クエスト104 ロクジョウギルド襲撃
燃える様な赤毛に整った顔だち、高貴さと猛々しさを併せ持つ青年は、踏み荒らしたテーブルの上から降りると腕組みをしたまま押し黙る。
深い森でのモンスター狩りのリーダー竜胆が、実は女神降臨に立ち会いドラゴンを倒し、次期巨人王候補の王子だと知らされた。
もう仲間たちは、竜胆が気軽に話しかけられる存在ではないのだと思った。
周囲からの畏怖と尊敬の視線、遠慮がちな態度に竜胆は少しイラついて口を開く。
「よし、これから俺の言うことに逆らう奴は容赦しねえ。戦いを前に……」
「あーーっ、ちょっと竜胆さん。ヒドい、何やってんだよ!」
パカーーーーーン☆
中庭に現れた地味な少年は、テーブルの上の惨状と足下の散らばった料理を踏みつけている竜胆を見た。
ハルはその姿に一気に頭に血が昇り、手にした鍋の蓋で思いっきり竜胆の頭をひっ叩く。
「いっ、痛てぇぇ。ハルてめぇ、いきなり何するんだ」
「このテーブルの上の足形は、誰、なの?
僕が朝早起きして二時間かけて煮込んだリゾットを、誰かが、ひっくり返してグチャグチャにしたみたいだね」
厨房の奥で萌黄と一緒に朝食をとっていたハルは、中庭での出来事を知らない。
そろそろ皆が朝食を終えただろうと表を覗きに来て、割れた食器に零れたスープ、ひっくり返された料理を目にしたのだ。
料理オタクモードに切り替わったハルには、例え竜胆でも逆らうことが出来ない。
「ハ、ハルさま、竜胆さんはワザとやったんじゃないんです。
うっかり調子に乗ってリゾットの皿を蹴飛ばし、アワワッ」
「ウツギてめぇ、黙っていれば誤魔化せたかもしれないのに、俺が散らかしたとバラしやがったな」
「へぇ、竜胆さんは靴を皿代わりにリゾットを食べるんだ。
ねぇ、どうやって食べたの。つぅか、誤魔化せるとでも思ったの?」
数分前の威厳溢れる竜胆は消し飛んでしまい、ソコにいるのは彼らのよく知る我が儘なハーフ巨人だった。
プリプリ怒るハルと、後ろめたいが謝りたくない竜胆と、その間でオロオロしているウツギがいた。
そんなハルに声をかけ竜胆に助け船を出したのは、サブリーダーのトクサだった。
「ハルさま、竜胆さんを許してくれ。
俺たちが不甲斐なさに怒った竜胆さんが、その、少し気合いを入れすぎて料理をダメにしたんだ。
さぁ皆、まずテーブルの片づけから始めよう」
トクサには、この神科学種の少年の存在が不思議だった。
一見すると従者のように見えるが、王子である竜胆と対等に会話をし、ウツギに頼られて料理指導をする。
そして上級ギルドで要人警護の任を何度も請け負った経験のあるトクサの目には、天女のようなエルフが貴人を警護するかのように少年に付添い、同じく竜胆の召使いに見えた女官たちも密かに少年を守っている。
この少年は何者だろう。
「ぐっ、くそう、ハルすまん」
竜胆が渋々頭を下げると一瞬で緊張が解け、他のギルド員たちも笑いながら散らかったテーブルを片づけ始めた。
「ハルちゃん、あの竜胆のバカでかい声は、厨房までよく聞こえたよね」
憮然とした表情で、汚れた皿を厨房に運んできたハルに、ティダが声をかける。
ティダの問いに、ハルは悪戯がバレた子供のように笑う。
「竜胆さんは巨人王さまの真似をする必要は無いんだよ。自分の思い描く国をみんなで作ればいい」
ハルの言葉に、ティダは宙を仰ぎながら呟く。
「それがミゾノゾミ女神の、御意志ですか」
***
商人は馬車を軽くするために、買い付けた食材の入った籠を慌てて下ろす。
娘は洋服の詰め込まれた大きな鞄を引きずりながら持ってくると、父親は全ての荷物を置いて行けと怒鳴った。
ハーフ巨人のギルド員は、不安げな表情をした足の悪い母親をおぶっている。
「深い森に沿って北の道を行け。
かなり遠回りになるが、一晩歩けば人間の王都に着けるだろう。
神科学種が乗ってきた巨人王家の馬車が一緒なら、手出しする奴はいないだろう」
