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ユグドメイク -YggdMake-  作者: 隆永展
第一章:残るものは失った過去
2/17

002 ダッシュ


 「あんな所に停めて・・・駐車違反で減点ですね。」

 

スーツを着た黒い乗用車の運転手。

 大きな川を跨った大通りの端に駐停車した寿雄哉は、車で入れそうに無い小道の前で停車している車を見て呟いた。 

 黒いシミが点々と川沿いに続いている。

 どうやら連絡の入った容疑者の車のようだ。

 中は既に人の気配はなく、特に何か物が落ちてるわけでも置いてあるわけでも無い。


 「未だに1世紀以上も前の建造物を催した場所があるのが驚きだ。なんだか昭和感ありますね。今だにその時代に執着してる人がいるんでしょうかね。」

 「しょうわかんってなあに?」


 現在の場所に着く前、反対車線から見えた奥行きのある商店街を見た際の感想をこぼした。

 助手席から返答したのはミリア、白銀の眼をした黒いショートロングヘアの少女。

 出立の前、通話をしていた際に装着していた骨伝導式(こつでんどうしき)イヤーカフス仕様の眼鏡を付け、ミリアはレンズ越しにマップのルートを探して指で空中に表示されているホログラムをなぞっている。


 「時代の話ですよ、至る建物に室外機などが道路側に置かれていてごちゃごちゃしてたり、プレハブ小屋だったり。戦後、発展途上だった頃です」

 「へぇ、ゴミゴミして景観悪そうね」

 「正直ビジュアル的にはスッキリしないイメージですね」

 「あの道につながる別のルートはあるみたいだよ」

 

 側から見たら何も無い空間を見つめて手を踊らせている様にしか見えない。

 しかし世間ではそれが一般的な所作だと認識されている。

 昔の法律では、耳にイヤホンを付けているだけでも違反だったが、珍しく最近の技術の進歩を見越して改訂された。

 

 「こんな所に停めた理由が分かりませんが。行先は先程の商店街の通りでしょう。流石にこちらもここに止めるわけにはいかないですから途中までショートカットしましょう。シーツーに接続します。そのルート下さい。Hi ニッシュ」

 『ハイ、コンバンハ』

 「connect local Network please」

 『畏マリマシタ。接続先ノ端末名ヲ仰ッテ下サイ。』

 「… …ビショウジョシーワン(少女風のデザインに設定された、ミリア愛用の個人端末)」

 「ぷふぅ」


 端末名は個人で設定するもので、ミリアが名付けた名称に、寿雄哉の躊躇った言葉に思わず吹き出したミリアに横目で訴えかけると、ゴメンゴメンと止まらず腹を抱えて謝った。


 『確認致シマス… …接続致シマシタ』

 「あははは、はーい。ふぅ。えーと…ファイルコード、が、オープンして。えーと。送った」

 『只今、データ、ヲ、受信中デス、暫クオ待チ下サイ。受信ガ完了致シマシタ、表示シマスカ?』

 「Yes」

 

