7:魔物狩りですわ!
「というわけで森に突貫したわけですが……。シャグル、何で貴方までついて来てるので?」
「ぐるぅ? ぎゃぎゃ。」
牧場長とのお話を終えて精肉の様子を視察させてもらった後、私はそのまま近くの森の中に足を踏み入れました。
ほら家畜って、解りやすい“エサ”でしょう? 人が食べて美味しいものならば、魔物からすれば垂涎もの。そんな存在が一つの場所に固まって沢山いるとなれば、足りないおつむで一杯考えて狩りの準備を進めるはずです。巡回する職員などはいますが、抜け道はいくらでもありますからねぇ。
そしてこういうのは、一度でも成功されられればお終い。成功体験が経験として蓄積され、どんどんとその試行回数を増やすことでしょう。気が付けば大量の損害と、家畜を喰って数を増やした魔物だけが残るわけです。
故に問題が起きる前に自身が敵を制圧し、一時的にはなりますが民に安心して頂こうと思っていたわけです。
ですが……。
「貴方がいると魔物が逃げるんですけど。」
「ぎゃ?」
自分の身体が凄いおっきいの理解してます? しっぽとか思いっきり木にぶつけて凄い音立ててますよ。……あ!? 急に振りむいちゃッ!
その瞬間、思いっきり首を他の木にぶつけ、倒壊させる彼。
轟音と共にそれが叩きつけられまだ残っていた鳥や獣たちが一斉に逃げていきます。
「ぐるぅ……」
「まぁドラゴンが森の中にいるイメージ無いですし、慣れない環境なのでしょうけど……。とりあえず気を付けてくださいね、本当。」
「ぎゃ!」
「はい、良いお返事。それで話を戻すのですが……。もしかして貴方。私について行けばご飯にありつけると学習しちゃいました?」
そう聞けば、小さな鳴き声と共に『違うの?』という視線を送って来る彼。
い、いや間違ってはないですよ、うん。でも貴方ご飯が関わると急に聞き分け良くなりますわね……。
自身は竜騎士、騎乗戦闘を得意とするタイプなので地上戦はそこまで得意ではありません。しかしながら地上戦の訓練は受けていますし、視界が遮られるような森や洞窟といった魔物の住処で戦う術も持ち合わせています。故にそうそう負けることはないのですが……。魔物相手だと、単に勝つだけではあまりよろしくないのです。
前世のゲームなどで倒した敵はそのまま消え去ってくれましたが、今自身が生きる世界は現実。人を殺せば死体が残りますし、魔物を殺せば残骸が残ります。そしてそれを放置してしまえば病の温床に成り得ますし、獣や新しい魔物が寄って来る原因にも成り兼ねません。
これを処理するために、以前までは飛竜を投入し、お腹を満たすとともに処理をしてもらうという方法を我らは取っていました。今回はシャグルにお願いする感じだったんですよね。
「だから森の外でいい子に待っててねー、って話したでしょう? 口笛の音を聞かせて、この音が鳴ったらこっちに来て食べてねー。って。すっごい良い顔で『わかった!』みたいな声出してたじゃないですか。」
「ぎゃ? ぎゃぎゃ。」
「なんでしょう、この言葉は互いに解ってるのに意味が伝わってない感覚。」
見てれば解りますが、シャグルはかなり賢い子です。
ちょっとまだ解らない所もあるみたいですが、人の顔色を見て何を考えているのだとか、どんな感情を抱いているのなどはすぐに解るタイプのご様子。しかも既に人の言葉に対応し始めていて、簡単な単語などは理解し始めている。故に飛竜以上に意思疎通できるはずなのですが……。
なんかこう、上手くいかないんですよね。一瞬すぐに頭の中が真っ新になっちゃうとんでもないお馬鹿さんなのかと思いましたが、そんな子であれば人の言葉を理解などしないでしょう。おそらくですが、我慢が効かない幼い子供みたいなもの。自分の興味があるものに対してすっ飛んで行っちゃうタイプなのでしょうね。
「でも、その行動のせいでご飯が逃げてるのは自覚した方が良いと思うわ。」
「ぐる!」
「はいはい、じゃあ探してあげましょうねぇ。」
そう言いながら起動するのは、風の魔法。飛竜の厩舎に入る時に使用した、索敵用の魔法です。自身を中心に風を巻き起こし、それに反するもの。風を切って進む存在や呼吸などを察知し周囲を探る術になります。
今回は以前よりもより広範囲を調べられるよう少々精度を落しましたが……。
「あぁ、ちょっと離れた所に集落のようなものがありますね。」
複数の呼吸の音、心肺能力の大きさからして人の倍程度の身体を持つ魔物でしょう。
そしてこの辺りにいそうな魔物とすれば、オーク。2本脚で動く豚のような魔物さんですね。
動きは遅いですが脂肪を蓄えているせいか打撃に強く、体の大きさと重さを利用した攻撃力が特徴だったりする奴です。ちょっと脂質が多すぎてシャグルのご飯にはしたくない相手ではあるのですが、殲滅は確定事項。さっさと済ませてしまいましょう。
「ぐるる?」
「牧場長の所で頂いた豚のあばらがあったでしょう? アレの何倍も不味い奴です。しかも沢山食べると太っちゃうご飯でもあります。それでも食べたい?」
「ぐぅ……、ぎゃぎゃ!」
「まだ小腹が空いてるから食べたい、ね。了解、じゃあ1頭だけ食べやすく綺麗に落としましょうか。」
……あぁそうだ。いい機会だし背中に乗せてくれないかしら? 一緒に空から急降下して、敵倒しちゃわない? ちょうどいい的があるんだし、私を乗せた時に貴方がどれだけ強くなれるか実感できるわよ?
