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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ロクジョウギルド編
110/148

クエスト105 ペテン師の暗躍

 上級ギルド、ヤタガラスの建物の中には上客を迎える高級応接室と、通常の商談を行う部室が別々にあった。

 王都の砂糖独占販売権を持つギルドには中小卸業者が訪れ、常に複数の商談が行われている。

 部屋四隅を衝立で仕切り、その中に小さな机とイスが置かれ、狭い中で肩を付き合わせての商談だ。

 昨日、高級商談室でギルド長ロウクと直接取引をしていた王宮の使いの男が、通常商談室で穴の開いたボロいソファーに腰掛けている。

 相手をするのはロクジョウギルドで経理を受け持つ、枯れススキのような灰色の髪の男だった。


「一度ギルドの受付でお会いしましたね、私の名前はSENといいます。

 ヤタガラスギルドでの砂糖売買は、手数料を支払えば個人でも商談が出来ると伺いました。

 この取引は巨人王族とは関係のない、わたし個人で行いたいのです。

 それから、ギルド長のロウクさまには、この取引の事は内緒にして下さい」


 右目に赤いモノクル(片眼鏡)をかけた黒髪の男は、おどおどした様子で経理の男に話しかけると、懐から商談料の金貨五枚を出し青い皿に乗せて渡した。


「確かに俺達は個人売買も引き受けるが、すべての取引をギルマスのロウクさまに報告するように義務づけられて……」

「商談料は金貨五枚と、ソレは手間賃として貴方に差し上げます」

「この青い皿を俺にくれるのか。なんだ、こいつは蒼珠砂竜の鱗じゃねえか!!」


 金貨が乗せられた青い皿は激レアアイテムの砂漠竜の鱗、金貨五枚の倍以上価値のあるモノだ。

 対面した黒髪のモノクル男は、相手に目配せすると軽くうなずく。


「ああ、いいですとも、ロウクさまは高貴な方々との商談で忙しい。

 通常の商談は俺の判断で行います」


 経理の男はにこやかな口調で返答をすると、キョロキョロと周囲を確認しながら鱗を懐に隠した。


「あなたが話の判る方で良かった。

 私は元々人間の平民で、金の勘定が出来るという単純な理由で青磁王子さまに召し上げられました。

 しかしいつまでも巨人王族の下で務める事は出来ませんし、どこかで大きく商売を興して一旗揚げたいと思っているのです」

「いいですねぇ、それなら俺も喜んでSENさまの協力をしましょう」


 コイツは素人が儲け話だと騙され、図に乗って一か八かの大勝負をする時に、皆似たような戯言をほざく。男はそう心の中で呟くとほくそ笑んだ。

 ロウクがギルドを乗っ取ってから、つまらない経理ばかり押しつけられていたが、自分にも運が向いてきたようだ。

 枯れススキ頭の男は、ロウクがギルドを乗っ取る前からヤタガラスギルドを影で支えている。

 詐欺ギルドと呼ばれ蔑まれているが、任された仕事は確実にこなし、一度交わした契約に関しては、客の要望を忠実に守るという商売人気質があった。

 SENという黒髪の男は、右目のモノクルを神経質にかけ直しながら、差し出された注文書に数字を書き込んでゆく。


「では、前日取り引きした砂糖の半分の量を、同じ値段で買い付けます」

「えっ、値引き交渉もしないであんな高値……ゴホンゴホン。

 そうですか、お買い上げありがとうございます」

「ただし、私は商品をちゃんと確認しなくては夜も眠られないほどの臆病者でして、砂糖の現物を取引したいのです」


 ヤタガラスギルドでの砂糖の売買は、ほとんどが商品を介さない信用取引、一種のマネーゲーム、ギャンブルだった。

 実際に売買される砂糖は、動く金の十分の一ほどしかなく、ギルドの地下倉庫に保管されている大量の砂糖も見せ金のようなものだ。

 モノクル男が今注文した砂糖は、ここにある在庫を上回る量がある。

 経理の男は、せっかく手に入れたカモを放したくない欲と客の要望には忠実に応える商人気質で、なんとかモノクル男を納得させようと考えた。


「ギルドの中に保管されている砂糖はホンの一部でして、別エリアに巨大貯蔵庫にあります。

 修復された転送魔法陣を使えば、そこまで一時間で簡単に行けますよ。

 ではSENさまは特別に、直接砂糖を見ていただきましょう」

「それは私も是非見てみたいです。

 キヒヒッ、人の行く裏に道あり花の山、知ったら終い」

「SENさま、何かおっしゃいましたか?」

「ああ、今のは臆病な私の戯言です。気にしないで下さい」

 

