003 目線
「ふぅ…」
数百メートルほども続く商店街。
夜遅く薄れた街灯の下で行き交う人々。
シャッターが降りている建物が殆どの中、まだ営業している居酒屋に入る者、飲み終え退店して来た者で道が阻まれている。
商店街の通りに街灯と共に並んだシンプルな白黒アナログ時計は時刻を二十二時三分だと示していた。
道幅は車が三台ほど並べられる広さの道だが、この商店街は普通車両は侵入禁止だ。
人混みは疎らではあるが、真っ直ぐ歩くには障害が多い。
今時ヴァーチャルで事済ませられるはずの案内板やポスターなど壁に紙で貼り付けたものばかりだ。
白熱電球の光を効かせた看板は現代の街の風景に溶け込み合わない景観が昭和や平成初期の時代を思わせるくらいの歴史を体感させてくれる。
景観を保つため現代を思わせる物の着用は、なるべくしないと言うのがこの商店街に入るローカルルールだ。
見本とばかりに時代に合わせた小物アクセサリーや服なども売ってる店がある。
こんな夜中に売れるかは分からないが。
たまに雰囲気だけ味わいたいと言う人もいるので、現代の流行の格好で遊びに赴く若人もいるのでルールに義務は付けず罰則もない。
『最近世に出た物』じゃなければなんでも良いので、そもそもルールが有っても無い様なものだ。
この商店街を歩く青年はスポーツバッグを肩に掛けて背に吊るし、薄蒼いゴーグル型のシーワンを身に付けて夜の商店街を通り抜ける。
人幅狭い所は鞄を抱えて隙間を縫うように通り過ぎた。
人混みが薄れた商店街の中心部、そこには大きな川が道を横切っている。
橋を渡るものは少なく人混みは川を境に途切れており、道中の横道に逸れていく。
「ん?」
橋が間近に見えた川沿いの抜け道から空気の破裂するような音と空気が抜けた音が合わせて三度、微かに聞こえた。
青年は一瞬立ち止まりかけたが、音への好奇心が勝って覗ける場所まで進んでいく途中、道端に何かが落ちているの事に気付いた。
「何これ」
青年は落ちていたビー玉の様なガラス細工が細い根に絡まれているペンダントを拾う。
中には種の様な形のフィラメントが微かな緑色の光を発しており、その発光体を中心に虹のオーロラを纏って幻想的な雰囲気を帯びていた。
「… …」
ペンダントに見惚れていた青年はハッとするように気を取り直すと視界の端に何かをとらえ、川沿いの脇道を覗き込んだ。
「うわっ」
脇道の壁にスーツを着た男の様な人物がだらりと壁にもたれかかって倒れていた。
商店街の隅、行き交うサラリーマン達、暗い路地、倒れ込んでいるスーツの男、酔い潰れたと言わせる条件の揃った状況。
青年の驚いた声に気が付いた他の通行人が青年の視線の先が気になって視線の先を追うたびに「あー倒れちゃってる」「飲み過ぎじゃない?」「大丈夫なのかな」などと通りすがりの人々は同行している人物と共に話が連鎖しながら通り過ぎて行く。
数名の一団は通り過ぎようとして一人の空間となりかけた青年は通りすがりの言葉を聞いてか、見なかった事にしようと流れに乗って立ち去ろうとした。
「あっ!待って私のユ!ふぉはンウ!!」
「落ち着いて」
酔っ払いと同じ川沿いの奥の方からもがくような声が届いてきた。
青年は橋を渡る手前、数秒そのシルエットを横目に確認すると暗がりから二つのシルエット。
街灯は届いておらず確認できない。
「ワッェ!ァェー!」
「分か… … … … … … 」
夜道にカップルがいちゃついているように見えたのだろう、何かを察して見向きもせず青年はそそくさその場を去った。
⌘⌒ ⌘⌒ ⌘⌒
「んんー。どうしよどうしよどうしよう」
「はいはい、落ち着いて下さい。」
「大事な物なのにぃ」
ミリアはわざとらしく慌てた様子で青年が去った方角へ指を差してアピールを訴えかける。
寿雄哉は言葉そのままに適当に宥める態度であしらった。
「まずはこの人の処遇を優先に整理しましょう。とりあえず放置はまずいので救急へ要請します。」
「でも『ガーゴイル』が先に来ちゃったらどうするの?」
「そうですね、不審者が潜り込んでいるとは思いましたが…もしかしたら『ガーゴイル』の贈り物かもしれないですね、こう言うスパイ事をしているという話は聞いた事はないですが」
贈り物と称して倒れてる人物を見た。
人通りの多い場所から見えるのは不味かろうと、贈り物と二人は商店街の明かりの届かぬ路地奥へと移動していた。
麻酔銃が効いているのだろう、起きる気配はない。
「可能性が無いわけではないですが、あの人は勘が鋭いですからね。回りくどい事せずとも時期にご自身で調べがついてたでしょう。ですから今はまだここで状況を押さえれたという事は大丈夫です。」
「そうなの?」
「『ガーゴイル』もとい羽柴さんが潜り込む時点で全てが解決してる位の器量はありますから。」
「ガーゴイルって呼び方やめちゃうの?凄そうなのに」
「言ってて恥ずかしくなります。誰が付けたんでしょうかね」