「ぎゃッ!」
「はいはい、強い否定をどうも。……じゃ、こんどこそ其処で見てなさい。貴方の主人がどれだけ強いのか、かるーく見せてあげますわ。」
牧場から急に森に入ったようなものですから、現在の武装はシャグルお仕置き用の木の棒だけ。けれどこれに血が付着するのは自身もシャグルも嫌でしょうので、封印。無手での勝負になる事でしょう。
常人であれば少々躊躇するのでしょうが……。今いる場所は森。いわば天然の武器庫です。あまり見栄えは良くないかもしれませんが。
ま。ご照覧くださいまし~。
◇◆◇◆◇
少し歩いて敵の集落に到着。やっぱりシャグルもついて来てしまいましたが、まぁいいでしょう。
ちなみに彼。ここまで10歩歩けば必ず1本木を踏み倒すという何とも言えない様なポンコツぶりを発揮しておりました。途中から踏み倒す本数を少しずつ減らすというちょっとした成長を見せてくれましたが、途中から故意に倒し始めちゃってます。
どうやら彼自分の中で木を倒さずに上手く森の中を歩く行為をゲームにして遊んでいたようなのですが……。木を倒すこと、失敗することも楽しんでいるようで、敢えて自分の足やしっぽを木にぶつけ、その音や私の反応を楽しんでいたご様子。
嬉しそうにぎゃっぎゃと言いながら歩き回っているのを見れたのは正直眼福なんですがね。いくら風を纏わせて遮音できると言えど、地面を伝う振動はどうしようもないんですよ?
「バレて逃げられた結果。ご飯なしになっても知りませんよ?」
「ぎゃー!」
「ヤダー! って言いながら木を倒すなクソガキ。」
ま、バレても構わないように手配しているのですが。
風というものは便利なもので、上手く使えば色々なことが出来ます。先日の落下を防いだ風の膜や、今使っているような振動を遮断する風。そしてオークのような鼻の良い魔物に効果的な、匂いを運ぶ風。シャグルというドラゴンの匂いを、別方向から流すことも可能なのです。
(このまま北西に進めばオークの集落ですが、まっすぐ行けばすぐに逃げ出してしまうでしょう。ですがそこを迂回し、正反対の位置から龍の匂いを流せば……。)
こっちに逃げてくるって寸法です。
ほら、シャグル。声を潜めて? こっちに走って来ましたよ……。
彼の身体は全然隠せていませんが、一緒に木の隙間から森の奥を覗き込みます。するとえっさほいさと逃げ延びようとするオークたちの集団が。やはり魔物だというだけあってあまり文明は発展していないようで、原始的な品々を両手に持って逃げ出している姿が見えます。
しかしまぁ、皆さん必死なことで。後ろばっかり気にかけて前への注意が散漫ですわね。
「してシャグル。私達竜騎士、いえ風魔法を使う者たちが得意とする攻撃手段は何だと思いますか?」
「ぐる?」
「戦場に出た時、空で一番相対するのが風使いなのです。一度しっかりと考え、記憶にしておくことは決して損ではありませんよ。少し考えてみて?」
すぐに反抗の言葉が帰って来るかと思いましたが、以外にもちゃんと考えたあとに『わかんない!』という視線を送ってくれる彼。なんかこう、たまにいい子になられると落差で更に惚れちゃいそうになりますわね。ほーんとかわいい子なんだから。
とと、答えを見せてあげないと。
「正解は、不可視であること。そして術者が高い練度を持っていれば、無音であること。ですわね。」
私がそう言いながら指を鳴らすと、パッとオークたちの全身に風の刃が襲い掛かっていきます。
その全身を両断させるほどまではいきませんが、確実にその腱や喉を刈り取る揺らぎたち。前世であった、所謂『かまいたち』と呼ばれる現象を魔法に落とし込んだものですね。卓越した戦士や竜騎士になってくると空気の揺らぎを感知して避けてきますが、オーク如きではどうにもならないでしょう。
「むぅ、流石に両断とまではいけませんか。要練習ですわね。では次の手を。」
そう言いながら地面に落ちていた小石を拾い、魔力による身体強化。そこから全力で投擲してみます。
そして投擲後に、風の魔法を起動。細かな軌道修正と、威力上乗せの為に風で後押ししてみれば……。しっかりヒット。パンっという子気味良い音と共に破裂するオーク。後はこんな風に小石や枝をぽいぽいしてみたり、木の葉を風に乗せて突き刺せてみれば、どんどんと倒れゆく彼ら。
「ぐるぅー!」
「凄いでしょ? ま、こんな感じですわねー。」
ま、反撃なく死んでいったので、彼らの集落の中でも非戦闘員に分類されるオークたちでしょうけどね。
おそらく彼らを逃がすため。拠点で敵を待ち構え時間稼ぎをしようとする奴らがいるはずです。しっかりとした戦闘はそちらでやることにしましょう。あ、そうそう。そこで死んだオークに鼻を近づけてるドラゴンさん?
