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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ロクジョウギルド編
115/148

クエスト110 汚泥のバケモノを食い止めよう2

 赤毛の巨人が黒髪の巫女を抱えてロクジョウギルドの館を出ようとした時、その足に小柄な少女がすがってきた。


「ハルお兄ちゃん、萌黄はいつも一緒だよ。

 お願い連れて行って」


 幼いながらハルを守ると誓い、片時もそばから離れようとしない萌黄が強くこだわる時は、ハルの身に危険が降りかかり彼女に助けられる事が多い。


「萌黄ちゃんおいで。

 ケイジュさん、この子は双剣の達人で僕より強い。一緒に連れて行って下さい」

「なるほど、普段から隙のない立ち振る舞いをする子供だと思っていたが、女神の騎士か」


 竜胆は明るい金色の髪の少女を妹のような存在だとケイジュに紹介していた。

 貴族の娘のような品のある美しい少女と一緒にいる地味な少年は子守役だと思っていたが、実はその逆で少女が彼を守っていたのだ。


 ケイジュは右腕にハルを抱え、萌黄を左肩に乗せる。

 第十九位王子 桂樹ケイジュは、平凡な容姿ながら巨人族の中では敏捷な運動神経を持ち、かなり速いスピードで荒れ野の細い道を駆け抜ける。


「巨人族は、人間同士の争いには関わらない。

 ただし、あの紫苑が出てくるとなると話は違う」


 その言葉にケイジュの顔をのぞき込む黒髪の巫女、彼は幼い頃一度だけ出会ったことのある、紅い右目の娘の姿を重ねた。

 

「紫苑は第十七位王子、そして俺は第十九位王子。年齢は一つしか変わらない。

 ヤツの下には九人の王子がいたが、十八位と二十一位王子は奇妙な病で亡くなり、一人は事故、二人が行方不明。それは紫苑の仕業だと言われている」

「竜胆さんはずっと砂漠暮らしで、他の王子たちの事をほとんど知らないって言ってました。

 でも、そんな出来事があったんだ……」


 鳳凰小都の第七位王子や廃王子にも、ハーフエルフの紫苑王子が関わり、更にその背後には霊峰神殿の法王の影があった。

 邪魔な王子を排除し、最終的に紫苑を巨人王の椅子に据える。

 途中まで上手くいっていた彼らの計画は、しかしノーマークだった末席の竜胆が女神降臨に立ち会い名声を得て、また愚鈍で役立たずと噂されていたケイジュが紫苑を押しのけて次期王候補に選ばれる事で、根底から崩れてしまう。


「愚図な俺など紫苑の敵にもならないが、仲間に慕われ優れた王の資質がある竜胆を、むざむざと潰させるのは惜しい」

「えーっ、竜胆さんなんてワガママで時々意地悪ですよ。

 僕なんか最初出会ったとたん殴り殺されましたよ。すぐ生き返ったけど」


 深刻な話が続いたので、ハルはおどけた声で竜胆の悪口を言ったつもりだが、ケイジュは走るのをやめるとハルを両手で抱え正面から見据える。


「ミゾノゾミさま、今の話は本当ですか。貴女は竜胆と出会った時に『王族の契約』を交わしたのか」


 ヒェーっ、僕なにか悪いコト言ったかな?

