第9章 風がつないだ贈り物
体調も戻って、日常生活に復帰しようかという頃、アランがお見舞いに来てくれた。
「エマ、体調はどうだ?」
「アラン師匠、また席を空けていてごめんなさい。」
そういって頭を下げてからアランを見ると、違和感に気付いた。
「アラン師匠、それ・・・」
胸元のマントの留め金部分を指さす。
そこには、あったはずの留め金はなく、紐で乱雑に縛られていた。
「もともと壊れかけだったからな。あの魔力暴走の中で完全に壊れたよ」
「だからといって、紐はないのではないですか?」
「いや、一応あれも魔法道具になってたんだ。
忙しくて作る時間なんてないんだから仕方ないだろう」
「師匠のは、どんな効果がついていたんですか?」
「俺自身が盾の魔法だからな。多少の攻撃は防いでくれる守りの効果だよ」
いつも髪型が乱れていたり、身だしなみに気遣わないアランだったが、紐で雑に縛られたマント姿には、あの日の傷をまだ引きずっているように思えてエマの心が痛んだ。
『まだ師匠には守りが必要だわ』
そう静かに決心した。
◇
午前は訓練、午後はアランの仕事の手伝いと日常が戻ってきた。
「エマ、少しサイラスの話をしてもいいか?」
仕事を始める前に、アランがそういってエマの手を止めた。
サイラスは現在、魔力封じの腕輪を付けられて塔の治療師たちによって治療を受けているという。
心のケアなども行いながら処罰が検討されるそうだ。
そして戦いの最後、エマの癒しを含んだ風に包まれたことによって、サイラス自身の嫉妬や怒りといった今回の騒動を引き起こした強い感情が少し癒え、反省とはいかなくても、静かに過ごしているそうだ。
昏睡から目覚めたサイラスは、黒いモヤが消えただけでなく、表情も穏やかになっていたというので、エマも自身の魔法の効果に驚いてしまう。
「この先どうするかはまだ決まっていない。
静かになっているとはいえ、やったことは街の破壊など重大な罪だからな。
・・・でも、きっと今のサイラスなら償っていけるんじゃないかと思う」
「はい。」
「あと、エマはこれからどうしていきたい?」
「これから?」
「そうだ。サイラスの件で、エマには風の魔法の習得を急がせてしまった。
だが、本来の見習いは自分の得意分野で活躍していけるよう、ある程度進路を分けて考えて行くんだよ。」
アランのような盾など防御魔法、リオネルのような攻撃魔法を極めたり、魔法道具を作る人、治療魔法を行っている人もいるそうだ。
「・・・少し考えさせてください。」
「もちろんだ。急がないから色々体験していくなかで見つけていくといい」
「ありがとうございます」
この塔に来たのは、家から逃れるためだった。
その後も家から逃してくれた恩人のアランを守りたいと守りの魔法を優先した日々を送ってきた。
エマがここに来てもう何ヶ月も経つが、初めて「自分の未来」について目をむけた
◇
『まだ師匠には守りが必要だわ』
紐で結んだマントを見て思ったことを思い出す。
アランの留め金は魔法道具だと言っていた。
それなら、自分にも作れるかもしれない、と思った。
それと同時に、今までの簡単な魔法道具ではなく、攻撃から身を守れるような力を持ったものなんて、作れるイメージがわかないとも思う。
作り方は全くわからないけれど、それでも作りたいと思った。
アランに、魔法道具についてもっと学びたいと相談すると、午前の訓練内容をすぐに見直してくれて、魔法道具について学べる時間が増えた。
基礎からしっかり学び直し、魔法道具の構造なども学んでいくが、上手く作れなかったり、属性の違う魔法は難しく失敗を繰り返すこともあった。
そうして魔法道具作りにのめりこんでいくことしばらく、ようやく留め金が完成した。
◇
「アラン師匠、これ作ってみました。」
仕事机に向かうアランの目の前に、出来たばかりの留め金をコトっと置く。
「ん?留め金か?」
「はい。アラン師匠の留め金になればと、守りの魔法を付与してみました。」
それを聞いたアランは驚いた顔をエマに向けてから、留め金に手を伸ばす。
表面だけでなく、裏側までしっかり見られて、エマは身体を固くしてアランの反応を待つ。
「よくできている。これは、俺が貰ってもいいのか?」
「はい!できれば、つけて貰えたら嬉しい、です。」
ふっと笑って、アランはマントを止めていた紐を外しながらエマの前まで回り込んで来てくれた。
「ありがとう。つけてくれるか?」
「はい。」
もう一度手元に戻ってきた留め金を、かがんでくれたアランの首元につける。
マントを整えてから手を戻すと、終わったことに気付いたアランが姿勢を戻した。
アランとものすごく近い距離だったことに改めて気づき、顔が赤くなっていく自覚が出て、勢いよく下を向いてしまったのはしょうがない。
「どうだ、似合うか?」
「・・・・は、はいっ。」
『は、恥ずかしいっ!』
自覚した恥ずかしさに内心アタフタしていると、ふわっと包まれた。
アランが抱きしめてくれたらしい。
「え・・・」
「ありがとう。大事にするよ」
今まで聞いたことがないくらいのアランの優しい声と温かい体温に、今度は涙がこみ上げてきた。
「はい。こちらこそ私を救ってくれて、ありがとうございました。」
少し話がしたいと言われて、応接スペースに移動し、向かい合って座ることになった。
「エマ、まだここに来て1年も経っていないが君は本当に沢山のことを成してくれたな。」
「いえ、まだまだ学びたいことが沢山あります」
「そうだな。だがな、俺はもう、エマに教えることが無くなったんだ」
「え?」
「塔の誰にも出来なかった乱流を整え、ここまで精度の高い魔法道具が作れるんだ。
上の判断は必要だが、見習いではなく、魔法使いとして一人前になれるよう手続きを進めようと思う。」
開け放たれた窓から風が入ってきて、二人の間に流れると、なんだか線を引かれたような寂しさを感じてしまう。
「アラン師匠、私まだ・・・」
離れたくないです、という言葉は続けられなかった。
両親の手紙のあとにリオネルに言われていたことを思いだしたのだ。
自分自身で自分を信じて立ち直らなければいけない。
「これから上に話をするから今すぐではないし、魔法使いになるための試験もあるんだぞ。
まだまだ忙しいが、魔法道具の作成を今後どのように行っていくか、このままここで研究を進めてもいいし、店を出すのもいいかもしれない。将来のことを考えてみてくれ。」
「・・はい。アラン師匠、何から何までありがとうございます。」
「うん。じゃ~話は終わりだ。仕事に戻ろうか」
留め金一つでは返しきれないような恩と感謝がエマの心を温かくした。




