クエスト98 契約内容をよく読んで確認しましょう
白いレースにピンクの花飾りで埋め尽くされた天蓋ベッドの中で、ふわふわの亜麻色の髪に愛らしいネグリジェを着た天使が苦しげにうめき声を上げていた。
「ヴヴッ〜〜、こ、この私が二日酔いなんて。
やっと一仕事終えて今日こそハルくんと王都デート、いえ、王都を視察する予定を立てていたのにっ」
「YUYUさん苦しそうだね。
ごめんね、ぼくの治癒魔法ではYUYUさんの二日酔いは治せないんだ」
「ハルくんの気持ちだけでも嬉し……うっ、ズキズキッ、頭が割れるようにイタっ。
二日酔いは私の一万超えHPの、半分以上回復させないと治らないのです」
昨夜は夜通しで巨人王鉄紺と第四位側室YUYUの酒盛りは続き、途中でハルは脱落、就寝モードに入った。
昼前に目覚めた時、ハルは後宮の自分のベッドで寝ていて、側で控えるくのいち娘から酒宴後の話を聞きYUYUの様子を見にきたのだ。
「YUYUさま、久しぶりに鉄紺王陛下とお会いできたのが嬉しくてハシャぎすぎたのですね。今日は一日ゆっくりとお休み下さい」
YUYUに冷えた飲み物を手渡す水浅葱は、あれから隊長の相手を精力的(文字通り)に楽しみ、普段より艶めいてピチピチ潤っている。
「昨日は僕も途中から寝ちゃったけど、王様もかなり飲んでいたよね。大丈夫かな?」
「ハルさま、鉄紺王陛下は一晩飲み明かしたぐらい酔いつぶれたりしませんわ。
陛下は朝から近衛兵の仕事であるグリフォンの世話をしております。
王宮では、長旅でお疲れの弐王様の代わりに、第十二位王子青磁さまが王の業務を代行なされています」
巨人王族と王子達は燃えるような赤毛が特徴で、髪の色が総白髪になった鉄紺王は身分を偽ることが難しいらしい。
この白髪のせいで自分の後宮から閉め出されたと、冗談混じりでハルに語った。
最近は仮の身分である巨人王直属の近衛兵として、気楽に暮らしているそうだ。
「このままスムーズに青磁様が巨人王になれたらいいね。
そういえばティダさんとSENさんはドコにいるんだろう?」
枕で顔を覆っていたYUYUが、痛む頭を押さえながらムックリと起きあがる。
「ティダさんなら既にロクジョウギルド、竜胆の所に戻っています。
SENには青磁王子の側近という肩書きで、巨人族と王族すべての資産状況をデータベース化するように頼みました。
私は今まで巨人王の資産管理にはノータッチです。
全てを宰相ソテツ王子が取り仕切っていました。
現在、巨人王族が一体どのような経済状況なのか、SENからの報告を聞くのが恐ろしいですね」
終焉世界の半分を支配する巨人族は。温暖な気候と豊かに肥えた土地、また貴重な鉱石資源を持つ。
敵対する霊峰神殿の治める地域は、厳しい自然環境で痩せた土地が多い。
そして「巨人族は強欲である」と言われるが、彼らに従順で逆らわなければ支配地の税は二割と緩い。
霊峰神殿が信者から寄付という名目で、収入の五割を取り立てる方が遙かに厳しかった。
「SENさんはリアルでデイトレーダーだから、そっち方面は得意だと思うよ。
ティダさんはロクジョウギルドにいるのか。僕はこれからどうしよう」
そのハルの何気ない一言に、YUYUと水浅葱の目の色が変わる。
「ハルくんは、ず〜っと後宮に居てもいいのですよ。
そうです、ハルくんのために専用の館を建てましょう。
自分の住まいがあれば、そこで好きな事をのんびりと出来るではありませんか」
「後宮の中に館を建てたら、僕はずっと女装して暮らさないとダメじゃないですか。せっかくだけど遠慮します」
欲しいモノは空から降ってくるような幸運のステータス持ちのハルは、自らの物欲に乏しい。
後宮に宝石箱のような館を建てる、そして男の夢ハーレム暮らし。
しかし普段からハルは護衛という名で美少女達がそばに控え、愛らしい少女と寝起きを共にし、天女やら妖精やら歌姫の相手をしているハーレム状態で、後宮にこもる必要は無いのだ。
ハルの返事に言葉を詰まらせたYUYUに、水浅葱が助け船を出す。
「そういえばハルさまの作られる白いお菓子を、YUYUさまも私もまだ食べていません。もう白いお菓子は作られないのですか?
