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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ロクジョウギルド編
106/148

クエスト101 ボロ別荘を修繕しよう

 巨人の王都を中心にして、城壁の外を取り囲む人間の王都。その東端の深い森との境に位置するロクジョウギルドでは、広いボロ別荘を取り囲む石壁のへいの修繕が始まっていた。


「力のある連中が深い森の中に入ってギルドを留守にしている間、モンスターが森から迷い出てきたら、残った連中じゃ対処できない。

 ギルド員の連れてきた家族、年寄りや女子供はしばらくボロ別荘に住まわせる。

 塀をもっと高く頑丈にして、魔物の襲来にも耐えられるようにするんだ」


 深い森で魔獣を狩る力のないギルド員も、塀の修復作業のような雑用は得意な者が多い。そしてこれまで働く事を嫌っていた者も、自分たちの家族を守るという使命感から、サボることなく作業に取りくむ。

 そんな彼らに作業の指示を出しているのは、第十九位王子 桂樹ケイジュだ。

 彼はただ指示を出すだけではなく、時にはハーフ巨人を上回る怪力で作業の手助けする。


 竜胆は、新たに加わったギルド員の実力を試すために、日帰りで深い森の狩りに出かけている。

 

「ケイジュ王子がおっしゃる通り、改めてギルド員が連れてきた家族の人数を調べ直しました。

 現在ギルド員は百十五名、その家族が二百四十五名。

 助っ人三十八名に商売人が二十三人の、計四百十一名です。

 中には爺婆オカンに兄弟八人の家族全員十一名を引き連れてきた者もいました」


 白銀の髪を短く刈り込んだ男は、上級ギルドから竜胆を頼って加わったハーフ巨人戦士の砥草(トクサで、王族と明かされたケイジュに拳を握りしめたまま左胸に手を当て深々と頭を下げる軍隊式の叩頭を行う。

 

「街中は土地が限られていて、家畜小屋のような場所に住んでいる連中がほとんどです。ココなら家を建てられるし場所代も取られない、だから家族を連れて引っ越してくる。

 商人もいるから僻地でも日用品も手にはいるし、不自由なく生活できるのです」


 トクサと共に上級ギルドから加わった仲間の男が、その理由を説明した。

 

「それに王都ではハーフ巨人は、人間にも巨人にも相手してもらえません。でもロクジョウギルドは、種族に関係なくマトモに扱ってもらえる」


「ああ、すまない。お前たちにはつらい思いをさせている。巨人は力こそ全てという考え方に囚われているのだ。

 だが、お前たちも俺と同じ巨人の血が流れる事を忘れないで、誇りに思って欲しい」


 今この場所には、ハーフ巨人でありながら光り輝くカリスマ性に溢れた竜胆と、ハーフ巨人に対して全く奢った様子を見せないケイジュ王子、そして人間でありながらハーフ巨人たちを世話し続けてきたロクジョウギルド長キキョウの存在があった。


