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ユグドメイク -YggdMake-  作者: 隆永展
第一章:残るものは失った過去
19/20

011 プロジェクト1200 - ユグドミーティング -


 スヴァンバル日本支社地下実験施設[閲覧室]ーーー


 まるで大まかな世界観の紹介動画だった。

 ただ一言でいえば、変わるならどうなる。

 って感じだな。


 魔法の使える世界、か。

 どこまでが限界か分からない無限の可能性を秘めた世界。

 自由奔放な冒険、人を脅かす獣を狩り、素材で得られる新たな物品、仲間、必ずある魔王みたいな存在。

 そんな世界感を大まかに想像してしまう。

 アニメや漫画の見過ぎかな。

 嫌いじゃないけどな。

 所詮そんな世界はディスプレイや紙の中でしかないけど。

 この地下の光景を見ると、少し現実離れしてしまうよな。


 動画の様に実現するのかしないのかはともかく。

 俺的にはどうせなら、生きて行くだけが仕事の様なこのつまらない世界が、一変するのも面白そうで見てみたい。

 … …でも。

 そういう世界を望むこと自体も罪なんだろうな。

 国家反逆罪とかになるんだろうか。

 そもそも国どころの話じゃ無いか。

 だけど、もし、世界がこの動画の様に変わるなら、最初に溢れるのは、きっと善意じゃないーーー


 「シイナくん、終わったよ?」

 「ーーー あ、ごめん。」

 「内容理解できた?」

 「理解出来たような出来ないような。ミリアさんは、何回か観てるんだっけ?」

 「そうだよね。私はこれで二回目。と言うか、ミリアで良いよ。さん付け要らない。」

 「え、なんか流石に悪い気が。」

 「なんで?」

 「んー。異性関係的に。」

 「ん??」


 話しやすいから会話していただけで、男付きの女性に馴れ馴れしいと目の敵にされるんだ、面倒な事この上ない。

 ましてや雄哉さんに嫌われたくはない。

 

 「過去に面倒な事があったから避けたいんだよ。」

 「シイナくんと会うの初めてだよ?」

 「うん、そう言う事じゃないね。」

 「えー私なんかシイナくんに悪い事したっけぇ?ぁ、キャンプの時に脅かしたから!」


 脅かした?

 キャンプで仕掛けた鳴子が見えてたってことか。

 やっぱ設置が下手なだけだったか。


 「やっぱあれわざとだったんだ。」

 「あはは、ごめんー…驚かされるの嫌だったのね」

 「いやいやとりあえず、それもこれもミリアさんが悪いって話しじゃないよ。」

 「なんだよお。」

 「とりあえず、雄哉さんのとこに戻ろうかな。色々確認したい事もあるし。」

 「うん、そうしよ。」


 ここなら、今までの溜まった謎も全部聞けそうだ。

 聞くのも怖いけど、なんで俺が連れてこられたのとか。




          ⌘⌒ ⌘⌒ ⌘⌒




 探偵事務所[応接室]ーーーーー


 「えれぇデータぁ拾ってきたなおい。」


 羽柴正仁は背もたれを倒したオフィスチェアで、天井を見上げながらボヤいた。


 「作り話にしちゃぁ話がリアルすぎる。リアルすぎるが、信頼性が無さすぎらぁ。これをどう解釈して、何を判断しろっつんだ。これあれだな。神話ってやつの名前に因んでっから良くねーな。遊び心があり過ぎらぁ。プレゼンとしちゃバツだ。」


 天井を仰ぎ呟く先、羽柴のシーワンには先日、織田真斗が命からがら盗んできたデータが映し出されている。

 

 「こりゃ確かに説明しがてえわな。織田の気も少しは組める気がすらぁ。馬鹿でかい木を生やして、新しい資源を採取して新たな発展に役立つと。まぁレアメタルやらレアアースだ、地下には色んなもんがあっからな、うまいことそれらしいこと言うが。この馬鹿でかい木は出鱈目すぎて現実味ないわ、こんなん過去に一度でも想像つくような実例あるんかね。」


