、ゲゲァアーーッ!!!!
「ウッ、鳥がウルサくて目が覚めちまった。
おいウツギ、俺は寝直すからコイツはお前に任せる。一時間ごとに餌をやれよ」
「そんなぁ、俺も竜胆さんと同じで全然寝てないんですよ。
こんなブサイクな鳥、ハルさまに返したらいいじゃないですか」
ハルが汚泥のツタに呑み込まれて、その中から拾ってきた黒い雛鳥とマダラ卵。
生まれたばかりの黒い雛鳥は餌を欲しがって騒音をまき散らし、疲労困憊で寝不足のギルド員からもブーイングが起こっていた。
「ハルは一度寝たら半日は起きないし、鳥を返したら鶏ガラスープにしちまうよ。
ウツギ、つべこべ言わず鳥の世話をしろ。俺は寝るからな、邪魔したらぶっ殺す」
「寝るなんていって、どうせ連れ込んだ女とヨロシクしているんでしょ。
なんでいつも俺がこんな目にっ」
竜胆をギルドに(無理やり脅されて)連れてきたのはウツギなので、その世話係を命じられている。
ウツギはうるさい雛鳥を押しつけられ、仕方なく厨房奥の倉庫に閉じこもって世話をすることになる。
広いロクジョウギルド二階の客室で悲鳴が上がった。
「うーーっ、イタ、イタタ。お腹が千切れるように、痛いっ」
「どうしたのっ、ハルお兄ちゃん!!」
ハルはロクジョウギルドに帰ってくると同時に睡魔に襲われてベッドに撃沈したが、目を覚ますと全身を激しい痛みが走り、ベッドの上でのたうち回る。
ハルと一緒に寝ていた萌黄は、隣から聞こえる苦しげなうめき声に目をさました。
「あうっ、し、死にそう。痛っイタタッ」
「ええっ、ハルお兄ちゃんどうしたの。死んじゃいやだ!!
誰か助けて、ハルお兄ちゃんが大変だよ」
飛び起きた萌黄はハルの様子に驚き、廊下に出て助けを呼ぶ。
「待って、萌黄ちゃん。イタタ、これはケガじゃないから大丈夫」
「どうしたのですか、ハルさま。
まさか昨夜触手に捕らえられた時、イカガワシイ遅効性の毒を全身に塗りつけられたとか!!」
萌黄に呼ばれて三人のクノイチ娘が駆けつけて、苦しむハルを取り囲むと体に手を伸ばした。
「それは大変です、どこかお怪我はないか私たちクノイチに調べさせてください。
あの触手の化け物は、ハルさまの白いおみ足を這い上がり、中に滑り込んで柔肌をなぶったのですね」
「ち、ちがいまーす!!ひゃあ、ズボンを脱がされる。
そんな場所にキズなんてありません!!
これは筋肉痛で、くすぐられて笑いすぎてお腹がイタタタッ、動かさないでください」
昨日の激しい戦闘?でツタのくすぐり攻撃を受けたハルは、笑いすぎてアゴの喉も痛くて声もかすれ、腹筋はねじれるようね筋肉痛で、足に力を入れるとツッて動けなくなってしまう。
怪我ではないと安心したクノイチ娘は、半泣き状態のハルが愛らしく見えたのか、鼻息荒くベッドの上に乗り込む。
「まぁハルさま、なんてお気の毒なのでしょう。
それでは風呂に入っても自分で体を洗えませんね。ウフフッ是非私たちがお手伝いします」
「バケモノの触手にあんな事やこんな事をされて、なんてお可哀相なハルさま。
私たちクノイチが、全力でお慰めいたします。さぁ、その身をゆだねてください」
「慰めてくれなくてもいいですっ、イタタ、疲れているので二度寝させてよ」
「下がりなさいクノイチ。
ハルさまの筋肉痛が和らぐように、水浅葱が全身を丹念にモミモミモミほぐしてマッサージしましょう」
クノイチの逆セクハラ攻撃に、ミノムシのように布団に包まっていたハルは、水浅葱の声を聞くと驚いて布団の中から出てきた。
「モミモミモミって多すぎっ、あれ水浅葱さんだ。
それにYUYUさんも、どうしてロクジョウギルドのいるの?