女神さまの施しを待っている女官も大勢居ます。
材料の砂糖は私が準備しますから、どうか白いお菓子のお味見させて下さい」
「あれ、YUYUさんも水浅葱さんもまだ食べてなかったんだ。
うーん、そうだね。
砂糖が手に入るなら、しばらくココに居てもいいかな」
ハルの言葉にYUYUの二日酔いが一瞬にして覚め、ベッドから身を乗り出しそのまま飛び降りると、歓喜の声を上げ水浅葱に命じた。
「ハルくん、お願いします、私も是非その白いお菓子が食べたい!!
砂糖を独占販売しているのは、宰相ソテツの息のかかった上級ギルドヤタガラス。
しかし今は全方位転送魔法陣が修復され、遠方もさほど時間をかけず行ける様になりました。
水浅葱、王からグリフォンを借りて直接現地に乗り込み、金に糸目を付けずありったけ砂糖を買い付けるよう指示を出しなさい」
お菓子を作る材料があればハルは後宮に居続ける、このチャンスを逃してはならない。
そうして単純にハルを引き留めようとした王の影の思惑が、意外な結果を招くことになる。
「YUYUさま、金に糸目を付けないと命じられましても……。
今日から王族の資産管理はSENさまが取り仕切っています。
あのSENさまが、砂糖を買うための無駄使いを許可して下さるでしょうか?」
***
一夜の喧噪が過ぎ、白い石畳の上に紙吹雪が散らかったまま残るハクロ王都の歓楽街、華やかな目抜き通りに面した場所にある巨人王族御用達の店 星雲館。
店の支配人であり上級ギルドヤタガラスのロウクは、地味でさえない顔立ちの巨人族王子ケイジュと会っていた。
「これはこれはケイジュ王子様、ようこそいらっしゃいました。
今日は何の御用で、えっ、賭のツケを払いに来た。ああ、そうですか。
ところで昨夜の王族さまのお集まりに、ケイジュ王子さまはいらっしゃらなかったのですか?」
まさか借金を抱えた王子が再び店を訪れると思っていなかったのか、ロウクはひどく狼狽した様子だ。
妙な事を聞く男だとケイジュは思った。
巨人王の帰還した王宮で、昨夜一体何かあったのか?
昨夜巨人王が帰還した時、ケイジュは深い森の狩りに加わっていた。
力のある巨人の参加で、これまで手出できなかった激レアモンスターの黄金孔雀、蒼角漆黒鹿を捕らえることが出来た。
狩った獲物は全員で活躍した相当分配されるのだが、狩りのリーダー竜胆が今回は自分の取り分はいらないからと、ケイジュの分け前を増やし金貨四百枚受け取った。
その事をロウクに話すと、相手は一瞬押し黙り、それから突然腹を抱えて笑い出した。
「あはははっ。貴方様は本当に、なんという間抜けな男なのでしょう。
薄汚いハーフ巨人の連中と狩りをして、巨人王との約束をすっぽかしたのですか!!
老いた巨人王のご推薦で次期巨人王候補のひとりに選ばれたのに、大切なその場に貴方様は居なかった。
次期巨人王候補の空いた席には、ケイジュ王子様の代わりに兄王子である宰相のソテツ様が座られました」
「俺が次期王候補に選ばれる?まさかありえない話だ。
下位の王子である俺に席など準備されてないし、ソテツ兄上からもそんな話を聞いてない」
しかしロウクはケイジュの言葉を無視して、テーブルの上に置かれた金貨袋の中身を確認すると事務的な手つきで数え始める。
この話を詳しく聞こうとしたケイジュだが、ロウクは何も答えず、金貨袋を自分の懐に仕舞うと席を立った。
「おい、ちょっと待て、無視するな。
俺の支払いは、後どれだけ残っているんだ」
「ケイジュ王子様、確か私は三日で一割の利息を返済して下さいと申し上げました。
あれから六日過ぎているので、二割分の利息と延滞料を一割いただきたいのですが、この金貨四百枚では全然足りません。
仕方がありません、不足分は賭の借金に加えておきます」
白面に愛想笑いを浮かべながら答えたロウクに、ケイジュは一瞬言葉を失う。
ケイジュが深い森で獲物を狩って得た金貨四百枚は、利息と延滞料に奪われ、返済どころかさらに借金が増えていた。
「キッ、貴様はぁ、親切を装い俺を陥れたのか!!
