小説へのAI加担より思うこと ~まずR15を直せぶひ (´・(〇〇)・`)~
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「最近どこもかしこもAIの話題ぶひ。“AIが創作を奪う!”とか“AIの文章に魂はない!”とか。でもね、それ言う前に、まず人間側がR15問題を直せぶひ」
本屋に行くと「全年齢」ってラベルの本が、どう見ても全年齢じゃないぶひ。
ポーズは妙に生々しいし、表紙の空気が“夜の居酒屋”ぶひ。
しかもタグには「清純ヒロイン奮闘記」って書いてある。
清純どこいったぶひ。清純が労災案件だぶひ。
で、そういう本が売れると、創作者は胸を張って言うぶひ。
「読者が求めてるんです」「自由な表現です」って。
……いや、それ“自由”じゃなくて“ズル”ぶひ。
故事にもあるぶひ。「小利を見て大事を失うなかれ」。
短期の利益に目がくらんで、文化の信頼を掘り崩すのは、まるで海水浴場で原油掘るようなもんぶひ。黒いのは売れても、心の海は汚れるぶひ ><。
ちゃんとルール守って書いてる作家さんたちが損をする。
彼らがランキングの端っこで泣いてるぶひ。
文化の森でフェアプレーができないなら、それはもう“言葉の無法地帯”ぶひ。
AIの倫理を語る前に、人間の「えちえちタグ」を直せぶひ。
AIは人間の鏡ぶひ。人間が“全年齢詐欺”してるうちは、AIがどれだけ立派になっても、文化は養豚舎並み、ぶひ。
ブタは思うぶひ。
「AI加担」より「全年齢詐欺」の方がよっぽど深刻ぶひ。
文化ってのは、長期的に見れば売上より誠実で回る。
タイトルひとつの嘘で、先人が積み重ねた信頼が蒸発するぶひ。
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「AIの未来は誰もわからん。でもR15偽装は今と将来を確実に汚すぶひ」
……本当に全年齢の表紙なら、小学校の廊下に貼っても苦情は来ないぶひw
本の表紙が、その国の文化の顔を決めるぶひ。
AIの話は、そのあとでいいぶひ。
※本稿は、きっとフィクション風味の文化風刺でしゅ~♪
実在の出版社・作家・作品とは関係ありません。




