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第1章 道具屋の娘 エマ

「エマ~、配達してきて!モリスおじさんのとこ」

「は~い」


母さんに示されたものは、大きな魔法道具。

モリスおじさんは薬師で、調合に使う温度守りの鍋だ。

鉄の鍋に、温度を保つ魔法機構が付いているから、かなり重い。

『うわ、モリスおじさん家って結構遠いのに、こんな重いの持っていくの・・・』

心の中でグチりながら、布で包んだ鍋を丁寧に、でも力を入れて持ち上げた。


『何で私ばっかりこんなことしなくちゃいけないんだろう・・・』

もう何度目か分からないことを思いながら店を出る。


ウチは、父さんが店の奥で色んな生活道具を作成して、

それを母さんと兄さんが自宅兼店舗で売っているという家族経営の小さな道具屋だ。

他と違うのは魔法道具も少し扱っていること。


この世界には魔法があって、誰もが魔力を最低限は持っている。

それを使えば、全てを人力に頼る生活がちょっとだけ便利になるのだ。

店を出る私に、兄さんが気が付いた。

「助かるよ、エマ。一人は危ないから早く帰ってくるんだぞ」

「・・・うん。行ってきます。」


そんなこと言うなら兄さんが持っていけばいいのに…

力だって強いし、体力だって私より絶対にあるはずだ。


でも、母さんは絶対兄さんには言わない。

配達に行くのはいつも私だけ。


店を出ると、可愛い服を着た女の子たちが楽しそうに通り過ぎて行った。

そうだ、今日は学校も休みの日。

友人たちでこれから買い物などを楽しむのだろう。


『良いな・・・あんな可愛い服私も着てみたいな』

自分の地味な色の服と抱きかかえた魔法道具を見下ろして

叶わない願いに溜息を吐いた。



「ただいま戻りました」

「エマ、遅かったじゃない!魔石が届いたから早く加工して。父さんが困っちゃうわ。ってあら、アグネスさんいらっしゃい!今日はどうしたの?」


母さんはエマにかけた声とは別人のように明るい声でアグネスさんのもとへ行く。

兄さんは相変わらず商品整理なのか何なのか、ちょっとだけ陳列をずらしたり位置を変えたりしているだけだった。


・・・疲れたな。休みたいな。

魔石の加工は店の奥まったところで作業をするとはいえ、

父さんのように部屋にこもれるわけでは無い。

売り場にいる以上気を抜けない。


「兄さん、これ運ぶの手伝ってくれない?」

「ん?いいけど、ちょっと待てくれ。こっちの陳列が終わったら行くから先やっててくれ」

「・・・は~い」


小声でつぶやき、重たい魔石の詰まった箱を運ぶ。

配達に行って帰って来たって、何かが変わったとは思えない商品の並びにエマはため息をつく。


視界の端に先程来たお客さんをとらえながら、きっとこの後はまた配達だとまたため息が出る。

朝も早く起きて店と家の掃除をして、朝ご飯を作って食べたらすぐ配達に出て、さっきもモリスおじさん家まで行ってきた。

やっと椅子に座って作業が出来ると思えば少し気が抜ける。


「エリオットがこうして商品を並べてくれることでよく売れるようになったのよ!よく気が付くから、エリオットが跡継ぎになってくれて、ウチも安心なの」


また始まった。跡継ぎ自慢。

常連のアグネスさんはいつもニコニコで聞いてくれている。


「実はこの子学校での成績も良くてね、魔法道具って誰でも作れるわけじゃないから本当は不安だったのよ。でもこれからウチの品質はもっと上がるから安心してね」

「母さん、成績のことまで言う必要ないでしょ。アグネスさんいつもすみません」

「いいのよ。仲のいい親子で本当羨ましいわ~」


日の当たる明るい店先で交わされる楽しそうな3人の会話と、薄暗い場所で僅かな光を頼りに魔石をいじるエマの姿は対照的だった。


別に羨ましいわけじゃない。私は地味でダメな人間だから、表には出させてもらえない。

配達したり、こうして店の奥で作業したり、家のことをするので精いっぱいだ。


「そうだエマ、これも頼むよ。」

手渡されたのは、小さな箱だった。

「兄さん、これは?」

「さっき来てたお客さんが持ってきた、前に買ってもらったウチの商品だよ。ちょっと動きが悪くなってきたから見てほしいって」

「私、魔石の加工をしなきゃなんだけど・・・」

「それが終わってからで良いよ。また明日来るって言っていたから急がないんだ。俺学校もあって忙しいし、お前が作ったものだろ?しっかり頼んだよ」


「エマ~!アグネスさん家にこれ持ってってあげて!」


やっぱりだ・・・アグネスさんはちょっと高齢で、杖を使っているから、

買い物してもらったものは必ず私が一緒に届けるように言われる。


それは良い。アグネスさんに持って帰れというのも酷い。

でも、でも、どうして私だけなの・・・



アグネスさんが買ってくれた魔法道具を包んで、アグネスさんの近くに行く。


「じゃ~ありがとうね。エリオットくん、勉強頑張って。奥さんもまたね」

「「ありがとうございました」」


アグネスさんの少し後ろをついて歩きながら、すれ違う人の視線から

隠れるように荷物を少し上に持ち上げる。


さっきよりお昼に近い分沢山の同年代の子達とすれ違う。

彼女たちは楽しそうな声を上げていて、スカートが風に揺れている。

手に持っている可愛い袋は何が入っているんだろう・・・。

見られたくないのに、チラチラと見てしまうのがやめられない。


アグネスさんはそんなエマを気にとめず、にぎやかな方へと歩いていく。

途中で買うものもエマが持って家まで届けるのがいつものコースだ。


1件目、アグネスさんは焼き菓子のお店に入って、クッキーを買って出てきた。

「これも頼んだよ」

「はい」


さっき、お孫さんのおやつだと店員に言っていた。

すごく誘惑される匂いがする。

『・・・可愛いリボン。私も食べてみたいな』


お店のカラーと同じピンクのリボンが付いた袋。

それを見つめていると、アグネスさんに話しかけられた。

「エマももうちょっとかわいい色の服を着たらどうだい?

