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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ロクジョウギルド編
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クエスト109 汚泥のバケモノを食い止めよう

 谷川の手前には、緑の軍服のような服を着た集団が五十人ほどいた。

 それは橋が落ちて取り残された自警団で、これからの行動を巡り二つの意見に分かれていた。


「無駄だ。危険な魔獣のいる川を渡ったところで、先に進んだヤツラには追いつけない」

「ココまで来て引き返すだと。キサマ自警団のくせに意気地のないヤツだ」

「俺は、さらわれた娘を取り返すために来たんだ。略奪目的じゃねえっ。

 それに先に向かった連中は誰一人戻ってこないぞ」


 象モンスターに乗って川を渡ろうと言い出した丸刈り頭は、諦めて王都に戻ろうという男をあざ笑い他の仲間を見回した。


「自警団がハーフ巨人を恐れて、戦わずに街に逃げ帰るのか。

 キサマは人間の恥、臆病者の腰抜けだ!!」


 残された自警団の半数が、そうだと声を上げ、半数は困惑した様子だ。

 先発隊の集団(盗賊団)と、橋を渡った騎士と自警団は百五十人以上いた。

 人間の自警団は一つの組織であり、残された仲間に戦況報告を告げに来るはずなのだが、一刻を過ぎたが誰もココには戻ってこない。


 その時、周囲を双眼鏡で偵察していた男が驚きの声を上げ、荒れ野の彼方を指さす。

 仲間が向かった方向から赤い煙が立ちのぼり、更に上空には四頭のペガサスが見える。


「様子がおかしいぞ、あの煙は自警団の使うモノじゃない」

「なんだ、ペガサス同士で体当たりしている。白鎧の騎士が内輪もめをしているのか?」


 残された自警団全員が空を仰ぎ、あまりに遠くて米粒のように小さくしか見えないペガサスの様子を凝視した。


「ひいっ、ペガサスの翼がもげて、下に落ちたぁあ!!」

「白鎧の騎士の連中、偉そうに俺たちをココまで連れてきておきながら、何やってるんだ」

「騎士の連中も盗賊と同じさ。ロクジョウギルドのお宝を互いに奪い合ってるんだろ」


 誰かが醒めた声でそう呟くと、残された自警団の中には重苦しい空気が流れる。


「ちっ、冗談じゃねえ。

 紫苑王子は天界の使者だと偉そうに命令しておきながらこのザマだ。

 俺は連中より巨人王宮にいらっしゃる女神を信じるぞ。

 いつまでもこんな所にいられるか、さっさと王都に帰ろうぜ」

「この臆病者め、俺たちは先へ進むぞ。

 一攫千金、ロクジョウギルドのレアなお宝を手に入れ、ハーフ巨人どもを奴隷にして、新たなギルドを立ち上げてやる」


 丸刈り頭と言い争っていた男は、踵を返し荒れ野に背を向ける。

 残された自警団の半数は細い道を足早に引き上げ、残った男たちはその背に罵声を浴びせた。




 小山のような背に白い小さな花を咲かせていた象モンスターは、散々攻撃されて土に似た肌がむきだしになり、引きちぎられた植物の根元から赤黒い汁が垂れ、右半分の器が崩れ汚泥のようになっていた。