 独り言のように呟いているが、同じく対面でオフィスチェアに明智豪代が座っていた。

 

 「流石の羽柴さんでも、これの対応は難しそうですか。」

 「これだけじゃ情報が足らねぇって話だわ。」

 「実例ですか、きょ」

 「恐竜って規模でも小せえ話しだろ、もはや。」


 言うのを待っていたかと言う様な回答の速さに、明智の動きが止まってしまった。

 羽柴の口元はニヤついている。


 「こほん。まぁ良く聞くとは言いませんが、大分にある切り株山や宝山ーーーが「巨木があった」と言う伝承に使われる。つまり”地形そのものが根や幹の名残“であったと言う考えがあります。」

 「ありゃメサだろ。」

 「そうですね。」

 「まぁ話の作りにしちゃ言葉ってな大事よな。占いだ月面着陸だの言葉だけじゃなく、それっぽい映像や物ぉ使って実物見にゃ信じねぇ人間も、何故だか信じる一定数がいるわけだしな。」

 「おや、羽柴さんは占いや月面着陸の成否は否定派ですか」

 「そうは言ってねぇよ。娯楽は大事だ。月面も浪漫があらぁよ。」

 「言うなればオカルトですか。信じる信じないはあなた次第って奴ですね。」

 「結局のところ、物事が起きなきゃ信じねぇ一定数の輩は、物事起きてから慌てて文句言う人間だ。一番面倒臭え輩だが、そんな奴の気も汲んで、気づいた人間が動かなにゃいけんわ。」

 「言い方悪いですよ羽柴さん。まぁ誰かがやるだろう精神は頂けませんが。」

 「ったく、おめえと話してると余計な事までペラペラ口が出ちまうじゃねぇか。これの調査に使える人材が欲しいな。」


 二人はドア越しで見えない隣の部屋に居る人物達を見た。

 互いに顔を合わせるタイミングで二人は笑ってしまった。


 「まぁ癪だが織田と同じ心境になるって事だあな。実行日と場所がわからねぇ、完全に取り押さえるべきか、経過を見ておくか。まぁ最近やたらと、このユグドラシルってワードが耳に入り始めてっから気になっちゃいるけどよ。」

 「機密情報と書いてあったと思うのですが、噂が流れてるのですか?」

 「そこだよな。ある種、ワザと気にさせているようでもあるし。考えによっちゃ、この実験の実現の気を逸らせている気もするし。まぁ聞いたっつっても、なんだかんだ、この資料に関わってんだろうとは思うんだよな。」

 「そういえば織田くんも以前、枯れ木がどうのって言う話を聞いたんですが。」

 「あぁ明智も知ってたか、一応織田が街で嗅ぎ回って鑑定に出した枯れ木のデータっつーのがあんだわ。結果を言えばこの資料の内容と一致してんな。ミニシルって言ったか。」

 「彼にしては仕事が早いですね。そこまで結果出てるのなら、この植物に関しては信じざる得ないと言う事でしょうね。」

 「さてと。」

 「どこへ?」

 「ちょっくら調べもんだ。」

 「羽柴さん、三日前に来た農家の荒らしの件は。」

 「闇バイトから芋蔓で指示役二名の外国人計六名。全員お縄だよ。」

 

 言い切りながら部屋から羽柴は出て行った。

 部屋にはタバコの煙だけが残り、静まり返る。


 「相変わらずついでの様に・・・。」


 ため息をつくかの様に呟いた。

 シーワンで資料を黙々と閲覧する。

 カチカチと時計の音と煙を吐く音だけが響き渡る。

 時代を感じさせるアンティーク時計だ。

 

