クエスト9 蘇生呪文を使ってみよう
聖堂と街灯が、突然クリスマスイルミネーション状態になった原因が、僕の非表示ステータス『幸運度』にあるとSENは言った。
『ラッキーボーイ』の称号は、実は『奇跡』を起こすステータスかもしれない。
「体力も生命力も魔力も減ってないけど『幸運度』が使われたんですか?」
「『幸運度』は非表示のステータスだから、増えた減ったか判断できない。
ハルは聖堂の中に居た時、何か変わったコトは起きなかったか?」
「そういえば……小さな鈴の音がして、不思議な光が足先から全身に駆け廻っていったような……気がします」
腕組みして考え込んでいるSENに、ハルは少し居心地悪くなり、ソワソワと周りを見回していると、そこへ神官の相手を押し付けられ置き去りにされたティダが、凍るような笑みを浮かべながら大股で近づいてくるのが見えた。
「SEN~~~よくも逃げたなぁぁぁ
俺に、あんな脂ぎったメタボオッサンの相手させやがって!!」
「おかえりティダ、お前は色仕掛け担当だろ。大神官さまのハートは虜にできたか。」
ブゥン ビュゥゥゥン
怒り心頭のティダが、血糊の付いたメイスを投げつけてきた。
しかし、SENはそれを片手で軽々と弾き飛ばし、ふふんっと鼻で笑う。
敵?を仕留め損ねたティダは、げっそりした表情で僕に抱きついてきた。
「スゥハァ スゥハァ ハルちゃんは若草のようなイイ匂いだぁ。
あのオッサン、神官のくせにムスクと生魚が混ざった酷い匂いで、手汗でベタベタして気持ち悪っ。
お姉さまの傷ついた心をハルちゃんで慰め「やめろ 変態エロフ」げふっ」
人目の多い聖堂前で少年に抱くつく天女に、それを引きはがすイケメンという、修羅場にしか見えない状況。
村人たちは、3人に距離を取りながらも、興味津々でその痴話喧嘩を眺めている。
やっと冷静さを取り戻したティダからの情報では、聖堂は生贄の儀式を行う準備をしているそうだ。
二人の話し合いを邪魔をしないように、僕はぼんやりと街灯の『神の燐光』を眺めていた。すると、どこから飛んできたのか、小さな緑の光が体に纏わりつく。
「あっホタル、じゃないよね、何だろうコレ?」
緑の小さな光は、ハルが捕まえようと手を伸ばすと、スルリと交わし、少し前を漂っている。何度かそれを繰り返し、逃げもせずハルの周りをヒラヒラ漂い舞い続ける。
「どこに行くの、僕について来いって言っている?」
ハルの声掛けに反応するかのように、緑の光は微かに震えるとゆっくり移動を始める。
「精霊の導きか、これは何かのクエストだな」
***
「ココに入れなんて怪しさ満点ね、まさか罠じゃないといいけど」
三人は、緑の光に誘われて、聖堂裏の穴倉のような小さな勝手口から中に侵入した。
聖堂正面の豪華な造りと比べると、同じ建物とは思えない、石積がむき出しになった長い廊下が続いていた。
低い天井、横幅も人がすれ違うのがやっとの狭い廊下、中で奴隷労働をさせられている人々は、見るからに異邦人の3人を光のない疲れた目で眺めるだけだ。
「これは、聖堂というより牢獄のようだ。」
廊下の突き当たりに、半開きの豪華な大きなドアがあり、中に人影が見えた。
緑の光は、するりとドアの中に入り込み、僕らも誘われるように部屋の中に足を踏み入れる。
途端、薄暗い部屋の明かりが煌々と輝きだした。
これが『幸運度』の効果なのか、僕は自分が照明スイッチになったような気がした。
「うわっ、すげえ、何だこの豪華絢爛な部屋は……」
「ちょっと待て、中の様子がおかしい。」
部屋の中には金銀に彩られた壁に、儀式用の宝石をちりばめられた神の像、色とりどりの花々が飾られて、奥に大きな浴槽がある。
しかし、花の香りと混ざり異質な生臭い匂い、浴槽の水は真っ赤に血で染まっている。
目の前には、酷く殴られて血を流している少女と、その手当てしてるらしい数人の姿があった。
「ダメだ、出血がひどくて止まらない、もう助からない。」
「かわいそうに、こんな酷く痛めつけなくても…」
女神聖堂の警備神官 退紅が駆けつけた時には、すでに義妹の銀朱の意識はなく、呼びかけにも答えなかった。
母親違いの妹は、家族の為に水を得ようと聖堂で働きに来ていた。
それなのに、突然生贄に選ばれて、大神官に訳もなく痛めつけられるなんて。
愛らしい顔は原型を留めないほど腫れ上がり、体中打たれた傷は肉が裂け、そこから血が流れている。