 商品を見れば相手は満足するだろうと、男は単純に考えていた。

 まさかSENは、小さなアイテムバッグに大量の砂糖をすべて収めて持ち帰るとは思わなかった。



 ***



 ハクロ王都東の荒野で、戦いの火蓋が切って落とされる。

 野蛮なハーフ巨人にさらわれた人間の娘を取り返しに来た。という大義名分は失われ、チンピラと傭兵崩れの寄り集まった盗賊団は本性を露わにした。

 しかし盗賊団の中で一番大柄な男でも、ハーフ巨人に比べれば体が一回り小さい。

 整然と横二列に並び、にらみ返す大男はそそり立つ壁に見える。

 そして一人盗賊団の中心に分け入り、相手の武器や防具を奪い暴れまくる竜胆が吼えた。


「なんだぁ、王都に来れば強い奴がいると思ったんだが、ゴブリンより弱えぇグズ人間ばかりだ。

 俺さまの相手出来る奴は、かかってこいよ!!」


 燃えるような赤毛をなびかせ獰猛な笑みを浮かべるハーフ巨人の挑発に、怖じけづき後ろに下がる者と、怒鳴りながら前に出る者がいる。

 そして竜胆の前にでた瞬間、武器を奪われ叩き潰されるのだ。

 竜胆の斜め後ろに潜んでいたバンダナ男は、チンピラ仲間を盾にして、獲物のわき腹を狙い大剣を垂直に構え切りかかる。


「おら死ねぇ、お前を倒せば山のような懸賞金が出るんだ。

 十人、いや二十人がかりでシトメ、ギャアァァ、目が目がぁーー!!」


 隙をついたはずが、竜胆は降り向きざまに大剣をかわし、男の顔面を鋭い張り手をぶちかます。

 その掌には、黄金色の鱗粉がたっぷり塗りつけられていた。

 突如、鱗粉で顔が金色に染まり眼球が赤く腫れ上がった男が、目を押さえて地面をのたうち回る。


「ハハハッ、俺さまの挑発に乗ってゾロゾロ集まってきたな。

 てめぇらよく見ろよ。毒金翼蝶の鱗粉が目に入ると、僅か一分で目が潰れる劇毒物だ。

 かわいそうに。せっかくお宝を手に入れても、眺めることも出来なくなるな」


 竜胆は目元を水中眼鏡の様なゴーグルで守り、まるで悪鬼のように高笑いをあげながら、巾着袋に仕込んだ金色の粉を周囲にバラマき始める。

 賞金首をシトメようと集団の中心に集まっていたのは、腕に自信のある盗賊が多かったが、これでは戦いにすらならない。

 自分の目を守ろうと両手で塞ぎながら、踵を返してその場を離れようと背を向けた瞬間、竜胆が容赦なく攻撃を加える。

 中の様子を遠巻きに眺めていたチンピラ達が逃げ出した先にも、ハーフ巨人戦士が待ちかまえている。


「どきやがれ、このクソハーフ巨人ども。人間さまに逆らうつもりか」

「俺たちは我が主の命に従い、野盗どもを討伐する。一匹たりも逃がしはしない」


 チンピラ男の振り下ろした棍棒は、ハーフ巨人戦士に片手で受け止められると握り潰され真っ二つになる。

 武器を失い呆気にとられたチンピラは、丸太棒のように巨大な鉄の槍の柄で軽々と弾き飛ばされた。

 これまでは、例えどれだけ力が勝っても決して人間には逆らわなかったハーフ巨人戦士。

 一方的にハーフ巨人に暴力を振るっていた人間たちが、次々と倒される。

 深い森の巨大モンスター相手に戦う相手に、傭兵崩れのチンピラが勝てるはずないのだ。




 半刻も経たないうちに、竜胆に素手で殴り倒され、頭を金粉まみれにされてうめき声を上げる盗賊が十数名転がり、他の盗賊たちもほぼ全員捕らえられた。


「ああ心配すんな、三日もすれば目潰し効果が切れて見えるようになる。

 ただし、牢屋の柵を見る羽目になるだろうがな」

「このぉ、貴様ぁ覚悟しろよ!!

 お前たち汚らわしいハーフ巨人は、もう二度と人間さまの王都に立ち入れないぞ。

 俺たちに逆らった事を後悔させて、ギヒヤァァーー」


 倒されたふりをして地面に転がり、隙をうかがっていた盗賊が、弾かれたように起きると短剣を手に切りかかる。しかし竜胆は、男が立ちあがった瞬間、その脳天に踵落としを喰らわせた。

 男の言葉に、赤毛のハーフ巨人は苛立たしげに地面を踏みならす。


「人間の王都なんて、ドコにあるんだ!!

 このハクロ大地にあるのは、巨人の王都と深い森。

 そして治める主のいない人間の巨大な集落があるだけだ!!」


 竜胆の怒声をハーフ巨人戦士たちは聞いた。

 それは、彼らを虐げていた人間の王都との関わりを絶つ決別の言葉だった。


 ***



 盗賊団と戦いはロクジョウギルドの圧勝で終わったが、誰一人喜んでハシャぐ者はいなかった。

 仲間たちは再び隊列を組み直し、盗賊団から奪い取った武器と防具の品定めをしている竜胆の指示を待っている。

 

「竜胆さん、いえ竜胆さま。捕らえた盗賊団はどうしましょうか?」

「ああ、コイツらが下手に暴れたら困るからな。そうだ、緊縛折檻好きの天女さまに任せればいい」

「えっ、まさか、あの麗しい天女さまがSの女王さま?

