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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ロクジョウギルド編
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クエスト112 黒い毛玉とマダラ卵

 小柄な萌黄はツタの解け目に体を潜り込ませ、象モンスターの中に入ってゆく。

 萌黄が触れるとツタはまるでカーテンが開くように左右に退いて、ツタが絡まった最奥に七色の祝福の光が最も輝く場所があった。


「ハルお兄ちゃんドコにいるの。萌黄が迎えにきたよ」

「ああ〜萌黄ちゃんの声がするっ!!

 助かったよ、前と後ろが判らなくてドコに進めばいいのか迷子になっていたんだ」


 萌黄はツタをかき分けて声がした場所まで進むと、そこはヨレヨレの状態のハルがいた。

 



 ツタに囚われたハルは、アイテムバッグの中にあった蒼珠を与えることで拘束からのがれた。

 ボロボロになった巫女服から地味な普段着に着替えると、ツタをかき分けて外に出ようとしたが、ココはほとんど目印のない場所。

 しかもティダから念話チャットで象モンスターを傷つけないようにと言われ、ツタを切って直進に進むことが出来ない。

 ツタの迷路の中を進むうちに前後左右の感覚が狂い、同じ場所をグルグルとさまよっていたのだ。

 ハルは萌黄の姿を見ると安心して気が抜けたのか、その場に座り込んでしまう。


「ははっ、ちょっとお腹が空きすぎて力が入らない。少し一休みしよう萌黄ちゃん。」


 ハルは二つのおにぎりの実を取り出すとひとつを萌黄に手渡したが、彼女は受け取ったソレをジッと見つめるとポツリと呟いた。


「ハルお兄ちゃん、このおにぎりの実温かいよ。

 ずっとお胸に入れていたモノでしょ」

「えっ、大丈夫だよ。皮をむいて食べるから汚くないハズ」


 半分言い訳しながらも空腹に耐えきれずおにぎりの実を食べるハルの膝の上に、小さな萌黄は腰を下ろす。

 明るい色の金髪をそっとなでると、甘えるように背中をもたれる。


「ごめんね萌黄ちゃん。

 僕が強ければ、萌黄ちゃんにあんな怖い思いさせなかったのに」

「ハルお兄ちゃんの巫女さまはキレイだけど、萌黄はやさしいハルお兄ちゃんの方がいい。

 竜胆さまやティダさんや皆が強いし、ハルお兄ちゃんは、ハルお兄ちゃんが出来ることをすればいいんだよ」


 そう言うと萌黄は膝の上から立ち上がり、腰に結わえていた命綱の細い鎖を引いた。

 銀の鎖はまるで萌黄の言葉に同意するかのように、シャラシャラと鈴のような音をたてて跳ねた。

 幼い少女の優しい励ましに、ハルは少し瞳をうるませる。




 ハルはアイテムバッグの中から水筒に入れた温かいハーブティとデザートの一口シューを取り出し、ふたりはピクニック気分で食事をした。

 休憩をすませると再び立ち上がり、小柄な萌黄が先頭にハルはその後ろを少し背をかがめて、外につながるツタの解け目を進む。

 

「これならスムーズに外に出られそうだ、足下に注意して、うわっ!」


 そう言った側から毎度のお約束のように、ハルの片足はツタの隙間にハマって勢いよく後ろにひっくり返った。


 ドタドタン、グチュ


「ハルお兄ちゃん大丈夫、足にツタが絡まっているよ」

「お尻で固いモノを潰しちゃった。なんだか嫌な予感がする」


 ハルはビクビクしながら後ろに手を伸ばし振りかえって確認すると、そこには小さな鳥の巣と二個の卵があった。

 ニワトリの卵のような大きさで、薄黄色に青や緑のマダラ模様が入っている。

 卵の一つがハルのお尻で潰されて、その中からナニカが出てこようとしていた。


 GooooGu

 GAaaゲヒッ、ゲゲゲ、Gaァアーーッ!!!!



 ***



 ティダの握りしめた細い銀の鎖は、小山のような象モンスターのツタの解け目から中へと繋がっている。

 その鎖が細かく震え反応する、どうやら萌黄とハルが合流したようだ。

 表では竜胆とハーフ巨人戦士が、モンスターに呑みこまれた人間を次々と助け出していた。

 大した怪我もなく、ただ精神的ショックが大きいのか、座り込んだまま焦点の合わない目でぼんやりと宙をみている。


 霊獣は清らかな乙女しか中に受け入れないので、ハルと萌黄が自力で外に出てくるのを待つしかない。

 そろそろ姿を見せないかとティダがツタの解け目をのぞき込んだその時、奇妙な鳴き声がした。


 Gooooゲゲゲ、Gaァアーーッ!!!!


