出会い
『チビ』で『デブ』で『ブス』な(だけの)私から生まれ変わりたい……!
青い春に、頬が真っ赤になるような想いをしてみたい。
そんな私は、今、真っ青な顔で、自転車を押していた。
ゼェ、ハァ、ゼェッ……。
我が家から自転車の片側に寄り添うようにしてハンドルを握って押して歩いてもうどれくらいになるだろうか。
ようやくこれから通う高校の校舎が見えてきた。
私はキッと音を立てて自転車を動かす手を止めて、校舎を見上げ、ほうっとため息を吐く。
(家から歩いて通えるっていう理由で選んだ学校だけど、こうして見るとやっぱり大きくて立派だなぁ……)
位置的に自転車を押して歩いてでも通えるということで目をつけた学校で、これで実際にやってみるのは三度目だけど、なかなかに辛く厳しい道のりで、それが本当に嬉しい。
心底から喜びが湧き上がって来てうつむいてぷるぷると細かく震える。
(ああ、私、今……痩せているんだぁ……!!)
じんわりと胸に込み上げてきたものに目尻が熱くなり涙が出そうになる。
(……おっと、いけない、こうしている場合じゃない!)
私は慌てて通学用の鞄から水筒を取り出して蓋に中身を注いで飲んだ。
とろりとした陽光を受けて蓋の中で揺れてルビー色に輝く液体。
自分で選んでブレンドして作った特製のハーブティーだ。
(あああ、美味しいし、今の気分にピッタリだ~)
強い酸味のあるほのかに甘いスッキリとした味が疲れを取り去ってくれる。
(私、内側から変わっていってるんだ、今まさに……)
努力したための疲労と、それを癒すこれまた努力して作ったための美味しい飲み物、それが今日これからの私の力になってくれる、ハズ。
今までの私から変わるんだ。
そう思った途端に心臓がどくんっと大きく跳ねるようにして急にドキドキとし出す。
(だ、大丈夫、大丈夫だから、大切な日なんだし、ちゃんとしなきゃ……!)
緊張を解すための深呼吸をしようとしたその時だった。
(まずは肺に溜まった古い空気を吐くことから……)
「なんで乗らねぇの?」
「ぷへぁっ!!」
いきなり横からかけられた低い男性のものらしい声に思わず変な声が出た。
出た。出てしまった。大事な初日なのに。
おまけに驚きのあまり慌ててハーブティーを地面にこぼしてしまった。
「うっわ、すっげー色! 真っ赤じゃん!! 何これ?」
「あ……」
怖くて胸に抱きしめた水筒をもうこぼれないように蓋をしっかりとしめながら目を見開いて相手を振り向き見る。
スッと吸った息が途中で止まる。
さらにまじまじと見つめる。
(うわ、ヤバい、イケメン……!?)
無造作に遊ばせた少し長めの黒い髪が何かつけてでもいるのか艶やかで、その長めの前髪の間から覗くキリッとした眉毛と睫毛の長い切れ長の細い目と、スッと通った鼻筋に小さい鼻、薄い唇はほのかに赤くて今は笑みに両端を上げていて、まだ幼さを残す丸みのある曲線のなだらかな輪郭、綺麗で凛々しくて男らしい。
「……は、はぁ」
何か言わなければと思って口から出た言葉がそれだけだった。
「なぁんだよ」
髪をかき上げる仕草が様になっていてらしいとは思うけど、なんだか嘘臭くて嫌だと思ったのは、映画に出て来る俳優のようだからかもしれない。
「どした?」
顔をくしゃくしゃにして笑って、私のほうに手を伸ばしたと思ったら自転車のハンドルに手を置いて覗き込むようにすると、不思議そうな顔をして私に向き直った。
「壊れちゃったか? あちゃー、今日入学式だってのに、ついてないね。俺が押してこっか?」
彼の向こうに空の青さが目に映って太陽が眩しかった。
「いや、そうじゃ……、ない」
「えっ」
視線を地面に向けた私の目に今度は地面にこぼれた赤いハーブティーの染みが見える。
「これは、ハーブティーで、ハイビスカスとローズヒップのお茶に蜂蜜やレモンを足したの。疲労回復と美肌効果とむくみ改善の効果があってっ。それで、いろいろと体にいいから、飲んでたの……」
一生懸命出した声は消え入るように細くなっていって、私はなんて言ったらいいのかわからずに、後の言葉を飲み込んでうつむいたまま黙り込んだ。
「あー、ゴメンッ! 大事な物こぼしたの俺のせいじゃん! こっちが急に声をかけたんだし」
相手が急に大声を出して、私はビックリして見ると、自転車のハンドルから手を放して、ついでに私からも少し離れて、空を見上げるようにして両手で顔を覆って大袈裟に嘆く、その仕草が演技臭くて、本気じゃないんだなとわかったけど、私はつい笑ってしまった。
「いいよ、別に。大事な物ってほどじゃないんだし。また作ればいいんだし。ほら、私、太ってるでしょ? だから痩せるためにね。これを毎日続ければ、痩せられるらしいし、体力もつくしね。だから気にしないで。好きでやってることだから」
なんだか相手が舞台でお芝居でもしているみたいだから、なんとなくかえって話しやすくて、私は全部打ち明けてしまって楽になってホッとした。
「そうなの?」
きょとんとした相手に、私は気恥ずかしさから、照れ笑いに変わった。
「ごっ、ごめん! こっちのほうこそ。ありがとう……。自分で押してくよ。そう決めたんだし。もしかして同じ一年なのかな。よろしくお願いします」
私が頭を一度上げて下げると、相手のほうも慌ててペコリとお辞儀した。
「同じ同じ! 田辺聖人です! よろしくお願いします!」
彼……田辺君……は首の後ろをぽりぽりとかきながらボソボソと言った。
「あと……聖なる人と書いて『まさと』って読むけど……からかうの禁止な」
私はクスッと笑った。
「私のほうこそ。宇津良愛留っていいます。太っているのに鶉なんて……って言わないでね。ごめん」
「なんで『ゴメン』なの?」
「ううん。なんでもない。そう呼ばれたくなくて」
「う~ん……」
田辺君は難しい顔をして考え込むようにしてから顔を明るくして言った。
「それなら、愛留ちゃんって呼んでもいいかな、可愛い名前だしさ」
「……」
驚いて、また黙ってしまったけど、しばらくして私はコクンと頷いた。
「……うん。いいよ、それで」
『よっしゃーっ! 友達出来たー!』と言って握り拳を振り上げて嬉しそうにはしゃいでいる田辺君に私は冷や汗をかきつつ微苦笑しながら胸の内でそっと思っていた。
(ああ、よかった、でも本当の私を知ったら……)
もっと頑張らなければ、今よりもずっともっと、素敵な女性になるために。
(頑張らなくちゃ!!)
自転車のハンドルに手をかけて、目指す青春の場に向かって、私は歩き出すのだった。
すべてはそう……私の小説の(ネタを集める)ために!!
(続く)
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