 丸刈り頭が象モンスターに乗ろうと汚泥に足を踏み入れると、ズルズルとくるぶしまで中にめり込んだ。

 それでも象の背に突き刺した武器にすがって上に乗り、続いて仲間たちもぬかるみに足を取られながら、ほぼ全員が象モンスターに乗った。

 形の崩れた象モンスターの手綱を二人で引き、深い森の近くの下流に向かってゆっくり進む。

 ところが、ほんのわずか移動しただけで象モンスターは動かなくなった。


「おい、動かないぞ。まさか死んだか?コイツに乗って川を渡れないじゃないか」

「大丈夫だ、眼がギョロギョロ動いているぞ。

 バケモノがくたばる前に川を渡ろう、おい、もっと強く手綱を引け」


 焦った声で丸刈り頭が怒鳴るが、正面で象モンスターの手綱を引いている男からの返事はなかった。

 そこのあるのは人間サイズの汚泥と、長い青紫色のツタが蠢いて、象モンスターの足は地面と同化している。

 象モンスターの背に突き立てられていた槍が、ズブズブと音を立てて中に飲み込まれてゆく。


「やばいぞ、早くバケモノから離れろ。くそっ、足が泥にはまって抜けない」

「うわぁ、伸びてきたツタが腕にからみついて、俺を飲み込もうとしてる」


 槍にすがっていた丸刈り頭と仲間たちは、膝から腰へ、そして上半身が汚泥の中に飲み込まれる。

 日の傾きかけた荒れ野に、男たちの悲鳴が響いた。



 ***



 ティダは行く手を阻む白鎧の騎士の追手をかいくぐり、男たちの悲鳴と異様な気配を放つその場所に辿りついた。

 上空から見下ろした時、そこには細い木の生えた小山があるだけのようだった。

 しかし近づいてよく見ると、全身ツタの這った人間の体が地面にのめり込み、枝のように腕を広げ、緑の葉で覆われた頭部から苦しげな声が聞こえる。 


「キサマ等、あの深い森からとんでもない魔獣を連れてきたな。

 捕らえた人間を木に擬態させている。なんてグロテスクで気味の悪いモンスターだ」

「ハハハ、ティダさま、何をおっしゃいます。

 我々は深い森の中からココに連れてきただけで、攻撃を加えて怒らせたのは自警団たちだ。

 コイツは奇妙な習性があって、獲物を材料にして自分の体を作るのです」


 ティダはもっと詳しく見ようと低空でペガサスを近づけると、その気配に気づいた象モンスターは破裂音のような唸り声を上げる。

 泥の体から数十本のツタが飛び出し、恐ろしい長さで伸びて宙を飛ぶペガサスの足に絡みついた。

 ペガサスは必死に羽ばたいてツタを振り払おうとするが、絡まったツタは凄まじい力でペガサスを地上へと引きずり落とそうとする。

 

「仕方ない、このペガサスを犠牲にしてその隙に……この高さで飛び降りられるか?」


 神科学種の器に狂戦士のティダは、肉体強化と攻撃系に魔力を振り分けている。

 ただし無事地上に降りたとたん、汚泥のバケモノに襲われる危険があった。

 そしてペガサスの羽ばたきが止み胴体がグラリと傾いた時、その様子を楽しそうに眺めたいたアゴの割れた白鎧の騎士が声をかける。


「お困りのようですね、ティダさま。俺が助けてあげましょう。

 この汚れた荒れ野を魔物が呑みつくし清める様を、共に空から見物しようではありませんか」


 ツタに絡め取られたベガサスの横に、アゴ割れ騎士のペガサスがピタリと付き、手を差し伸べる男ををティダは一瞥する。


「キサマの馬をよこせ。下で自警団の連中にわびてこい」


 ティダは落ちるペガサスの背を蹴り隣に飛び移ると、男の差し出した腕を払い、腹のみぞおちに女のような拳から重たいパンチを喰らわせる。

 思わすペガサスの手綱を離したアゴ割れ騎士を蹴り落とし、ペガサスを奪い取った。

 落とされたアゴ割れ騎士にもツタが伸びて、幸か不幸かそれがクッションとなり、生きたまま汚泥の呑み込まれた。


 残す敵は一人。血に飢えた狂戦士モードになったティダは、自らの銀髪に仕込んだ細い銀の鎖を一本二本と手に取り、最後の獲物に投げつける。

 狙われた白鎧の騎士は、放たれた鎖をレイピアで防ごうとして刃に鎖を絡ませてしまう。

 続けて飛んできた鎖に腕が絡まり、足に絡まり、首に絡まる。


「これでは身動きがとれない、やめろ引っ張るな、ひ、ひぃ!」


 鎖を手にしたエルフは残忍な笑みを浮かべ、すさまじい力で騎士をペガサスから引きずり落とす。


「いい気になって自警団を操っていたんだろうが、自分が操り人形になる気分はどうだ」


 四肢と腰、そして首に繋がった細い鎖に釣られ大の字で宙刷りになった騎士は恐怖で声も出ない。

 首に絡まった鎖を締められれば、吊り上げられたまま殺されてしまう。


「早く、アノ魔獣を大人しくさせろ!!呑み込んだ人間を吐き出させろ」

「ひぃ、お許しください天女さま。

 あの化け物は一度凶暴化すると、もはや誰も止めることはできません。

 倍のサイズになるまで捕食し続け、ウガがぁ、やめてくれ!!」


 その言葉に表情をなくしたティダは男の足腰の鎖を離す。

 タテに腕だけの宙吊りになった白鎧の騎士は、あまりの恐怖に失神してしまう。


 ティダが見下ろす地上では、あらゆるモノを全て呑み込む汚泥のバケモノが、ヌメヌメと蠢きながら橋の落ちた谷川の前にいた。

 ここでバケモノの歩みもストップかと思いながら眺めていると、汚泥の中から伸びるツタを谷川の反対側へ放ちはじめる。

 一本の細いツタが向こう側へ渡ると、それに絡まりながら別のツタが伸びて、自らの体から放つツタで橋を作る。

 そして巨大な汚泥の固まりが、ゆっくりと谷川を渡りだした。


 何故バケモノは谷川を渡ったのか。

 それは向こう側に、大勢の獲物(人間)の気配を感じ取ったからだ。

 魔獣のえぐられた長い鼻の部分から、人の両足が突きだし、時々苦しそうにバタついている。

 呑み込まれた人間は生きたまま崩れた器の部品にされるのだ。





 ハーフ巨人戦士から逃げ帰る途中の自警団たちは、敗戦のショックで細い道を外れ荒れ野を逃げまどう。

 谷川の手前で、自警団の一人が沼地にハマり抜け出せなくなった。


「行きはこんな場所に沼なんてなかったよな。

 大丈夫か、すぐ助けるぞ。気味の悪い木が生えて、う、うわぁ!!」


 沼地にはハマった男に仲間二人が駆けよると、沼の中から数十本の長いツタが飛び出し新たな獲物を絡めとろうとする。

 汚泥のバケモノに呑み込まれる寸前の自警団たちの前に、超低空飛行でペガサスが飛び込む。


「おまえたち、走れ走れ、細い道に戻るんだ!!