 そうですか竜胆さまは、そんなプレイが……ゲブッ」


 つい要らぬことを言った男に脳天チョップを加えた竜胆の元へ、荒れ野の細い道を若い農婦が駆けてくる。


「第二十六位王子、紺の竜胆様、大至急お伝えしたい緊急の用件がございます」


 彼女は農婦にしては素早く隙のない身のこなしで、竜胆の前で優雅に王族特有の挨拶をすると耳打ちをしている。


「おい、竜胆さんに話をしている女は誰だ。

 もしかしたらロリ、ゲフゲフ、巨人王の後宮に住む、妖精姫の……忍の女じゃないのか」

「俺も聞いたことある。ロリ、グフグフ、巨人王を守護すると言う噂の、女忍者クノイチだろ」


 そういえば竜胆の世話をする女の召使も、隙のない身のこなしと敏捷さを持ち合わせていた。

 巨人王の飼う妖精姫(王の影YUYU)が手を貸しているのなら、やはり竜胆は、最も次期巨人王に近い位置にいるのだ。

 仲間がコソコソと「ロリロリ」言う声に、竜胆は眉を寄せて反応する。


「貴様らぁ、ロリロリとうるせぇ。正直にロリコン王って言えばいいだろ!!

 クノイチからの報告だ。

 盗賊団に続いて、人間の王都から援護部隊と称した『火事場泥棒』の連中がすぐソコまで来ている」

「竜胆王子さま、彼らは盗賊団とハーフ巨人を衝突させ力を削ぎ、戦闘を理由にロクジョウギルドの存在自体を潰すつもりです。

 援護部隊の数は百五十、中には人間の騎士や自警団も加わっています」


 農婦姿のクノイチは報告を済ませると、膝を折り竜胆の側に控える。


「まさか、人間の自警団が直接出てくるなんて、そんなにハーフ巨人の俺たちが疎ましいのか」

「最初からロクジョウギルドを処分するつもりだったのか。

 連中は、人間並みに稼ぐ力を付けたハーフ巨人が目障りなんだ」   


 仲間たちの戸惑いと怒りの声に、竜胆はニヤリと笑う。


「どうせ俺は人間の自警団のお尋ね者だ。

 例え誰が来ようが、連中は俺の家族に害をなそうとする略奪者、火事場泥棒。

 それならヤルことは決まっている、徹底的に戦うぞ」



「それが竜胆さま、騎士というのは白鎧のペガサスに、キャア!!」


 突如上空から大きな羽音が聞こえ、鋭い風の切り裂く音と同時に白銀の槍が降ってきた。

 咄嗟に竜胆はクノイチを庇い、銀の槍を篭手で弾き飛ばす。

 天を仰ぐと、大きな白い翼を持つ白馬、ペガサスが彼らを見下ろしていた。

 ペガサスに跨がる白鎧の騎士は、襲撃に失敗したことを悟ると慌てて急上昇して飛び去ってゆく。


 「待てキサマ!!くそぉ、空から攻撃されたらヤバいな」


 一同が騒然となる中、竜胆の逞しい腕の中で頬を染めたクノイチは、空の彼方に飛び去ったペガサスを指し示す。


「庇って下さってありがとうございます、竜胆さま。

 あれは人々を集めロクジョウギルドを襲うように先導している白鎧の騎士です」

「ペガサスに乗った騎士か。紫苑王子がペガサスを引き連れて巨人王宮に現れたと、ティダが言っていたな」

「それから竜胆さまへ、王の影YUYUさまからの伝言があります。

 女神の憑代である御方を争いに巻き込まないように、安全な場所に避難さなさいと命ぜられました」

「ああ、ハルなら一応安全な場所に隠れているが……。

 ハルなら自分勝手に動き回って、とんでもない事をしでかすかもしれないな」


 クノイチの伝言にそう答えた竜胆は、何故かとても楽しそうだった。



 ***



 上空高く舞い上がったペガサスは、ハーフ巨人戦士の視界から外れると深い森の遙か上を旋回して、ロクジョウギルドのボロ別荘に近づいた。

 そして荒れ地の彼方から、別の四騎のペガサスに率いられた百人規模の集団が現れる。


「あのチンピラも、少しは役に立つ。

 これでハーフ巨人連中が、人間に従わず反逆を起こしたという既成事実ができた」

「反逆を起こした連中を率いるのは、手配書の赤毛のハーフ巨人。ソイツがあの末席の王子とは驚きだ」


 純白な鎧を身に纏い白い翼のペガサスに跨るのは、第十七位王子 ハーフエルフの紫苑直属の騎士。


「輝かしい太陽神の現身である紫苑王子さまと比べれば、貧相な末席の王子など取るに足りない。

 クククッ、紫苑王子さまより承ったエルフ族の秘術で、コイツを用いて王子竜胆とその仲間たちを全員滅ぼしてやる」


 四騎のペガサスは、集団から少し遅れぎみのナニカを追い立てながら先へと進む。

 そして深い森の最奥から、巨大な気の乱れを伴ったナニカが、森の外へと誘い出されようとしていた。


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