第2章 一匹オオカミの魔法使い、決断する (アラン視点)
魔力溜まりが街の近くに発生し、渦となった魔力が街に迫っているという報せがきたあの日。
魔法の塔の魔法使いの多くが事態の収拾に駆り出された。
盾の魔法を得意とする自分は街や仲間を守るために力を使い果たし、暴風と化した魔力渦に接触して飛ばされた。
しばらく意識を失っていたのだろう。
ふと首元に温かさを感じて目が覚めた時、警戒心を持って目を開けたが、そこにいたのは1人の少女といってもいいくらい若い女性の真剣な顔だった。
助けてもらったのだとすぐに気付いて警戒心を解いた。
さらに、自分や杖への処置の仕方が完璧だと分かったのもすぐだった。
◇
あの女性にお礼がしたい。
そう思って最近の自分は、助けられた場所の近くを歩き回る日々を過ごしている。
名前は聞けなかったが、見ればすぐ分かると思った。
でも、何度行っても見つけることはできなかった。
そんなある日の昼休み、同僚のリオネルが急いで駆け寄ってきた。
「アラン!あの子見つけたぞ!」
「あの子?まさか・・・」
「南の街にある道具屋の娘だったんだよ」
「南の街の道具屋?あそこに娘なんかいたか?」
道具屋は分かる。少ないが魔法道具も扱う珍しい店だからだ。
でもあそこはいつも母と息子が店に立っている。
「いたんだ!今日たまたま店に行ったら、店の奥で作業している姿を見たんだよ。」
「店の奥?しかも南の街?」
アランが倒れていたのは東の街のはずれの路地裏だ。
遠いとまでは言わないが、若い女性が1人で出歩く場所でもない。
だから近所に住んでいる子だと思って東の街を探していたのだ。
南の街なら見つからなかったのも納得だ。
「・・・というか、なぜリオネルが知っている?」
「走り去っていく姿を見てるんだよ。
俯いていたから顔はよく見てないけど、ほら、服が独特だっただろう?
だから見間違えなんかじゃないさ。探していたんだろう?」
「・・・・」
確かに、女性としてはだいぶ落ち着いた色の服を着ていた。
いや、地味といって良いだろう。
それに、生活にもかなり苦労していそうな雰囲気もあったから
南の街の道具屋と聞いてもイメージと合わない。
それでも、会えるかもしれない初めての手がかりを得た。
アランは立ち上がり、すぐに走り出した。
何度か利用したことのある店だから、場所はすぐに分かった。
「いらっしゃいませ。・・・あ」
店に入ると、あんなに探して見つからなかった人物が
あっさりとそこに居た。
しかも自分を覚えていてくれたらしい。
「あの、先日は助けていただいてありがとうございました。」
やっとお礼が言えた。
「それで、何かお礼をし・・「いらっしゃいませ~ あら魔法の塔の方ですね。今日は何を?」
お礼をしたいと伝えようとしたところで、華やかな色のワンピースにエプロンを付けた女性が間に入ってきた。
「いえ、実は先日お嬢さんに助けて頂いた者で、お礼がしたくて探していたんです。」
「あら!エマが人が倒れてたって言って遅く帰ってきた日があったけど、本当だったのね。
それはご丁寧にわざわざありがとうございます。」
『・・・・は?』
母親だろう女性は、今何と言った?
娘の人助けの話を嘘だと思ったというのか?
「・・・・はい。それで、お礼に何か買い物をさせて頂ければと。是非、案内してもらえませんか?」
急いで言い訳を作って、エマと呼ばれた自分の探し人を見る。
「・・・・エマ、しっかりやりなさいよ! 魔法使い様、ごゆっくり~」
「・・・はい、どうぞこちらへ」
いぶかしげな目をしながらも母親はエマの肩を叩くと店先へと戻って行った。
「エマさん、と呼んでも?」
2人になったところで、話しかけてみた。
「エマでいいですよ。お礼なんていらないですし、魔法の塔の方に売れるような商品がウチにあるとは思えませんが・・・」
「ではエマ。私はアランだ。同僚が先程ここに来て、エマが奥で作業をしているのを見たと聞いて来たんだ。ここに売っているものに君が作ったものがあるなら見せてほしい」
「・・・こちらに」
笑顔は作っているが、躊躇うような、怯えたような様子が拭えない。
それでも、あの日の手際を確認したい気持ちもあり、多少強引だが案内してもらう。
正直、驚いた。
見た目は15~16歳くらいだろうか。もっと幼いか?
