第4話
「……なるほど。誇り高き“第一魔王”として、利用価値のない一般人を魅了する気はない……そういうことか?」
紗月は、腑に落ちたように小さく頷いた。
「安心しろ。魅了の対象は、いずれも大物だ。魔王殿が退屈することはない」
「いや、大物とか小物とか、そういう問題じゃなくて……! そもそも私、魅惑スキルなんて使えないんだけど!?」
「……」
ああ、うん。返事はいらない。
その顔、完全に信じてないやつだ。
紗月は小さくため息をついた。
「どうやら、“欺瞞の魔王”殿は、突然この世界へ召喚されたことに不満があるらしいな……その点については、確かに謝罪しよう」
「不満? まったくないけど!」私は慌てて首を振った。「地球、最高だから!」
どうか、どうか絶対に帰さないでください!
もうあんな魔物の死体とか、二度と食べたくないんです!!
……それにしても。
紗月のあの呪令って、どういう仕組みなんだろう。
さっきの私は、いったい何をさせられてたの……?
もし、私が本当に魅惑なんて使えないってバレたら――
異世界に送り返されたり、しないよね……?
やだ。
それだけは……絶対にやだ。
……なら。
自分の価値、見せるしかない。
「魅惑で役に立てないのは事実だけど……その代わり、他にもいくつかできることがあるよ」
「ほう? 他の技能か?」紗月がわずかに眉を上げる。
「たとえば、その……すごくまずい食材でも、なんとか食べられるレベルには調理できる!」
「……」
無言で、じーっと見られている。
……はい、いらないですね、このスキル。
「あと! 【勇者VS魔王】っていうゲーム、第100階層までクリアしてる! しかもノーダメでラスボスの第一魔王倒したことあるから! あれ、異世界でめちゃくちゃ流行ってるゲームなんだよ!?」
「……」
じーっ。
え、これもダメなの?
ハードル高すぎない?
……こうなったら。
仕方ない、アレを出すしかない。
「こ、これは……部屋を掃除してるときに集めた、自分の尻尾の毛で作ったフェルト人形です……! ひ、暇つぶしで作ってたやつなんだけど……よ、よかったら受け取ってください!」
私は両手でそれを頭上に掲げ、まるで供物みたいに差し出した。
「これからも、もっとちゃんと抜け毛……じゃなくて、毛を集めて作ります! フェルト細工として売ることもできるし……ちゃんとお金も稼ぐから! ちゃんと役に立つって証明するから!」
「……」
紗月は、しばらく何も言わなかった。
沈黙が、じわじわと胸を締めつける。
……だめだ、泣きそう。
「これも……ダメ? ごめんなさい、やっぱりちょっと毛が荒いよね……前、栄養不足で抜け毛ひどかったし。これからちゃんと栄養も取るようにするから……!」
「あっ、もしかして部屋が汚れるのが嫌とか!? それなら大丈夫! ちゃんと自分で掃除するから!」
それでも、返事はない。
しばらくして――
ふっと、手のひらが軽くなった。
紗月が、その中の一対を取り上げていた。
それを、目の前に掲げる。
……っ。
顔が、一気に熱くなる。
「ま、待って……それ……それは違うの。間違えて混ざっちゃっただけで……返してくれない? ほんとにごめん、それはあげられないやつだから……」
その二つは――
私が、異世界に転生して間もない頃に作ったものだった。
まだ、記憶の中の紗月が、はっきりしていた頃。
ある夜。
空腹で目が覚めて、悪夢の余韻に震えながら。
木の洞の中で、抜け落ちた毛をかき集めて。
拾った枝で、形を整えて。
……作った。
そう。
あれは、ただのフェルト細工なんかじゃない。
私の中にあった、ありえたかもしれない未来のかたち。
もし、あの日、死ななかったら。
もし、あのまま、紗月と一緒にいられたなら。
いつか――
彼女が純白のドレスを着て、私はその手を取って。
二人で、この世界のいちばん綺麗な景色を見に行く。
そんな、どうしようもなく恥ずかしい幻想を抱いて。
私は、あの木の洞の中で、この二つを作った。
小さな手と手を、繋いだまま。
そのあとも、何度も何度も。
月明かりの下で、それを眺めながら。
まるで二人が礼拝堂で踊っているみたいだって、勝手に思い込んで。
荒れた森の中で。
獣の唸りに囲まれて。
空腹でお腹が鳴る夜に。
それはずっと、私を支えてくれていた。
――そして、今。
紗月は、その二つの人形を持ち上げて、陽の光に透かすように眺めた。
わずかに目を細めて。
「この二人……」
静かな声で、ぽつりと。
「どこかで見たことがある気がするな」




