クエスト106 親子ゲンカ ※オマケ話
「いやよ、お父様になんか会わないわ。話なんてしたくない、顔を見るのもイヤ。
私と彼を引き離すために盗賊団を使って、ギルドを襲わせるなんて最低!!」
ロクジョウギルドのギルドマスター桔梗の部屋から、若い娘の怒りに満ちた金切り声が聞こえる。
困った表情で部屋から出てきた桔梗は、廊下にいる銀髪を刈り上げたハーフ巨人に合図をすると、その後ろで背を向け不機嫌そうな中年の男に声をかける。
「貴方は確か、中級ギルドの前会長でしたね。
ワシは貴方が盗賊たちを集めて、ギルドを襲わせようとしたとは思っていませんよ」
娘の父親は商いを手広く行っていた中級ギルドで、会長職を兼任する有力者。上級ギルドへの仲間入りも噂されるほどだった。
しかし半年前、上級ギルド昇格の権利を騙し取られ、その責任をとって中級ギルド会長を辞めている。
トクサは仕事のできる優秀なハーフ巨人で他ギルドの仕事を受けることもあり、娘は父親の仕事を介してトクサと出会った。
「彼女には俺からお父さんの話を聞くように説得しますから、少し時間を頂けませんか」
「また、お父さんだと!!キサマにお父さんと言われる筋合いは無い。
それにあの子の母親は、十年前深い森の近くでモンスターに襲われて死んだんだ。
娘をこんな深い森に近い危険な場所には置いておけない、王都に連れて帰る」
外では盗賊団が捕らえられ、新たに迫り来る援護部隊との戦闘が始まろうとしていたが、コノ騒ぎの元凶である当人はグタグタな状態だった。
「キキョウさん、子供たちは全員地下室に避難させました。
女の人も避難した方がいいけど、彼女は部屋から出てこないんですか?」
そこへ緑の髪の小間使い少年が報告にやってきたが、困り果てた様子のキキョウと顔を真っ赤にして怒りを押し殺す父親と、申し訳なさそうに突っ立っているトクサを見る。
「もはや時間は無い、話し合いは後回しだ。
ワシもアンタも、今すぐ安全な場所に避難しなければならない。
そうだ小僧、確か後宮の砂糖菓子を持っていたな。それで娘をなだめて、避難するように話してくれ」
キキョウはハルが何者であるか薄々感づいているが、あくまで竜胆の従者として扱い指示を出す。
父親も年上であるキキョウの意見を渋々聞いて、娘が落ち着くまで話は後回しだと、廊下の奥にある階段を下りていった。
***
ギルド長キキョウの部屋は、ボロ別荘の中では一番見晴らしの良い、三階の玄関真上にある。
娘はそのバルコニーから身を乗り出して外を眺めると、建物を取り囲む塀と、その向こう側に鬱蒼と茂る深い緑、そして豆粒のように人間とハーフ巨人の集団が対峙しているのが見えた。
まさか自分たちが原因で、こんな大変な事になるなんて思ってもいなかった。
トクサがハーフ巨人なんて関係ない、ただ一緒にいたいだけなのに……。
何が正しいのか、これからどうすればいいのか判らない。
涙が溢れて頬を伝い、ぬぐうハンカチも服の袖も涙で濡れている。
その時、部屋の扉が静かに開く音がする。
あの父親が、自分を連れ戻すために部屋に入ろうとしているのだ。
娘は開きかけた扉を閉じようと、思いっきり体当たりをした。
「うきやぁぁーーーーっ!!」
子供の悲鳴と鈍い衝撃音。そこには扉に弾き飛ばされ、顔面を壁に叩きつけた少年がいた。
「えっ、ゴ、ゴメンナサイ。
お父様だと思ったら他の人だったなんて。あなたは食事係の男の子ね」
「いきにゃり、ドアに体当たりゃ、危にゃいよ」
床にシリモチをつき壁に潰れた鼻を押さえたハルに、娘は申し訳なさそうに手を差し出して立ち上がらせる。
「う〜〜痛い、最近こんなのばっかり。
