クエスト8 大神官と会話しよう
トホホ、注:R15 になってしまいました。
その部屋はオアシス女神聖堂の中で最も美しく、金の壁にヒスイの柱、様々な宝石で彩られた女神像が祭られている。
部屋の外でひかえていた下級神官は、中に声を掛ける。
「大神官様、面会のお時間です、神科学種の冒険者が到着しました」
「神聖な禊の最中だ、しばらく待たせておけ」
自分の体を支えきれないほどでっぷりと太っり、たるんだ腹に香油を塗りこみながら、濁った眼の大神官は甲高い声で返事をする。
湯気がたちこめる部屋の中、禊を行う湯殿には並々と湯が張られ、異国の花が大量に浮かべられていた。
湯殿の中で男の体を丁寧に洗う少女は、薄布一枚で水に濡れ、まだ未成熟な体のラインが浮かび上がった状態で、舐めるような邪な視線に晒されていた。
大神官は、湯殿から出ようと少女の細い体にのしかかり、重い自分の体を支えさせる。
小柄な少女に、その太った大きな体を支えきれるはずもなく、悲鳴を上げて膝から崩れ落ちると床に押し潰される。
カランッ カラ カラ カラ
少女の倒れた先に置かれていた香油の瓶が倒れ、中身がこぼれてしまう。
全身の痛みに耐えながら顔を上げると、そこには奮怒の表情で目を血走らせた男がいる。
「この役立たずめ!!
都から取り寄せたこの香油は、お前の何倍も価値のあるものだぞ」
大神官は肥満体を支えるために持つ杖を振り上げ、激しく少女を打つ。
下級神官は身をすくめると、自分が巻き込まれないように、慌てて部屋を出てゆく。
ヒステリックな罵声と、少女の哀願する悲鳴、激しく打たれる音が響き続けた。
***
「お初にお目にかかります大神官様。
私はSEN、後の者はティダとハルと申します。
我々はオアシスに迷いこんだ神科学種の冒険者、決して怪しい者ではございません」
うやうやしく頭を下げる男が身に着ける衣装は、高級な艶のある生地に襟や腕のこった装飾、王都の貴族が好むような高価な品だった。
礼儀に則った洗練された仕草、しかし右頬のタトゥーは武士の証、そして眼光鋭い視線は油断ならないものがある。
「我々は、しばらくこの村で滞在する予定ですが、大神官様には何かとご迷惑をおかけするかと思いますので、これを、女神様への忠誠の証としてお納めください」
「お、おう、なんとこれは素晴らしい。淡雪ユニコーンの杖ではないか」
大神官に差し出された品(袖の下)は、もちろんハルが出した激レアアイテム。
杖に頭部に大きな3色の水晶がはめこまれ、持ち手の部分は純金、杖本体は淡雪ユニコーンの角でできていた。
「はい、聖人であらせられる大神官さまに相応しいモノをと思い、お持ちしました。」
禊での少女の失態に不機嫌になっていた大神官は、喜色満面で杖を受け取ると満足そうにうなずいた。
その大神官の様子を確認して、SENはたずねた。
「ところで、このオアシスには他にも我々の様な冒険者はおりますか?」
「いや、転送ゲートが壊れてからは、そのような者たちは訪ねてこないな。」
霊廟から迷い出てくる神科学種に中には、冒険者を名乗る毛色の変わった者がいる。
オアシスに居た冒険者たち、下らぬ正義感を振りかざす邪魔な連中は、1年前に全員粛清された。
この男はどうだろう、権力者たる者への対応も心得ており融通が利きそうだ。
「この尊い行為、女神様もお喜びであろう。
我々は女神様の愛児、仲間である。
私に、SEN殿の連れのモノも紹介してもらえるかな」
聖堂の入口で控えていた神科学種の二人が立ち上がり、中に足を踏み入れた。
顔を上げた銀髪の麗人を見て、入口警備の背の高い神官が溜息をもらす。
透き通るほど白い肌に切れ長な美しい瞳、見惚れるような微笑みを浮かべている。
そして、後からオドオドと付き従う少年には、気にも留めなかった。
ハルは、SENの合図に気が付くのは遅れ、ティダは先に聖堂の中に入ってしまった。
慌てて立ち上がると、つんのめりながら磨き抜かれた大理石の廊下に足を踏み入れた。
チリンッ チリンッ
ハルの頭の中で、小さな鈴の音が鳴り響く。
聖堂に踏み入れた脚先が微かに光ったかと思うと、体中を光が駆け巡り、それが倍に膨れ上がって外へ流れ出すような感覚。
聖堂内でほんのりと灯っていた『神の燐光』と呼ばれるランプが、突如、音を立てて煌々と燃え上がる。
天井から吊り下がる水晶玉に光が宿り、カラーボールのように周囲へ五色の光を放つ。
「ううっ、何が起こったのだ!!