 寿雄哉の返答に不機嫌さが混じっていたが承諾すると、フロントガラスに現実の道に沿ったガイダンス表示と画面の端にミニマップが表示される。

 ミリア自身の【シーワン】でフォルダを開くなり、ファイルを選択した送信先にスワイプすると度々、車側の女性音声で受信完了のメッセージが告げられる。


 「root guidance,file code download open navi051506」

 『案内ヲ開始致シマス。』

 「そう言えばなんで英語なの?」

 「自分のシーワンと被らないようにしてるんです」

 「おぉなるほど」


 『ポーン』と言う音を発してAIが案内を開始した。

 出発してから既に約三時間が過ぎ、既に22時を刻んだ。

 交通量の少なさを良い事にアクセルを踏み切って則度規制を軽く超えて行く。


 「おわわ!捕まっちゃうよ!」

 「すぐそこまでです」

 「ミイラ取りがミイラになるってこの事かしら」

 「珍しく難しい言葉を使いこなしましたね」

 「ふふん、私も日々せいちょーしているのだよ」

 「大した事でもないですけどね」

 「ひどーい」


 違反駐車から繋がる細い脇道に出る場所へ数百メートル進んで回り道をした先の大通りの脇に停車した。


 「あーぁあ。私達も見つかったら減点だ」

 「Hey ニッシュ、end guidance,bye.じゃぁ残っといて下さい」

 『ナビゲート、ヲ、終了致シマス。運転、オ疲レ様デシタ。』

 「私のペンダントだし行くに決まってるじゃない。それに私がいなきゃ窃盗犯に追いつけないでしょ?」

 「あのガラス玉に貴女が勝手に装飾しただけで貴女のでもペンダントでも無いでしょうに」

 「ほら早く行くよ」

 「ったく、聞く耳持たずですか。専用回線繋げて下さいね」

 「はーい」

 「はぁ」


 寿雄哉は呆れた様にため息を吐く。

 二人は車から降り、先程に停車していた場所から繋がる川沿いの道へ並走するように走る。

 ルート案内によると、最後の道の合流地点から商店街へ到着するまでの距離は遠い。

 分岐点が複数あるために、最後の合流地点へ差し掛かるところで一気に詰める算段だ。

 大人三人分ほどの狭い路地裏のような入り組んだ住宅地を駆け抜けていく。

 最後の合流地点に差し掛かり、十字路を川の通りに向けて曲がるとその先、突き当たる先に横切る陰が見えた。


 「あれですね、タイミングが良い」

 「ん、じゃぁ付与しよっか」

 「使用制限を、言われてるんじゃないですか?相手はもう負傷してるらしいですし、追いつけますよ」


 二百メートル先を横切ったシルエットにしか見えない影に、確信を持った寿雄哉の一言にミリアが唐突な発言で応えた。

 付与とは何かを問わず、寿雄哉は規則かのように制する返答をする。


 「緊急事態だからいの。人も少ない、距離も短いんだから」

 「そもそも手元にガラス玉が無いのに、出来るんですか」


 後からついてきている少女に注意を促す寿雄哉に、ミリアは手を何度か宙をスライドさせると指先がぼんやりと緑色に光る。

 動かした指の先を見るミリアの眼差しは神経を研ぎ澄ましたかのように集中していた。


 「ん!」


 手で空気を掴むようにし、腕ごと空に切って持ち上げる仕草をすると、小さな緑色の光は大きく弧を描いて二人に移った。


 「うわっと」


 二人は緑の発光体に包まれた。

 寿雄哉が前のめりにバランスを崩しそうになったが、すぐに体制を整えた。


 「使えた!」


 誇らしげと言うよりも、やったら出来ちゃった!という子供染みた表情で寿雄哉に視線を送った。


 「身軽になる感覚がいつもながら不思議ですね。ガラス玉が無い時は使えないんじゃ…あ、そういう事ですか」

 「んんん、ガラス玉が近くって事だね!」

 「やれやれ貴重な資源が。お嬢様に怒鳴られてしまう」


 寿雄哉の反応に満足いかない様子だったが、ミリアは「内緒ね」と微笑んで一言添えた。

 寿雄哉はため息を吐く。

 二人は前方の影を追うべく高さ二メートルを軽々しく超える程の跳躍力で障害物を物ともせず前方の影を一気に追いあげる。

 先方の影が通った道はT字路の角を左へ曲がったその先。


 「見えたよ!」

 「確認しました、麻酔銃、お願いしますね」

 「向こう、商店街の路地だよ!準備、オッケ!」

 「大丈夫です、足止めしますよ」


 両手で拳銃を支え、脇を締め左足を前に右足で踏ん張る。

 しかし軽快となったフットワークは慣性が男を止めてはくれなかった。

 勢い付いた身体を低く構え、その姿勢で勢い良く滑る男は物ともせず身体を引き締めて標的を一点集中した。

 的は数十メートル先の影。


 ーーーー パスッ!プスッ!プスッ!


 空気が破裂しただけのような発砲音。

 当たった瞬時に間発置かず少女のニ射。

 奥先にいる人影が壁に倒れ込んだのが見える。


 「命中ですね」

 「いぇい」

 「発光を解除して下さい、他人に見られたら面倒です」

 「オッケ」


 ミリアが緊張を解くように深く息を吐くと淡い緑の発光は消えた。

 二人は倒れた影の方へ駆け込む。

 壁際に倒れ込んだカジュアルスーツを着た男性、透明なサングラスは倒れた衝撃で割れたのだろうか右肩には先ほどミリアが撃った二本の麻酔弾が刺さっている。

 

 「こいつ、どこにやったんだ」

 

