第6章 手紙と、心に空いた穴
暴風を収めた2人への歓声が収まらない中、アランの最初の報せで駆け付けた塔の魔法使いや治安官が事態の収拾に迅速に動いてくれた。
それから数日、アランは報告や調査で忙しくなったようで、訓練後にアランの部屋に行ってもいないことが増えた。
街での騒ぎはすっかり落ち着き、修復作業も進んでいるそうだ。
そして、アランとその見習い魔法使いであるエマの活躍が噂になって広がっているらしい。
塔にいるとそんな実感もないので、いつも通り仕事をこなす日々なのだが、受付の人が届けてくれたアランへの手紙の束の中に、エマ宛の手紙も入っていた。
「一応監視対象なので、中身は読ませてもらってあるよ。
変なことは書いてないから、安心して見るといい。」
そう言って渡してくれた手紙は父さんと母さんからのものだった。
胸がきゅっとなる。
街でのことが強い印象であるが、塔での両親との騒ぎだってつい最近の出来事なのだ。
あれから初めての接触だ。
何が書いてあるか考えるだけで手紙を持つ手が震えそうになる。
夜、部屋へ戻ると、深呼吸をしてから手紙を開く。
――エマへ
北の街の騒ぎを聞いたわ。
しかも、エマとアラン様がそれを解決したと聞いて、とても驚いたの。
この前は、突然押しかけてごめんなさいね。
もう、あんなことはしないわ。戻れとも言わない。
好きに生きなさい。
父と母よりーー
短い文だった。
何故突然こんな手紙を送ってきたかもわからない。
『・・・好きに・・・生きなさい・・か』
それは、エマが求めていた自由が手に入ったということでもあるが、それと同時に、なぜか心にぽっかり穴が開いたような気持ちも持ってしまった。
やっと自由になったはずなのにと、自分の感情が不思議になって、その夜は何度も手紙を読み返してしまった。
次の日になっても手紙のことが忘れられず、午前の訓練ではあの暴風をおさめたような魔法を使うことは出来なかった。
グラグラして安定しない魔法は、最初の頃に戻ったようだった。
「エマちゃん、今日もアラン様いないでしょう?リオネル師匠のお手伝いに来ない?」
「セラフィネさん・・ありがとうございます」
元気がないどころか、グラグラなところを見られているので、気を遣わせてしまった。
それでも、1人になるよりは、と甘えることにする。
「やぁエマちゃん、いらっしゃい。セラちゃんもおかえり。」
「ただいま戻りました。リオネル師匠」
「本日はお世話になります。よろしくお願いします。」
「で、街で大活躍だった英雄エマちゃんは、なんでまたそんな顔になっているんだい?」
早速休憩しようと用意されたお茶の前で、リオネルが聞いて来た。
「・・・英雄なんかじゃ・・・でも、コレ、です。」
スカートのポケットに入れていた手紙を取り出してリオネルに渡す。
「読んでもいいの?」
エマがこくんとうなずくのを見たリオネルが手紙を開く。
「ご両親からだね、良かったじゃないか!・・・とは言えない感じかな?」
「・・・いえ、その。・・・・自分でもよく分かりません。
好きに生きなさい、戻れとは言わない、どれも今までずっと欲しかった言葉です。
だから、あ~これで自由だぁって思う気持ちもあるんですけど、なんだか、スッキリしないというか、心の中がモヤモヤ?みたいな感じです。」
そう言ったら、お茶を出し終わったセラフィネが横からぎゅっと抱きしめてくれた。
「エマちゃんには私がいるわ」
「え?」
リオネルもそれに微笑みながら頷く。
「そうだね。僕もいるよ。まぁ最近は見ないけど、アランもいるし、塔の皆も。
寂しくなんかならなくていいんだよ」
「・・・寂しい?」
この感情が、寂しいというものなのか?言語化された感情に戸惑いを隠せないエマだか、セラフィネの温かい腕の中で、ちょっとだけ心の穴が埋まるような気がして、ストンと理解できた。
「私、あんな両親なのに、離れてくからって寂しくなってたんだ・・・」
なんてワガママな心なんだろうとエマ自身可笑しくなって少し笑ってしまう。
あぁ、そんなことなんだ。
セラフィネの腕に抱きしめ返して
「ありがとうございます。もう大丈夫です。」
と今度はしっかりした声で返した。
こんなことで寂しがっている場合じゃない。そう当たり前に思えた。
目に力が戻ったエマを見たリオネルは、また笑みを深くして両腕を広げる。
「エマちゃん、僕の腕にもくるかい?」
「師匠!それはセクハラです!」
「えー、セラちゃんばっかズルい」
3人の笑い声が同時になり、それからのお茶の時間を楽しく過ごした。
◇
それからというもの、エマはリオネルの手伝いをすることも増えていた。