これは、神力が、女神の祝福が、聖堂に集まって来ている」
驚いて叫ぶ大神官の視線の先には、白いドレスを着た天女のような美しいエルフが立っている。
広い部屋の入口で、驚いて立ち尽くす少年には気付かない。
「これはハルの力だ。ティダ、上手くごまかしておけ」
「えぇえっ、いきなり何いってん……
ご機嫌麗しゅうございます、オアシス聖堂の大神官様っオッホホホッ」
SENは、ティダの背中を強引に押して入れ替わり、大神官の前から下がる。
入口に立っていた警備の神官も、ティダに見惚れて、ハルの異変には気が付かない。
SENは、ポカンと突っ立ったままのハルを脇に抱えると、大股でその場を離れる。
ずる ずる ずる ずる~~~
「うわっ、落ちる、落ちる。どうしたんですかっSENさん!!」
脇に抱えられ、半分引きずられるように聖堂を出たハルは、周囲の景色が変わったことに気付く。
聖堂へと続く白い石畳の大通りは、両脇の街灯が光が膨れ上がるように輝き、夕暮れ前の聖堂は鮮やかにライトアップされ光り輝いていた。
聖堂門の上部に、錆びて埃を被った銀鈴が、突然、女神をたたえる神曲を謳いだし、その音色がオアシス中に響き渡る。
「な、なんて、暖かくて眩しい、街灯の『神の燐火』が輝いてるぞ」
「壊れて鳴らなくなった銀鈴が、神曲を奏でている。これは、どこかに聖人様が現れた」
「我々の祈りが通じたのか?ミゾノゾミ女神が、この苦しみから救ってくださる」
村人たちは驚きの声を上げ、不思議そうに光を取り戻した『神の燐光』を見つめ、銀鈴の奏でる『神曲』を聞いている。
彼らと同じように、光り輝く聖堂を眩しそうに眺めるハルを、SENは奇妙な想いで見つめていた。
「俺たちは、ハルの『幸運度』を簡単に考えていたようだ」
***
四年間、ひたすら『End of god science -神科学の終焉-』をプレイしたSENの目から見て、ハルの能力『幸運度』は特異なモノだった。
ゲームを楽しむ要素の中に、トレジャーハンティングがある。
モンスタードロップ品やダンジョン報酬の宝箱数々は、人の欲望を掻き立て執着を生み、ゲーム中毒の廃プレイヤーを生み出す。
しかし『幸運』を約束されたハルには、ゲームを楽しむ執着や欲望が薄い。
レアアイテムを収集するだけ、チートやBOTのようなこの能力に何の意味があるのか。
ところがハルは、先入観や固定観念のない柔らかな発想で、この膠着し終焉に向かう世界に小さな変化を起こす。
その『幸運力』は、別の呼び方「奇跡」「祝福」と表わすことができる。
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科学の知識と魔法と力を兼ね備えた者たちが、精霊の導きで終焉世界に蘇る。
彼らは、世界を豊穣へ導くのか、破滅へ導くのか。
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ハルは、俺たちは、精霊の導きで終焉世界に蘇ったのだろうか?