「なんだ、別の魔獣の襲撃か。いったいどこにいる」

「聞いたこともない不気味な鳴き声が、ツタの解け目から聞こえるぞ」


 警戒を解いていたハーフ巨人戦士も武器を構えて、鳴き声のするツタの解け目の周囲に集まる。

 そこから小さな少女が耳を塞ぎながら転がり出てきて、後から細身の少年が腕に何かを抱えながらヨロヨロと外に出てきた。

 腕の中には黒い毛玉のような物体と、不思議なマダラ模様の卵を抱えている。


「ああ、ハルちゃん無事で良かった。今の不気味な鳴き声はなに?」


 安堵したティダの前で、浮かない顔のハルは腕に抱えていた黒い毛玉をつかまえる。

 どうやらそれは黒い羽毛に覆われた鳥のヒナで、黄色の長いクチバシをリボンで縛られて、ハルはそれをほどいた。


 ゲオゲオ、GooooGuゲアーッ!!!!


 手のひらサイズのヒナ鳥は、まるで暴走バイクのエンジン音のような鳴き声を周囲に撒き散らす。

 あまりのけたたましさに皆は慌てて耳を塞ぎ、ティダはヒナ鳥のクチバシをワシ掴んで黙らせた。


「鳥の巣がツタに取り込まれていて、僕が誤って巣と卵を潰してしまったんですよ。

 割れた卵からこの黒いヒナ鳥が出てきて鳴き出して、アイタっ、痛いよ、そんなツツかないで」


 黒い毛玉はハルの腕を餌と思い込んでいるのか、小さな鋭いクチバシで何度もツツいている。

 

 

「この鳥は元々は深い森に住んでいたのだろう。巣を象モンスターに呑み込まれたのか。

 ってハルちゃん、まさかコイツを食べるつもりじゃないよね」

「えっ、こんな小さいヒナ鳥は食べたりしません。

 でも残りひとつの卵も羽化寸前だし、こんなウルサイ鳴き声の鳥、どうしよう」


 困惑した様子のハルたちのところに、ハーフ巨人戦士を指揮していた竜胆がやってくる。

 ハルの腕をツツく黒いヒナ鳥を見ると、竜胆の目が好奇心で輝く。


「うぉ面白い、すごいブサイクな鳥だな。ハル、ちょっとそれを見せてみろ。

 大きな鉤爪に鋭いクチバシをして、目つきも鋭いし猛禽類の鳥だろう。

 生まれたてなら餌付けして躾ければ、手乗りにできるな」


 まるで珍しいオモチャを見つけたかのように、竜胆は興味津々でハルの腕の中の黒い固まりを指先で撫で回す。


「ハル、お前だとすぐ食材にしそうだから、俺がコイツを飼ってやる」

「あいたた、痛いっ。このヒナ鳥は僕をツツいてばかりで、竜胆さんが飼うならモラって下さい」


 竜胆はハルの腕からヒナ鳥を取り上げると、自分の手袋を脱いでその中に納め胸ポケットの中にしまう。

 ひどく興奮していた雛は不思議と大人しくなり、竜胆は千切った干し肉を与えると喜んで食べ始めた。


 竜胆とハルがヒナ鳥のことで子供のように騒いでいる間、ケイジュ王子はハーフ巨人戦士と共に救出した人間の保護と、他の魔獣が現れないか周囲を見張っていた。

 助け出された後、茫然自失で惚けていた人間たちは、このけたたましい鳴き声で正気を取り戻した。

 自分たちを助けてくれたのは敵のハーフ巨人戦士。

 そして女神の使いといわれる銀の女神とひときわ大柄な体格の男。


「どうして巨人族がここに……。

 巨人さま、バケモノに呑み込まれた娘が居たはずだ。

 あれは、あのお姿はミゾノゾミ女神さまだった。女神さまはまだ助けられていないのか?」


 男の声に、助け出された他の者からも声があがる。


「女神さまが現れて、自らを犠牲にしてバケモノを鎮めて下さったんだ」

「まだこの中で女神さまはツタに囚われていたら……」

「俺たちのために女神さまが、ううっ女神さま、お許し下さい」


 男たちの中には熱心な女神信者も居たらしく、地面にひれ伏すと声を上げて泣き出した。

 その様子をハルは困った表情で見つめている。

 うーん、汚泥のツタが僕を狙ったのはアイテムバッグの中にある蒼珠が欲しかったんだよね。

 ツタが体中を這い回ったのも蒼珠を探していただけだし、巫女衣装はボロボロで女装できないし。

 

「ハルちゃんがいちいち愚か者の相手をする必要ない。心底詫びて懺悔させればいい。

 それにしても、夜の荒れ地なのにココはやたら明るい」

 