 「推測出来る行動は植物の成分とアンプルの成分と後は周辺にあった土壌の確認、か。枯れ木を調べた鑑定士の所に行くのだろうな。」


 一呼吸置き、タバコを灰皿に揉み消すと立ち上がる。


 「さてと、そろそろ勝負どころですかね。私も穴掘りに行きますか。」


 明智豪代も、静かに部屋を後にした。



          ⌘⌒ ⌘⌒ ⌘⌒



 スヴァンバル日本支社地下実験施設[会議室]ーーー


 木目調の天井にリブウッドの壁とした、一面ダークブラウンの会議室、防音を意識しているのだろう。

 殺風景を減らしている様な申し訳程度の観葉植物が角際に四箇所。

 十二人分の椅子が並べられたウッドテーブルに、寿雄哉、近衛ミリア、久留生椎名、他二名。

 一人は閲覧室にミリア達が入る前に会った白衣の男、大久保貴とあと一人、椎名とは初対面の顔だ。

 そして会議室の外にも二名の警備員が立っている。

 地上から大きく離れた地下で警備員を配備する必要があるのかと思うが、会議室を使用中であると言う名目や形式上でもあるのだ。


 「では、揃ったようなので始めさせて頂きます。進行役を務めさせて頂きます、松本淳平(まつもと じゅんぺい)と申します。主にこのフロアのセキュリティを務めております。宜しくお願いします。」


 進行役は見知らぬ顔だった者だ。

 施設内の慣れた間柄であっても自己紹介するのは久留生椎名がいる為だろう。

 だが椎名はそれが会議の形式であるのだと思ったのか、ただ見守っているだけだ。


 「まぁ形式上は会議ですが、堅苦しいのは割愛させて頂きますね。手元の1ページ目の拝見をお願い致します。」


 進行にはシーワンの使用が無い。

 データの流出を防ぐ為だと言う。

 社会人経験の無い椎名に形式と言うのは知らない。

 松本淳平の心境は、どうだろうか。

 普通と思ったか、仕方ないと思ったのか。

 返事のない彼に怒りを覚えたのか。

 何も感じ得ない事はないだろう。

 

 「ぁ念の為、彼の自己紹介ですが、久留生椎名くんです。一応学生なのでお手柔らかに願いますね。」

 「なるほど、分かりました。有難う御座います。」

 「ぁ、よろしくお願いします。」

 「はい、よろしくお願いします。」


 寿雄哉のフォローに椎名は意図を理解したのか、すかさず挨拶を返した。


 「早速、今回の議題ですが、ユグドラシルの種の発芽地点どうしましょうか。」

 「大分の切り株山周辺一択じゃないか?民家も少ないし十分なスペースがある。被害が出ても最小限に抑えられるでしょう。何十棟位なら賄えるでしょ。」


 議題の提示をした松本淳平に対して、即座に答えたのは大久保貴だった。


 「確かに十分ですが最近、羽柴さん達の絡みが強くなってきてるので安易な行動は難しいですよ。」

 「安易と言う事は無いでしょう。そもそもあのデータを取られたからと言って、ユグドラシルなんて物信じるのも馬鹿げた話しだろ。」

 「その考え方が安易なんですよ。ていうか自分達の成果を、自分達で御伽話にしないで下さいよぉ!」

 「そうかい。」


 松本淳平の訴えに大久保貴は冷ややかな一言で一蹴。


 「あの」


 恐る恐ると言った挙手に視線が集まった。

 手を挙げたのは久留生椎名だ。


 「民家に危害を及ぼすのは前提なんですか?」


 口調には苛立った様子が見受けられる。

 視線の数々に動じる事なく椎名は真っ直ぐに質疑した。

 その質問は最初に述べた周辺への被害に対するものだ。

 

 「規模が規模ですから、ある程度は予測しておかないといけないと言う事ですね。」

 

 松本淳平が一言説明を添えた。

 大久保貴が面倒臭そうにため息を吐く。

 