中庭での竜胆の演説の後、ギルドから離れる者たちが門の前に集まっていた。
ロクジョウギルドと取引に来ていた部外者の商人四人に、怪我や病人を抱えたギルド員とその家族、わずか三十五人。
ほとんどの者が竜胆に従いギルドに残る。
巨人王族の馬車を先頭にした一団が離れて行くのを、子供が屋根裏部屋の窓から手を振って見送った。
***
ぞろぞろと荒れ地の一本道を進むのは、武器を手にした柄の悪い獰猛な男たちだった。
その中で先頭を歩く茶髪に白髪交じりの男と、繊細な文様が刻まれた白鎧の騎士の存在が違和感を与える。
深い森を背後に、荒れ地にポツンと一軒だけ建つ、屋根の半分が落ちたボロ別荘が見えた。
「なんだ、随分とくたびれた建物じゃないか。まぁ、ハーフ巨人たちにはボロ屋敷がお似合いだ」
「こんな朽ちた建物は壊した方がいいなぁ。いっそ焼き払ってやるか」
獲物を目の前に本性を露わにした盗賊団の会話に、父親は娘を連れ戻すどころか、自分と娘の身の安全すら危うい事を感じ取る。
白鎧の騎士は命じられた任務が不服な様子で、娘の父親を見下した態度でさっさと歩けと顎でしゃくる。
白髪交じりの男は、何度も頭を下げながら騎士を仰ぎ見た。
「私の我が儘でふしだらな娘のせいで、騎士さまにこのようなご足労をかけてしまい本当に申し訳ありません。
ハーフ巨人の男にノコノコとついて行くような頭の悪い娘ですが、僅かに母方のエルフの血を引いているので、顔だけは大変美しい娘です」
父親を監視していた白鎧の騎士の表情が変わるのが判る。
彼らの仕える紫苑王子は、神の移し身と言われるエルフ族の血を引き輝くように美しい。そんな騎士にとってエルフは羨望の対象だ。
「娘を無事連れ戻せましたら、高貴な身分である騎士さまにお預けしたいのです。
下女で構いません。マトモな娘に戻るように、厳しく躾て頂けないでしょうか?」
父親の目から見ても我が娘は人並み以上に美しい。それを盗賊団が見過ごすはずはないだろう。
ならば、この騎士にくれてやる方がマシだ。
「ははっ、キサマの娘はそれほど美しいのか?俺は不細工な町娘の面倒なんか見たくないぞ」
「私の娘は母方の先々代のエルフの血を引き、まるで霊峰神殿に祭られる女神像のように美しい顔立ちをしていると、皆によく言われます。
エルフ族の美しさは、騎士さまが一番良くご存じのはずだと思います」
父親の思ったとおり、不機嫌だった白鎧の騎士の表情が変わり好奇の色が覗く。これが娘を救う唯一のチャンスだと父親は思った。
家紋入りの金の指輪を指から抜くと、白鎧の騎士に渡す。
「この指輪を見せれば娘は大人しくついて来ます。
野蛮な男たちより早く、そのペガサスで迎えに行って下さい」
父親の商売の営業で鍛えた話術にあっさりと引っかかった白鎧の騎士は、喜び勇んでペガサスに跨がり飛んでいってしまった。
ああ、冷静になって考えてみれば、あの上級ギルドのハーフ巨人の男はとてもマトモだったな。
だが人間の都では、ハーフ巨人と結婚した娘は人間以下としか見られず、蔑まれる人生を送ることになる。
マトモな親なら、反対するのが当たり前ではないか。
***
目の前にボロ別荘とそれを取り囲む高い塀と、正面門の前で整然と隊列を組む巨漢の男たちが見えた。
敵の襲撃を待ち構えるロクジョウギルドのハーフ巨人たちだ。
「おおぉい、薄汚いハーフ巨人が雁首揃えて待っているぜ」
「どうせハーフ巨人の連中は人間の俺たちには逆らえない。さっさと金目のモノと、女を出せよ」
盗賊団は野次声を上げ、娘の父親を小突いて集団の先頭からさらに前へ押し出した。
父親を盾に後ろで武器を構えるチンピラたち、娘の父親は盗賊団の人質なのだ。
盗賊団の半数、二十人ほどのハーフ巨人の先頭に立つのは、父親のよく知る短い銀髪に生真面目そうな男。
そして隣にいる赤毛の男の顔にも何故か見覚えがあった。はて、アイツは誰だ?
