紙と電子
路地裏にある、人目につかない喫煙所。
人から煙草をもらって、その火が消えるまでの間、くれた相手の話をなんでも聞く――喫煙所の男は、珍しく客を前にむすっとした顔をしていた。
今日の客は二十代後半くらいの男性である。鋭い目つきを、銀縁の眼鏡でいっそう研ぎ澄ました、鷹のような印象を感じた。
「なんですか? お代ならばちゃんとお支払いしたでしょう?」
「まあもらったよ。それも、気前よく一箱もね。だけど君、何も話を振ってこないじゃないか」
「そうですね。正直、好奇心で来たというのが正しいので」
銀縁眼鏡の男は素っ気なく言う。
別にこれが、喫煙所の男の仏頂面の理由ではない。物珍しさや、都市伝説を確かめるような軽い気持ちで来る客はたまにいる。
ある時などは動画配信者がスマホを構えてやってきたこともあった。その時はもちろん、知らぬふりをして喫煙所の利用者を装った。
「ま、理由はどうあれお客様だからね。それも箱払いでね。ラークはかなり好きな銘柄だよ」
実はそのラークは、メンソールの5ミリだった。
喫煙所の男は誓ってすべての煙草を愛しているが、自分ではメンソールは絶対に買わないという拘りを持っていた。
といって、客から支払われる煙草であればメンソールであっても喜んで吸う。だから、どこか腑に落ちないような態度の理由はこれとも違った。
「何か歯に物が詰まったような物言いですね。言いたいことがあるなら言ってくださいよ」
「そうかい。それなら――」
喫煙所の男は、銀縁眼鏡の男の手元に視線を向けた。
「喫煙所に来たなら紙の煙草を吸えよ。電子煙草は味気ない」
銀縁眼鏡の男が持つ電子煙草を、目を細めて見つめていた。これが、喫煙所の男のなんとも言えぬ釈然としない顔の理由である。
「そんなの、自由じゃないですか。だいたい、電子煙草を差し出したら、うちは電子でのお支払いは受け付けていなくてね、なんて――。キャッシュレス決済不可の店以外で初めて聞きましたよ、その台詞」
「俺はたまに言うよ。近頃の喫煙者の紙離れには切なさと寂しさを感じているところさ」
「会社のペーパーレス化についていけない中年サラリーマンですか?」
鋭いのは目つきだけでなく、舌先も同様らしい。
もちろん、銀縁眼鏡の男の言う通り、そんなものは個人の自由だ。
それに時代派移ろうもので、それは煙草も例外ではない。昭和の愛煙家がライターを見ればマッチ離れを嘆くだろうし、江戸時代の愛煙家が紙巻き煙草を見れば煙管離れを嘆くだろう。
だから喫煙所の男のこれも、主義の押し付けで、懐古主義に近しい何かでしかないのだ。
「だいたい、紙の煙草なんて不便じゃないですか。灰は落ちるし、火がないと吸えないし、今や吸える場所もほとんどない」
「まあね。でも、その――火をつける瞬間の赤と、ライターを起こす音、あるいは、マッチを擦る音が気持ちいいんじゃないか。火は危ないが、安らぎもくれる。だから人は古来から火を囲んで営みを続けてきたんだよ」
もらったラークの封を切り、手持ちのライターで火をつける。ツンとくる爽快な刺激が鼻腔と喉に突き刺さった。
「でも現代には電気がありますよ」
「そうだな。でもたまには、少しだけでも原始に帰りたくなるものさ」
「そんなに火が好きなら、ガスコンロを点火して眺めていればどうですか?」
銀縁眼鏡の男は辛辣である。
喫煙所の男は心なしか、いつもより早いペースで煙草を吸っていた。
別に相手を言い負かしたいわけではない。
ただ、このまま言い返せずに終わるのは嫌だなと感じただけである。
気がつくと一本目を吸い終えていた。
ラークの吸殻が灰皿に落ちる水音がした時には、既に喫煙所の男は二本目を咥えていた。
どうやらこの不毛な、紙巻き愛好家と電子煙草主義の口論はまだ暫く続くようである。




