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第7章 師匠の傷

朝、セラフィネと共に訓練場にいくとアランがリオネルと共に待っていた。


「アラン師匠!おはようございます」

「エマ、おはよう。久しぶりだな」

「はい!お元気でしたか?」


昨夜聞いてしまった、疲れの混じる低い声ではない。

いつもエマに向けてくれていた柔らかい声に安心する。


「あぁ、元気だ。今日はエマの特訓の成果を確認しに来た。頑張ってたようじゃないか」

「あ・・・」

ちらっとリオネルを見ると、軽くウインクを返された。

・・・失敗も全て報告されているんだろうなと思うと、いたたまれなくなる。


そしてそこからは、久しぶりにアランによる厳しい特訓となった。

とても優しい人だとエマは知っているが、リオネルのように雰囲気やしゃべり方まで優しいわけでは無いし、エマのギリギリのラインで要求するので、ついていくので精一杯なのだ。


厳しいけど、アランがいることが嬉しい。

ふと、そんな感情がこみ上げてきてしまい、魔力で起こした風が制御できず、全方向にふかせてしまった。

あ、と思って急いで振り返った時には、後方にいたアランの髪やマントをふわっと浮き上がらせていた。


「ご、ごめんなさい!・・・・え」

アランの、肩上まで伸ばされた白い髪が浮き上がった時、首筋にまだ赤い傷が見えたのだ。


「アラン師匠、首にケガが!石か何か硬いものまで飛ばしちゃってましたか」

あわあわと涙目で駆け寄るエマに、アランはサッと髪を戻して傷を隠す。

「これは古傷だ。エマの風でケガなんてするか!」


「そうだよエマちゃん。むしろその傷も治るんじゃないの」

わははと笑いながら近づいてくるリオネルは楽しそうに笑っている。

「それにしてもエマちゃん、この状況で浮かれるってすごいね。大物になるよ~」


「う、浮かれてなんかいません!」

顔が赤くなっていく感じが止められず、マントのフードで顔を隠してうずくまる。

こんな厳しい訓練中に浮かれて魔力をあふれさせたなんて、本当に恥ずかしい!



訓練の時間が終わり、先程気になった傷についてアランに聴こうとしたエマだが、それを聞く前にアランが出て行ってしまったため、聞けずじまいになってしまった。


そういえば、マントの留め金も同じような、何かが飛んできたような横線状に傷ついていたことを思い出す。



訓練終わり、エマは思い切ってリオネルに話しかける。

「リオネル様、アラン師匠のケガについて何か知っていますか?」

そう聞くと、リオネルは少し困ったような顔をして

「・・・・うん。知ってるよ。」

と答えてくれた。


期待を込めてリオネルを見上げると、今度は本当に困った顔になって

「本来ならアラン自身から聞くべきだけど、あいつは絶対話さないだろうからな~・・・

エマちゃんは聞く権利があると思うから、ご飯食べながら話そうか」

そういって食事に誘ってくれた。


「この塔で、僕とアランは2人だけの同期だけど、昔はもう一人同期がいたんだ。」

そう言って、リオネルは過去を話し始めてくれた。


もう一人の同期はサイラスという、魔法使いを代々輩出する名家出身の、まさに魔法使いのエリートのような人だった。


同期3人の中でも魔力の出力が強く、成績は優秀で、真っ先に見習いをもつことを許されたという。

そして、一人の少年を見習いとして受け入れた。


魔法が大好きな少年だったが、月日が経つにつれ、だんだん笑顔がなくなり、目の下にクマができ、少年っぽさが早々に無くなっていったという。

周囲が気付いたときには、心を病んでしまっていた。


サイラス自身が優秀な魔法使いになるために厳しい教育や、決して甘えることの許されない家庭環境に育ったこともあり、褒めたり認めたりといったことがなく、ただただ厳しいだけの日々を少年にも課してしまったのだ。