「アンタがトクサと駆け落ちした娘の父親か。
こんな辺鄙な場所まで来させてしまって申し訳ない。
トクサが詫びと、改めてアンタと話し合いたいって言っているんだ」
父親に声をかけてきた赤毛の男は、握手を求めるように右手を差し出す。
赤毛の男は何も武器を持っておらず丸腰の状態で、緊迫した状況とはほど遠い、調子抜けするほど親しげな態度に皆が呆気にとられた。
「こ、この汚らわしいハーフ巨人男は娘をさらい、う、うわぁ!!」
本来の目的を思い出した娘の父親は、激怒して赤毛の男の手を払いのけようとするが、その腕を掴み取られると横に投げ飛ばされた。
父親が投げ飛ばされた先にはトクサがいて、しっかりと体を受け止める。
赤毛の男の機転で、人質扱いの娘の父親は盗賊団から引き離された。
「お父さん、申し訳ありませんっ。別れたくないという彼女を拒めなくて、どうしてもお父さんの許しを頂きたいのです」
「おとうさんだと!!ぐぬぬっ、キサマにそんな風に呼ばれる筋合いはない」
「トクサ、さっさと頑固親父を連れて行け!!ここでお話し合いなんて出来ねえぜ、邪魔だ」
ロクジョウギルドを襲う大義名分を奪われた盗賊団は、状況を理解すると喚きだした。
「この人間の王都で、愚図のハーフ巨人が人間さまに逆らうつもりかぁ」
「おい、あの男の顔……ああ思い出した!!
正面にいるデカい態度の赤毛のハーフ巨人、あの顔は自警団が探してる賞金首だ」
ひとりが声を上げると他の者たちも竜胆を凝視する。
特徴ある赤毛に整った顔の男前、手配犯にしてはイケメンすぎる顔立ちが余計印象に残っていた。
「コイツは上級ギルドのロウクさまに暴力を働いた犯罪者だ。
こりゃとんでもねぇな、ロクジョウギルドは罪人を匿っていたのか」
多額の懸賞金をかけられた赤毛の男が、武器も持たず丸腰で目の前にいた。
まさに千載一遇のチャンスと、武器を手にした盗賊たちは一斉に竜胆に襲いかかる。
だがそれよりも早く、竜胆は身近にいる敵の中で高級黒鉄石の大剣を持つ男をみると猛々しく笑う。
「お前、ずいぶんとイイ剣を持っているな、そいつをよこせ」
次の瞬間、素手でゴブリンの頭を叩き潰す竜胆のパンチが男の顔面に炸裂する。
殴られた男は悲鳴すら上げる暇すらなく、顎と鼻の骨を砕かれ、後ろにいた仲間の盗賊団を巻き添えに吹き飛ばされた。
竜胆は黒曜石の大剣を奪い更に前へ出ると、娘の父親を小突いていた背の低い男の正面に立つ。
「キサマの槍は、もう少し手入れが必要だな」
背の低い男は奪われた黒曜石の大剣に気を取られて、竜胆が足を振り抜くのを呆けて見ているだけだった。
靴先に金属が仕込まれたブーツで、チンピラの腹を容赦なく蹴り上げる。骨の砕ける鈍い音が響き、背の低い男の体は軽々と宙を舞った。
竜胆が身につける篭手やブーツは、巨人王族特注で作られた終焉世界でも最高強度を誇る防具。
そして竜胆の武器は、人間の三倍以上の凄まじい力を持つ、巨人と神科学種の血を持つ肉体だ。
「その盾をよこせ、腰に差した剣を見せて見ろ」
竜胆は言葉を言い終える前に、次々と敵を殴り倒す。
盗賊団の目の前でハーフ巨人としての力を見せつけ、恐喝強奪を始める竜胆に、敵味方共に気圧されていた。
「チクショウ何してる、相手はたった一人だろ。他のハーフ巨人は、人間に手出しできないはずだ」
「そうだ、赤毛の賞金首だけ狙って潰せ。他の連中は、後から痛めつければいい」
さすがの竜胆も、傭兵崩れのチンピラ盗賊団に取り囲まれ、ひとりで全員を相手にしては無事では済まない。
人間たちは正面門前で動けないハーフ巨人に、あざけりと嘲笑と威嚇の言葉を投げつける。