 皆に竜胆の正体はまだ明かしてないが、しかし突然現れたエルフ族の天女が誰なのか、この王都で知らぬ者はいない。

 ケイジュと今後の打ち合わせをしているティダに、短髪のハーフ巨人戦士は遠慮がちにたずねてきた。


「ティダさま、もしかして竜胆さんは、女神降臨に立ち会い二頭のドラゴンを倒した末席の王子では……」


「第二十六位王子竜胆は、巨人王の椅子より、お前たちを率いて深い森で魔獣を狩る道を選びました。

 そして私たち神科学種は、巨人の王や法王を撰ぶためにいるのではありません。

 終焉世界の真の王を見極め、人々に祝福と豊穣を与えるためにいるのです」


 トクサは、もし竜胆が王子であったなら、自分たちを置いて巨人の王都に戻る事を恐れていた。

 しかしティダの答えを聞くと、それは無いようだと胸をなでおろす。

 自分たちは、竜胆を頼って上級ギルドを辞めてココに来た。そして以前の生活の戻ろうという気持ちは微塵もなかった。


「実は俺も家族を、結婚を約束した娘を連れて来ているのです。

 塀に囲まれた別荘の中ならモンスターに襲われる心配もないし、安心して狩に出かけられます」



 ***



 ハクロ王宮殿から放射線状に白い石畳の道が伸び、整然と家々が立ち並ぶ巨人の王都の城壁を通り抜ける。

 城壁の外に出ると街並みがガラリと変わり、小さな家々が密集し小石の転がるデコボコした迷路のような細い道が続く。

 巨人の王都の外側は人の都、城壁沿いに張り付くように建てられた豪華な造りの人間の館。この裕福な人間の住むエリアに上級ギルドの建物も数多くあった。


 詐欺まがいの手法で上級ギルド入りしたヤタガラスの建物もこのエリアにある。

 安値でこき使っていたハーフ巨人が居なくなった事で、一時期は仕事に支障をきたしていたが、巨人王族御用達の店「星雲館」のぼったくり営業のおかげで、今は以前の倍も儲けていた。

 詐欺まがいの金の貸し借りと借用証書の契約更新料だけで、もはや苦労して働かなくとも毎日自動的に金貨が手元に入るのだ。


 そして今日も、王宮から新たなカモが詐欺ギルドをたずねてきた。

 宰相ソテツが後宮に籠もったまま出てこないので、宰相代理の者が白面のロウクとの面談を申し込んだ。


「ついに巨人王の使者が、俺さまのご機嫌を伺いに来たぜ。

 宰相ソテツの頼みは弟王子を騙して借金まみれにすること、俺はちゃんとソノ約束は果たした。ついでに宰相さまも借金まみれになっちまったがなぁ」


 普段以上に厚塗り化粧で白粉をまき散らすヤタガラスギルド長ロウクに、腹心の小太り男も満面の笑みを浮かべ王族が着るような白蒼斑豹のコートでめかし込んで客人を待った。


「ロウクさま、宰相の代理と言われるコノ男を巧く騙せれば、ついに終焉世界の覇者である巨人族の全財産が、我々のモノになるんっすね」


「ああそうだ、宰相ソテツとの取引はあくまでも個人的なモノだったが、今度のヤツは王宮の政事を行うための契約、金も巨人王持ちだ」


 この知略に富んだ天才的な頭脳を持つロウク様に、脳筋の巨人族がかなうわけない。

 巨人王を騙せば、次は霊峰神殿のイかれた法王を手玉に取って、終焉世界の富を俺様がすべて手に入れてやる。





 上級ギルド ヤタガラスの応接室に並べられている高級な調度品は、これまで彼らが借金の形に押収したものだ。

 純白の女神像の隣にショッキングピンクのオブジェが置かれたりと、飾られるモノの統一性がなく、雑多な物置のような雰囲気すら漂う。

 

 部屋の扉が開き、紺色の燕尾服のようなスーツに白地に金の王紋が織り込まれたシャツを着た、背の高い細身の人間が現れた。

 長い黒髪をオールバックにして、右目に赤いモノクルをはめた、生真面目そうな若い男。

 その後ろには、青い髪に黒縁メガネの少年従者が控えている。


「初めまして、上級ギルド ヤタガラスのロウク殿。

 私は巨人王宰相を臨時で任されているSENといいます。

 我が主は、コクウ港町及び風香十七群島の領主である第十二位王子青磁さま。

 現在青磁さまは、体調のすぐれない巨人王の代理で政務を取り仕切っておられます」

 

「巨人王 鉄紺陛下のお具合はいかかですか?