 「ちなみに椎名さんは、ユグドラシルの動画を観ましたか?」

 「はい先ほど紹介動画のようなものを」

 「紹介動画!ははは、確かにそうですね。それでどのように思えましたか?」

 「動画の内容も理解し難い事が山ほどあるので質問はあります。ただ、正直言って自分がここに連れてこられた意味を解っていません。」

 「流れのままに、ここに居られるよりかはだいぶマシなお答えですね。そうですね、私も詳しく伺ってないので、分かっていないです。という事で。」


 松本淳平は寿雄哉に向かって姿勢を正した。

 ミリアが一言言いたげに口を挟もうとするが、制止される。

 美女が台無しなくらい、とても不満そうに顔を顰めた。


 「んんっ、寿雄哉さん、この方がここに連れてこられた理由を教えてください。正直このまま話を進行して良いものかも、解りかねます。」

 「確かにそうですね。」


 少なくともミリアの圧に押されたのか言葉を詰まらせそうになるも、松本淳平は咳払いしながら寿雄哉へ事の顛末を伺う。

 事件遭遇時にガラス玉を持って行った事、知り合ったきっかけにキャンプの出来事。

 決して“着けていた“などと口にする事は無く寿雄哉が説明をする。


 「腑に落ちません」


 説明を一通り聞いてもなお、松本淳平は久留生椎名の正当性を疑う。

 それに大久保貴も賛同するように頷いた。


 「その流れじゃぁ、“偶然と好奇心”だけで連れてきた計算になります。ここは偶然で回る場所ではない。たまたま持って行っていかれたガラス玉をキャンプでたまたま遭遇して、お気の毒ですが、遭遇した熊とやり合った仲だからと意気投合したから、じゃぁ椎名さんも参加しようって、それじゃぁとんだ迷惑じゃないですか。理由を明確にお願いします。」


 説明の受け取り方をいえば最も妥当な言い分だ。

 松本淳平は決して嫌味を言っているわけじゃ無い。

 彼らは社会人としてのプロであり研究者だ。

 何も知らない初心者の相手をするならば、研究に使う時間が質問ばかりの相手に使われかねない。

 考える事が仕事なのに、研究の時間を割くなんて論外だ。

 彼らには人件費も掛かっている、会社の資金調達にも貢献しなければならない。

 久留生椎名と言う人間が遊び感覚で来たのであれば、まともに相手にする事も対応する事も出来ない。

 だからお互いに迷惑だと松本淳平が言っているのだ。

 だからこそ、遊びで連れてきたわけじゃ無いのならば椎名が連れてこられた明確な理由が、未だに無い事は事実。

 寿雄哉が連れてきた責任の問題でもあるのだ。

 現時点で説明に計画と椎名との共通点は無い。

 椎名ばかりが問われる話ではなく、本来ならば連れてきた寿雄哉が打開しなければならない問いだ。

 しかし、寿裕也は口を挟もうとはしなかった。


 「この計画に賛同したのが、この世の中を変えたいと言うだけの話なら、君みたいな若い子が考えるには早すぎる。」

 「そうだ、社会に踏み入れず、まだ学業の箱庭にいる狭い空間で何が解ると言うんだ。」


 椎名が思っていた『変わるなら観てみたい』を口にして聞いたことに対する返答かのように松本淳平と大久保貴は論じる。

 軽はずみな気持ちでいたつもりでは無い椎名にとって、眉に皺が寄るくらいには刺さる言葉だった。

 だがそこに激情して反論する様子はなかった。


 「好きでここに」

 「あっ…」


 いるわけじゃ無い、と言う言葉が出るかのように、拳を握り締める。

 その横でミリアが今にも心配に身を寄せようと言葉を詰まらせている。

 論じた二人は黙って椎名の言葉の続きを見守った。

 次はお前が言いたい事を言う番だというように。

 椎名は、自分を落ち着かせるかのように一息付く。

 ミリアもその様子を見てホッと一息した。


 「いや、僕は確かに。確かにこのつまらない世の中の変化を観たいと思った事もあって、断らずここまで着いてきました。」


 語る口は怒りでは無かった。

 落ち着きとも言える語り口調。

 言葉を思い出すように机に視線を落としてはいるが、声だけは全員に向けていた。


 「唐突に来て、唐突に踏み躙る発言をした事は反省します。ですが、動画を見た限りでは、もはや今はやる事は一つ、後はこのユグドラシルの種を植えるだけと言うなら、僕も役割を持てるんじゃ無いかと思います。」