「腰抜けのハーフ巨人連中は、人間さまが怖くて逆らえないんだよ」
「へへっ、そこの黒髪は上級ギルドにいたハーフ巨人じゃねえか。よく俺に折檻されていたな」
しかし敵に囲まれても竜胆は表情を変えず、ゆっくりと仲間を振り返った。
「俺の家族になり共に戦うか、人間の奴隷に戻るか、さぁ今決断しろ。
コイツ等を、蹴散らせっーー!!!」
竜胆が吼える。
鋭く覇気のある声にチンピラたちは身を竦ませ、ハーフ巨人戦士は武者震いする。
アノ方は我々の主だ。そして主の命は絶対服従。
ハーフ巨人戦士たちは、これまで雇い主に命ぜられるまま、どんな残虐行為にも逆らわないように教え込まれていた。
彼らは今初めて、自分の意思で己の従う主を決める。
強靱な肉体を持つ、最強種族の血が流れる男たちハーフ巨人戦士たちは、ためらうことなく敵に牙をむいた。
***
館の正面で戦闘が起こっている最中、正反対の別荘裏口門に忍び寄るコソ泥集団がいた。
盗賊団の中でも空き巣狙いを専門にする連中で、火事場泥棒を得意とした。
ボロ別荘の周囲に建つバラック小屋に住人の姿はなく、人間たちを恐れて家財道具も置き捨てて逃げ出していた。
「へへっ、やつらハーフ巨人のくせにイイ服を着てるぞ。
靴なんて贅沢だ、奴隷は裸足でいいんだよ」
コソ泥は小屋の中に上がりこむと、荷物を漁り金目のものを盗み出す。
最近稼ぎの良いハーフ巨人たちの家財道具は良品が多かった。
「おおっ酒を見つけたぞ。こいつは海の彼方から運ばれた一級品の林檎酒じゃねえか」
「ハーフ巨人が、こんな上等な酒を飲んでんのか。生意気な連中だ」
男たちは小屋の中から外へ酒を運び出すと、さっそく味見をはじめた。
薄桃色で柔らかく甘い花の香りのする酒は、口の中が燃える様に強いアルコールで、トロリとした舌触りの割には癖のない飲みやすい甘味だ。
最近の人間の王都は砂糖が不足気味で、久しぶりに甘いモノを味わった気がした。
盗賊たちは甘い香りのするリキュールをガブガブ飲みながら、酔ってふらつく足取りで獲物を漁る。
「おい、正面で戦っている連中の加勢に行かないのか?」
「ハーフ巨人は人間に逆らえないんだ。人間が負けるはず無いだろ。
それよりもこの酒は、先に飲んだ者勝ちだ」
コソ泥のひとりが、置き捨てられた荷馬車の中から深い森で得られる高級素材を見つけ、喜びの声を上げる。
そして荷馬車の奥に収められていた箱、幾つもの錠前が掛かり、中身が厳重に保管された黒い漆塗りの大きな宝箱があった。
「オイ見ろよ、コイツはきっと凄いお宝だぜ」
「よし任せろ。こんなチャチイ鍵なんか、すぐ開けちまうぞ」
頭の禿げあがった初老のコソ泥と手下らしい三人が一斉に鍵破りに挑み、他の盗賊たちも中身のお宝を狙って周囲に待機している。
そして鍵が開くと同時に……黒い漆塗りの箱の蓋が外れ、ワラワラと這い出てきたモノとは。
荷馬車の持ち主は商人で、仕入れた珍味を置いて逃げたのだ。
寒くなると身が引き締まり、脂がのって鍋にすると最高の出汁がでると言われる珍味。
大きな鋭いハサミを巨大陸カニが、酒の甘い香りを全身から漂わせるコソ泥の体に這い登ってくる。
コソ泥たちの酒宴が、一瞬のうちにパニック映画状態になった。
「砂糖の替わりを探していて、試しに甘いお酒を仕入れたんだ。
果物を投げつけるより、この方法がいいね」
「凄いやハルさま、あんなに騒ぎまくっていたコソ泥たちが、自滅しちまった」
裏門の塀の上で、ハルとウツギは阿鼻叫喚で助けを求める哀れな男たちを眺めていた。
お待たせしました、やっとお話を再開しました。