 探し物が見つからない。

 ついさっきまで手に持っていたであろうガラス細工が、何処を漁っても見当たらない。

 スーツの内ポケットから隅々まで探すが目当てのものが見つからなかった。


 「あっ」


 少女の漏れた声の視線の先。

 一人の青年がガラス玉を拾い上げて立ち去る姿が見えた。

 三人の姿は隠密を行使したのが災いして丁度暗がりで見えなかったのだろう。


 「待って私のユ!むぐふぇふあ!!」

 「ミリア様」

 

 咄嗟に寿雄哉はミリアの口を塞いだせいで、ミリアの言葉は舌足らずになって虚しく消える。


 「ワッウェ!アェー!」

 「分かりましたから」


 その塞いだ騒ぎ声に気づいたのか一瞬、青年が二人に振り返りはしなかったが耳を傾ける程度に顔を向けていた。

 しかし気のせいかと言う様にまた歩き去ってしまった。


 「仕方ない。後を付けます」

 「あふったわら、てふぉ、ふぇおおけなほい」

 「いたたた」



          ⌘⌒ ⌘⌒ ⌘⌒



 「織田はまだ連絡ねぇのか〜?」


 車の交通量も人の行来もそこそこ多い地域。

 四車線もの大きめな道路の脇に携えた小さなビルの一角。

 ソファーに腰を据えタバコを咥えたカジュアルスーツ姿の男が気怠そうに通りすがりの職員に絡む。


 「連絡はまだないですね…」


 職員の女性は恐る恐るといった様子で答えた。

 男はその答えに舌打ちすると女性職員は「すみません…」と申し訳無さそうな仕草で仕事を継続する。


 「あぁいや…君に怒ってるわけじゃ〜ないんだよ… …ったく、もう18時過ぎたぞ、何してんだあの童は」


 タバコを吸いながら膝元に置いた手がトントンと音はたたず、指が苛立ちを表しているのが目にとって分かる。

 タバコを指で挟んでいる右手で顔を覆い肘を膝元に置き、身体が前のめりになると今度は静止した。

 他の職員は男の一挙一動の様子に気を遣っているのか音を立てまいと静かに作業をするが、静寂に時計の音だけが響き渡る。


 「まぁ良い、後で説教だ。定期ミーティング始めるぞ」


 スーツの男の号令で各々が起立をする。

 数はスーツの男を含めて六名。

 軽々しい挨拶をし、スーツの男はシーツーを起動して紙ではないデータ資料を一覧できる様に拡げる。


 「データを配るぞー」


 スーツの男は、データが各自にホログラムに送られた事を認識すると、その資料内容を読み上げて行く。


 「案件は三件だな。まずぁ一件目、彼氏の不倫問題を探って欲しいという案件、不倫?浮気?字面ですげぇな。これ担当してるの誰だぁ。」

 「はい私です、解決案のほぼ九十五パーセント確認出来ましたが後の解決はご本人次第という事になりました。」

 「パーセントが分からんがほぼ解決って事だな、んじゃぁ一応参考案に結果どういう状況だったかだけ聞いとくか」

 「はい、えーと・・・、依頼者は三十三歳女性無職です。まず相手は既婚者だったという事は間違い無く、夫婦間の関係も近隣の住民から見ても何ともない良好な関係と見てとれていました、が、問題はその既婚者の男性の方でした」