 椎名は胸元からガラス玉のペンダントを取り出し、手のひらに乗せて差し出した。


 「ガラス玉が!」

 「…緑に光ってる。」

 「はい、僕はこのガラス玉に触れる事で、緑に光ります。ただその事について理由は判りません。」


 松本淳平が、大久保貴もまた、緑に光るガラス玉に驚きを隠せなかった。

 寿雄哉は椎名のガラス玉の反応について、研究員に説明をしていなかった。

 そして今も伏せたわけでも無くただ簡潔に、質問の意図に率直に出会いの流れを説明しただけだ。

 ガラス玉が、もといユグドラシルの種が自分に反応して光ると言う事が重要な点だと、先日、寿雄哉とミリアの仕草や反応を見ていた椎名が、些細な記憶を呼び起こし導き出した答え。

 その答えは正解だったかを物語るように、椎名の存在に異論を唱えていた二人が、椎名の手のひらで光るガラス玉を乗り出しように観ている。

 寿雄哉は椎名の導き出した答えに満足したように微笑む。

 まるで『君ならそこに辿り着く』と信じていたように。


 「お嬢様とも違う色、と言う事は。」

 「そうです、私が説明しようとは思っていたのですが、椎名さんがしっかりしているお陰で省けました。ミリアさんが運ぶより確実にユグドラシルが反応すると言う事です。」

 「むぅ、腑に落ちないけど。まぁ椎名くんなら良いや。」


 椎名がキャンプで手に取った時のミリアの反応に似たようなものだが、この会議においては更に重要なのだろう。

 

 「それで、この緑に光ると言うのは、どう言う事なんです?こないだミリアさんが、何かしようとした時に光った手とアスって関係ありますか?」

 「え!」

 「椎名さん、あの時見えてたんですか。」


 キャンプでクマに襲われた時。

 椎名はクマに打ちのめされ樹木を背に立ちあがり、寿雄哉の行動に合わせようと視覚の片隅で捉えた一瞬だったあの時。

 その一瞬を目で捉え、数秒の観察力で違和感を覚え観たその光は、確実に身体から発光していたと椎名は確信していた。

 机の上で淡い緑光を輝かせるガラス玉が瞳に映り込む。

 

 「他にも幾つか聞きたい事があります。と言うか沢山ですが。」

 「お伺いします。」


 松本淳平が受け答えた。

 身内のような会議とは言え、社会的立場の者達は学生相手でも己の経験を表に出さず質問者の言葉に耳を傾ける。


 「まず御伽話が逸話じゃ無い、と言う真相については、どうやって明らかにしたんですか?」


 疑問は恐らく核心をつく質問だ。

 誰も1200kmに辿り着いた事のないはずの。

 見た事も公に知らせがあった事もないはずの。

 疑わざる得ない事実とも言える。


 「ミニシルと言うサンプルを実際に見させてもらいました。些か信じられない光景でした。手品の類いかとも思いましたが、プラスチックなどで出来た人工観葉植物ではない事を確認しました。御伽話は逸話じゃないというのは、ミニシルの存在が非現実的な存在だからそのように発信しているのですか?」