 夜を司さどる夢うつつの精霊よ、我が敵を黄昏の淵へと誘え。

 酩酊のさまよえる幻惑の精霊よ、戯れに偽りの舞台で踊れ」


 ティダは敵をめがけ、呪杖をふるい最大出力の二重の幻影と睡眠魔法を放った。

 なんとかしてバケモノの動きを止めようと試みたが、魔獣は多少動きが鈍くなっただけだ。


「魔法の効き目が弱い、こいつはかなり上位の魔獣か。

 近づけばツタにからめ取られるし、攻撃を加えれば呑み込まれた人間が危ない。いったいどうすれば……」


 狂戦士のティダは接近攻撃専門だ。

 このモンスターは、大量の汚泥に覆われた中にソノ本体があるはずだ。

 

「汚泥の中の魔獣をピンポイントで攻撃するには……ハルちゃんの女神の弓を使うしかない」



 ***



 ハルはティダから現在の状況を念話チャットを通して知らされた。


「白鎧の騎士が深い森から、山のようなサイズの象モンスターを連れてきてるんだ。

 自警団に攻撃を受けて憤怒状態になっている。

 人も植物もなんでも呑み込んで、更に贄を求めてココに向かっている!!」


 女神の憑代が荒れ野に現れた魔獣の事を伝えると、キキョウは顔色を変えうめき声を上げた。


「まさかその象モンスターとは、深い森の大地と同化して数十年も眠り、目覚めれば空腹を満たすまでありとあらゆるモノを呑み込むと言われ、泥とシダ植物で体を覆いかくす雪白露象。

 連中は深い森の最奥にすむ巨大象を呼び起こしたのか!!」


 巨人王の軍隊は年に二回、訓練をかねて深い森で魔獣を狩る。

 グリフォンの騎手で軍隊勤めの長かったキキョウは、誰よりの深い森の巨大モンスターに精通していた。


「深い森の中で魔獣の立ち入らない安全地帯は、巨大象が全てを呑み尽くした場所だ。

 緑豊かな深い森から荒れ地に出てきたのであれば、空腹を満たすために少ない贄を探し、人間もハーフ巨人も、この建物すら呑み込むだろう」

「そんな、地下室に避難している子供たちもいるのに。もうココには逃げ場なんてドコにもないのよ」


 キキョウの言葉に娘が悲鳴を上げる。

 ここまで気丈に振舞ったきた娘もさすがに限界を迎え、血の気の失せた顔の父親にすがって泣き出した。


 どうして、

 どうしてここまで互いを争わせ、傷つけて怖い思いをさせなくちゃならないんだろ。

 姿を見せない何者かの悪意が、欲と暴力で人々を操り、それを影で眺めて楽しんでいる。


「キキョウさん、女神の弓なら魔獣を倒せるかもしれないってティダさんが言っています。

 僕がその象モンスターを仕留めます」


 ハルはそう宣言するが、しかしボロ別荘から魔獣のいる地点は、女神の弓でペガサスを射落した場所よりも遠い。

  魔獣のいる場所まで行くとなると馬が必要だが、ギルドの馬は王都に戻る人々に貸していて、捕らえた馬も怪我をして走れない。

 その状況でもティダからは次々と魔獣に関する情報が送られてきて、ハルはキキョウが止めるのも聞かず部屋を飛び出した。




 思いつめた表情の巫女乙女は階段を駆け下り、正面玄関ロビーの扉に手をかけた時、そこに扉に頭が閊えるほど背の高い赤毛の巨人、十九位王子 桂樹ケイジュがいた。


「まさか君が本当にミゾノゾミ女神の憑代だったとは驚きだ。

 ティダさまから話は聞いていたが、これほど完璧に、まるで女神そのものに化けるとは思わなかった。

 この争いが人間とハーフ巨人のイザコザなら、巨人の俺は手出ししないつもりでいたが、アノ紫苑が関わるとなれば話は別だ。

 俺は巨人族の中でも足が速い。ミゾノゾミ女神を魔獣退治に連れて行こう」


 そういうとセイジュはハルを軽々と抱き上げ、まるで片手で赤ん坊を抱えるように右腕に乗せる。

 巨人族のリーチは人間より長く、その持久力は半日以上走り続けることもできる。




 ロクジョウギルドの外塀に拘束され並べられた盗賊団は、館から巨漢の男が腕に巫女を抱え疾走する姿を見た。


「あ、あれは正真正銘の巨人族、しかも赤毛の王族だ。抱えている女は……まさかっ」

「なんでロクジョウギルドに、巨人王族と、ミゾノゾミ女神さまがいるんだよ!!

 まさか俺たちは、王族相手に戦っていたのか」


 囚われた盗賊たちは、走り去った女神が、人間とハーフ巨人のどちらに軍配をあげたのか否応なく理解した。



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