004 御伽話
「ふぅ…」
こんなもんかな。
今日の作業は一通り終わったし昼でも食べながら再チェックしておかないと。
えーと、テントにペグはちゃんとハマってる。
周囲にはクマ対策もした。
避難経路は確認した。
道路は歩いて十分から十五分位の距離。
所持品はナイフと塩と飯盒に水筒とメタルマッチ。
夜間用の小型のカンテラ型照明。
携帯式の狩猟罠は後三つ、設置箇所は全部で四つ。
天気は晴れ、今日は川の氾濫は無いよな。
テントは離れて貼ったし、氾濫する前に気付ける、よし。
んで周りは、と。
そこら中に杉と樫の木、蔓も伸びてる。
道具を作る時に少し拝借出来そうかな。
この区域は管理している形跡は薄いから人が立ち入る事は無いのだろうか。
「ょっと。・・・はぁ」
ここ自然の景色を収めながらのチェア最高だ。
そのはずなのに。
こうやって優雅な午後が始まるはずだったのに、今朝から不穏なせいで今日のスケジュールの思惑が全部持ってかれたなあ。
今朝、酔っ払いの様子を見に行くんじゃなかった。
それにしても警察多かったな。
あれ殺人現場だったのか?
もしかして昨日拾ったこのガラス玉のペンダントってあの倒れてた人物のだったとか。
そうだとしたらこれ略奪したと見做される?
……いやいや、俺バイト帰りだったし。
通りかかってたまたまガラス玉を拾っただけだし。
倒れていた人物が見えたけど酔っ払いだと思って素通りしただけで、怪しい事はない。
なんて事はないよなあ。
通り魔殺人ってのもあるもんな。
縁が無さすぎて考える気もなかった。
今からでも落とし物として届けるか?
事件に関連性あるものを所持している時点で手遅れか?
いっそのこと捨てるかこれ。
証拠を隠滅できる様なもの持ってないし。
はあ。
めんどくさいな。
「スゥゥ…」
とりあえず食器洗お。
今十三時過ぎか。
のんびり本でも読むつもりだったのに、余計な異変続きのせいで集中もできねぇや。
… …鹿用に仕掛けた罠に人がかからないよな。
検察来たら捜査中に引っ掛かるんじゃないのか?
まさかね。
罠の置いた場所には目印は付けておいたし。
一応、国の規定だし罪には問われないはず。
流石に人がこないだろう場所に仕掛けたから、もしそんな場所に引っ掛かる馬鹿がいるならある意味運が良いわ。
おめでとうクソ野郎と言いた…
「こんばんはー…」
「ッい!!」
「ッごめんなさい!」
・・・びっくりした、変な声出ちゃったわ。
いつの間に近づいてたんだ?全く気づけなかった。
どんだけ考え事してんだよ俺。
「ぁ、いえ、こんばんは。なんでしょう」
スニーカーにワンピース。
え。
こんなとこで何してんだろう。
その格好でキャンプ?
まさかね、どんな面だよ。
・・・可愛いな。
「ぁ、あの、大丈夫ですか?」
大丈夫?何の話だ。
クマ用とはいえ引っ掛けたら音が鳴る様にしたはずなのに何処から来た?仕掛けが下手くそだったのかな。
下手くそだけど大丈夫ですかって事か。
気になって来た、後で見直そう。
「大丈夫です」
「良かった。驚かせちゃったみたいだから」
罠の話では無さそうだ。
そりゃそうだよな、いきなり来て『下手くそだけど大丈夫ですか』の大丈夫ですかとか言う発言を匂わせたらまずヤバい奴だろ。
「ため息ついて頭抱えていたので、具合でも悪いのかと思って。」
「あぁー…」
そうゆう心配ね。
つくづく自分が捻くれてるって思うわ。
ごめんなさいね、お優しい方でした。
「いや、大丈夫です。ずっと人いなかったから。考え事が捗っちゃって」
「そうなんですね。長閑な場所だから考え事にはとても良さそうですねここ。えと、あの、それで、少し聞きたい事があって。今、時間大丈夫ですか?」
なんだか随分躊躇った様な質問だけど暇が空いてるかどうかって事だよな。
やる事大体終わったし、チェックが少し残ったくらいか。
時間かかるような事でもないな。
「なんでしょうか」
ん、少し離れた所に誰かもう一人いるな。
スーツ…警察?じゃないよな。
見た目に騙されない方が良いよな、用心しとくか。
警察じゃ無かったとしたら・・・腰にナイフ、ある。
ここに来るまで本当に何も聞こえなかった。
耳は悪い方じゃ無いと思うんだけどな俺。
徒歩十五分とは言え車の音ぐらいは聞こえるだろ。
俺でも近くまでタクシーで来たのに。
エンジン音も歩く音さえも聞こえなかった。
まさか忍んできたのか?
それとも単に集中しすぎてたかな。
「さ…最近この辺りに来るんです、人を見かける事がなくて…それで、今、離れた場所から煙が上がってるの見えたから、山火事かなって覗きに来たんです」
「…そうだったんすね、人気なくて寂しいですよねここ。」
なんの聞き込みだ?用件はなんだ?