 「なるほど、そこまでしっかりと考えてくださっているんですね。」


 椎名の問いは、先日に実物を見たからこその疑問ではあるが、調べたというのは千切ったり腕につけて感触を確かめていたことに繋がる。

 動画を見ただけでは問えない質問のはずだ。

 思わず松本淳平も真顔が崩れて少々口元が緩んでしまっている様子だ。

 大久保貴は相変わらず、腕組みしたまま真っ直ぐと椎名を見ている。


 「推測ですが、ミニシルが宇宙に存在したダークマターというのを回収に成功した事で、事実上、まだ公表してない地底の資源を吸い取る算段ができた。つまりこの地球にミニシルが自然の摂理を利用して酸素を生み出す過程でダークマターも散布されると。ここまでは動画通りなのだろうと思います。ダークマターが新たな技術革新の可能性を秘めて新世界という言葉にしているのかと。なのでユグドラシルと言うのは言うなればキャッチコピー、そんな風に動画を見て思いました。科学者じゃないので、説明に適した名称が分からないですが、どうしてそのダークマターが魔法だかアスだかの能力が使えるという考えに至っているんですか?また、そういう言葉を使って、魔法瓶くらいの技術的な話で、魔法だかアスだかを使える気分を味わえるみたいな技術を汲み出す希望や憶測、悪く言えば欺瞞にしか聞こえません。正直、もっとこうファンタジーな感じに変貌するのかと想像を膨らませてしまい、がっかりしてしまってます。」

 「おっほっほ!凄いじゃん!」


 口調は急がず椎名の問いは極めて落ち着いた文言だった。

 椎名の推測が刺さったのか、大久保貴が手を叩いて奇声をあげた。

 ミリアは少々不満なのか悲しいのか、机に突っ伏して何とも言えない膨れっ面をしてしまっている。

 寿雄哉に至っては俯きはするものの表情は笑みを浮かべている。


 「椎名さん、でしたっけ?」

 「はい」

 「今おいくつですか?」

 「?17です。」

 「いやはや、参っちゃうね。」


 齢17の子供が、明確に疑問を投げかけるような内容では無いはず。

 こんな公にも出ない常識はずれな内容に研究員共々が感じ取った。


 「まぁ、正直言うとですね、私達も御伽話が逸話じゃないという真相はわかりません。要は意識の刷り込みなのだろうと。私も、椎名さんの推測を聞いてなるほどと思ってしまったくらいです。」

 「はぁ。」

 「ですが、少なくとも二つは確実な返答が出来ます。ですね?雄哉さん。」

 「はい、では椎名さんの疑問と推測の話については私がお答えしましょう。椎名さんの推測と言うより解説の理解は大凡合ってます。ダークマターの精製方法は自然の摂理を利用する、素晴らしい答えです。これが一点です。その上で敢えて答えるとすれば。」


 答えを出す方法と言わんばかりに、ミリアを見る。

 私の番かと言うように、ミリアが立ち上がり席を離れる。

 席から離れ、改めて全員の方へ向いた。

 

 「椎名さん、何か不要な物はありますか?」

 「ぇ?あー、空のペットボトル?」

 「良いですね、どこでも良いですので机に置いてください。」


 言われるがままに椎名はペットボトルを取り出して目の前に置いた。


 「魔法は都合の良いものとして描かれているのがほとんどですが【アス】は、いわゆる自然現象です。ダークマターは自然現象の流れを意識的に動かす役目もあります。条件があるようですが。ミリアさん。」

 「ん!」

 「【アス】は“自然現象のベクトルを短時間だけ意図的に揃える”行為です。見ていてください。」


 言うやいなや、ミリアが腕を上げ、手を前に開き、ペットボトルを見つめるように集中する。

 瞠目するように、刮目するように、瞳は鋭く、鷹のように獲物を捉えるが如く。

 

 「手のひらが…」


 白の輝きを見せた。

 そして、ユグドラシルの種も白に発色する。


 「ぁ皆さん耳を塞いでください。」


 種の発光体がミリアとペットボトルに向かう。

 ミリアとペットボトルとの直線上に光が一筋到達した瞬間、ミリアの手からペットボトルに向かって一瞬、光が走る。

 時間にして恐らく5、6秒ほど。

 パリパリとテープを剥がすような音が聞こえた瞬間 ーーー

 ーーーー パァン!!!!!!


