クエスト111 囚われの巫女
※久々の偽お色気です
深い森の中から連れ出され、人間たちに散々攻撃されて憤怒状態になった巨大象モンスターが求めるのは、この世界の全ての根元である力を宿した人間。
汚泥のバケモノは大地と同化して地面にツタを潜り込ませ自由自在に操り、目的の獲物に迫る。
「竜胆さま、泥のバケモノが動き出しました。
恐ろしく早いスピードで移動しています」
先を駆けるクノイチが竜胆に報告する。
竜胆たちは待機していた崖から駆け下りて、荒れ野を流れてゆく汚泥のバケモノを追った。
「地面と同化すれば足で歩く必要はないのか。まるで泥山が崩れ落ちて濁流のようだ。
だが、コイツが向かっているのはギルドの方向じゃないな、ドコに行くんだ」
魔物除けがされている細い道が汚泥の濁流に呑み込まれ、その先には上空に白いペガサスの姿が見える。
「まさか狙いはティダ、いや、何度もモンスターの攻撃から逃れているからそんなハズはない。
そうか、コイツの狙いはハルだ!!」
竜胆やクノイチの足がいくら速くても、川が流れるようなスピードで移動するモンスターには追いつけない。
案の定、モンスターが向かう先には、長い黒髪に巫女装束の娘が岩の上でもがいていた。
萌黄をペガサスの上に引き上げ、ティダは再び細い鎖をハルに投げ渡す。
岩はほとんど泥に呑み込まれ、這い出てきたツタがハルの足首に絡みつき泥の中へ引きずり込もうとしていた。
ハルは必死で渡された鎖にしがみつく。
ティダはハルの足に絡みつくツタを、少しずつ風魔法のカマイタチで切っていった。
「ここで麻痺魔法を使えばハルちゃんまで巻き込まれるし、鎖でいくら払っても数に勝るツタにからめ取られる。
ハルちゃん、竜胆たち援軍がココに向かっている。もう少し耐えてくれ」
しかし、岩を取り囲む沼の面積がどんどん広がってゆき、背後から湿った泥の濁流が轟音を立てて迫ってくる。
それでも何とか、ハルの足に絡みつくツタの数を減らし、ギリギリで助け出すことができそうだ。
「ハルお兄ちゃん、あと少しでツタが全部切れるよ。ガンバって」
泣き顔の萌黄も必死になって声をかけるが、しかし岩の上にほとんどつま先だけで立つハルの体は小刻みに揺れて、上空のペガサスから降ろされた鎖を掴む手が震えていた。
「それが、うひゃ、絡んだツタが服の中でモゾモゾ、くっくくっ、ダメだチカラが入らないっ」
「あっ、にょろにょろしたツタがハルお兄ちゃんの服の中で動いてる」
「巫女服は襟もスソも開いてるから、そこからツタが潜り込んだのか。
ハルちゃん耐えろ、手を離すなぁ!!」
鎖に捕まるハルを邪魔するかのように、絡まるツタはさらに激しく動き出す。
「うわーんっ、つま先立ちしてる足裏にコチョコチョ攻撃がっ!!
やめて、ウヒャくくっ、もうダメ、限界」
次の瞬間ハルの手が鎖から放れ、巨大な汚泥の固まりが岩を飲み込み、数百ものツタが巨大な腕のように伸びると獲物を絡み取った。
***
男は谷川の向こうに渡ろうと不気味な象モンスターに乗ったが、ソレは汚泥に変化して男を呑み込んだ。
体半分は泥に埋まり、不気味な赤紫色のツタに両手を絡め取られ、まったく身動きできなくなる。
必死で仲間に助けを求めるが、その目の前で仲間たちも次々とバケモノに呑みこまれ、自分と同じように生きたまま囚えられた。
この集団に加わる時、男が都の外に出るのを知った年老いた母親は泣いて止めたが、下っ端自警団員でも一日で大稼ぎが出来るというウマイ話を逃すわけにはいかない。
母親はいつも、森は人間の立ち入れない禁域だといっていたが、こんな魔獣相手に俺たちみたいな弱い人間が戦えるわけない。
なんでこんな事に、俺はこのままバケモノと同化してしまうのか。
「だれかぁ、助けてくれぇ」
「お許し下さい、お助け下さい、ミゾノゾミ女神さまぁ」
仲間が女神に救いを求める声が聞こえるが、女神は巨人族についたんだ、人間を助けるハズが……。
汚泥と共に流されていた男の目の前に、七色の仄かな光が見えた。
あれはなんだ?