ここ人は自治体?町内会?名前、なんだよ。
容姿の場違い感が怪しさを際立ててるよ。
まぁ石と砂道の整った箇所もあるから、俺みたいに茂みに入ってく人間じゃなければ、お洒落に拘っても問題ないのか。
黒髪だけど日本人では無いよな、他国とのハーフか?
瞳が…グレー?
「どうかしました?」
いや違う?
日の光でちょっと分かりづらいけどプラチナにダイヤの粉をまぶしたかの様な…。
初めて見る目だ。
日差しで返照してるわけでもないのに。
「あー、つい。瞳の色が珍しいと思ってしまって」
「おぉ〜。見惚れて頂けましたかな?」
「あ、いや。いやじゃない。そうです」
「あはは」
何言ってんだよな俺は。
ナンパな事言ってしまった。
気をつけないと。
「この辺りで何をしてたんです?」
「…んー野外キャンプ…って言ったらこんな格好じゃ変か、へへッ、地質調査と言うか植物調査と言うか…」
「調査?」
やっぱキャンパーじゃ無いよな。
服装の事は一応自覚はあるんだ。
調査って事はまさか、あのガラス玉か?
そういえばガラス玉拾った時も男女が後ろから何か言ってた気が、まさかこの人達だったのか。
「そんな怪訝な顔しないで下さい」
「いやそんな顔したつもりは、調査って何するんです?」
「気になっちゃいます?」
「あぁいや…言えなければ大丈夫です」
「そんな事ないんだけどねー」
「その回答はだいぶ面倒くさいですよ、お嬢様」
「ぇ!」
おー。
いつの間にかスーツの人、近づいてきてる。
ほんと、隠密集団じゃないのか。
本当に音を立てないな。
この人達、調査員じゃなくて暗殺者じゃないか?
「おー、って顔しないで下さい。」
「あ、いや。直球で言う方だなぁって感心しちゃって」
「それ思ったって事ですよね?」
「面倒くさいって顔されてましたよミリア様」
なんだろう、この子のポンコツ臭が凄い。
こっちの顔を伺わないでくれ。
ミリアって言うのかこの人。
やっぱ外国人とのハーフなのかな。
「そんなこと無いですよ。多分」
「多分ッ」
なんだか賑やかになってきた。
騒々しいと苦手なんだよな。
テンション上げるの大変だから。
てか、お嬢様ってなんだ。
「失礼ですけど、お名前ってミリアさんで良いですかね」
「あ、そういえば言ってなかったね。私『このえみりあ』近衛って書いてカタカナのミリアで近衛ミリア、呼び方はミリアでもリアでも良いよ!」
やっと聞けた。
てか名前は日本人っぽい名前だけど、苗字は外国人ぽいな。
名前的にはハーフだ、結局わからん。
近衛って聞いたことがない苗字だ。
「紹介が遅くなりました、私はこういう者です。」
「はぁ。」
「あはは、そういえば名刺なんてものあったね。」
おぉプロフ、初めて貰った。
なんだか社会人に足を踏み入れたみたいだ。
寿 雄哉。
スヴァンバル世界種子貯蔵庫日本支社、研究課。
種子って謳ってるくらいだから植物の何かの企業か?
電話番号にメールアドレス…。
サイトもあるんだ、へー。
ちゃんとした企業の人なのか。
ミリアって人に比べたらしっかりしてる感じがあるなぁ。
逆にミリアさんって何者なんだろうか…。
こっち見てる…あー名乗るべきか…嫌だなぁ。
でも流石に名乗らないのはおかしいよな。
暇つぶしに設定しといたプロフが役立つとは。
「久留生 椎名さんと言うんですね、学生さんでしたか」
「はいそうです、学生です」
「学生?!」
なんで驚くんだ。
まぁ良く二十代とか言われることあるけど。
「それはそうと…テントって自分で持って来たの?」
「あぁこれ折りたたみなんで折り畳めば太ももサイズ位になるので持ち運びは楽ですよ。開いたらペグで固定するだけなので設置も簡単で便利です。」
「ペグ?」
「テントを固定する為の杭ですね。」
「良いね良いねぇ、私もやろっかなキャンプ」
「楽しいですよ」
楽観的そうだからなんか事故りそうで怖いけど。
まぁ俺には関係ないか。
雄哉さんが付き添いで全部やりそう。
「シイナくん」
「はい?」
君呼びになった。
改まった真剣な顔。
こういう改まった時は大体が面倒事だって直感が言ってる。
「今日はね実は君の持ち物について聞きたい事があって」
「キャンプ用品で、ですか?」
「ううん違うの。」
おそらく昨日の事だろうなぁ。
「ペンダント」
「どんなペンダントですか?」
昨日の今日で、ちょっと早すぎないか。
捜索するくらい重要なものをあんなとこに落とすなんて。
いやまだ確信じゃない、きっと。
「うん、ガラス玉。周りに糸のような根が絡んでるペンダント、黒いチェーンで結んであるの。」
もう決定打じゃん。
ガラス玉自体は服にしまってるから見えてないだろうけど、特徴は一致しているし言い訳のしようもないじゃん。