まだ20代真ん中くらいのアランとリオネルだが、見習いを付けられるほどの魔法使いだ。
魔法の塔での役割も多いようで、沢山の書類仕事がある。
また、不在のアランの仕事も一部リオネルが負担しているようで、「アラン師匠の分は私が頑張ります」と張り切っている。
アラン自身は朝早く塔を出て、夜遅くに戻っているようで、全く姿を見ない日もある。
不在かどうか分からない日は部屋の前まで行ってノックしてみるが、声が返ってくることはなく、トボトボとリオネルの部屋まで移動することもあった。
「私もあの時一緒にいたのに、手伝えることはないのでしょうか・・」
会えない日が続き、リオネルから2回目のお給料を受け取った頃、つい、そんなことをこぼしてしまった。
「アランはね、エマちゃんを巻き込みたくないんだよ。」
「でも・・・」
毎日、魔法の訓練で見習いの皆と切磋琢磨し、午後はリオネルやセラフィネと仕事をし、1人になる時間なんて全くないのに、両親の手紙で自覚した寂しさという心の穴がまた違うところで空き始めている気がするのだ。
「ん~。もう少し、待ってあげてよ。きっとエマちゃんの力が必要なときがくるから、それまでにまずは安定した魔法の発動を目標にしようか。」
「はい。」
あの時もアランは確かに「自然にできた魔力溜まりじゃなさそうだ」と言っていた。
聞いた時から、胸の奥がざわつくような感覚があった。
つまり、誰かがそれを故意に起こしている可能性があるということだからだ。
それをアランが調べているのだろうと思う。
アランと訓練した癒しの風は、また絶対に必要になる。
あの時は1回やっただけで立っていられなくなってしまった。
もっと安定させること、規模を大きく、回数が出来るようになることが直近のエマの課題だ。
今まで魔法道具を作る時は、本当にわずかな魔力しか使っていなかったんだ、とここに来た当初に実感していた。
わずかだからこそ、エマもそれが「できない」なんて微塵も思わなかったから当たり前に発動させていた。
でも、今は出力の大きさが全くちがう。
今までが爪先で僅かに出すだけだったとしたら、両手を開いて、それこそ建物すら破壊する暴風を打ち消そうとしているのだ。
身体の中を魔力が動く感覚は気持ちわるく、身をよじりたくなるし、周りの魔力を巻き込んで規模を大きくするイメージは、頭も体も疲弊させる。
頭もじんじんしてくるし、指先が震えて、魔力まで震えさせてしまうのだ。
こんなんじゃ、いつまでたっても役に立てないとさらに焦りが出てしまう。
渦に対応できるよう、エマの風も渦を巻かせたいのに、渦になる前におかしな動きをして、風同士で打ち消し合い、すぐに消えてしまうことも多い。
そんな魔力の動きを見て、リオネルが聞いて来た。
「魔力を安定させるには、何が必要か覚えている?」
「はい。」
『私は大丈夫。できる。』
何度も自分に言い聞かせながら、ぽんぽんと頭をなでるアランの手を懐かしく思いだした。
アランの助けになる。息を吸い、心に空いた穴にフタをするように、また風を集めた。
◇
リオネルの部屋での仕事が終わって自室へ戻るとき、ふと思い立ってアランの部屋の前を通ってみた。
すると、扉の隙間から明かりが漏れているのに気が付いた。
『アラン師匠、帰ってきてる!』
ドアの前に行き、呼吸を整えてノックをしようとしたとき
「はーー」
紙をめくる音とともに、アランの疲れたような深いため息が聞こえてきた。
「これではまだ、確証を得たとはいえないな」
いつもエマに向けてくれていた柔らかい声とは違う、少し怖さも感じる低い声に、ノックしようとする手が止まる。
『アラン師匠、疲れてそう』
アランの存在を久しぶりに感じて浮き上がった心が、すぐに下降する。
エマは声をかけられず、静かに自室へ戻った。
自室に戻っても、セラフィネはまだ仕事中なのだろう、一人だった。
さっきのアランのつぶやきを思い出す。「確証を得たとはいえない」と言っていた。
何の確証だろうか。
あの魔力の渦を発生させた犯人に心当たりがあるのだろうか?
でも断定できない?
『アラン師匠が、危ないことをするかもしれない』
そんな不安な思考に、両手をぎゅっと握り合わせる。
リオネルたちと行っている魔力訓練は、まだ完璧とは言えない。
こればかりは、まだ始めたばかりなのだから、ある程度回数をこなして慣れる必要もあるとリオネルにも言われている。
エマは立ち上がり、窓の外を見た。
夜の風が静かに木の葉を揺らし、さわさわと音を立てている。
『慣れるのを待つ時間はないかもしれない。
――今度は、私がアラン師匠を守る。』