 「説明がちょいまどろっこいが旦那のなんかで嫌気さしてぇ奥さんが調査依頼者の彼氏と不倫ってかあ。まぁ良くある件だわな」

 「あ、いえ。あー、えー…男性が『そっち系』だったらしく、依頼の調査結果はその、旦那の方が不倫だったという事でした。」

 「・・・あん?そっち系?」


 結果に対する理解が追いつかないといった様子で事務所の空気は凍てついた沈黙に包まれた。


 「ちょっと待て。あー、理解が出来なかったわ。依頼主は女性で結婚してなくて、恋人関係だったよな?調査対象が既婚者だったよな?依頼主が濡れ衣かましたって事か?」

 「えっと…、濡れ衣ではなく、依頼者の彼氏と既婚者の旦那が…ですね。それに男は研究員で少し特異な方でもある様でして…。」


 言い終えた職員の顔を怪訝に見つめて、羽柴はスッと気を落ち着かせる様に天井に顔を煽って息を吸ったのだが、動揺を隠しきれず咥え煙草を床に落としてしまった。

 やべっ、と言いつつタバコを拾い上げる。


 「いやまぁなんつぅか、最近は不倫問題も単純じゃぁねんだな。」


 眉間をつまんで自信に理解を求めているようだが、表情から察するに理解の範疇には至らなかったようだ。


 「はぁ、んじゃぁ気を取り直して次二件目、歯科医院から依頼で医療品の器具や消耗品の不規則な消失の原因を調べて欲しい。っつぅ件だな。」

 「自分です。原因の依頼過程は棚卸しの資料を確認して、治療過程で使用する筈の器具や消耗品の数が合わないなどと言った理由でして、一旦こちらが防犯カメラを準備して設置の協力をしました。様子見という形で一週間の経過を見る予定です」

 「発注ミスとかなんかしらの手違いで廃棄が出て数が合わないだ、理由が考えられそうだがなぁ、当事者以外が何かしてるって事を確認中ってとこか」

 「そうですね。紛失リストは今作って頂いてるところです」

 「分かった都度報告入れろ。まともな調査依頼で良かったな。次、三件目。あー…なんだこれぁ。スラムから要請?あいつら報奨金あんのか?まぁいいか。とりあえずぁ、調査依頼内容てぇのは、不審人物の調査ぁ?スラムに不審調査ってなんだ?ネタか?誰だこんな依頼受けてんの」

 「私です」


 眼鏡姿にキリッとした立ち振る舞いの男、オールバックの髪型にちょこんと垂れた前髪に堂々とした態度。

 男は眼鏡を中指で持ち上げた。

 眼差しは鋭く表情は硬い。


 「おめえか明智、相変わらず変な依頼受けてんな」

 「こういうのは私が適任だと思っているので」

 「んで?内容はどう言った感じだ?」

 「外部の人間が近場で何やら泥いぢりをしている事が多く、それが目障りだという事だそうです」

 「不法滞在者が不法侵入を気にするってか?てかどっちかっていやぁ調査じゃなくて警察案件だろう、そんなもん無視して良いんじゃねえか?」

 「いえ。少々スラムの動向に気になる点があるので、ついでに受けておきますよ」

 「あんま変にぃ首突っ込むんじゃぁねぇぞ。法があって無ぇようなもんだからなぁ」

 「何かあったら羽柴さんを頼らせて頂きます」

 「はっ、面倒はごめんだな」


 三件の依頼報告を最後にミーティングは締め括られた。

 21時を回るが今だに織田と言う人物は現れなかった。

 ミーティングを終え、再びソファーで寛いでいる羽柴は目の前を通り過ぎようとした女性職員に視線を向けると、女性職員はおずおずと会釈して通り過ぎようとした。

 