 ケイジュさん、凄く真剣な怖い眼で睨んでいるっ。

 足が地面に付かない、に、逃げられないよね。


「えっと、一応半分『契約』しているみたいです。じ、事故みたいなモノで、敵と間違えて攻撃されたんですよ」

「ハルお兄ちゃんは悪くないよ!!竜胆さまは私をさらった犯人と勘違いして殴ったんだもん」


 パタパタと浮いた足を振りながら、言い訳めいた口調で話すハルにケイジュは苦笑いをもらし、再び右腕に乗せると呟いた。


「そうですか。【偶然】の【勘違い】の【事故】で契約が成立したとは。

 これこそ奇蹟と呼ぶにふさわしい、やはり竜胆は……王の器だ」



 ***



 日が暮れかけ、薄暗くなった荒れ野を二頭の馬が走る。

 その手綱を握るのクノイチ娘で、後ろを鬼イノシシの群が追いかけていた。

 馬は小高い丘に駆け上がろうとしていた。

 目の前の丘に見えたソレは、グネグネと蠢いて向かってくる馬を捕らえようと青紫のツタを伸ばす。

 馬の真上に羽音をたててペガサスが現れ、ティダは細い鎖をクノイチに投げ渡す。


「よし、そこで馬を捨てて逃げろ。早くこっちに飛び移れ!!」


 娘たちは馬上から鎖に飛びつき、次の瞬間ツタは馬をからめ取り、ペガサスは間一髪の所で空高く舞い上がった。

 テリトリーを荒らす馬を追いかけていた鬼イノシシは、突如現れた汚泥のバケモノに気が付くのが遅れ、猪突猛進で突っ込んで汚泥に呑み込まれる。

 他の鬼イノシシたちは慌てて深い森方向に逃げ出し、異形の魔物はその後をゆっくりと追いかけ始めた。


「ティダさま、これで少しでも魔物の腹が膨れて、深い森に帰ってくれればよいのですが」

「こんな作戦は気休めの時間稼ぎだ。鬼イノシシ程度のモンスターでは満足しないだろう」


 ティダは厳しい口調で答えるとペガサスを魔獣の上で何度か旋回させたあと、荒れ野を見下ろす崖の上にクノイチを降ろした。

 そこにはティダから報告を受けた竜胆とハーフ巨人戦士が集合している。

 これまで深い森でモンスターを狩って来た彼らも、まるで泥とツタの固まりに呑み込んだ人間を生やした魔獣の姿に言葉を失った。


「何人があの泥山に呑み込まれた。こりゃモンスター狩りと言うより、土木工事だぜ」

「ティダ、ヤツを倒す方法はあるのか?