 「うわ!!!」


 落雷現象のように目の前で電撃が走った。

 同時にペットボトルが弾き飛ぶ。

 椎名が驚き叫んだ頃には、&ペットボトルの側面には溶解した穴が一つ。

 

 「…っふぅ。成功!ね、手品じゃないでしょ?」


 一仕事終えたかのようにミリアは汗を拭う素振りを見せる。

 椎名は口を開いたまま絶句してしまう。

 一拍置いてペットボトルを手に取り、机の下を確かめる。

 何も装置はない。

 天井にも装置はない。

 確かなのは唐突に訪れた空気の変化と、キャンプで見た発光現象の正体だった。

 今は何もなく正常だ。

 空気の入れ替えをするかの様に、雄哉は扉を開けると、涼しい空気が流れ込む。

 部屋の中はいつの間にか温まっていたらしい。


 「これが【アス】だよ!」

 

 椎名はミリアを見た、松本淳平を見た、大久保貴とは視線が合わなかった。

 もう一度ミリアを見ると握り拳で腰に当て、身体を横に傾けドヤ顔してる姿を見て口元が歪み、後ろ髪を掻いてしまう。


 「いやいやいや…。何者なんですか、ミリアさんって…。」

 「え、何者って言われると困っちゃうけど、私は私?」

 

 椎名は、まるで記憶喪失みたいな事を、と言いたげに苦笑いだ。


 「誰でも出来るんですか?仕掛けあるとか言わないで下さいよ?」

 

 人は不可解な現象を起きると何事も疑いたくなるものだ。

 逆に自分にとって都合の良い不可解な現象は全て間に受けたくなるものでもある。

 椎名の場合は半々で、感情が暴走して支離滅裂だ。


 「残念ですが、誰でもは出来ません。今このアスが使えるのはミリアさんとミラさんの二人だけです。」


 寿雄哉が答える。

 空気の入れ替えを済ませてドアは再び閉めた。


 「えぇ…そうなんですね、僕も出来るのかと少し期待したけど残念です。ところでよく聞くその、ミラさんってどう言う方なんですか?あんまりプライベートな事を深く聞こうと思ってなかったんですけど、流石に聞いても良いのかなって。」

 「そう言えばそうですね。ミラ様は、希里江お嬢様のお付きで、このスヴァンバル日本支部の創設者であり研究者です。公には出てない方なので詳細は殆ど謎なんですが、年齢は聞いた事ないですが、お若い方ですね、恐らく椎名さんと同い年くらいです。」

 「えぇ…めちゃ凄い人じゃないですか。」


 椎名と同い年くらいと言うと大凡17歳だ。

 その年齢で創業実績を持ち、研究員としても流れている実力者と言う事だ。

 

 「お付きって事は、それだと希里江さんって方も凄そうな方ですね。知り合いの名前と似てるんで覚えやすいです。」

 「はい、一応社長です。彼女も凄いですね。一応研究者でもありますが、ミラ様の非現実的な知恵も取り入れた上で、当初三人から筆頭にここまで発展された方なので。本名は明智希里江と言います。」

 「え、明智?知り合いと同一人物じゃないと思うんですけど、17歳って事はないですよね。」

 「ぁ、そう言えば17だったと思います。」

 「…セミロング?」


 椎名が手振りして肩のラインまで髪があるのかと聞く。


 「見た目は、そうですね。知り合いなのですね。」

 「マジですか…」


 椎名は驚きのあまり頭の上で腕組みをし、頭を抱えるよう信じられないと言わんばかりだった。

 松本淳平が口を開いた。

 

 「椎名さんはもしかしたら、素質があるかもしれませんね。」

 「釈然としないですが、何故です?」

 「椎名さんはガラス玉が反応する。数少ないうちの一人だからです。」

 「数少ない…そう言えば、キャンプの時にも光ってるからどうのって言ってましたね。」


 寿雄哉が答えてガラス玉に触れると、ガラス玉は、光る事はなく、何も起きなかった。


 「手を出してください。」

 

