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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ロクジョウギルド編
107/148

クエスト102 家族のいる食卓

 ロクジョウギルドのボロ別荘の修繕はかなり早いスピードで進み、夕方までに建物正面側の塀は穴がすべて塞がれ、崩れかけていた石垣も直された。


 そしてギルド員が連れてきた家族の中から、老人や女子供百人ほどがバラック小屋から別荘に引っ越す準備を始めている。


 堀の修繕を指示していたケイジュはティダに声をかけ、明日作業する箇所の打ち合わせをしていた。

 塀の上で作業をしていた男が、下に降りようと梯子に手をかけた時、荒れ野の一本道を爆走する馬車を見つけた。

 普通より大きな馬体で手入れをされた紺のたてがみ、その四頭立て馬が引く馬車には、艶やかな深紺の漆塗りに螺鈿細工の扉には黄金のグリフォン紋章が描かれている。


「おおい、なんだぁ、巨人王様の馬車がこっちに向かって走ってくるぞ!?」 


 他のギルド員たちも作業の手を止め、男の指さす先を見ると、雑草が茂る荒れ野の一本道を、黒に近い紺の馬車が駆けてくる。

 驚く人々の前を馬車は通り過ぎ、ボロ別荘の正面で停まった。

 いったい誰が出てくるのか。


「ティダさーん、ケイジュさーん大変です。

 頑固親父が、娘の彼氏を袋叩きにするためにギルドに乗り込んで来ますよ!!」

 

 人々が息をのんで見つめる中、巨人王の馬車から叫びながら飛び出してきたのは、紺の執事服を着た見慣れた少年と、後ろから同じ色のメイド服を着た少女が降りてきた。


「ああハルちゃん、地味で目立たない執事服がとても似合う。

 萌黄ちゃんもクラシックなメイド服で、お姉さまはこっちの方が好みだな」


「もうティダさん、今はそんな話してる場合じゃないですよ。

 SENさんからの念話チャットでそっちにも連絡あったよね。僕は、彼女と駆け落ちした男の人を探しに来たんです」


 乱暴なハーフ巨人に娘をさらわれたと訴えてきた父親は、身内の者や自警団を呼び集めて、ロクジョウギルドに押し掛けようとしていた。

 これまでは人間に逆らえず奴隷のような立場だったハーフ巨人も、最近一部の者が力をつけてきた。

 それが面白くなく思う人間や、危機感を覚え躾直そうと豪語する者たちが騒ぎに便乗して五十人を越える集団になっている。


「それはマズい。竜胆は正真正銘、人間の自警団のお尋ね者だ。

 竜胆を匿っているロクジョウギルドも、人間から目の敵にされるな」


「とりあえずYUYUさんがクノイチを動かして、集まった人たちに酒を配って酔い潰して足止めしてくれている。

 時間稼ぎしてやるから、後は当人たちで解決しなさいって。

 僕は頑固親父さんが言っていた「娘をたぶらかしたハーフ巨人」を探しに来たんだけど、心当たりある?」


 ティダはほんの少し考え込んだ後、誰か思い当たったようで深々とため息を付いた。


「その話、まさかアイツだったのか。

 確かに頭の良さそうな男前だから、人間の娘がついてくるのも分かる。

 深い森のモンスター狩りでサブリーダーを務めているハーフ巨人戦士のトクサだ。

 今、別荘の中でギルド員家族に部屋を割り当てている」



 ***


 

 杖を付き背中の曲がった老人は、孫のハーフ巨人に腕を引かれながらボロ別荘の門をくぐり、玄関ホールに入った。

 僅かな段差にも足がつまずきそうになり、ほとんど孫に抱き抱えられるようにして歩いていた。


 その目の前で玄関ホールに飛び込んできた少年が、段差につまずいて勢いよく顔面からすっ転んだ。


「キャア、ハルお兄ちゃん大丈夫!?オデコをすりむいているよ」

「いたたっ、なんでこんなところに小石が。最近転んでばかりいるよ」


 少年は幼い少女の手を借りてヨロヨロと立ち上がると、派手に転んで埃まみれになった服の汚れを払い、気を取り直して食堂に向かって歩いていった。


 背の曲がった老人は、その様子を食い入るように見ている。

 少年の着ていた服は、滑らかな光沢のある紺のスーツに白地に黄金の印が織り込まれたシャツ。

 それは老人が若かりし頃、大工の腕を買われハクロ王宮の使用人として務めていたとき、よく目にした巨人王族直属の従者衣装だった。


 そして開け放たれた扉から、輝く銀髪に透き通るような肌をした美しい天女と、地味な紺色の衣装だが王族の証である金剛石のカフスをした赤毛の巨人が現れ、老人の前を通り過ぎた。


