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ユグドメイク -YggdMake-  作者: 隆永展
第一章:残るものは失った過去
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008 播種


 「ここの土、掘るしてたヨ。」


 辿々しい日本語で喋る男が、地面を指刺して言った。

 スラム街と言われている地域から少し山辺に入った森林地帯、指を刺す視線の先に植木鉢一個分の小さな範囲で点々と掘った形跡と枯れた草花があった。

  

 「この付近まで来てるのか。」


 丸眼鏡にオールバックの髪型に、ちょこんと垂れた前髪。

 明智豪代が眼鏡の縁を摘み、上部の人差し指を押すと『パシャっ』と写真を撮る音がした。


 「知ってる人間か?」

 「捜索対象の形跡かもしれないですが、まだ分かりませんね」

 「そうか、危ないのか?」

 「大丈夫ですよ、今のところ危険はないですね」

 

 明智の返答に納得のいかなさそうな顔で腕を組む男。

 明智はしゃがんで痕跡を見る。


 「文明を退化させる行為に一体何の意味があると言うんだ」

 

 ボソリと呟いた。

 「ん?」と男は明智を見たが「いえ、こちらの話です」と明智は首を短く振って答える。

 明智豪代の見る痕跡は枯れ木は、四箇所。

 見た目は同じ品種、ほぼ同じサイズで同じ様に枯れている。

 摘むと崩れるように砕けた。

 

 「最近、植物の研究を行ってる企業が色々と調べているみたいでして。」

 「スヴァンバルか?」

 「おや、公に出る様な企業じゃないのに知っているのですか」

 「私たち祖国で情報売ってたヨ」


 スラムの男はこの国の人間ではない。

 このスラムに住まう人間の殆どは亡命してきたか、もしくは不法入国者だが、労働人口の手の足りない理由に貴重な人材として不法労働に目を瞑っているのが実情だ。


 「なるほど、あなたの聡明な理由が分かりますね。」

 「…ここの人間は、気が短い。解決が遅いのは何するか分からない」

 「そうなのですね、肝に銘じましょう。なら早期解決のためにあなた方にも少しお手伝いして頂きたい」

 「なんだ?仕事の依頼なら金取るヨ」

 「はっはっは、なるほど手強い。ですが私は国の法に縛られてるのでね、国に申請が受理されてない者に無闇に金銭を払う事は出来ないですが…これを」

 「お前少し気に触るぞ、何だこれは、指名手配書か?」


 スラムの男に渡されたのは一枚の紙切れ。

 明智豪代が渡したその紙には顔写真が載っていた。


 「失敬。この枯れた草花に関わる人物ですが、情報を売りにしていた貴方を見込んで、その人物に近づいてもらいたいのです。」

 「会ってどうする?殺すのか」

 「この人物に、私の事を言わずにこれを渡して頂きたい」

 「それだけか?」


 スラムの男に手渡したのは箱だ。

 男は黙ってその箱の中身を開けて確認すると、加工された鉄屑やバネやネジなどの部材が入っていた。

 その部材には説明書の類は何も入っていない。

 だが中身を見たスラムの男は、しかめた顔で明智豪代を見た。

 

 「おい、私でもわかるよ。この部品の形状は銃だ。」

 「えぇ、流石です。」


 明智豪代は、その反応に満足げに笑みを浮かべた。

 男は明智豪代の反応に不信を抱く顔をしている。

 明智豪代と箱の中身を交互に見ている。


 「ただ渡すだけじゃ受け取って貰えないはずなので、これを撒き餌に交渉して下さい」


 明智豪代がさらに2枚の顔写真の紙を手渡した。

 

 「何だ、この男女は」

 「この男女は私の友人を襲った人物です。活動範囲を特定できれば接触出来るはずなので、貴方は引き続き、枯れた草花の場所を探して私と一枚目の人物に情報を下さい。」

 「報酬は」

 「そうですね、金の流通は足取りがつきやすい。食料を暫く送りますよ。」


 金じゃないのか、と不満を呟いた。

 間を置いてから口を開く。

 

