第4章 優しい風はいつ吹くのだろう
「エマ、ご両親が来ている。行けるか?」
朝の訓練の休憩時間、門番の一人がエマに伝えに来てくれた。
「・・・両親?」
門番は、少し困ったような顔をしているので、エマははっとした。
「すぐ行きます。先生、次の授業お休みさせてください」
「分かったわ。早く顔を見せてあげなさい。」
エマの詳しい事情を知らない先生は、寂しくなった両親が可愛い子に会いに来たのだろうとすぐ了承してくれた。
駆け出したエマをみた他の子からは「まだまだ親に甘えたい子どもだな」とあきれる声も聞こえた気がした。
教えられた応接室に行くと、イライラした態度を隠さない両親が早速怒鳴り始めた。
「エマ!なんなのその恰好は!?」
久しぶりに見た母さんの冷たい声に、身体がぎゅっと硬くなる。
「家のことをほったらかしにして、もう気が済んだだろ。早く帰るぞ」
そう言うなり、父親の力加減のない手がエマの腕を掴み、引っ張って応接室の出口に向かう。
「痛い・・・いや・・・」
足に力を入れて抵抗をしてみるが、多少進む速度が落ちるだけで、全く止めることなどできなかった。
「父さん、離して・・・っ。私、帰らない」
ドアからは出まいと掴み、更なる抵抗を試みる。
「いいから、行くぞ」
抵抗されたことで、父の引っ張る力もさらに強くなり、ドアを掴んでいることはすぐにできなくなった。
引っ張られていたことと、ドアから手が離れた反動で前に勢いよく倒れそうになったエマは目をつむったが、思った衝撃はなく転ばないよう支えられた。
「私の弟子を勝手に連れ出さないでください」
目を開けると、アランが父の手を放し、エマを背中に守ってくれていた。
「・・・師匠」
騒ぎを聞きつけたのか、さっきまで一緒にいた見習い達や、教師、魔法使いが周りに集まってざわざわとし始めていた。
「エマちゃんのご両親ですか。初めまして、リオネルと申します。
・・・ところで、エマちゃんはもう成人した年齢です。
試験を受け、自分の意思でここにいます。
連れ去るなら、治安官を呼びますよ」
「なっ エマは私たちの娘よ」
「そうだ、こんなところで何をしているか知らないが、娘には家の仕事があるんだ。連れて帰る。」
「師匠!私、治安官呼びに行ってきますね!」
人だかりの中からセラフィネが出てきて、門に向かって走りだした。
それを見た両親は慌てだす。
「お、お父さん!い、行きましょ」
「そ、そうだな。元気そうな顔を見られて良かった。また来るからな」
大事になったと焦ったのか、平静を装いながら速足で門に向かいだした。
「は~い。もう来なくていいですよぉ」
すでに後ろ姿の両親にひらひら手を振るリオネルと、睨み続けるアランの背中に隠れながら、エマは安心よりも羞恥心がこみ上げてきた。
「アラン師匠、リオネル様・・・ごめんなさい」
か細い声でつぶやいたエマは、羞恥で赤くなった顔を隠すように走り出した。
『知られた・・・・っ』
走ってたどり着いたのは、セラフィネと共有する自室のベッドの上だ。
誰に見られるわけではないが、布団に丸まって、こみあげる羞恥心に耐えた。
父さんも母さんも大声で怒鳴っていたからか、気が付けば大勢が集まっていた。
あんなところを塔の皆に見られてしまったなんて、最悪だ。
最近やっと周りの人と楽しく話せるようになってきたのに、きっとこれで終わりだ。
あきれられただろうし、あんな親がいるなんて知られて、エマを厭う人も出てくるだろう。
エマにとってここは魔法使いの最高位が集まる畏敬の場でもあるのだ。
あんな醜態をさらしてしまったことにも罪悪感が募る。
そもそも、あんな状況を知られたくなかったし、皆と同じ「幸せな女の子」でいたかった。
もう、終わり・・・。
羞恥心が落ち着くと、今度は涙が出てきた。
私なんかが行動を起こしたところで、結局変われない、引き戻される運命なのかもしれない。
だけど、家に戻ることだけは決断が出来なかった。
塔にもいられないのに、家に戻ることもできない。
そう思った瞬間、エマは動くことが出来なくなってしまった。
それから数日、エマは部屋から出なかった。
◇
「エマ、おはよう」
セラフィネの穏やかな声が聞こえたが、答えられない。
「ご飯、ここに置いておくね。行ってきます。」
パタン、と静かにしまった扉の音で、部屋の中が無音になった。
自分のたてる音さえない。
多分、2日くらい経ったのかな・・・。
セラフィネには何か言われることもなく、気を遣わせてしまっている。
叱責もないが、励ましの言葉もなく、必要最低限の言葉だけをかけてくれる思いやりに、エマは救われていた。
ぼーっとしていると、ノックの音が聞こえてきた。
「エマ、・・・待っているぞ。」
『・・・アラン師匠の声だ』
こうして声をかけに来てもらって、心配させてしまっていることに、罪悪感が募ってしまう。
「エマちゃん、リオネルだよ。」
また、扉の向こうから声がした。
「起きてるかな?ご両親は、この塔の出入りを禁止させてもらったよ。
門からこっちには入ってこれない。だから安心してね。」
『・・・リオネル様・・・ごめんなさい』
あんなところを見られて、知られて、嫌われるかと思っていた。
でも、実際は、もしかしたら違うのかもしれない。