「ごめんよ銀朱。こんな仕打ちを受けるくらいなら、砂漠の果てで干からびる方がよかった。」
すでに息絶えようとしている妹の横で、兄は座り込んで彼女の手を取る。
仲間たちも手の施しようのない状態に諦め、ただ静かに見守るしかない。
不意に、部屋の明かりが煌々と輝き、気が付くと「神の燐光」で満たされていた。
大神官が戻ってきたかと驚いて部屋の入り口に目を向けると、そこには奇妙な異邦人達がいる。
退紅が聖堂入口を警備していた時に、大神官と面談していた『神科学種』の冒険者だと気がついた。
「お、お前たち、勝手にこの部屋に入ってくるな。」
少女を守るように、仲間の警備神官たちは身構え武器を手に行く手をふさぐ。
「その娘、ヒドイ怪我をしているじゃないか。いったい何があったんだ?」
背の高い黒衣の武士は、神官の威嚇を気にも留めず、堂々とした態度で近づく。
屈みこんで、倒れる少女の状態を確認すると眉をしかめる。
『神科学種』は、精霊の力で怪我を癒す術を使うという。
彼らが聖堂を訪れた時、聖人出現を知らせる聖堂門の銀鈴が鳴り響いた。
この方は、我々の祈りの声を聞き、現れた女神の使徒ではないだろうか。
退紅は男の前でひれ伏し、頭を床にこすり付けながら、喉の奥から絞り出すような声で叫んだ。
「聖人様、どうか、どうかお願いします。
俺なんでもしますから、銀朱を、妹を助けてくださいっ。」
空気がゆるやかに動き、退紅が顔を上げると、妹の傍に、別の神科学種が立っていた。神科学種の少年は、血まみれの少女に覆いかぶさり顔を覗き込んでいる。
何をするのか、それを止めようと腕を伸ばすが、少年に触れることが出来ない。
少年は彼らの信仰する女神【ミゾノゾミ】と瓜二つの顔立ちだ。
彼女の命が途切れる瞬間、少年の声が静かに響く。
「傷よ癒えよ、聖霊よ、命の光を灯せ」
ほんの1日前、僕は死に掛けたけど、運よく生き延びた。
その瞬間は、痛くて、苦しくて、悲しくて、辛くて‥‥
だから、目の前の女の子を見た途端、僕の体は勝手に動いて呪文を唱えていた。
SENやティダか止める間もなく、ハルは少女に完全蘇生呪文を行使した。
その術は、自分の力を相手にすべて与えてしまうことでもある。
【ハル 生命力0.001/魔力0.001】
初心者ハルの僅かなライフやスタミナや魔力は、相手に根こそぎ吸い取られていた。
「まったく、この術は体力があるか自己回復強化しないと、共倒れになるんだぞ。」
青ざめた顔で目を回してひっくり返ったハルは、SENのお小言をコクコクと頷きながら聞いた。
渡されたライフポーションを飲み、どうにか動けるようになる。
少女の全身の傷は一瞬のうちに癒えて、赤黒く腫れ上がっていた顔の傷も消えた。
卵の様に柔らかそうな白い肌に大きな瞳、小さな口にピンクの唇。背中まで伸びた癖のない真っ直ぐな艶のある黒髪は、眉の上で綺麗に切り揃えられている。
銀朱は、とてもとても可愛い和風美少女だった。
意識を取り戻した少女はゆっくりと体を起こす。
横で座り込んでいるハルを、思いつめたような表情で キッ と睨んでくる。
やたっラッキー、じゃなくて、チューしてごめんなさいっ……と、謝ればいいのかな。
彼女の顔を覗き込むと、明るい緑の瞳は、僕らをここに連れてきた小さな光と同じ色。
右目は少し赤みを帯びていて、彼女も「神科学種」の血が混ざっている証拠だった。
「君が、僕らをここまで呼んだんだね。」
少女は小さくうなずくと、頬を染め、いきなりハルに抱きついてきた。
覆っていたシーツがハラリと下に落ちて、服が千切れて裸同然の彼女の体があらわになる。
ハルは後ろに倒されて、頭を強打すると再び目を回した。
「ああっ女神様、私の声を聞き届けてくれたのですね、ありがとうございますっっ」
「ちょっ僕は女神様じゃないから、抱きつかれるとポニョポニョポニュ♪柔らかぁ~~」
僕の上に乗っかって、ギュッと痛いほどしがみ付く彼女に押しつぶされてしまった。
だって彼女すっぽんぽんなんだよ、どこを触って引き剥がせばいいんだっっ。
「銀朱、離れるんだ。この子は女神様じゃない!!」
兄の退紅は、慌てて妹を引き剥がし、自分の着ていたコートを羽織らせる。
いつもはティダがしゃしゃり出たり、SENが止めに入るのに、二人はどうしたんだ?
「●REC 脳内HDへの動画保存完了、只今より脳内再生。」
「いやぁん、眼福だったわ~~ハルちゃんグッジョブ。」
だ、だめな大人がここにいる。