手入れはされているが、服自体がもう古いのだろう質素な見た目と、明らかに自信がないもじもじとした姿からは想像できない丁寧な仕事が見える質の高い品々が紹介された。
あの日自分が感じたものは、確かにこの子だったと確信が持てた。
アランは紹介された中から、浄化のペンダントを一つ選んで購入した。
効果としては緩やかなものだが、エマの魔力なのか
とても澄んだキレイな緑色の魔法石を加工したペンダントだった。
「ありがとう。」
「・・・ありがとうございました。」
丁寧なお辞儀に見送られてその日は店を出た。
◇
それからというもの、アランは空き時間が出来る度に道具屋へ通った。
しかし、会えるのは数回に1回程度。
エマはよく配達に出てしまうらしい。
学生であるらしい兄の方がよっぽど姿を見ているのが現状だ。
『重い荷物もあるのに、あの兄が行った方がいいんじゃないのか?』
今までの印象通り、店先にはいつも母親と、休日や夕方には兄がいる。
エマは配達中か、奥で作業をしているかのどちらかで
すぐにいるかどうかがわからない状態だった。
それでもこちらの顔も覚えてもらったようで、店先まで行くと
「エマは配達中だよ。私が案内しましょうか?」とか
「エマは奥にいるから入ってください」とか言われるようになってきた。
配達で不在の場合は案内を断ってすぐに帰る。
作業中の場合は、その作業を少し見せてもらってから、
何かしらを買って帰る日が続いた。
「・・・アラン様。いらっしゃいませ」
今日は作業をしている時間に来れたようだ。
「こんにちは。今は何をしているの?」
「・・・お客様の買われた商品の修理を頼まれたので」
店の奥にある、少しだけ目隠しされた空間にある使い古されたテーブルがエマの作業机だ。
古い道具が並ぶが、どれも手入れが行き届き、丁寧に扱われていることがわかるものだ。
この店の陳列棚の方がよっぽど散らかって見えるが、客の出入りも常にある、そこそこ繁盛していそうな店だ。
驚くことに、この店で扱う魔法道具は、全てエマが作成したものだ。
父親がメインで生活道具を作っているが、料理用の器具や家の修理などに使う工具、魔法が不要な道具ばかりだ。
エマはそんな道具の一部に魔石を使った機構を追加して
魔法道具にしたり、虫よけの香り袋や、先日買ったペンダントタイプの魔法付与した何かだったりを作成しているようだ。
兄も魔法道具を作れるらしいが、「まだ学生だから」と
店では売っていないらしい。
それより幼いエマの商品は売っているのに。
アランや同僚のリオネルがこの店を知っているのは、数こそ少ないが他店に比べて質のよい魔法道具があり、「掘り出し物だ」と思える品があるからだった。
それがまさかこんな若い女性が作っているとは思ってもいなかったが。
だが何度か通ううち、アランの中に違和感が生まれていた。
アランがこの店に来るのは、自分の時間が空いた時だ。
だから、朝にきたり、夕方に来たりと時間は決まっていないし、
来るペースだって決まっていない。
それなのに、いつ来てもエマは配達をしているか、作業をしている。
『いつ休んでいるんだ?』
いつも、代わり映えのない地味な服と、10代とは思えないほど疲れた顔をしている。
アランが行くと笑顔を見せ、小さな声で「いらっしゃいませ」と言って作業の手を止めてくれる。
その笑顔の、口角の上りがだんだん少なくなってきている気がして妙に苦しくなった。
◇
魔法の塔で魔法使いとして働き始めて間もなく、自分にも見習いがいた頃があった。
彼は、当初違う魔法使いの下にいたが、その魔法使いとは相性が悪く、体調を崩し気味になったので自分が引き取ったのだ。
その見習いの彼が魔法使いになることなく塔を去り数年。
