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第8章 風が選んだ未来

恐れていたことが、ついに起きた。


魔法の塔に魔力溜まりが発生したのだ。

魔法使いが沢山いる場所だからこそ、気付いた魔法使いが対処し、暴風が吹き荒れることは無かった。


だが、明らかに狙いは塔だったとばかりに、塔の内部でばかり発生し、街中での発生が止まった。



そしてもう一つ、明らかな異常があった。

それは、アランの近くでばかり発生するということだ。


エマはアランの近くにいることを選び、訓練などアランと離れることをなくし、常に行動を共にするようになった。

それがしばらく続くと、見習いの小さい女の子が師匠を必死に守ろうとする姿は、緊張感の増す塔の中でもほっこりする姿となっていた。

リオネルやセラフィネを筆頭に、塔の皆がエマを応援し、少しでも休めるよう交代で見張りをしたり、食事を運んだりと協力体制が自然と出来上がっていた。


アランはそんなエマを見守りつつ、普段通りに振る舞っていたが、ふとした瞬間に眉間に影が落ちるのをエマは見逃さなかった。


塔の魔法使いたちも笑顔を見せていたが、ふとした瞬間に感じる自然の風ですら緊張感が走るような、ピリつく空気があった。




「サイラスさんは、近くにいるということでしょうか。」


それなりに広い塔の中で、あまりにアランの近くでばかり発生するのだ。

これはもう見ているとしか思えない、とエマは考えていたことを聞いてみた。


一緒に守りについていたリオネルも

「どこから見ているんだろうねぇ」

と周囲を見渡す動作をする。


「エマ、リオネルがいるから少し休んだらどうだ?」

「いえ、私はアラン師匠を守るんです」


「そうだよアラン。エマちゃんは今この塔で一番効果的な魔法が使えるんだから、アランの近くにいなくちゃ、ね?」

「はい!」

「・・・はいはい。」


エマを心配する気持ちと、嬉しい気持ちが混ざったのか、アランが困ったような笑顔で了承を返した時だった。


すぐ近くの廊下から陶器が割れるような音が響いて、3人はすぐに廊下へ出た。


そこには花瓶と、そこに活けられていたであろう花と水が散乱し、いくつかの花はまだ発生した渦の中でぐるぐると回っているところだった。


そしてもう一つ、その渦の向こうに黒い人影が見えた。


「・・・サイラス」

アランとリオネルが睨みつけるように、渦の向こう側を見た。


エマも見るが、渦に巻き込まれた水や花が邪魔で黒いマントや周囲に漂う黒いモヤのようなものだけが見えた。


顔は見えないが『あれが、サイラスさん』そう認識した瞬間、エマは二人の前に出て、すぐに魔法の出力準備をする。


「エマっ」

焦った声を出したアランがすぐに盾を展開した。


「目の前の渦から消します」

盾が目の前にできたことでエマは落ち着いて渦に両手をかざした。

どんどん膨れ上がり、暴れようとしていた渦は、すぐにふわっと消え、巻き込まれて回っていた花や陶器の破片が小さな音をたてて落ちた。


「サイラス、お前が一連の魔力暴走を起こしているのか」

アランが静かな声で聞く。


「あぁそうだよ。すごいだろう?」

唇を片側だけ上げて、こちらを見下すようにサイラスが応えた。


アランの盾も消えていないが、サイラスの周りに漂う黒いモヤも消えていない。

あれは何だろうか?