 椎名にユグドラシルの種を渡した瞬間、緑色の輝きを見せた。


 「…光りますね。」

 「ミラ様曰く、当たり前に近いくらい触れて来なかったと言ってたので、無色の身近な人が増えてから察した様です。」

 「実感無いですが、自分も例外に備わってるんです?」

 「恐らくですが。」

 「もうなんか…マジですか。」

 「あはは。」


 驚きの連続で既に脳内も限界のようだ。

 椎名のボギャブラリーの限界が垣間見えてきた。

 

 「色の違いもあります。無色、白、緑、黒と四つにそれぞれの意味は未発達、アス適性、ユグド適性、侵食信号、を示しているそうです。我々は残念ながら無色です。」

 「私とミラちゃんは白だよー」


 純!白ぅ!と溜めを入れつつ、説明にも色をつけた。


 「…緑色は現状一人で、椎名さん。」

 「スルーぅ!!」

 

 椎名が気を利かせて呆れた笑顔でサムズアップした。

 ミリアが、笑顔でサムズアップを返した。


 「言えばアス適性の白の上位互換だそうです。一番ガラス玉が活性しやすいらしいので安易に触れて、そのままガラス玉を捨てられると。」

 「その辺で育って被害が出ちゃうかもしれないと。」

 「そう言う事ですね。」

 「はぁ…聞けば聞くほど話が細かくなりますね。そろそろ頭も限界です。」


 椎名は頭を抱えて、息を大きく吐いて椅子にもたれかかるように天を仰いでしまった。


 「あはは、そうですよね。それも、長くやってきた成果の証でもあるので。とりあえず今は侵食信号だけ気をつければ大丈夫です。触れるだけで種に悪影響を起こすので注意して下さい。」

 「分かりました。」


 まとめて言えばこう言う事のようだ。

 無色=未発達/白=アス適性/緑=ユグド適性(活性強)/黒=侵食信号(要隔離)

 侵食信号はまだ発見した事が無いのだろう。


 「とりあえず質問内容については以上になりますかね?」

 「あ、あと。地下1200kmって実現するんですか?届く届かないの確認とか。」


 もはや椎名は自分も参加対象だと割り切ったように質問を踏み込み始めた。

 秘匿情報は、安易に開示されないはずの質問内容だ。

 椎名も確信が付いたのだろう。

 自分は現状唯一の人間であると言うポテンシャルが、情報の引き出しに駆け引きとして使えると。

 椎名は自分の身を案じてもいる。

 自分の不都合と既に会ってしまっているのだから。


 「1200kmは実現するよ。」


 言い切ったのは、暫く口を挟まなかった大久保貴だ。

 自信のある落ち着きを持って、断言した。

 大久保貴が資料を指で叩く。


 「ミニシルの根長を基準に、地温勾配(ちおんこうばい)孔隙圧(こうげきあつ)比抵抗(ひていこう)の三要素で算出してる。弊害が無ければ2000kmまで到達する計算だ。根の伝導パターンは地底の導体層に似てる。どこでか知らないけど、実例があるから間違いなく達成すると言ってたんでね。ミラ嬢本人がそれで良いと言うから良いんだよ。俺も異論はない。」

 「まぁたそうやって投げやりに。」

 「俺は、研究できれば後はどうでも良い。」


 それが仕事だ、と大久保貴が言い切った。

 松本淳平は苦笑いだ。

 さて、と改めて松本淳平は開き直る。


 「これで本当に以上ですかね。」

 

 そうだと言うように各々が頷く。

 椎名ももう殆ど質問し切ったようで、何度も小ぶりに頷いた。


 「では本題ですね。ユグドラシルの植え込み場所を決めます。」


 その議題はそれから、数時間も及んで議論が交わされた。

 



          ⌘⌒ ⌘⌒ ⌘⌒


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