 「10人、1年分。それで取引完了だ」

 「半年です、流石に10人分は多い。」


 このご時世、一般的に1ヶ月にかかる食費は4万を超える。

 一年で48万を10人約480万を請求した事になる。

 この金額は社会人の平均年収よりも高い金額だ。


 「貴方が探す人物はこの車で鎌倉街道をよく通る。行き先を辿ると良いでしょう」


 車の全体とナンバーの写った写真を手渡した。

 だがその写真は明らかに不自然に明確だ。

 写真はぼやけているわけでも、遠くから撮ったわけでもない、駐車された車を至近距離で取られた写真だ。


 「お前、怪しいな、少し情報が持ちすぎる」

 「足取りはあっても手が付けれないんです、法のせいでね。だからあなた方にしか出来ない」

 

 男は紙を眺めてから間を置いて明智豪代を見る。

 その目は過酷を経験した者の虚ろな鋭い目だ。

 明智豪代はその目をかわす事なく視線を合わせた。


 「お前を信用できる理由ない、何か証明しろ」

 「ごもっともです。食料は優待券を混ぜて毎月手渡します。前金としてこの優待券と他合わせて1ヶ月分を渡しておきましょう。」

 「…物だけで信用を得られると思うな、舐めてるか」

 「では、一部ですがこの植物のデータを渡しましょう。」

 「植物のデータ?興味ないな」


 手渡された紙の束に面倒くさそうにも一応と言わんばかりに目を通す。

 その内容は全て英語で書かれていた。

 ページをめくるごとに男の表情がこわばっていく。


 「おい、このデータ本物か?」

 「えぇ紛れもなく、スヴァンバルで入手した物です。」

 「どうやって手に入れた?」

 「同僚が手に入れた物ですが、方法は不明ですね。ですが、入手した際に負傷して今は病院にいますよ」


 明智豪代の言葉の裏を取っているのか。

 顔を明智豪代に向けてはいるが、目はまだ資料の一点を見て言葉を失っている様だ。

 資料に書かれているのは、ミニシル、成長速度、成長範囲、そしてユグドラシルの規模だ。

 作り方や場所は書いていない。


 「分かった、この取引はやってやる。半年で良い。期限は?」

 「有難うございます、期限はGW(ゴールデンウィーク)中に」

 「短いな、なぜGW中か?」

 「人の入り乱れの多い時期は情報が手に入りやすいんですよ。写真の男にはスヴァンバルについて探っている事は分かっていると言って良いです。男女の写真を見せて、実行犯だと伝えれば良いです、それからどうするかは任せます」

 「やり方は私がするヨ、お前は、この植物の情報手に入ったら私に渡せ」

 「…良いでしょう、貴方にも共有しましょう。」


 スラムの男は紙切れを一枚取り出して、何かを書くと明智豪代に手渡した。

 紙には簡易的な地図と名称が書かれていた。


 「これは?」

 「連絡はその店に来る。居なければ情報は無しだ。」

 「分かりました。それではよろしくお願いします。」


 明智豪代は一礼してその場を離れようとした。


 「そうだ」

 「ん?まだ何かあるか?」

 「その部品ですが、この国には勿論ない物ですが海外でも市販にないものだそうです。」

 「…それが、どうした」

 「流通しない物なので無くさないように。」


 明智豪代はそう言ってその場を去った。

 スラムの男は、その言葉の意味を追求しなかった。

 手に持った箱や資料を見つめると、再び明智の後ろ姿を認識しようとしたが、明智豪代の姿は既に消え去っていた。

 

 「この取引で一体何が芽吹くというのか……」


 男はポツリと自国語で呟いた。

 そして明智豪代もまた。


 「結局物で釣れば容易くて助かる。目的の為に働いてくれたまえよ、くっくっく」


 この取引の依頼目的は一体何なのか。

 それを知る者は、今や彼一人だけだった。

 



          ⌘⌒ ⌘⌒ ⌘⌒           

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