「それ食べないでね? オークの中でも動いてないから無駄な脂肪が多いと思うの。他の用意してあげるから今は勘弁して頂戴。後お願いなのだけど、地面に穴を掘ってくれる? 大き目な奴。」
「ぎゃ? ぎゃぎゃ。」
私の指示を疑問に思いながらも、まぁそれぐらいならという感じで穴を掘ってくれる彼。
15m級の龍が力強く腕を地面に突き刺せば、一気に掘り返される地面。深めと言ったおかげか、何度も手で土を掻き出してくれていつの間にか大穴が出来上がります。……ご飯さえ用意すれば重機としての活躍も期待できそうですわよね、この子。
(とと、私も仕事しませんと。)
魔法を起動し、風を巻き起こします。無論対象は先ほど殺傷したオークたち。
流石に私でも地面に落ちた血を集めることは出来ませんが、肉片ぐらいならなんとかなります。後は軽ーくそれを風で回収し、ひとまとめに。後は掘ってくれたシャグルに礼を言いながら、そこに肉片をポイします。かなりの深さなので、そう簡単に掘り返すことは出来ないでしょう。後はしっかりと埋め立てれば……。
「とりあえずの処理完了、って感じですわね。」
「ぎゃ!」
「あぁごめんなさい。報酬ね。持ってきた干し肉でいい? ほら口開けて。」
そう言えば大きく口を開けてくれる彼。
そこにポイポイと干し肉を投げ入れてやれば、ニコニコしながら口を動かし始めます。そ、先日言ってた私が旅の途中に齧ってた保存食ですわね。特に使い道もないので彼のおやつ行きとなり、懐に忍ばせている感じです。……これ、前世で見た水族館でショーしてるイルカとかのトレーナーさんですわね。ご褒美の魚の代わりに干し肉上げてるっていう。
「さ、次々。戦闘員のオークは……。アレですわね。」
少し歩けば視界に入って来る、開けた場所。そこに見えるのは、先ほど殺したオークよりも少し体格の良い彼ら。5体ほどで、全員が大きなこん棒と皮製の防具に身を包んでいます。私が匂いを流した方向を警戒し続けているおかげで、私達に背中を見せている彼ら。とっても無防備ですわね。
……正直、ここから一気に全て。しかも簡単に殺す方法はいくらでもあるのですが、それだとシャグルに主人の強さを見せることが出来ません。何度か制圧こそしていますが、このクソガキドラゴンはなんかまだ私のこと嘗めてるような感じします。証明の機会は多い方がいいでしょう。
ということで即座に身体強化の出力を跳ね上げて風邪魔法を起動、そのまま突貫します。
おっと、そう言えばご挨拶がまだでしたわね。これは失敬。
「ごきげんようっ! ヴァロック男爵家が娘! アデレートですわ! こんにちは死ねぇッ!!!」
オークが何か反応するよりも早く、その腹部に拳を叩き込みます。
3m近くの脂肪に包まれた巨体。普通ならば跳ね返されるでしょうがここは異世界。魔法という何でもありな存在がある限り、常識は通用しません。
(学園では殺傷能力が強すぎて使用禁止にされてましたが、ここならルール無用ッ!)