「その小さいのは、アランの見習いか」

「そうだが、それがなんだ」


「お前は弟子に守られて恥ずかしくないのか?」

「その弟子を病気にさせるようなやつとは違うんだがな」


「はっ。お前が奪ったんじゃないか」

「あの子を限界まで追い詰めたのはサイラスじゃないか!」


決して怒鳴り合っているわけではないが、強く低い声でアランとサイラスが言い合っている。


「お前はそうやって、いつもいつも・・・」

アランを睨んでいた目が、ジロっとエマに移った。

こっちを見ていると思った瞬間、エマの足が思わず半歩下がってしまう。


「優秀だったのは、俺じゃないか!」

サイラスがそう叫ぶと同時、周囲にあった黒いモヤがぶわっと広がった。




「エマっ」

「エマちゃん」

アランとリオネルの焦った声で名前を呼ばれる。

黒いモヤがエマに向かってきたからだ。


アランは展開していた盾を大きく展開し直し、リオネルがサイラスに向かって攻撃の魔法を放つ。


でも、黒いモヤはそれを分かっていたかのように大きく広がり、視界を奪うと同時にアランの盾のないところから侵入し、エマに向かってきた。

可視化されたサイラスの魔力は、サイラスの心を反映しているようで、怒りが増すほどその黒さも増しているようだった。


アランの盾を超えられたことでエマは恐怖を感じてしまい、呼吸が出来なくなり、動けなくなった。

胸の苦しさに胸元にあるマントの留め金を握ると、後ろにいるアランの傷ついた留め金を思い出した。


「もう苦しませないって、決めたのに!」


私が幸せになって、アランを苦しめる過去から解放してあげるんだ。

だから、ここで私が倒れちゃダメ。


そう思ったら、身体中から魔力が湧きたつような感覚があった。

実際、エマからあふれた魔力は癒しの風となり噴き出していた。


その風が広がり、あたった黒いモヤが消えて、エマたちに届くことはない。


それを見たサイラスは放出する量を強め、更なる黒いモヤがエマに襲い掛かった。


無意識に噴き出たエマの魔力だけでは、この大量の黒いモヤを消しきれない。


「エマ、やるぞ」

アランがエマの肩に手を置く。

「はい。」

「リオネル、援護を頼む」

「おう。しっかりやれ」


今までアランやリオネル、セラフィネと訓練してきた魔法だ。


アランの盾を包むように、エマは癒しの風をまとわせていく。

サイラスの乱流は、風だけで対処するには乱されて難しかった。その部分を、アランの盾という壁で完全に塞ぐという連携だ。


「アランの見習い。たかが見習いのお前に何ができる。

アランなんかについたってまともに教育されないだろう。

俺みたいな天才に適うはずがないんだからな。

悪いが、ここで終わりだ!」


モヤが意志を持っているかのように暴れ出した。




暴れる黒いモヤにエマの風をまとったアランの盾は対抗するが、力に押し負けそうにビリビリと軋む感覚がエマにも伝わってくる。


確かに効果は発揮しているのに、モヤはそれ以上の抵抗をしてくるから減っていっているように見えなかった。


「ダメだ!モヤに隠れてサイラスが見えない!」

サイラスに直接攻撃しようとしているリオネルが叫ぶ。

「これ以上近づけさせなければいい!これだけの魔力、サイラスも焦っているんだろう」

魔力の暴走は大きくなっている。

アランも巨大な盾を維持することに多くの魔力を使って、エマの肩にのるアランの手にも力がこもっていた。

しかしエマは、アランとリオネルの前にいながらも落ち着いていた。

だから、風は揺らがず、着々と黒いモヤを消し、暴走する魔力を落ち着かせていっていた。


エマが肩にあるアランの手に触れる。

「大丈夫です。必ず、私が打ち消します。」


力強いエマの声に、アランの焦っていた心が冷静さを取り戻す。


「・・・あぁ、そうだったな。」

アランの力んでいた手から力が抜けて、こんな戦いの最中なのに、笑顔さえ作ってしまった。


すると、盾と癒しの風が共鳴したように一体化し、ふわりと動いた。

風の盾は、暴走する魔力を打ち消しながら前方に進みだした。

サイラスのところまでいくとまたふわり、と丸くなるように動き、人物ごと包み込んだ。



「ぐわぁ~~~」


苦しみの声を上げたサイラスは、風の盾が黒いモヤと一緒に消えると共に崩れ落ちた。

暴れまわっていた黒いモヤが消え、塔に静けさが戻った。


盾が消える最後の風がエマの所まで届き、前髪を優しく揺らして消えた。






終わったと認識できると、エマは立っていられずに座り込む。

アランは、低くなったエマの頭に手を置き直すと


「ありがとう」


と静かに告げた。


「私、師匠を守れましたか?」

「あぁ。お前の風は俺だけじゃなく、この国を救ったぞ」


「本当、エマちゃんはやっぱり英雄~」

エマと同じように座りこんでいたリオネルがいつもの調子で言ってくるので、思わず笑ってしまう。



自身の黒い魔力を打ち消されたサイラスは、ぐったりして意識もないようだったが、狭い廊下での戦いに参加できなかった魔法使いたちが即座に拘束した。

その後はエマたちが救護室に運ばれたりと、塔の中が忙しなかった。


駆け付けたセラフィネに抱き着かれて泣かれたり、ベッドで休むエマの前には可愛い贈り物の山が出来たりといった光景もあり、数日があっという間に過ぎて行った。



ふと一人になった時、温かい風が吹いたような気がして窓の外を見る。

家にいる時のエマが辿るはずだった未来と、サイラスを重ねていたエマは、もう自分もその未来になるかもなんていう不安な気持ちはなかった。





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