セラフィネが部屋に戻る度に、エマのベッド横にはクッキーや可愛いリボンにレース、手紙などが置かれていった。
皆、心配してくれているのかもしれない。
それを見る度、ちょっとした期待が湧いて、でも裏切られるかもしれないと怖くて、胸が締め付けられるような苦しさを持つ。
ちょっと前の、家にいた頃の自分なら、きっとこんな気持ちは持たなかったかもしれない。
でも、今のエマは優しさを知ってしまったから、期待する気持ちがどうしても抑えられないでいた。
それでいて信じることもできず、期待と怖さでいっぱいの心で、身体も凍り付いたように動けなくなってしまった。
「エマちゃん、あったかいスープ飲もう」
いつもそっと食事を置いておくだけだったセラフィネが、今日は近づいて来た。
そっと、エマのベッドの隅に座って、ポンポン、と頭をなでられた感覚が布団越しに伝わる。
「・・・はい。」
少し起き上がってみた。
「セラフィネさん・・・・ありがとうございます。・・・っ」
話そうと思うと、耐えられなかった涙が流れ落ちてしまう。
「うん。ほら。スプーン持って」
一口だけ口にいれると、優しい味が広がって、久しぶりの食事が身体にしみわたるような感じがした。
「・・・美味しいです」
「そうでしょう。厨房の皆がね、エマちゃんの為にって特別に作ってくれたのよ。
だから、絶対食べてもらわなきゃって今日はちょっと強引しちゃった」
ふふふっと笑うセラフィネに、また涙がこみ上げる。
あとこれ、とセラフィネはペンダントを渡してくれた。エマはスプーンを置いて受け取る。
「これは?」
「アラン様が作ったペンダントなんだって。
詳しくは聞いてないけど、アラン様の得意魔法は盾だから、色んなものから守ってくれるんじゃないかなぁ」
手の中の少し青みがかったキレイな魔石のペンダントを握りしめる。
「・・・・私、あんなことがあったのに、まだここにいても、いいんでしょうか。」
温かいスープと、アランからのペンダントで心が緩んだのか、ぽろっとここ数日の悩みが口から出てしまった。
「何言ってるのよ!エマちゃんは魔法使い見習いの仲間じゃない!
どこへ行くって言うの。ここでまだまだ一緒に魔法の勉強しようよ」
セラフィネの力強い言葉に視線をあげると、アランから送られたペンダントだけでなく、この数日に贈られた塔の皆からの贈り物も目に入った。
全てを見つめ直して、エマは少しだけ信じてみようという気持ちの方が大きくなった気がした。
◇
翌朝、セラフィネが出て行ってから、エマは扉に凭れて座っていた。
「エマ、おはよう」
アランの声だ。
エマが部屋に閉じこもってから、毎朝同じ時間に一言だけ声をかけて去っていくのだ。
「アラン師匠・・!」
今日はアランと話をしようと思っていた。
でも、扉を開ける勇気まではなくて、ずっと内側で呼び止められるよう待っていた。
エマの声が届いたのか、足音は去っていかず、そこに留まってくれているのが分かる。
「アラン師匠、昨日はペンダントをありがとうございました。
それから、いっぱいご迷惑をおかけして・・・ごめんなさい。」
「エマ、そこにいるのか。」
扉の向こうでごそごそ音がしたかと思うと、さっきより声が近くなって聞こえてきた。
「・・・訓練も、お仕事も、いっぱいサボっちゃいました」
「そうだな」
「・・・塔の人達にもきっと呆れられちゃいましたよね。」
「そんなことは無いと思うぞ」
「・・・私、怖かったです。ここにいられなくなるかもって。」
「あぁ。」
「皆にどんな顔して合えばいいかも分かんなくて、家にも戻りたくないし、なんだか八方塞がりで・・・」
堪えられなくなった涙がまた流れる。
「・・・・もう、消えちゃいたいです・・」
こんなことを言ったところで、困らせるしかないことは分かっていた。
でも家から助け出してくれて、応援しているといったアランには、本音を話さなければと思った。
「・・・ごめんなさい。アラン師匠」
「人より抜き出たものがあると、途端に生きにくいよなぁ」
突然、アランは何かを思い出したかのように、エマへの返しではないことを話し出した。
「ここにいるやつらは、魔力が人より多かったり、才能がずば抜けたりして、ここにいる。」
「・・・はい」
それは知っている。エマだってそんな才能に憧れた一人だ。
「そういうのは、憧れとか尊敬の対象になっている部分もあると思うが、それと同じくらい・・・
いや、それ以上か?・・身近にいる人達から嫉妬や劣等感による嫌がらせを1度は必ず受けてきたやつらなんだよ。」
「・・・・!」
驚きでとっさの言葉が出なかった。
「エマ、塔の皆は優しいと思わないか?」
「・・・思います。」
「やつら、エマの気持ちがよく分かってると思うぞ。
呆れるどころか、今まで以上の親近感だ。
・・・・毎日俺の部屋に押しかけて心配してきやがって、そろそろうるさいんだ。
俺を助けてくれないか?」
最後はちょっと笑っていたのか、楽しそうな声にも聞こえた。
『ああ、だから。』
エマは振り返って、テーブルに積み上がったお菓子やリボンを見た。
皆、そうだったから。
皆の優しさの意味が分かって、エマの前に希望の風が吹いたように感じた。