私が拳に込めたのは、『かまいたち』の魔法。その発展版。
1本の刃を長く長く引き伸ばし、それを拳に纏わせるもの。そこに生成されるのは、無数の刃。自身から供給される魔力が切れぬ限り延々と風が巡り続け、触れた瞬間に全てが切り刻まれていく。そんなものを勢いよく押し付ければ……、どうなるかは簡単。
そ、お腹に大穴が空いて弾け飛ぶって寸法です。
「GYBY!」
「あら失敬! なら風は無しでいきましょうか!」
おそらく敵襲という意味の叫びをあげるオーク。
けれど私の鼓膜にその醜い音を届けたのは許されざる大罪です。折角なら飛竜っぽい声にしてからもっかい叫びなさい。というわけで先ほどお腹に大穴を開けたオークの頭部を足で切断し、そのまま叫びオークにシュートして差し上げます。うんうん、頭蓋と頭蓋がぶつかって粉砕してますわね! 汚い花火!
というわけで残り3! 1体はシャグルのご飯ように綺麗に倒すとして、残り2体はちょっと派手めに参りましょう!
「GRYUUU!!!」
「何言ってるかわかんねぇですわ、ねぇ!」
振り下ろしてくるこん棒を軽く受け止め、そのまま拳で粉砕。そのまま軽く飛び上がり、その心臓目掛けて一突き。心臓を打撃で停止させた後、気絶し開かれたその口から大量の風を送り込みます。
私の魔力が乗った風は、手足よりも繊細に動いてくれる存在。そんなものが体内に入り込めばあら大変。風が全方位に向かって弾け飛び、その肉体をミンチへと作り替えてくれました。うーん、鮮血。血も匂いも風で全部弾け飛ばせますが、ショッキングですわー! 年齢制限掛かりますわよー!
「そして次っ! 準備はよろしくて!?」
手で銃の形を作り、その先端にイメージするのは風の弾丸。
かまいたちとなる風を集め、圧縮。数秒もしない間にそれを何度も繰り返し、形成していく球体。コンマの世界で殺し合う私たちにとっては“実戦では使えない”という評価を受けた魔法ですが、相手がこちらを畏怖し固まってくれているのなら、これほど楽しい魔法はございません。
さ、喰らって頂きましょうか。
「『風砲』」
狙うは、残り2頭のうち一人。
瞬きの内に直撃したそれは、そのすべてを世界からえぐり取り、消し飛ばしていく。当てれば総じて即死。たった一本の刃でも肉を断つのに十分なのです。それを数えきれないほどに集め、圧縮させ、繰り返す。3秒ほどお時間頂きますが、ドラゴンですら墜としてしまえるような技です。
ふふ、魔法ってイメージの世界ですからね。前世でアニメとかゲームしてた私はこういうの得意なんですわ~!
「というわけで最後は君ね。」
そう言いながら軽く手を叩き、起動する魔法。単純にその口の奥にある気道、そしてその奥にある肺から空気という空気を全て引き抜くものです。なにせ我らは風を扱うのですもの、周囲の空気を吸い取ることもそう難しいことではありません。
はい、息が出来なくなってKO。状況終了ですわねー。
「シャグルー、終わりましたわよー。」
「ぐるぅ~♪ ぎゃ? ぎゃぎゃ?」
「えぇ、その綺麗に残っているのが貴方のですわ。……にしても、よく食べますわねぇ。」
シャグルは先ほど、牧場で精肉された豚を食べたばかりです。
それが彼にとっての朝ご飯ではあったのですが……、大人の豚丸々一頭分を食べちゃっていました。それでもなお小腹が空いているとなれば、かなりの大食漢です。飛竜ならどれだけ大食いでも豚一頭で何とかなりますから、それを考えると牧場長にはシャグル用の餌をより多めに作るようお願いしておかなければいけないかもしれません。
今日みたいな狩りである程度補えますが、常に獲物がいるわけではありませんからね。
「……ぎゃ!」
「あらどうしたのシャグル。まだ食べてないけど。なんか嫌なところでもあった?」
「ぎゃぎゃ、ぐるる!」
「食べさせろ? い、いやいや。自分で食べなさいよ。」
「ぎゃ!」
何故か大声で『いや!』と拒否する彼。
お、お腹空いてるのに何で? い、いやまぁ彼なりの甘え方だとは思うのですが、急ですわねぇほんと。
「あ、じゃあ今度背中に乗せてくれる? 一緒に空飛びましょう。そしたら食べさせてあげてもよくってよ。」
「ぎゃッ!」
「あら、ならこの話ナシね。一人で行儀よく食べなさい?」
「……ぐるぅ!」
ちょっとだけ、ね。
まぁいいでしょう。ドラゴン、しかもこんなにカッコよくて可愛い子に餌付けできると聞けば、お金を払うような人もいるレベルです。しつけは重要ですが、甘やかしも同様に必要なことでしょう。今回はこれで納得してあげましょうかねぇ。
えーっと。オークの装備外して、風で外皮と剥がして切断。頭部と内臓は念のため全部捨てるとして……。
「はいできましたよ。ほら、あーん。口開けなさい?」
「ぐるぅ♪」