顔を上げると、男の体を拘束していたがツタが外れ、別の獲物を捕らえようとしている。
モンスターの汚泥に囚われていた人間たちのツタの拘束がゆるみ、どうにか両腕の自由を取り戻す。
一斉にツタが伸びる先に、黒髪に緋袴の巫女装束の娘がいた。
「どうしたんだ、ツタが簡単にほどけたぞ。た、助かった」
「オイ、あれを見ろ!!なんでこんな場所に娘が、あの姿はまさか……」
「黒髪の巫女、ミゾノゾミ女神さまだ。
俺たちを助けるために女神が降臨されたんだ!!ああ、女神さまがバケモノに呑み込まれる」
***
ウネウネ、ニョロニョロ、こちょ、こちょこちょ〜〜〜。
「ひゃあ、わき腹はやめてぇーー。あははっククっ、」
「ハルちゃんしばらく我慢して、このバケモノは大人しくしていれば危害は加えない」
汚泥から伸びた大量のツタは絡み合いながら一本の巨大な幹になり、その先は五つに枝分かれして、まるで手の平の形をしていた。
その巨大なツタの手の平に、囚われた巫女がいる。
「ツタを腕の形に変化させるなんて、このバケモノ知性があるぞ。
いったいハルをどうするつもりだ?」
竜胆たちは必死に追いかけたが間に合わず、クノイチたちは囚われたハルの姿に悲鳴を上げた。
「竜胆さま、このバケモノの動きが変です。
呑み込んだ人間は動けないように全身を拘束してたのに、捕らえたハルさまをもて遊ぶかのように白い柔肌に赤紫色の触手が這い回っています」
ハルを捕まえてからもツタのくすぐり攻撃は続き、巫女服の白衣のワキからも入り込んだツタは、まるで何かを探しているかのように全身を這い回る。
「ひゃっ背中まで、ゾクゾクする。アッ、そこはダメだって、うひゃひゃ」
巫女の白く細い腕が宙をさまよい、背をしならせながら碧の黒髪を振り乱す。
触手はその白い体を細かく震えながら這い回り、激しい攻め苦に巫女は舌足らずな声で悲鳴を上げる。
巫女服を着ると可憐な中にもどこか偽お色気を漂わせるハルの女装姿は、クノイチ娘たちも虜にしていた。
「いやぁーっ、ハルさまの緋袴をまくり上げて白いおみ足が露わに。その上に触手が絡まって淫らに体をなぶっています」
「こっ、この触手のバケモノめ、ハルちゃんの一番乗りはお姉さまと決めていたのに。
悪戯にハルちゃんにあんな事やこんな事をして、あえぎ声をあげさせるとは」
「うわー、ツタを触手に書き換えたらイカガワシサ倍増!!そんな恥ずかしい実況しないで。
あっ、ダメダメ、服を脱がされるっ」
「ティダやお前たちは何を口走っているんだ。
コイツは男だから変な心配しなくて……マズい、服を脱がされたらハルの巫女女装が他の奴らにバレちまう」
色事に慣れている竜胆は偽お色気シーンでもマトモな判断を下せるが、しかし今の状況では手の出しようがない。
この場所には、ティダや竜胆やクノイチの他に、ハーフ巨人戦士と汚泥の呑み込まれた人間など大勢のギャラリーがいるのだ。
「ひぃいーー、こんな大勢の人の前でマッ裸になって女装がバレたりしたら人生終わりだ。
恥ずかしくて表を歩けないよ」
ハルはくすぐり攻撃に耐えながら、なんとか逃げ出す方法はないか頭を働かせる。
そういえば汚泥のバケモノ相手に使えなかった女神の弓だけど、前に蜘蛛を倒した時みたいに直接矢を刺して攻撃できるはずだ。
ツタが全身を這い回っているが、手足は拘束されていない。
ハルは震える指でなんとかアイテムバックの中から赤い矢を一本探り出すと、しっかり握りしめる。
体を起こしてまとわりつくツタを振り払うと、両手でしっかりと女神の矢を掴み、自分を捕らえている手の平の中心に突き立てる。
手応えがあった。
どんな魔獣でも、女神の矢の攻撃には耐えられないはずだ。
しかし汚泥のバケモノは……。
ドクンッ、ドクン、ドクン
汚泥の中から突き出た巨大な腕が激しく脈動する。
膨大な容量の巨大な力が大気をかき回し、祝福の力が雨のように汚泥に降り注ぐ。
堅く干からびていた赤紫のツタが、太く瑞々しい若草色に変化して七色の光を放ち始める。