「爺ちゃん、どうしたんだよ。早く中に入って飯を食おうよ」


 その場で固まってしまった老人に、孫はおぶって運ぼうかと伸ばした手を払われる。


 バシン バシンッ


 さらに老人は、孫のハーフ巨人の足を持っていた杖で叩いた。


「い、痛てぇー、爺ちゃんいきなりどうしたんだよ!!」

「バカもーん、お前今までロクジョウギルドに世話になっていながら、いったい何をしていたんだ!!

 この薄汚れた玄関を見ろ。

 ここに巨人王族の王子さまと神科学種の天女さまを住まわせるつもりか」


 そう叫ぶと老人は、曲がった背中を更に折り曲げて、床に転がる小石をを拾いだした。


「ええっ、爺ちゃん、そんな事したら余計に腰の具合が悪くなっちまう」


 しかし老人は孫が止めるのも聞かず、次は扉の曇ったガラスを拭き始める。

 すると灰色の汚れたガラスの下から、七色の色ガラス模様が浮かびあがってきた。


「わかった、わかったよ爺ちゃん。

 俺がココは掃除しとくから、無理して動かないでくれ」

「そうか、お前がここを掃除するなら、ワシは壁の穴を塞いでくるか。

 ちょっと大工道具持ってこい」

「うわぁー、そんなことした明日から寝たきりになっちまう。

 だ、だれか、爺ちゃんを止めてくれ」


 食堂へ向かうティダたちの後ろから騒ぎ声が起こり、様子を見に玄関に戻ってみると、そこにはギルド員の家族で背中の曲がった老人が、ボロ別荘を修繕したいと騒いでいる。

 ほんの一月前まで、稼ぎの少ない下級ギルドは、外で仕事をこなし別荘は食事をして寝るだけの場所だった。

 しかし今はギルド自体も多く稼ぎ、生活に余裕が出てきている。


「老人の言うことにも一理あるな。

 ここは元貴族の高級別荘。手入れをすれば、少しは見映えも良くなるはずだ。

 老人を親方にして、何人かは別荘の修繕に回しましょう」


 ティダがそう言うと、ギルド長キキョウも、以前から気にしていたことを口に出した。

 

「これまでギルドは男所帯で、館は汚れて散らかり放題でした。

 しかし、ワシは足が不自由で自分の身の回りの事しかできません。

 それにケイジュ王子さまのお世話をする者も必要です。

 ワシはギルド員の家族の中から、何人かを召使いとして雇い入れようと思ってます」


 既に日は沈みかけていたが、塀の修繕を手伝えなかったギルド員の家族たちは自主的にボロ別荘の大掃除を始めた。

 ハルがアイテムバックから、七色の神の燐火の灯った千羽ツルを次々と放つ。

 薄暗くなったボロ別荘の中に光が溢れ、掃除の手を止めて仰ぎ見る母親は思わず両手を合わせ女神に感謝する。

 子供たちは宙を舞うツルを追いかけながら、ボロ別荘内の冒険を楽しんだ。

 薄汚れた黒いカーテンが洗われると色鮮やかな花柄模様に、埃のかぶった箱は象牙に細かい彫刻が施されたサイドテーブルに、破れた絨毯をはがすと青水晶の敷き詰められた床が現れる。