 SENさま、敬愛する巨人王陛下に少しでも力になれるのでしたら、我々をいかようにもお使い下さい」


「人間でありながら、巨人王にそこまで忠誠を示されるとは、さすが宰相ソテツさまがご紹介された方です。

 私は田舎のコクウ港町で政務に関わったことがあるだけで、このような王都の業務に関しては、右も左も判らない全く素人同然なのです。

 ロウク殿、どうか我々を手助けして下さい」


 SENとロウクの息のピタリと合った見事な茶番劇に、後ろで控えるハルは思わず吹き出しそうになり、肩を震わせて笑いを堪える。

 SENさんったら、王の影と呼ばれるYUYUさんの数倍の速さで事務処理をして仕事を片づけた後で、よくこんな嘘をつけるよね。


 SENはハクロ王都に入ると同時に古代図書館に軟禁され、飢餓状態のミイラ姿で外に出た後はウサギ面で顔を隠していた。

 つまりハクロ王都では「神科学種の黒衣の武士」の顔は、誰にも知られてない。

 戦闘時の研ぎ澄まされた刀のような雰囲気や、人を寄せ付けない変態紳士モードとは異なる、田舎から出てきたばかりの純朴で生真面目な男を演じている。

 そしてハル自身も、神科学種の紅い右目を隠すための黒メガネを掛けるだけで、平々凡々で地味な召使い従者に変身する。

 それはロウクが広場で追いかけ回した黒髪女官と同一人物には見えない。


 詐欺師ロウクは、両手をすりあわせながら何度もお辞儀をすると、手渡された書類を食い入るように眺め、納得した様子で頷く。


「では、巨人王さまがご所望するのは、ミゾノゾミ女神がお作りになる菓子の材料「砂糖」ですね。

 我々はこの王都で唯一、最高品質の「砂糖」を責任を持って取り扱っております。

 しかし今年は生産量が少なく「砂糖」の価格が高騰しているのです」


 二人の話の途中に、ギルドの者がロウクに大至急指示を仰ぎたいと書類を手に入室してくる。

 明日入荷予定の砂糖の注文伝票だという書類の束を、客に見せつけるように大げさに振り回しロウクと話をしている。

 男が書類を受け取り部屋を出た後、やれやれと白面のロウクは苦笑いしながら客に向き直った。


「お話の途中で、失礼いたしました。

 どこかの貴族が、まとまった量の砂糖を欲しいと大量に買い占めているのです。

 他にも何人かの者が欲しがっていますから、これから砂糖は更なる値上げが予想されます」


「それは大変だ、今のうちに買い占めないと値段が上がって手に入らなくなってしまうのか」


「ええ、そうでございます。

 当ギルドと懇意にしていただいている巨人王陛下なら、特別に融通いたしますよ。

 砂糖の価格が安いうちに、必要な分量より少し多めにご購入されたほうが宜しいかと思われます」

 

 宰相代理の男はモノクルを忙しなくかけ直しながら、ロウクに言われるがままに書類に数字を書き込み、砂糖買い付けの手続きをした。

 少年従者が机の上に宝石箱のような手提げ金庫を乗せ、その中身をロウクに見せる。

 傷一つない金貨が丁寧に並べられ、箱にびっしりと収まっている。

 ほうっ、とため息をつくロウクに宰相代理の男は事務的な口調で告げた。


「それでは二十日後に品物を王宮に納品して下さい。

 砂糖を買い付けた代金として、頭金三割をロウク殿にお預けします。

 かなり巨額の金が動くので、最終支払いには金貨の他にそれと同等の価値を持つモノで支払うことにします」


 このようなもので宜しいでしょうかと男が差し出したのは、親指の爪ほどの大きさがある薄桃色金剛石の指輪。そして光の加減で色を変える虹色ルビーのネックレス。

 国宝級の装飾品を無造作に見せるSENに、ロウクの目の色が変わるのが判る。

 

「えっ、ええ、喜んでお引き受けいたします。こちらもできるだけ、取り引きがスムーズに運ぶようにご協力させて頂きます」


 黄金の王都、宝石箱の後宮と呼ばれ、巨人王族の所有する超一級品の装飾品を欲しがる者はごまんといる。

 それを安値で評価して手に入れ、闇ルートで捌けば更なる富が転がり込んでくるのだ。

 もはやカモ同然の男は、最後までロウクに言われるがままに取引をして帰って行った。





「SENさん、今日わざわざ僕を連れてくる必要なかったよね。

 それにしても、あんな高い値段で砂糖を買っていいの?