 空には細い月が真上に浮かび、深い森は漆黒の闇に包まれている。

 ただ七色の神の燐火を放つ象モンスターと、そして汚泥が流れツタが地面に潜り込んだ地面が微かに光を放っていた。

 周囲を偵察していたケイジュ王子も、不思議そうに首を傾げながら辺りを見回している。


「負傷した人間たち、弱った獲物がこんなに沢山居るのに、他のモンスターが全く姿を現わさない。

 遠くに姿を見せても、ツタの這った地面を嫌がって中まで入ってこないぞ」


 その言葉を聞いたティダは少し考え込んだ後、何を思ったのかペガサス(調教済み)に跨がると上空高く舞い上がった。




 傷ついた象モンスターが汚泥となって谷川を渡り、地面に同化して荒れ地にツタを這い巡らした。

 空から下を眺めると、荒れ果てた大地に微かな光を放つ緑のツタの絨毯が現れていた。


「谷川から細い道に沿って崖の真下の平地一帯、かなり広範囲が聖獣のテリトリーになっている。

 聖獣のテリトリーには魔獣は立ち入らない。つまりそこは安心して人が住める、という事か」


 荒れ地に広がった緑の絨毯はかなりの広範囲だが、片面は谷川と切り立った崖がある。

 巨人の王都が城壁で囲まれているように、谷川から深い森に沿って頑丈な壁を築けば、大きなハーフ巨人の集落が作れるのではないか。


 確かにハルは告げていた。

 自分の思い描く国をみんなで作ればいいと。

 

「まさか、これこそが女神の奇跡だ。

 巨大全方位転送魔法陣を起動させるなど、これに比べればまだ可愛いモノ。

 ハルちゃん、君はいったい何者なんだ?」


 救いのない悪意に満ちた争いすら、女神が現れれば豊穣へと導く。

 だがそれで常に犠牲を強いられるのは、女神の憑代自身だ。

 この終焉世界は、クエストという名の試練を、どこまでハルに課すのだろう。

 そして自分たちは、最後までハルを守り通すことが出来るのか。



 ***



「YUYUに頼まれて急いで駆けつけたが、どうやらグリフォンを使う必要はなくなったな」


 ボロ別荘の正面には、紺色の巨大な鷲の翼と上半身、獰猛な獅子の下半身をもつ王の騎獣が羽を休めていた。

 紺の鎧を着た白髪の巨人王近衛兵の前で、ロクジョウギルド長のキキョウは恐れ入った様子で直立不動で頭を下げたまま動かない。


「まさか鉄紺王陛下が直々にいらっしゃるとは。

 このような騒動を引き起こしてしまい、誠に申し訳ございません」


 白髪の王は元側近の男の肩を軽く叩くと、口元に笑みを浮かべた。


「キキョウ、お前が何を詫びる必要がある。

 儂はお前に、使いモノになるような優秀なハーフ巨人を捜せと命じた。

 この戦いぶりを見れば、ロクジョウギルドのハーフ巨人戦士は、王都兵士と同等の実力を持つモノが揃っている事がわかる」


 白髪の王の右肩に腰掛けている小さな多翼の妖精が、キキョウを見下ろしながら裁を下す。


「それに今回の件は、人間の自警団とハーフ巨人ギルドとの諍いにすぎません。

 キキョウ、この後は互いに話し合いで解決しなさい」


 これで身分の確かな自警団と他のギルド員は罰金程度で街に返し、ロクジョウギルドを最初に襲ったチンピラは盗賊として捕らえられる事になる。




 キキョウは安堵した表情で、我が主とその影を見た。

 この王の影と呼ばれるハイエルフと会うのは何年ぶりだろうか。

 過去の長い戦いに魂が磨耗し、微笑みを浮かべながらも人形のように感情を持たず、冷静に策略を巡らし特には無慈悲に魔力を行使する王の影。

 それが今、目の前にいる彼女は頬を赤らめ感情をむき出しにして怒っていた。


「この争いを引き起こしたのは、娘をハーフ巨人にさらわれたと騒いだ父親ですね。

 それに手を貸したのが白鎧の騎士、紫苑王子の従者。

 巨人族は力こそ全て、王は王族のいかなる争いにも一切口出ししません。

 しかし、ハルくんに危害が加えられたのなら話は違います。

 ティダさんと竜胆が付いていながら、ケイジュ王子もいるのに、どうしてハルくんをこんな危険な目に遭わせるのですか!!」


 プリプリと怒っているYUYUを肩に乗せた鉄紺王は、眠たそうに大あくびをする。


「ふぁあ~~っ眠い、用事が済んだなら儂は城に帰るぞ。YUYUはどうするのだ」

「私はハル君の無事をしっかりとこの目で確認するまでは、安心して眠れません。

 それに王都の空を駄馬でうろついている紫苑の顔をみたら最後、最高位氷魔法で攻撃して息の根を止めます」


 父親の前で王子を攻撃すると言い切るYUYUに、鉄紺王はカラカラと笑った。


「YUYUのお仕置きはキツイからなぁ。少しは手加減してやれよ。

 それではキキョウ、顔見知りのお前にコレを任せる」

「えっ、今なんと?

 まさか冗談では、王の影を置いてゆかれるのですか……」


 奇妙な客人が、新たにロクジョウギルドに加わった。

これで、長い長いバトルもやっと終了です。


2012年は色々とチャレンジして、皆様には大変お世話になりました。

ありがとうございます。

それでは良いお年をお過ごし下さい。

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