王族である俺を騙して只で済むと思うな」
詐欺師ロウクは、目の前で静かに怒る男に見下したような視線を向けると、手にした借用書を見せた。
「この借用書は、貴方様の兄上である宰相ソテツさまのサインと印が押されています。
お優しいソテツさまは、貴方様が次期王候補の権利を手放すなら、連帯保証人として返済の手助けをして下さるそうです」
ロウクから見せつけられた借用証書を奪い取り、改めて内容を確認すると、そこには癖のある文字で兄王子のサインがある。
宰相ソテツは、昨日まで巨人王に同行して遙か北の地に居た。
これはケイジュが賭に負けて借金する六日前から、あらかじめ準備されていた借用証書なのだ。
「何故、何故なんだ。
父上以上に慕っていた兄上が、同じ血の流れる俺を騙すなんて。
お前は兄上に命じられて……あんな芝居を仕組んだのか」
「さあ、それは私よりも、直接宰相ソテツ様にお伺い下さい。
ではケイジュ王子様、また三日後の借金返済をお忘れ無く」
そして白面のロウクは逃げるように部屋の奥のドアに消え、ケイジュはしばらくその場で立ち尽くしていた。
***
ハクロ王宮の巨人王の執務室では、相変わらず大量の書類が次から次へと運び込まれていた。
その中で、ミイラ状態からハルの過食攻撃で人の姿に戻ったSENは、まるでエロ本でも読むかのように荒い鼻息で、細かい数字の羅列された書類を眺めていた。
「クククッ、1、2、3、この数字の羅列たまらんなぁ。
終焉世界の富が全てココに流れ込んでくるような、無駄をそぎ落とす必要のない、芳醇な資金力を持つ巨人族の黒字帳簿。ハァハァ、なんという美しさだ!!」
既に終焉世界に来て半年近くが過ぎ、男前の黒衣の武士はリアルの性格を全面に出した残念なイケメンの電波系紳士になっていた。
ちなみにSENの愛読書は、ラノベと四季報だ。
時々奇声を上げながらすさまじいスピードで書類を捌くSEN、その隣の執務テーブルで黙々と書類に目を通す青磁王子。
癖のある双子の兄を知る彼は、SEN程度の変人は全く気にならなかった。
それより何かと理由を付けサボっていた彼女たちと比べれば、仕事熱心で次々と難解な内容の書類を片づけてくれる理想的な側近だ。
そこへ砂糖の買い付けを嘆願するために、王の影YUYUと水浅葱、そしてハルが訪ねてきた。
執務室の人払いがされ、仕事に一息ついた青磁王子とSENが改めて王の影一行を迎えた。
YUYUは青磁王子から、SENが自分達の数倍の量の仕事を処理した事を聞かされ、少し悔しそうな顔をした。
「思ったより巨人族の資産管理はマトモだったぞ。
宰相ソテツは自分が巨人王に選ばれれば、王族全財産が手にはいるんだ。わざわざ私腹を肥やす必要ないよな」
「それは良かったです。私は主に諜報活動など人を動かすことが専門で、経済や資産管理といった方面はあまり詳しくありません。
ただ宰相ソテツには、かなり悪知恵の回る強欲な人間が絡んでいるという報告があります」
普段はハルを巡って犬猿の仲の二人だが、これが仕事だと割り切れば互いに協力しあえる。
SENはYUYUの言葉にうなずくと、懐から一枚の書類を取り出した。
「第十九位 桂樹王子が持っていた借用証書の写しだ。
巨人王族御用達の店 星雲館の発行したモノと言えは聞こえは良いが、オーナーは詐欺ギルドのロウクだ。
次期巨人王候補に選ばれたケイジュ王子を陥れるために作られた借用書だが、これがタチ悪い。
借用証書に、宰相ソテツ自身が連帯保証人としてサインをしている」
