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断煙

 路地裏にある、人目につかない喫煙所。そこには、煙草を差し出すと、その煙草の火が尽きるまでは、どんな話でも聞いてくれる男がいる。

 その日、喫煙所の男――黒いスーツの上に、青島俊作が着ていそうなカーキ色のコートを羽織った男の前に現れたのは、まだ年若い金髪の男だった。

 金髪の男は、緑色の煙草の箱を、それごと喫煙所の男に差し出す。その中には、三本だけの煙草があった。


「アメリカンスピリットか。吸いごたえがあっていいが、全部もらっていいのか?」

「ああ。俺はもう、煙草は止めることにしたんだ」


 言葉では遠慮しながらも、喫煙所の男は箱を受け取った。


「それは見上げた心意気だな。それで、お前は俺に何を聞いてほしい?」


 早速、一本目にマッチで火をつけながら、喫煙所の男は聞いた。


「なんだろな。特にそういうのはないんだよな。ただ、捨てるのが勿体ないってくらいだよ」

「それはそうだ。ならば、何故煙草を止めるのか聞いてもいいか? 一度ニコチンを愛した人間が、その甘美な抱擁を永久に手放そうと言うんだ。そこには並々ならぬ事情があるのだろう?」

「……俺、結婚するんだ」


 金髪の男は、そう呟いた。喫煙所の男は、アメリカンスピリットに口づけしながら、視線だけを向けている。


「その相手がさ、煙草の煙とか匂いとか嫌いなんだよ。それでも俺、その子と一緒にいたいから、やめるんだ」

「なるほど。しかし、何も止めることなないだろう? その相手のいる場で吸わなければいいだけの話だし、口臭にしろ服についた匂いにしろ、消す方法なんていくらでもあるぞ」

「そーゆんじゃないんだよ。大好きな、死ぬまで一緒にいたいって思った人だから……嘘ついたり、隠し事みたいにするのはヤなんだ」


 ぎっしりと葉の詰まった煙草は、まだ一本目の半分ほどである。金髪の青年は、言葉に熱を込めた。


「だから、それは全部やるよ。俺はこれで、きっぱりと煙草はやめる」


 青年はそう言うと、逃げるようにその場を去っていった。

 喫煙所の男はその背を見つつ、暖を取るように、右手に持った煙草を左手に近づけた。


「ああ、暖まるな」

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