 「なぁ」

 「…は、はい!」


 自分に声を掛けられる事はあるまいと思ったのだろうか、睨みを効かされたように見られて声を掛けられた女性従業員は声が上擦ってしまった。

 「あー」と、申し訳ないように鋭い目つきは隠せないまま言葉を詰まらせて羽柴は後頭部をさする。


 「織田の野郎、あいつも最近どっかで怪しいから捜査してるってな聞いたんだけどよ」

 「あ…はい、そう言えばそう仰ってました。潜入捜査まではしないけど、どこやらの宇宙開発部が怪しいからちょっと行って来るとかなんとか…」

 「宇宙開発部ぅ?宇宙航空機構共同開発か?ナクサじゃねぇのか?」

 「ぁ、そんな感じの名前でした」


 ナクサ知らんのか…と言いたげに素っ頓狂な顔になった。

 羽柴は一つ溜息を軽く吐いて顔に手を覆ってしまった。

 女職員は「失礼します」と一言添えてそそくさと立ち去って、一つ仕事したと胸を撫で下ろして一息付いていた。

 女性職員は羽柴から背を向けていた為に気にする事はできずに一安心だと思っていたのだろうが、羽柴はその仕草を見てまた一つため息を吐いた。

 ナクサはローマ字でNAXAと書く。


 「…まだ繋がらねぇ」


 端末で織田と言う人物に連絡を繋げようとしたのだろうが、どうやら繋がらない様子だ。

 羽柴はソファーで室内の天を仰ぎながら何かを探すように手仕草をしている。

 シーツーを繋げているのだろう。

 羽柴は舌打ちしながら煙草を灰皿で揉み消してソファーから立ち上がった。


 「ちょっと織田を迎えに行くからお前らも早く仕事あがれよ」

 「は、はい。羽柴さんも気を付けて」

 「ったく、問題起こすなっつってんのにな」

 「え?」


 溢した言葉をそのままに、羽柴は室内から出ていくと職員達は緊急を要するように出ていった羽柴を見送るとお互いを見合った。

 羽柴の形相から発せられた緊迫感が部屋に置き去りになり、空気に耐えれなかった職員はいそいそと終業作業を早めたのだった。

 明智だけは羽柴の様子が脳裏に焼きつき、羽柴がいた場所を虚空を見つめるように凝視していた。



          ⌘⌒ ⌘⌒ ⌘⌒



 暗闇の中、月明かりが反射する川の通りを歩いて商店街へ向かう一つの人影。

 後方を気にするように目を細めて、柵にもたれ掛かるように手を付けて自分の体を支えながら男が一人歩いている。

 さながらスーツ姿に似つかわしくない保護グラスのようなサングラスのシーワンを身につけている。

 男は長距離を走ったかのように息づかいは荒い。

 目線の先、左手にはエメラルド色のビー玉の様な丸みのあるガラス細工に枝の様な根が絡み付いた物を持ち、それを確かめる様に男は呟いた。


 「羽柴さん俺、やったっす…」


 声に力がない。

 男の右腕はぶら下がっているようにだらけていて、手の先から赤い血が滴っていた。

 男は左手首に付けた腕時計を確かめる。

 血の滲む腕の痛みに耐えているのであろう、表情は苦痛で歪んでいる。

 時刻は二十二時七分を差していた。

 小指と薬指にガラス細工を挟んで持ち、サングラス型のシーワンを残った指で摘んで外し、細部を確認する様に角度を変えて何かを確かめている。

 

 「…クソッ」


 男の顔は苦痛と悔やまれた表情となって悪態をつく。

 シーワンが壊れているのだろう、面はひび割れていた。

 フィーリングを付けた手で手振りするが、シーワンはやはり反応は無かった。


 「ツイて無さすぎス、とにかく車を囮にいつもの場所で匿って置かないと」


 外したシーワンをポケットに仕舞うと再び歩き出し、うねるような暗い路地を進むと、その先には川を挟んだ商店街が明るい街道の屋根の軒桁(のきげた)暖簾(のれん)が見え、その下には(のぼり)が立っている店が覗けた。

 ブルックが主流な現代に、アナログの看板などが立っている地域などこの商店街くらいだろうか。

 歴史好きな外国人観光客もよく来る。

 その光景を目にした男は息を整えるかの様に立ち尽くす。

 男は壁に手をつき懸命に走り出した。


 「イ、テェ」


 腕が走るはずみで痛むのだろう、痛みを堪える様に顔は前を見ておらず地面に向けながらもすり足の様に走っていく。

 助けを求める先が遠く感じさせる程に足取りは重い。

 段々と地面の暗闇が薄れていく。

 街灯の光が近づいて来た。

 安堵も無く、もはや痛み以外に何も感じないのだろう。

 目は据わっていて地面に滴る汗の先だけを見つめて進む。

 目標は街道まで十メートル。

 九メートル。

 八メートル。

 七…六メートル。

 エメラルドのガラス細工が白熱球の様に淡く光った。


 「な、なん?」


 男は驚いて淡い光に目線を奪われると後方に流れる様に漏れる光がスッと溶けていく瞬間を捉えた。

 その異様な光景にガラス細工を見つめるが、何事もなかったかの様に通常通りだった。


 ーーーー タンッ!プスッ!プスッ!


 「ァガッ!イッ!!ッ!!」


 光の消えた後方から紙の束を叩くような音が一回、溜まった空気が一気に抜けたような音が二回。

 男は腹部からくの字に折れる様に衝撃で倒れ込む。

 血塗れた右腕から倒れた男は苦痛に悶えるが起き上がる事も出来ず左手で右腕を支える事すら出来ない。


 「クソッ…日本すよ…ここ…」


 朦朧とした視界の中で音の発信源に視線が向かう。

 暗闇から二つの影が浮かんだ、そして商店街からもう一つ。


 「銃とかズルっす、よ… … …」


 男は力尽きたように身体は地面に吸い込まれ壁に倒れた。

 二つの音の影は倒れ込む男の間近で止まったがすでに意識は途絶えた。



          ⌘⌒ ⌘⌒ ⌘⌒

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