「えーーっ、バケモノがカンフル剤打ったみたいに元気になっちゃったよ。
だけどまさか、うわぁあーー」
手の平がゆっくりと中にあるものを握りこんで……。
「これは七色の祝福の光、まさかコイツは聖獣だったのか。
しかもハルを取り込むつもりだ。止めさせろ!!」
汚泥の固まりはハルを中に呑み込むと、体の表面に若草色のツタをまとい小山のような巨大象の姿に変化した。
***
ツタに取り込まれたハルは、その中に作られたコクーンに閉じこめられていた。
ちょうど一人が横になれるだけの卵形の空間で、明るく七色の光が満ちて不思議と閉鎖感はない。
ティダから念話で無事の確認と、このバケモノが実は聖獣だと知らされる。
「元気になったらくすぐり攻撃が激しくて、アハハッごめんなさい、もうかんべんしてっ。
どうして僕を捕まえたんだろう。ダメ、それはアイテムバッグ」
ツタは特にわき腹あたりを這い回り、堅く結ばれた袴の紐を解こうとしている。
ハルが両手で袴の紐をほどかれないように掴んでいると、ツタがウエストポーチタイプのアイテムバッグを開けた。
しかしその中身を取り出すことは出来ずに、腰のバッグを引っ張り出す。
「えっ、なんでツタがアイテムバッグを取ろうとするんだろう。中身はガラクタばかりなのに。
このモンスターは聖獣だよね。もしかしたらバッグの中身の蒼珠が欲しいの?」
ハルはアイテムバッグの中から蒼珠で出来たワニの牙を一つ出すと、伸びてきたツタは喜んだようにブルブル震えながら蒼珠を絡め取る。
ツタのくすぐり攻撃が止んで大人しくなる。
これは間違いない、島で傷ついたユニコーンは蒼珠を食べて元気になった。
おまけに巨大化したけど。
この象モンスターも人間に攻撃されて傷ついている。聖獣の怪我を治すには蒼珠が必要なのだ。
ハルはアイテムバッグをひっくり返すと、中にある蒼珠ワニの牙をすべて取り出した。
コクーンの壁がまるで脈打つように動き出すと、伸びてきたツタが次々と蒼珠を取り込んだ。
しばらくツタの壁の振動が続き、ゆっくりと繭状の壁が広がってゆく。
みっちりと絡まっていたツタが解け、次々と小さな蕾を付ける。
解けたツタの隙間から、モンスターの中に取り込まれた岩や木やガラクタ、そして動物の姿が見えた。
「このモンスターはハルちゃんの持っていた蒼珠を欲しがっていたんだ」
「そうか、ツタを切ってはダメだったのか。
聖獣を傷つけて怒らせないように、中に呑み込まれた人間を救出しよう」
離れた場所で汚泥のツタと戦っていたケイジュ王子が合流してきた。
生気を取り戻した象モンスターは暴走を止めて、汚泥は人間を吐き出しツタがゆるむ。
ツタを切ってはいけないので絡まった毛糸をほどくような面倒な作業だが、皆で協力して呑み込まれた人々を助け出す。
「ここからハルお兄ちゃんの声がするよ」
萌黄がきき耳を立てながら大きなツタの解け目を指差し、中を覗き込む。
すると不思議な事に、萌黄が触れた場所からツタは自然に解けてくる。
「いけません萌黄さま、危険です。ここはクノイチの私が……。
い、いやぁー、ツタが私の体をくわえ込むと激しく締め付けて、中に潜れません」
「これは聖獣だから、汚れのない清らかな乙女以外は拒むのだろう。
お姉さまも中には潜れないし、萌黄ちゃんに頼むしかない」
「うん、萌黄がハルお兄ちゃんを迎えに行ってあげるよ」
小柄な少女はスルスルとツタのほどけ目から中に潜り込んでゆく。
それを見守りながら、ティダは紅い右目の衛星GPSを起動させ、ソレを確認するとポツリと呟いた。
「まさかこの騒動を納めたのが、一番力のないハルちゃんと幼い萌黄ちゃんだとは……。
だがコレで終わりではない。事の元凶が高みの見物をしているからな」
遥か上空に純白のペガサスが羽ばたき、その背から地上を冷めた目で眺める黄金の髪の王子がいた。
形の良い細い唇が歪み忌々しげに舌打ちすると、ペガサスは大きく旋回しながら巨人王都の方向へ飛び去っていった。