それよりも、ココは危ないから貴女も早く安全な地下に避難して。
人間の王都の自警団がギルドに向かっている。もしかしたら大きな戦闘になるかもしれない」
「まさか、王都の自警団まで出てくるなんて……。
私たちが原因なのだから、皆に理由を話して、こんな争いをやめさせなくちゃ」
「そんなの無理だよ。
連中はさらわれた娘を救出するって口では言ってるけど、本当の目的は最近派手に稼いでいるロクジョウギルドを略奪する事だもの」
見た目地味で大人しそう少年が、あっさりと残酷な真実を告げる。
「そ、それじゃあ、私たち……私は捕まってもイイから、みんなを助けるにはどうすれば」
「ほう、それはイイ心がけだ。
もちろん汚らわしいハーフ巨人は二度と逆らえないように死ぬほど痛めつけられ、その家族は奴隷同然に扱われるだろう」
開け放たれた三階のバルコニーから鼻にかかるような男の声が聞こえると、次の瞬間馬の嘶きと大きな羽音、そして扉のガラスが砕け散る。
後ろを振り返ろうとする彼女の腕を引いた少年の目の前に、白い馬体に白い翼の空駆けるペガサス、そして白い鎧を着た男がバルコニーを半壊させて部屋に入り込んできた。
「あ、危ない!!」
とっさに娘を庇い前に出たと少年を、ペガサスが目障りだとばかりに前足で蹴り倒す。
「えっ、イヤ、なんなの、キャアァーー」
自分の目の前で少年が蹴られ、うつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。
ペガサスから降りてきた騎士は娘に近づくと、長い腕を伸ばして捕らえ肩を引き寄せる。
ひ弱な力で抵抗する娘の髪をわしづかみ、顔を上げさせて泣き顔を吟味しながら、足下に倒れて動かない邪魔な子供を蹴り転がした。
「確かに、透けるような白い肌に金銀の混じった細い絹糸のような髪。
それに僅かだが、エルフの血を引く魔力持ちか。
お前は父親から、汚らわしいハーフ巨人に渡すくらいなら高貴な騎士の下女にしてくれと、俺に譲り渡されたんだ」
「う、嘘よ、そんな……お父さまが私を売ったの?」
白鎧の騎士は薄ら笑いを浮かべると、家紋入りの金指輪を娘に見せ、それを床に投げ捨てる。
家長の証であり象徴の指輪。
父親は、最悪の場合死を覚悟して、娘を救うために騎士に指輪を渡したが、受け取った男は冷酷な性格をしていた。
「父親に感謝するんだな。
ここでハーフ巨人や盗賊たちに玩具にされるところを、次期巨人王である紫苑王子、その直属の騎士である我々に救われたのだ」
ギルマス部屋からすさまじい破壊音と娘の悲鳴が聞こえ、驚いて部屋に飛び込んできたトクサが見たモノは、白いペガサスが部屋の中を荒らし、白鎧の騎士が自分の恋人の腕をねじり上げ拘束している姿だった。
「おいキサマ、俺の紅葉に何をするんだ、彼女を離せ」
「豚のような匂いがすると思ったら、汚らわしいハーフ巨人がいたのか。
この娘、モミジという名前か。我ら白の騎士が、モミジを下女として可愛がってやろう。
あんな出来損ないのハーフ巨人の事など、すぐに忘れさせてやる」
嗜虐心に酔った騎士は娘を後ろ手に縛り、首に左腕を回して自分の盾にすると、鈍い光を放つレイピアをトクサに向ける。
「たかがハーフ巨人風情が、誰に向かって口をきいている。
巨人王族付きの騎士に逆らえば、反逆罪は免れないぞ。
このレイピアで、女が串刺しにされるのを見るか、自分が串刺しになるか選べ」
白鎧の騎士は、娘を人質に取られ身動きできないハーフ巨人の男の左腕にレイピアを突き刺す。
分厚い皮の防具を貫通して、剣先がトクサの腕に突き刺さり、ボタボタと鮮血が流れ落ちる。
「グッ、彼女を離せ、俺は抵抗しない!!