アラン自身も忘れていたが、最近その彼と、主であった元同僚をよく思い出すようになっていた。
彼は素直で優しく、魔法が大好きだった。
でもそれが、彼の弱さだった。
エマの姿が、日に日に笑顔が無くなり、疲れたような顔をしていた彼に重なったのかもしれない。
エマの姿を見る度、胸の内がざわつくのが止められなくなってきた。
◇
「リオネル、少し時間いいか」
「うん。待っていたよ」
「は?」
胸のざわつきを話したいと思った。
話すならリオネルしかいない。
「待っていたよ」と言うリオネルに薄気味悪く思いながらも、再会した日からのエマのことを話していった。
「うん。最近部屋にいないと思っていたら相当通っているじゃないか」
「なんだよそれ」
「いや、嬉しいなぁと思ってね。」
ニッコリという表現があう笑顔でリオネルが言う。
「そんなことを聞いてほしいわけじゃないんだが」
「わかってるよ、アラン。怒らないで」
真面目な顔に戻ったリオネルは
「あいつのことを思い出してるんだね」
と、急に核心部分を突いてきた。
「やっぱり、そうなんだろうか」
「うん。エマちゃんは、環境こそ違うけど、似てると思うよ。」
「でも、だからといって何もできないだろう?」
「できるよ。」
「・・・え?」
道具屋の娘に、自分ができることなどあるだろうか?
それに・・・と自分のマントの留め金に視線を下ろした。
「エマちゃんは魔法道具作りが既に上手い、手先が器用、魔法のコントロールも上手そうだ。
しかも、まだ10代の若い子」
「最後の、関係あるか?」
リオネルにいぶかしげな目を向けてしまう。
「いや、あるでしょ!むしろ一番大事でしょ」
「なんでだよ」
真面目に話しているのに、ふざけた返しに苛立つ。
そんなアランの反応に、ふふっとリオネルが優しく笑って言った。
「魔法使いの見習い」
それを聞いたアランは目を見張って、動きを止めた。
「お~~い、アラン~~ 大丈夫かぁ??」
目の前でブンブン手を振られているが、反応する余裕はない。
衝撃で頭の中は真っ白だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・親から引き離すのか。」
つまり、リオネルが言っているのはそういうことだろう。
「そう。そんなところで使いつぶされたら、エマちゃんがかわいそうだ。折角の才能ももったいないしね。」
「でも、拒否されたら」
「そんなことは分からない。でも、エマちゃんもそういうきっかけを待っているかもしれないよ」
「・・・アランだって、放置できないから僕の所に来たんでしょ?」
ぐっと拳を握るしかできなかった。
◇
リオネルと話してから数日。
まだ店には行けていない。
『・・・なんて言えばいいんだよ』
「娘さんをください」なんて言ったら勘違いさせてしまう。
かといって、本当に「ください」なのか?
しかも、来たとして、こっちでの生活はどうする?
自分が親代わりなんていう責任がとれるのか、親から引きはがすことが正解なのか?
答えなんかわからない。
「エマなら作業してるから奥へどうぞ~」
「ありがとうございます」
結局来てしまった。悩みは何も解決していない。
いないが、本人の意思も確認しておかなければならないと思ったのだ。
奥の作業テーブルまで行くと、今日もエマは淡々と作業していた。
集中していてこちらにはまだ気付いていない。
作業する顔つきは真剣で、その姿は美しいとすら思える。
だが、
『また痩せたか?』
数日会わなかっただけで、その痛々しい変化が分かった。
『・・・あぁ、もう限界だ。』
「エマ」
「・・・あ、いらっしゃいませ。アラン様」
「魔法道具作りは好きか?」
「え?・・・はい」
「では、私のところに来い」