手渡された借用書をハルとYUYUがのぞき込むと、そこにはアリの足跡のように小さな契約文で埋め尽くされ、ケイジュのサインと宰相ソテツのサインと印が押されていた。
「確かに高額な利息ではあります。
しかしイザとなれば、全額一括で返済してしまえば良いのでは?」
「この書類は金持ちの持つゴールドカードみたいなもんだ。
どんな巨額な金でも借りることが出来るが、サインをした日から契約者もしくは連帯保証人は書類を使用し続けるための契約更新料を支払わなければならない。
契約更新料は十日で金貨五十枚だ」
確かに書類の右端に【十日で金貨五十枚の契約更新料】と後から書き加えられたらしい契約文がある。
「ええっ、金貨五十枚ってリアルだと五十万円くらいだよね。
書類一枚の更新料に、たった二十日で金貨百枚もするの?」
「こいつはネットでの有料サイト契約に似た手口。
例えるなら、知らないうちにエロサイトにアクセスして毎月の料金支払いが発生した。それと同じだ。
俺以外に、この終焉世界でソチラ関係に詳しい人物と言えば、偽法王のアマザキ。
つまり詐欺ギルドのバックには、霊峰神殿のアマザキと紫苑王子が関わっているに間違いない」
宰相ソテツは、弟から王位継承権を奪えるなら安いと考えて借用証書にサインをしたのだろう。
他の王子達にも、同じような罠を仕組んでいる可能性がある。それがいずれ自らの首を絞める事になるとも知らずに……。
「終焉世界で執り行われる契約。
それは呪いと同じで、一度交わされた契約は簡単に取り消せません。
サインされた契約書類が他にも数枚、十枚と見積もれば十日で金貨五百枚、二百日で金貨一万ですか。
それ以上の枚数は考えたくありませんね。
まさか終焉世界の覇者である巨人王族が、詐欺師に騙されて連帯保証被りのカード破産な展開になるとは……」
SENとYUYUの話にハルは何とかついて行けたが、水浅葱や青磁王子は会話をほとんど理解できない。
水浅葱が困った表情でSENに声をかけた。
「あのうSENさま、私たちがこちらに伺ったのは、ハルさまのお菓子作りの材料の砂糖を購入する相談なのです。
でも今の話では、後宮のお砂糖すら買うことが出来なくなるのですか?」
「そうだSENさん、王都で砂糖の独占販売している詐欺ギルドが、値段をつり上げるために砂糖の流通を止めているんだ。
もうすぐ後宮の砂糖も全部使い切って不足しそうだから、自分たちで砂糖を直接買い付けに行く話をしてたんだ」
「ハル、お前が望めば砂糖の雨も降るはずだ。
そうか、ミゾノゾミ女神さまは、我に甘味を得よと申されるのか」
巨人王族が丸ごと詐欺師に騙されている状況。
だがしかし、その資産管理を任されたSENはまるでゲームに挑むかのように瞳を爛々と輝かせていた。
「ヒヒヒッ、承知した。久々の大博打、逝ってみるかぁ!!
たかが一介の詐欺師ごときが、欲望渦巻く阿鼻叫喚の地獄から幾度となく不死鳥のごとく蘇り、荒波の深淵を覗き見た我の慧眼に適うと思っているのか。
「先生、息をしてないクマー」と己の無力を呪い泣き叫ぶがよい」
「SENさん、逝ってみるって漢字違うっ!!
えっとSENさんの言葉を解説すると、株式相場で勝ったり負けたりして何度も地獄を見たそうです。クマ―は意味が解りません。
せっかく皆に良いトコロを見せられるチャンスなのに、どうしてYUYUさんの側だとイタタ発言が多くなるんだろう?」
王の影YUYUが醒めた視線で、水浅葱は震えながらもYUYUを庇うように前に出て、青磁王子はそれでも兄と比べればマシだと冷静な態度でSENを眺めていた。