 まるで宝探しでもしているように、あちらこちらから驚きの声が上がる。




 騒がしく明るい声が聞こえる中で、ひとり凍り付くような笑顔を浮かべたティダが呟いた。


「さて、掃除は皆に任せるとして、お姉さまはちょっと尋問を行おうか。

 娘をさらった凶暴なハーフ巨人と、親に無断で男にノコノコと付いていった小娘を呼んでこい」


 ハルは料理を作ると言って、そそくさとその場を逃げ出す。

 運悪く同席したケイジュ王子は、ドS天女の尋問にハーフ巨人戦士がひたすら頭を下げ、最初生意気な口ぶりの娘が最後は声を嗄らして泣き出す姿に肝を冷やした。





 月が真上に昇った頃、竜胆たちが深い森の狩りから帰って来た。


 朝、ギルドを出立した時には薄汚れて陰気な雰囲気だったボロ別荘。

 外塀がかなり修繕されていると思ったが、門をくぐりボロ別荘の正面玄関ロビーに入ってきた一同は、唖然として立ち尽くした。 


 普段は薄暗いボロ別荘の中に七色の光が溢れている。

 正面玄関の黒ずんで汚れた扉が、色鮮やかなステンドグラスのはめ込まれた黒漆に螺鈿模様の重厚な扉に変わっていた。

 泥がこびりつき小石が転がっていた床は、美しく磨かれた白い大理石の床に、灰色だった廊下の壁は女神の描かれた薄桃色の壁になっている。


 廊下の先の食堂から、濃厚なスープと肉の焼ける香ばしい香りがする。

 腹を空かせたギルドメンバーが、賑やかに食堂に入ってくる。


「ハハハッ、こりゃ一体、どんな魔法を使ったんだ?

 そうか、ハルが来て、また何かやらかしたな」


 竜胆は堪えきれずに、腹を抱えて大笑いした。

 ほんの一月前まで、ギルド員たちはグチりながら、この食堂で家畜の餌と同じモノを食べていた。

 それが今は、テーブルには数種類の料理が大皿に並べられ、帰ってきたギルド員を温かく迎える家族がいる。

 

 竜胆自身も、半年前は王族とは名ばかりの王子で、砂漠に閉じこめられ二人の家族を守るのに精一杯だった。

 すべては、あの何もない砂漠で、ヤツラと出会ったことが始まりだ。


「お帰りなさい、竜胆さま。

 今日はね、みんなでお部屋を大掃除したの。

 萌黄も、食堂の窓ガラスを頑張ってキレイにしたの」


 竜胆の右腕にしがみついてくる愛らしい少女、奥のテーブルには赤い果実酒のグラスを持つ銀髪のエルフが手招きしている。


「竜胆さん、はやく席に着いてよ。スープが冷めちゃう」


 大鍋の中身をかき回しながら、優しげで地味な風貌の少年が声をかけてきた。


 竜胆は一瞬、何か眩しいものでも見るかのように目を細めた後、大股で仲間の居るテーブルに向かった。



 ***



 巨人王の従者に娘を助けてくれと嘆願した父親は、集まった人々を見て困惑した。


 昨日は、王の従者が「しばらく待ってくれ」と娘の父親と仲間たちをなだめ、酒や食べ物を振舞いいったん解散させられた

 だが早く娘を連れ戻したい父親は一人でもロクジョウギルドに乗り込もうとしたところ、白い鎧を身に着けた騎士が手助けしてやると声をかけてきたのだ。

 

「ぐうたらなハーフ巨人どもがさぼるから、俺たちにキツい仕事が回ってくるんだ。

 人間さまに逆らえないように、痛めつけてやるぜ」

「最近ロクジョウギルドは派手に稼いでるみたいだ。

 ボロ別荘の中に、溜めこんだ金銀財宝を隠しているんじゃないか?」

「ついでにハーフ巨人たちの蓄えた稼ぎをいただいて、みんなで山分けしようぜ」


 自警団にもギルド所属の傭兵にも見えない、目つきが悪く口元に薄笑いを浮かべたチンピラたちが、武器を手に大勢集まっている。

 その男たちをまとめるのは、純白の鎧を着た騎士だ。

 しかし騎士は娘の父親を見下した態度で、背中を小突いて男たちの先頭に行くように命じる。


「我が主、神の写し身と呼ばれる麗しい紫苑王子様が、何故貴様のような下らん人間の手助けをするように命じられたのか判らん。さぁ、さっさと歩け」


 もはや娘の父親は一切口出しできない状態で、王都東の端のロクジョウギルドを目指していった。

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