「自分だったりして」
「まさか、身内の誰かでしょう」
真面目な話をしてると思えばやっぱり不真面目が勝る。
しかし手先はしっかりとシーワンを操作しているおかしな連中だ。
シーワンを通して視認出来る範囲の位置情報を受信してはシーツーからパースデータを照合して新しい情報をアップデートさせ、周辺マップを参照して公共サービスなどの確認を行なっているなどと器用に作業をしている。
「羽柴さんが自分から干渉してこない時点では、まだガラス玉の存在が認知されている事はないでしょう。今回は『まだ』と、言うべきか。あのガラス玉は本来この世にあって良い代物とは思えない程に、世の中の主役になるでしょうからね。正直この男が、情報を流したかどうかで私たちの運命が決まるでしょう。」
寿雄哉は気絶している男を見ながら空いた片手を向ける。
「あれはこの世に為になる良い物なの。あのガラス玉があれば世界が宇宙に通じる技術まで発展出来るようになって人同士の争いも無くなるんだから。って言ってた。」
「それはもう耳にタコですよ。今は気にする事ではないと思いますが…。まぁ情報漏れリスクが提携企業や政府がどう思うかですから明日からが勝負でしょう。」
「どうして?」
「皆んな面倒ごとは嫌いなんです」
ミリアの手振り身振りに寿雄哉は淡々と答えていく。
安易な答えにミリアは「ふーん」と少し納得いかないみたいだった。
寿雄哉は「さて」と一言、作業が終わったようだ。
「この先に交通機関の類はありますが、時刻的には三十分くらい時間ありますね、ただこの通りは商店街抜けても大通りまで一本道なので。」
「じゃぁとりあえず電車とバス停かな?確認してから持ち去っていったおおよその位置情報を拠点に送っちゃうね。私徒歩で確認するから、とりあえず道路まで車で持って来てよ」
「最善ですね」
認証した者同士で視覚情報に加えて位置情報を共有し合える機能がある。
シーワンの視覚内に入れば相手の輪郭線も壁越しでも強調してくれるのだが、ガラス玉を持ち去った青年のルートを調べようにも正確な位置を把握する事が出来ない。
だから持ち去られたガラス玉を明確に追うのに、マップの情報などが必要だったのだろう。
「… …因みに恐らくですが」
「うん?」
寿雄哉の焦点は地面を差しながら思い詰めているのか、何かを記憶から引き出そうとして一泊置くと。
ゆっくりとミリアに面と向かった。
「あの青年…もしかすると【アス】の保持者です。」
「え」
「手に持ってた時、ガラス玉が発光しているのが見えた気がします。お嬢様も言ってましたよね。【アス】の保持者がガラス玉に触れると緑色に光ると。お嬢様にも実際に見せてもらいましたが、色合いは同じでした」
「街灯の反射光じゃなくて?でも確かに…光ってるように見えたかも、しれない?」
彼の手で持っていたガラス玉は緑色に発光しているように見えた。
【アス】などと世間には出ていない単語だ。
その名称や詳細については謎である。
「そしたらあの子は絶対追いかけないと!もしその辺にでもガラス玉を捨てられたら」
「非常にまずいですね。明日はここに検察の調査が行われるでしょうし。青年の居住区域がこの近辺だったら事態に萎縮してどこかに破棄してしまうかもしれない。そうしてしまったら」
「発芽してあの子が取り込まれちゃう!」
「あの子に限らずですね」
マズイを体現するように身振り手振りするミリア。
淡々と応える寿雄哉にミリアは慣れた対応に頬を膨らませる。
寿雄哉の腕を無理矢理引っ張る様に追いかけようとする。
「痛い痛い痛い。分かりましたから、可愛い膨れ面はその辺にして下さい。要請も済んで、ガラス玉の位置情報は確認したのでとりあえず正確な位置を掴むためにも尾行しますよ。」
「可愛いって言っておけば良いって思うんじゃ無い。位置情報?ガラス玉の素材に反応するようなシステムでも開発したの?」
「それ良いですね。まぁGPS仕込んだだけですけどね。」
「あーGPS。お手軽で良いね。」
「そうでしょう。」
一瞬、寿雄哉を褒め称えたかと思えば、間も無く少女がピタッと停止した。
何を察したのかミリアの大きな瞳が見開いた。
ミリアはプイッと頬をふくらませると、わざとらしく銃を突き付け、激鉄を引いた。
「そういうの、プライベート侵害って言うの!」
「…… 護身用ちゃんと持っているんですね、感心です。それ本物なんですから冗談になってませんよ」
「冗談じゃなくて本気で怒ってるんだから!」
寿雄哉は肩をすくめ、両手を挙げる。
彼は心の中で(だからって銃口向けるのはどうなんだ)とため息をついた。
「悪いと思ってますので銃口向けるのやめて頂けますでしょうか。」
その日、これ以降の会話をする事はなく青年の追跡を終えて無事、朝日を迎えた。
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