せっかく女の子なのに、そんな地味な色ばっかり着ていたらみすぼらしいじゃないか。

うちの孫なんていつもピンクや黄色の可愛い服をきているんだよ。

友達とすぐ遊びに行っちゃうから、なかなか私は会えないんだけどね~」

アグネスさんはきっと、孫の可愛い姿を思い出しているんだろう優しい笑みで話し続ける。


『・・・私だって、普通の女の子みたいに、好きな服が着たいよ』

エマは今、兄のお下がりを着ているのだ。何とか自分でお直しして

形だけはワンピースになっているし、刺繍なども頑張っているが、色はどうにもならない。

男性にはカッコ良い色でも、女の子が着る服としてはどうしても地味にしかならないからだ。


『着たくて着てるわけじゃない。』

こんな地味だから、バカにされて同年代の友達もできない。そもそも学校にも行かせて貰えないし、遊ぶ時間もないほど忙しいのだ。

そんな現実に、ガマンしきれない涙がこみ上げて喉が詰まる感じがした。


「お孫さん、可愛いんでしょうね。私なんてきっと似合わないですし、羨ましいです」

声が揺れないように、ニコっと微笑んだ。




アグネスさんの家を出て帰路につく。


街にも寄ったけど、アグネスさんの家は少し外れの静かな住宅街にある。

ここから家までは、いつも人から隠れるように路地裏を選ぶようにしている。


人目は避けたいし、この路地裏はちょっとした近道なのだ。

『早く帰らないと』

アグネスさんの買い物もいつもより多かったから、遅くなっている。


「え・・・・」

急ごうと視線を先に向けた時、遠くに人が倒れているのが見えた。

紺色のマントを着た長身の男性が、その場で力尽きたように倒れていて、急いでいた足が止まる。


・・・怖いと思った。男性の状況も分からないし、もしかしたら悪人かもしれない・・・

でもそっちはエマの進行方向だ。避けては通れない。

恐る恐る近づくと、ローブは店でもたまに見かける魔法の塔の魔法使いのものだったのだが、今までどこにいたのか泥まみれだった。


そして手には杖が握られていて、先端には魔石が付いていた。

「これ、魔法使いの杖だ」


しっかり見たことは無かったが、エマの道具屋では扱わない魔法使い専用の杖だ。


その魔石がわずかに光って見えた。

『離した方がいい・・・よね?』

こんな場所で、もし攻撃魔法が発動したら大変だ。

そっと男性の手から杖を外し、魔石に手をかざして起動しないよう魔力を抜く。


杖を置くと、次は男性だ。

「・・・・大丈夫ですか?」

肩を叩いてみても、反応が無い。

横向きに倒れていて、少し長めの白い髪が乱れているが、隙間から見える顔も血の気がなく白くなっている。呼吸も浅いようだ。


魔力切れ・・・かな?


それなら、と今度はマントを避け、首のあたりに手をかざし、ゆっくりと男性に魔力を送る。

『気が付きますように』

属性も分からない相手に魔力を渡すのは難しい。

でも、エマの魔力は少しの回復効果があるようなのだ。

意識を戻す程度なら問題ないはずだと、出力に気を付けながら男性の状態に意識を向ける。

『あ、マントの留め金も傷がついてる。戦っていたのかな?でも、新しい傷じゃなさそう?』


そんなことを思いながら回復魔法を使っていると、魔法使いと思われる男性は目を覚ました。

「・・・君が、回復を?」

開いた男性の赤い目に、少しの警戒心を感じて、エマはすぐに手を放し後退った。

「ご、ごめんなさい。勝手に」

「いや…ありがとう。君、手際がいいね」

エマの怯えた様子に、魔法使いは起き上がりながら言う。


横に置かれた杖を手に取り、今度は先程の警戒心を消した落ち着いた顔をエマに向けた。

『手際?』

エマは意味が分からず、戸惑いながらその顔を見た。


「お~~い!アラン!どこだ~」

遠くから男性の声が聞こえた。

「リオネル!ここだ!!」

遠くの声に応えるように目の前の男性が

突然大声を上げ、エマはビクッと震えた。

どうやら助けが来たようだ。


「で、では。私はこれで。・・・気が付かれて良かったです。」

はっとしたエマは、ペコっとお辞儀をして逃げるように走り出した。


「あ!君、名前は?」

後ろから魔法使いの男性の声がしたが、

エマはもうそれどころではなかった。

『どうしよう・・・早く帰らないとまた怒られちゃう』


助けにきたであろう男性ともすれ違った気がするが、今は全力疾走だ。


全力で走ったけど、お昼ご飯の用意が間に合うはずもなく

母さんにも父さんにも怒られた。


「エマはとろいんだからもっとしっかりしなさい」

「あんたが人助けなんて、そんな嘘の言い訳までして」

「お昼ご飯が遅れたらお客さんに迷惑がかかるじゃないか」

「お前なんてこれくらいしかできないんだから、しっかりしなさい」

・・・・。


『倒れてた人は、本当なんだけどな・・・どうせ私のことなんて誰も信じてくれない・・・』


泣きたくなるけど、涙を流したら怒りもさらに膨れ上がると経験で知っているから、拳をぎゅっと握って、必死に耐えた。



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