と言うより、ずっとぼんやり光ってるもんなこれ。
目立つもの身につけてればそりゃ分かるか。
「調査ではなくて本当は捜査だったんですね」
「調査っていうのは本当だよ。聞き込みはついで」
「そうですか、これですよね。昨日バイト帰りに拾って、つい」
もう素直に差し出すしかない。
強引な手で押収されるよりこう誠実に対応してくれてるだけマシだったと思おう。
「ううん、いいの、気に入ってくれた?」
「え?」
「気に入らなかったら捨ててるのかもしれないと思って、急いで来たんだ。実はそのペンダントすっごく大事な物で。」
「そうですよね。」
捨てておくべきだったと思ってたとか言えない。
ここまで言われていつまでも身に付けておくわけにはいかないか。
良い加減に外して返そう。
「すみません、これお返しします」
「あ、緑色に光ってる」
「え、そう言うものじゃないんですか?」
「私が持つと、ほら」
「本当だ。白い光になった」
どう言う原理か知らなくて、光っててもとりあえず熱くはなかったし気にする事はなかったけど何か問題あるのかな。
「普段は私が、ううん。普通は光る物じゃないんだ。」
「どう言う原理なんですかね。売ってる店、見た事が無いですけど」
別に美意識があるわけじゃないけど、シンプルなサイズで細かな装飾が程良くて高級感があるようにも思える。
「それは市販じゃなくて私たちが作ったのだよ」
「作ったんですかこれ。絶対売れますよ。」
「んーん、売り物にはしないよ。」
「そうなんですね。」
趣味の範囲なんだろうか。
こういう物作りできる人って憧れる。
てか企業って私物のような物も作って良いんかね。
偏見なんだろうか。
喉乾いたな。
何か飲み物でも出すか、流石に何か座るものも用意しよう。
「このペンダントはね、本当は装飾品じゃなくて別の用途があるんだ。」
「別の用途?」
「お嬢様」
良い丸太がある、俺はこれに座るかな。
二人はミニテーブルとコンパクトチェアにでも座ってもらおう。
「すみません、気遣って頂いて」
「優しい、あらスープまで。何から何までありがと」
俺が先に飲んでおこうか、同じとこから注いだから疑いもなくなるはず。
疑われるのは気分が悪い。
「≪ズズッ≫…装飾品じゃ無いんですか?」
「…うん、実はね、こう見えて『とある種』なんだ」
「種?ガラス玉にしか見えないけど」
「あはは、シイナくんもガラス玉って言うんだね!私達もみんなガラス玉って言ってるんだ。」
「どう見てもガラス玉ですね」
「うんうん、そう見えてくれた方が良かったんだけどねぇ…《スー…》ん、おいし」
『そう見えてくれた方が良かった』と過去形なのはどういう事だ?
深く聞いて良いのだろうか。
と言うかガラス玉に埋め込まれる種って、ちゃんと発芽するのか。
「どういう、事ですか?」
「見ての通り普通の種とは違う。この種はね、成長したら宇宙にも届くようなとても大きな木の種なの。」
「なんか聞いた事あるような木ですね、確か世界樹とかユグドラシルだとか。北欧神話でしたっけ。」
「よく知ってるね!それだよ。一応実在していた事はこの地球には痕跡があるんだけど、隕石の被害でどれも枯れ落ちたの」
そうなのか?
そんな歴史的なものが存在していたのなら学校でも習うはずだよな。
でも習った記憶が一切ない。
授業をまともに聞いてたわけじゃないけども、話していたかどうかくらいは覚えている。
この子の話が御伽話にしか聞こえない。
隕石に関連してるって事は、ジュラ期以前はユグドラシルがなっていたと言うことか。
よく何千万年前の産物とかとか良く聞くけど過去の年代ってどうやって調べるんだろうな。
同じ物質で同じ時間経過でも環境で保存状態が変わる気がしなくもないんだけど。
「それで、仮にその種を植えたとして何があるんですか?」
「仮の話ではないのだけど良い質問だね!簡潔に言うと、えーと。わかりやすく言えば、戦争に目もくれなくなるくらい急激に文明が発展するよ」
「はい??」
現実味の無い絵空事。
『昔にあった大きな木を育てたい!』って気持ちまでならわかるけど大きな木が出来たところで文明が発展するなんて理由には繋がらないんじゃ。
そもそもそこら中に木は生えている。
まぁでも気になりはする。
「夢がありますね、そう言うの好きですよ。ハハハ」
「ちょっと信じてなさそうだなぁ」
「そんな事ないです、でもそんなに大きな樹を生やすとなると夢が叶うのがいつになるのか。自分が見れないんじゃモチベーションに繋がらなくないですか?」
「とても良い質問だね!何とこの種はね、植えてしまったら二日もあれば天にまで届く大きな樹木が。」
「あはは!そんなデカい樹木が二日でできるんですかぁ、凄いですねぇ」
そんなわけあるかい。
⌘⌒ ⌘⌒ ⌘⌒