キサマの好きなように、串刺しにでもなんでもすればいい」
「ハーフ巨人のくせに、随分と高級な防具を身につけているな。生意気だ、剥ぎ取ってやる」
白鎧の騎士は罵り声をあげながら、無抵抗なトクサの手足をレイピアで突きさして痛ぶる。
恋人が傷つけられる姿に悲鳴を上げる娘の口を塞ぎ、首に回した腕で締め上げて黙らせる。
何ひとつ抵抗できずに傷つけられ、四肢を血塗れにして崩れ落ちるトクサに、トドメの剣先が突きつけられた。
「さて、終いにしよう。喉を一突きがイイか、額か心臓がイイか選べ。ヒャハハハ……」
しかしトクサは驚いたように目を見開き、答えない。
娘を人質に捕られ、身動きできないハーフ巨人を痛ぶる騎士の背後から、怒りに満ちたアルトの声がする。
「キサマ、ハルちゃんに、何をした」
ミシリッ
男は自分の背に鉄の棒を打ち込まれた衝撃と、骨がきしむ音を聞き、部屋の反対側まで吹き飛ばされる。
念話でハルと繋がっていたティダは、敵襲に気づき外の窓枠を伝い破壊されたバルコニーから部屋に乗り込んだ。
床に倒れたハルと血塗れのトクサ、人質の娘を見た途端、ティダは目の前にいる騎士の背中をヒールの踵で跳び蹴りを喰らわせた。
ソコには長い銀の髪を怒りで振り乱し、口元にゆがんだ薄笑いを浮かべた、久々に狂戦士モードのティダがいる。
何が起こったか判らないまま壁に叩きつけられ、一瞬意識をとばした白い騎士は、腰の短剣を握ろうと動いた瞬間、ヒールの尖ったつま先からのキックを鳩尾に喰らいう。
白鎧の騎士は口から泡を吹きながら、霞んだ視界に見たモノは、床に倒れた子供を助け起こしている銀の天女だった。
銀に輝く月の化身のごとき神々しい美貌で、捕らえていた娘と比べれば、硝子玉と金剛石ほどの違いがある。
純血の銀のエルフは薄い唇の端をつり上げ、凍るような視線で薄ら笑いを浮かべながら、黒塗りの木刀を男に突きつけて呟く。
「さてキサマ、ケツの穴から縦に一突きと全身緊縛、どっちがイイか選べ」
***
「あれ、僕、気を失っていたの?」
ハルが横たえられたソファーの上で目を覚ますと、何故かバルコニーの扉と部屋の壁が壊れ、切り傷だらけのトクサの腕の中で娘が泣いていた。
バルコニーには亀@縛りの男が転がっているけど、見なかったことにしよう。
いったん地下に避難していたキキョウと娘の父親も、騒ぎに気づき戻ってきて、破壊された部屋と恋人たちを見る。
「お、おい人前で、そんな男と、は、離れろ!!」
「すみませんお父さん、彼女はショックを受けて……」
「トクサも黙って!!
もうお父さま信じられない、私は道具じゃないわ。
こんな外見だけ立派にとり繕った、腹黒い男に私を売るなんて、いくらなんでも人を見る目が無さすぎる」
声を荒げて怒鳴る父親に、今まで泣きじゃくっていた娘が、顔を上げると烈火のごとく怒りだした。
「お父さまはいつもそう、見栄ばかり気にして、詐欺師の見た目に惑わされて上級ギルド昇格の権利を失うし、トクサみたいな素晴らしい人を無視する。
ロクジョウギルドのキキョウ様を見習ったらどうなの!!」
次々と鋭い指摘を告げる娘に父親は言葉を失い、娘を慰めていたトクサも驚いていた。
「これは、誰も彼女に逆らえないな。
身分違いの恋に苦しむロミジュリと思っていたら、ジュリエットが父親の尻を蹴飛ばしていやがる」
ティダは面白そうに三人を眺めながら、キキョウに声をかけ、バルコニーにいるペガサスを指差した。
「ティダさま、あれはペガサスに似せて造られた紛いモノです」
巨人王のグリフォン騎手だったキキョウは、聖獣や魔獣を見分ける知識を持つ。
ソファーの上で体を起こしたハルをちらりと見ると、ティダに答えた。
「アノお方に危害を加えたのであれば、聖獣ではありません。
エルフの秘術で、白馬と翼を持つモンスターを掛け合わせた魔獣でしょう」
「それは良かった。お姉さまは祝福が少なくて聖獣に騎乗できない。
だが魔獣なら、簡単に調教できそうだ」
バルコニーに緊縛姿で転がされている男は、なんとかしてココから逃げ出す方法がないか考えていた。
部屋の中から自分を倒した天女が近づいてくる。
そうだ、例えエルフ族でもあの女は敵だ。ペガサスに天女を襲わせよう。
主の命令でその場を離れずにいるペガサスは、襲撃の口笛を聞き、目の前にいる生き物を前足を踏み潰そうと上体を跳ねあげた。
ティダは振り下ろされた蹄を軽々とかわし、仕返しに細い腕でペガサスの鼻面を殴る。
ひ弱に見えた拳は、大砲の弾を喰らったような衝撃で、一瞬ペガサスは白目を向き体をふらつかせる。
そしてペガサスの黄金色にたなびく鬣を細い両腕で掴み勢いよく引っ張ると、凄まじい力で横倒しにした。
妖艶な笑みを浮かべた天女が、倒れたペガサスの長い首を高い踵の靴で踏みつけ、それからイロイロイロな「調教」が行われる。
十分後……
「ふふっ、そうだ、聞き分けのいい子ね。
さぁお姉さまをのせて、仲間のところまで飛んでゆくのよ」
頭を下げ服従状態のペガサスの首をティダは優しく撫でるが、調教場面を見てしまった五人と敵一人は、血の気の失せた白い顔をしていた。