そこで、少年をサイラスから引き取ったのがアランだった。

アランの元、少年はゆっくりだが立ち直り、笑顔を取り戻していった。


しかし、そのことでアランの評価が上がったと知ったサイラスは逆上した。


少年を取り返そうとして、その負の感情で魔力が大きく乱れ、周囲の置物や家具などをぐちゃぐちゃにかき回す勢いになり、少年に向かってそれらが飛んでいった。


アランは、盾の魔法だけでは足りないと判断して、自身をも盾にした。

そうして少年を庇ってできたのがあの首や留め金の傷だという。


「その少年はどうなったんですか?」

「あぁ、田舎で家族と仲良く農業をしているよ。

もともと水の特性を持った子だから、農業とは相性が良いようで、幸せにやっているよ。」


ホッと安堵の息を吐く。

リオネルの語り口は静かすぎて、色んな感情を押し込んでいるような痛みすら感じるようだ。

アランの過去を知り、その時の気持ちを思うと、エマも心が締め付けられるようだった。



夕方、自室に戻ったエマは、アランの傷とリオネルから聞いた話を思い出す。


もしかしたら、アランは今回の魔力渦の犯人がサイラスではないかと疑っているのでは?と思いいたる。


サイラスはもともと、乱流の魔法を得意としていたらしい。

意図的に使えれば、相手の魔力を乱したり、流れを変えたりでき、その稀有な性質と併せてかなり貴重な存在だったようだ。


『空気中にある魔力の流れを変えて、一か所に集め、そこに乱流を起こせたら・・・・?』


嫌な想像だが、すんなりと考えられた。

エマの知識ですら思いいたることだ。

すでにサイラスを捕まえようとアランたちは動いているのだろうと簡単に予想できる。


サイラス自身が目撃されたわけでなければ、確証を得るのは難しいかもしれない。

今どこで何をしているのだろうか。


でも、サイラスに同情する気持ちもエマの中にあった。

厳しい教育や、決して甘えることの許されない家庭環境に育ったというサイラス。

教育ではなかったが、家の為にと小さいころから働かせられ、叱られるばかりで魔法道具が作れるようになった時でさえ褒められたり認められたりする経験がないエマの生い立ちが重なるのだ。


『あぁ、サイラスさんは、家にいた頃の私の未来だ』

だから、アランはエマを助け出してくれたのかもしれない。


絶対に、サイラスの二の舞になるわけにはいかない。

今は幸せにやっているという見習いの子にすら、生身の自身を盾にしたほどだから、当時は身体も心も傷ついたに違いない。

傷ついたままの留め金は、未だにアランがそのことで苦しんでいる現れなのだとしたら、私は幸せな私を見せて、そこから解放してみたい。


そんな希望を持った。




翌朝、訓練場にアランの姿はなく、リオネルだけが待っていた。

今日はセラフィネと三人での訓練になりそうだ。


「リオネル様、お願いがあります」

昨夜決めたことを、早速打ち明ける。


「サイラスさんは、アラン師匠を狙っている可能性がありますよね?」

「・・・やっぱりそう思っちゃうよね~」


リオネルは片目を手でおおい、あちゃ~というポーズをとる。


「渦に対抗する手段も欲しいですが、アラン師匠を守る方法も教えてください。」


エマの力強い言葉に、リオネルは手を外してエマを見る。そして、

「うん。いいよ」

優しいほほえみを見せた。


リオネルの訓練は、実践ではなく、理論から始まった。

エマの魔力量は幼い頃から魔力を使っていたとはいえ、訓練を始めて数ヶ月の段階では大規模魔法を連発できるほどの量がない。

そして、風という属性を使って、どう守るのかということを頭の理解から始める。


「サイラスも、属性としては違うけど魔力で風を起こすということでは共通している。

だから、威力で押し返そうとしてもきっと量でも質でも負けるから力勝負はできない。

アイデアと技術での勝負かなぁ」

「アラン様ご自身が盾を得意とされていますから、エマちゃんの役割は、やはり乱流を打ち消すことでしょうか?」

「やっぱり、あの時の魔法を再現しないと・・・」


サイラス・セラフィネ・エマの3人で意見を交わし合って、その日の訓練時間は過ぎて行った。



理論を固め、訓練に入る。

たまにアランも参加できることがあったり、たまに魔力溜まりが発生して出動したりと、慌ただしい毎日を過ごしていた。

そんな日々の中で、エマはあれ以来出来なくなっていた魔力渦を打ち消す魔法の再現に成功した。


「・・・っ!で、できましたアラン師匠!」

「あぁ。よくやった。」


それは、なんてことのないちょっとした意識の変化だった。

街中での発生回数が増えて、出動して解決するたびに、私ならできる・やるんだという積み重ねた自信と、アランを守るという強い意志が、守りのイメージを完璧に形成した瞬間だった。


「エマちゃ~ん!すごい!!やった!」

訓練からそのまま一緒にやってきたセラフィネがエマに抱き着く。

「これは、アランには出来ない守りだね」

リオネルもエマの魔法の完成を喜んでくれる。

アランも笑いかけてくれたのを見て、エマの胸に静かな誇りが灯るような感覚を持った。


付け替えられていない傷ついたままのアランの留め金は見ないふりをして、エマは笑顔を作った。



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