後宮を留守にして、えっと、宰相の第三位王子を監視しなくても大丈夫なんですか」
朝早くから騒動の後始末をしたYUYUは、仕事を終える「ハルの顔が見たい」と水浅葱を連れ部屋に押しかけたところで筋肉痛騒ぎに出くわしたのだ。
「第三位王子のソテツですが、紫苑を次期王位候補に推薦した時点で用済みになったのでしょう。
姿を見れば判ると思いますが、急激にボケ……老化が進み始めています。
ほかの王子は、私の手足である優秀なクノイチに任されば大丈夫。
それに次期巨人王が誰に選ばれようと、現在の後宮は一度解体されます。
独身で女嫌いの青磁王子は、後宮は必要としないかもしれませんね。
ああ、これで私もやっと王の影を引退して自由に好きなことをできます」
晴れ晴れとした表情のYUYUだが、現在巨人王代理で仕事を押し付けられている青磁王子一人に全てを任せる事はできるのか。
「青磁王子には優秀な王宮の役人たちと、多少性格に難ありですが優秀な側近が付いていますから、問題はありません」
「そうか、YUYUさんもSENさんの事を少しは認めているんだね」
「といいますか、今YUYUさまが王都に戻られると、それこそ王宮上空で壊滅魔法を行使してしまいますわ」
その会話のあいだに割り込んできた水浅葱は、少し困った表情でYUYUをながめ、YUYUは眉間にしわを寄せるとそっぽ向いた。
「えっ、どういう事なのYUYUさん」
「一昨日から、紫苑王子の親衛隊と名乗る翼のついた白い駄馬が、王都上空にあらわれて彷徨きまわっています。
八十騎あまりのペガサスに乗っている美形のヤワ男は、紫苑を神の御使いと讃えながら、人々に金品を恵んでいます。」
「ハルさま、現在の王都は頂点に君臨する僅かな数の巨人族を、大勢の人間たちが支えることで成り立っているのです。
傀儡の術に長ける紫苑王子は巨人ではなく、人間を味方に付ける手段に出てきました」
これまで人間の王都を支配していたのはギルド組織で、人々はギルドに使われる労働者でしかなく心の拠り所が存在しなかった。
そこへ巨人王の元に女神の声を持つ歌姫が現れ祝福の唄を歌い、そして霊峰神殿の息のかかった紫苑が神の御使いを名乗り天馬で現れる。
王都の人々の間で、どちら側を信じるかで論争が起こり始めていた。
「巨人王王宮と後宮の上を、駄馬が薄汚い蹄で踏みつけるかのように飛び回っているのです。
あの姑息で小賢しい紫苑は私を苛立たせ、囮の駄馬に壊滅魔法を使わせようとする。
王都で私が魔法を使えば、人間を巻き込むのは必至です」
「YUYUさんはペガサスが目障りで、我慢できなくて、フワァ、来たん……」
そしてハルは二度目の眠りの淵へと旅立ったいった。
***
黄金の都と人々が憧れと称賛で語るハクロ王都。
王宮は細かな装飾を排し透明水晶に純白大理石で形造られ、王の象徴である金剛石のグリフォンが王宮正面に据えられている。
宝石箱のように色鮮やかな館が立ち並ぶ巨人王族の後宮。
その上空を、美しい純白の翼を羽ばたかせながらペガサスの集団が旋回していたが、東の空から現れたグリフォンに蹴散らされ、巨大な王の騎獣はゆっくりと後宮へと降りていった。
半月前、後宮門前のバザーで麗しの王子様に一目惚れしたトド姫は、それから毎日巨体を揺すりながら後宮門の物見やぐらに登り、ウツギの姿を探している。
「わたしも白馬のように、自由に空を駆けあの方の元へ行きたい。
でもそれは決して許されない恋なのですね。私はこの美しい牢獄に縛られたまま出ることもできず、永遠に愛しい人と結ばれない」
感傷に浸ってウォイウォイと大声で泣き出すトド姫の姿は、今や後宮門の名物だ。
おデブの姫さまが恋人を思って毎日泣いているのを最初は面白がって見ていたヤジ次馬たちも、そのうち「姫を泣かせる男はいったい誰だ」と同情するようになった。
その泣いているトド姫の物見やぐらの真横に、空からグリフォンが降りてきた。
頑丈な後宮門がグリフォンの降りた衝撃と重みでぐらぐらと揺れ、物見やぐらのトド姫は下に落ちそうになる。
グリフォンには、磨き上げられた紺の鎧を着る、一見すると三十代後半だがすでに白い髪をした巨人騎士がいた。
「アナタ、泣いている私を冷やかしに来たの!?
ここは男子禁制の後宮、今すぐ出て行きなさい。人を呼びますよ」
「なんだ、こんな場所に女がいたのか。
これは気の強い風変わりな姫だな、コイツが怖くないのか?」
男は巨大なグリフォンの頭に備え付けられた騎台に座り、手綱を引いてトド姫の正面にグリフォンの顔を近づけるが、彼女はそれをマジマジと見返す。
「脅かしても無駄ですわ、全然怖くありません。
あの空を飛ぶマガイ物のペガサスと比べて、この最高位の魔獣はなんて美しいのでしょう。
それにしてもアナタ、後宮の姫を前にして上から話しかけるなど失礼です」
「王の騎獣であるグリフォンは、俺しか操ることは出来ない。
このグリフォンから降りなければ、後宮の中にいても許されるのだよ。
それにしても面白い……アレを偽物と見破るとは、真眼を持つ貴い血統の姫か」
ガテン系乙女話を始めました。下記リンクから、是非読んで下さい。