 このまま進めば、ロクジョウギルドのボロ別荘にたどり着く。あの巨大なバケモノは建物も丸ごと呑みこむぞ」


 さすがの竜胆も焦った様子でティダに問いかけるが、銀のエルフは首を横に振る。 


「女子供を避難させるために王のグリフォンを借りた。今ロクジョウギルドに向かわせている。

 暴走した魔獣は新たな獲物を求め、城壁の外の人間の王都を襲う危険がある。これは緊急事態だ」


 深い森の中で魔獣が呑み込み喰らい尽くした場所は何もない更地となり、他のモンスターは恐れて立ち入らない。

 このバケモノをできるだけ荒れ野で足止めして、深い森に戻さなくてはならない。


「呑み込まれた人間の数が多すぎる。この状態で巨大モンスターを攻撃できるのは、ハルちゃんの女神の弓だけだ。

 ケイジュ王子がハルちゃんを連れてココに向かっている」


 ティダがハルの名前を出すと、クノイチ娘が驚いたように声を上げた。


「いけませんティダさま、こんな危険な場所にハル様を連れてくるなんて。

 王の影YUYUさまは、女神の器を安全な場所に避難させるようにと命じています」

「か弱いハルさまを凶暴な魔獣と戦わせるなんて無茶です」


 普段は従順なクノイチ娘が、神科学種のティダに逆らい意見する。

 彼女たちはハルを警護と世話をする役目を言い使っていたが、日頃の食事はハルの手料理を味わい、完全に餌付けされた状態になっていた。


「ここは……ハルの引き起こす奇蹟頼りなのか。

 俺にはまだ力が足りない。もっと、もっと大きな力が欲しい」


 半日以上戦い続け、さらなる巨大な敵を目の前に、疲労困憊の仲間たちを見回して竜胆は悔しそうに言葉を吐く。

 追いかけたイノシシをすべて呑みこんだ魔獣はその場を動かなくなる。

 汚泥に呑み込まれた人間たちの助けを求める声は、まるで呪詛のように聞こえた。




 全く動きだす気配の無い魔獣を監視していたクノイチ娘が、驚きの声をあげた。


「大変ですティダさま!!動きを止めたモンスター 雪白露象の一部が大地と同化しています。

 地面の下に潜りこんだ痕跡が、細い道に沿って東の方向に進んでいます」


 クノイチの指さす先には微かに地面が盛り上がり、それが細い道の石畳の下に潜り込んでいる。


「細い道にはモンスター除けの結界が施されているはず。

 どうして魔獣なのに結界に触ることができるんだ?」

「ハルちゃんがケイジュ王子とこちらに向かっている。

 これはまさか、魔獣の狙いは膨大な祝福の力を持つハルちゃんだ」



 ***



 平坦な荒れ野に突如現れた汚泥の丘、生い茂る木は呑み込まれた人間だ。

 日も沈みかけ満月の明かりが巨大なモンスターのシルエットを浮かび上がらせる。


「ケイジュさん、下に降ろしてください。この位置なら女神の弓で矢を射ることができる」


 半刻近く走り続けても息を乱さず、巨人族のタフさを見せつけるケイジュは、ハルを細い道の上に降ろした。

 神降ろしの巫女は、腰にくくりつけた小さな鞄から、身の丈以上ある朱色の弓を取り出す。

 矢をつがえ弓を引き絞ろうとして、ふと石畳の地面がぐらついた気がした。


「なんだろう地面が動いたような、気のせいかな?」


 自分を見守っているケイジュの様子は変わらない。

 ハルはもう一度足場を整えて、弓を握り的に狙いを定める。

 とても巨大な的、これは外しようがないはずだが、しかし。


「ええっ、そんなまさか。矢の的がブレて定まらない。

 それにこのモンスターは……」

 

 女神の弓にツガエた矢先は、まるで磁石のプラス極同士が反発しあうように、モンスターに標準を定められない。

 月明かりの下、汚泥の中から呑み込んだ人間を生やす禍々しい魔獣は、全身から七色の祝福の光を放っていた。


「ハルお兄ちゃん、地面の下から、ナニカが出てくるよぉ!!」


 勘の良い萌黄が、ソノの気配におびえた声をあげる。

 細い道と呼ばれる魔獣除けの術が施された白い石畳。

 その端から地面が盛り上がり、石畳がめくれて道が崩れ、下から細長く蠢き細いツタが互いに絡まった、まるで巨大な大蛇のようなバケモノが現れる。

 慌てて目の前の敵に女神の弓をかまえるハルをケイジュが制止した。


「コイツは魔獣の本体じゃない、意志を持つツタのバケモノか。草刈りなら俺の領地では日常茶判事だ。

 ココは俺がくい止める、お前たちは先の岩山まで走って逃げろ」


 そういうとケイジュは背負っていた大鎌を取り出す。

 柄と刃が折り畳まれていて、それを広げるとまるで死神の大鎌のようだ。使い込まれた無骨な紺の大鎌だが、刃は磨かれて鋭い光を放つ。

 

「太くて硬いキビを、こいつで十数本もまとめて刈り取るんだ。

 細いツタなど簡単に切り刻んでやる」


 大蛇はケイジュに任せハルは萌黄の手を掴んで走り出し、小さな岩の上に登った。

 念話チャットでティダがすぐそこまで向かっているのが判った。

 今はここに避難して、助けを待つしかない。

 ケイジュは大蛇の首を落とし、さらに胴体を大鎌で輪切りのように刈っている。


「お兄ちゃん、ハルお兄ちゃん怖いっ。

 ここの地面全部から、あの蛇よりもとても大きなモノが出てくる」

「萌黄ちゃん大丈夫だよ、岩が硬くて下から出てくる事はできないよ」


 下で何かが蠢く気配と地響きの振動が、岩の上にいても感じ取れる。

 どこから来るのか。

 敵の襲撃を待ち構え、萌黄は双剣を手に、ハルは赤い女神の大弓から黒い弓に持ち替えた。

 西のそそり立つ崖の上からペガサスの姿が見え、ハルたちの避難する岩に向かって飛んでくる。


 ズッ、ズリッ、グズズッ……ゴボゴボゴボ


 足元が激しく揺れ、ハルは体制を崩し岩に手をついた。

 岩の下を見ると、いつの間にか周囲が沼地になっている。

 その汚泥が盛り上がりハルたちのいる岩が持ち上げられ、そして徐々にゆっくりと沈みこみ、泥の中から数十、数百本のツタが一斉に飛び出してきた。

 

「キ、キャアー!!こわい、こわいよお兄ちゃん」


 禍々しい魔獣に怯えてしがみつく萌黄を、ハルは無言のまま抱きあげた。

 ギリギリで間に合った。急降下して近づくペガサスにまたがったティダが手を伸ばす。


「ハルちゃん、急げ!!これに捕まれっ」

「ティダ、僕より萌黄を。もう足にツタが、絡まって動けな」


 ハルは小柄な萌黄を高く掲げ、ティダがその体を引き上げたその瞬間、ハルの足元の岩が全て汚泥に飲み込まれた。




※料理ネタおまけ話「ハルちゃんのモンスタークッキング」http://ncode.syosetu.com/n6661bl/ 始めました

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