 白面のロウクの口車に乗せられているだけじゃない」


 それは、素人のハルが見てもおかしな取引だった。

 SENはロウクに対して一切交渉事をせずに、ただ言われるがままだったからだ。

 巨人王の豪奢な馬車の中で、SENは右目のモノクルを外すと赤みを増した右目を何度かしばたかせる。


「何言っているんだハル、勝負事には縁起担ぎが必要だろ。

 勝利の女神がいれば、この取引の成功も違いない。

 それに、あの値段なら安い買い物だ。

 今日よりも明日は、更に砂糖の価格が上がっているだろう。

 その次の日も次の日も、俺はそれを買い増す。砂糖がどこまで値上がるか楽しみだな」


「でも、いつかは値段が下がるよ。

 そしたら、高値で買わされたSENさんは大損してしまう」


「ククッ、そうだな。普通に考えれば砂糖が銀より高額で売り買いされるなんてあり得ない。

 しかし人の欲は、ありえない事も可能にするんだ。

 17世紀オランダのチューリップバブルでは、高級チューリップの球根を傷つけた賠償金が金貨2000枚という逸話もある。

 俺はそれを再現させるのさ。砂糖が金と同価格になるまで買い続けるぞ。

 人の行く裏に道あり花の山、(いさご)長じて巌となる。

 ヤツは気付かぬうちに、足元に蟻地獄が造られている事を知らない」


 SENの顔に浮かんだ笑みは、まるで狼が獲物を狙う獰猛なモノだ。

 そのSENの様子に、小首を傾げながらハルは思った。 

 なんだかティダやSEN、そしてYUYUもゲームプレイヤーとしての凄いスキルを持っているが、リアル知識や資質の方がこれまで色々と役に立っている。

 まるでこの終焉世界は、適材適所にそういう人物を選定して連れてきているようだ。



 ***



 巨人王の使者を乗せた馬車は、人の都の曲がりくねった狭い道を進む。

 突然人々の騒ぎ声が聞こえ、馬が嘶き馬車が激しく揺れて停まった。

 なにかに道を塞がれているようで、御者が馬車を進めるために退けようとする声が聞こえ、ハルとSENは馬車の窓から外を覗く。

 青い石積の建物前に男たちが詰めかけて道を塞ぎ、なにか叫んでいる。

 館は上級ギルドの建物で、ギルド入口を警備している勇ましい風貌のハーフ巨人戦士に、数人の人間が怒声をあげて迫っていた。


「貴様らハーフ巨人は最近調子に乗りやがって!!俺の娘をどこに連れ去ったんだ」

「人間さまの女に手を出しておいて、タダで済むと思うなよ」

「ちょっと待て、お前が探しているハーフ巨人は、もう一月前にこのギルドを辞めているぞ」


 目の前の馬車の窓から顔を出したSENとハルを見て、騒ぎの中心にいた中年の男が駆け寄ってくる。


「これはこれは、巨人王の王族の方ですか。どうか俺の娘を助けて下さい。

 野蛮なハーフ巨人の男が俺の娘をかどわかし、さらっていったのです」


 巨人王の御車に乗っているのが人間だと知ると、助けを求めるように訴える。


「いったいどうしたんですか。

 娘さんがさらわれたって、大変じゃないですか!?」


「ええ、そうなんです。

 以前から俺の娘につきまとっていた怪しげなハーフ巨人が、娘と結婚をすると言い出したのです。

 野蛮なハーフ巨人の男に娘は騙されているんだ!!俺が反対したら、ソイツは娘を連れて逃げた」


「なんて卑怯で汚らわしいハーフ巨人だ。

 娘はその男に非道い目に合わされているに違いない。早く助け出そう」


 あれ、これって娘さんの父親がハーフ巨人との結婚を反対してるだけ?

 二人は駆け落ちしたんじゃないの。


「とりあえず落ち着いて、詳しく話を聞かせてくれないか。

 お前の娘は誰にさらわれて、今どこにいる」


 SENがたずねると、父親は涙を流しながら答えた。


「俺の娘は、凶暴なハーフ巨人を集めて深い森で野蛮な狩りをしている、ロクジョウギルドに連れ去られた」


 えっ、ロクジョウギルドって……まさか。

 ハルとSENは言葉を失い、互いに顔を見合わした。


 表情には出さないが、SENは心の中で毒づく。

 今俺達は詐欺師ロウクで手一杯なのに、どうして次から次へと、しかもハルがいる場面で厄介ごとが巻き起こるのだ。



※小ネタ ロクジョウギルド 漢字に直すと「六畳」ギルド。




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