3:ドラゴンですわ!
「ご、ご迷惑をおかけしました……。」
「いーえ。気にしないで婆や。……ほんと生き返って良かったですわ。」
もうクッソ驚きましたわ。
まぁ悲しい事故みたいなものですし、私は無傷で婆やは問題なく現世に帰ってこられたのでよしとしましょう。
「何も言わず帰って来てごめんなさいね。もう屋敷には誰もいないと思っていたから。」
「あぁ、そのようなこと仰らないでくださいお嬢様。婆やは死ぬまでずっとお屋敷におります故、何も気にせずお帰り頂ければ……。」
そう言ってくれる婆やに、笑みを返します。
屋敷に入った時に感じた違和感。完全に誰もいないのであれば存在しないはずの、『掃除した』跡。
おそらく婆やしか残っていないため手が足りず、掃除の行き届かないところが増えたが故に起きたものだったのでしょう。……既に賃金を払う主がいないというのに、まだ残っていてくれている。本当に感謝しかありませんわね。
「幼いころに先代様に拾われて以降、ずっと奉公させて頂いてきたのです。その御恩を返さねばなりませんし、お嬢様が戻って来る時に誰もいなければ悲しまれると思いまして。……それにしても、大きく成られましたねぇ。」
「……ふふ、でしょう? 王都で結構背が伸びたの。そのせいかは解らないけど、首席で卒業して帰って来たのよ? もう報告する相手はいないみたいだけどね。」
「お嬢様……。」
実はちょっと楽しみにしてたんですよねぇ、褒めてもらうの。
あ、これ主席狙えるんじゃね? と思ってからは結構頑張りましたし、そういうのはちゃんと評価してくれる父でしたから何かしらの言葉を貰えると思っていたんです。けれど屋敷に残っているのは婆やだけ。勿論彼女にいい報告が出来るのは嬉しいのですが……。
母へは墓前へ報告に行けますが、もう一人の報告したかった方はどこかに消えてしまっている。その上借金まであるわけですから、人生何が起きるか解らないものです。
「あぁそうだ婆や。父がどこに行ったか知ってる?」
「それが……。」
酷く申し訳なさそうに首を振る婆や。
そのまま話を聞いてみましたが、どうやら使用人たち誰もが夜逃げの予兆を把握できていなかったご様子。徐々に使用人たちが暇を出されたことで何かしら感じ取った方もいたようですが、父は最後まで誰にも相談せずに消えてしまったようです。
ある程度の蓄えと、他にすることがないということで婆やだけがこの地に残り、屋敷を維持して来たようですが……。
「で、ですがお嬢様が戻って来たのでしたら、また人も戻って来るでしょう。ご当主様もいつか……!」
「ごめん婆や。戻ってきても渡せるものがないわ。……もしかして、借金の件聞いてない?」
どこかまだ楽観した顔を浮かべていた婆やでしたが、私の言葉を聞いて徐々に青くなって行ってしまいます。
オットー殿がわざわざ私に会うためだけに王都に来たのを考えると、彼が色々と気を使ってくれて借金の件は父上とオットー殿以外知らないのではと思っていましたが……、どうやら当たっていたようです。彼からすれば我が家の借金を帳消しにするつもりでしたでしょうし、使用人たちにわざわざ伝える必要はないですからね。
故に借金のことは知らなかったのでしょうが……。
いくら我が家の経営状態が悪いと言うことを察していても、300億という額は大金です。婆やが知る父の性格を考えれば彼が借金をする、さらにそれを娘に残したまま消えるなどと考えられないでしょうから、驚くのもしたかないでしょう。
「どうやらオットー殿にかなりの額借りていたみたいでね? 彼は返さなくていいと言ってくれたのだけど、借りたなら返さないとじゃない? 当分金欠が続くから、人はあんまり雇えないというか……。」
「しゃ、しゃっきん……? 300、おく???」
ヤバいですよねぇ。
「というわけで婆や? ここに売れそうなものは残ってなかったし、厩舎の方に行きたいのだけどカギを貸してくださる? 様子見に行くわ。」
「300、300???」
あ、放心してますわね。
仕方ありません、書置きして勝手にカギ借りて向かうことにしましょうか。
ちょっとさっき見てみましたが、父の書斎に売れそうなものはありませんでした。領地の権利や爵位など、確かに売ろうと思えば売れるものはあるのですが……。これを売っても300億には遠く届かないでしょうし、その後の返済のみならず生活に響きます。
それに、爵位を売ると言うことはお家を閉じることに他なりません。もし自身が初代で、後を継ぐ者がいないのであれば別にそれでもいいのですが……。これまで続いてきた歴史を私が閉じるわけにはいかないのです。民と領土の守護も貴族の役目ですが、お家の存続も同様にめっちゃ大事ですからねぇ。今後も続くと考えれば、土地や爵位を売るのは悪手。
やっぱり飛竜に掛けるしかないって感じですわ。
それでえっと、厩舎のカギは……。あぁありました。本当は婆やからその様子を聞き出そうと思っていたのですが、まだまだ再起動には時間がかかりそう。町行く領民に適当に話を聞いてから、向かうとしましょうか。
(野生化してるかもですし、一応武器になりそうな物だけは持って行きましょうかねぇ。)
◇◆◇◆◇
というわけで飛竜の厩舎に来てみたんですが……。
「ぶっ壊れてますわねぇ、完膚なきまでに。」
木製の棒を背にしまいながら歩いてやってきたのは、町の外れ。ようやくたどり着いたのは飛竜の厩舎。
ある程度覚悟していたのですが、もう完全に建物がぶっ壊れています。柱を噛み千切ったのであろう跡や、厩舎の中で飛び回り天井を破った後。突撃して吹き飛ばされたのであろう壁などなど。巨大な犬が遊び倒した結果のようなものが広がっています。
あと匂いが酷い。
「生き物ですから仕方ないですけど、やっぱ管理されないとこうなりますよね……。」
飛竜の飼育の際、徹底的に人を喰わぬよう教育するので事故は起きていないと思うのですが……。ちょっと瓦礫を崩してみれば、何かしらの肉片が腐っているのを発見します。骨の形状からして、馬ですかね?
この飛竜の厩舎は町からある程度離れより山に近づいた場所にあるのですが、その正反対。町の近くには馬の厩舎や牛などの家畜を飼う牧場が存在しています。そこから持って来てしまったか、町にやって来る行商人の馬を襲ったのかは解りませんが……、どっちにしろ我が家の管理問題です。
牧場はお抱えなので何とかなりますが、行商人に訴えられたら確定敗北。頭が痛くなってきますわね。
「ですが、ちょっと腐敗しすぎてますね。……飛竜がいたのはもっと前?」
手に取って触ってみますが、やはり腐り過ぎています。飛竜の胃腸は強い方なので、ある程度腐っていてもそのまま食べてしまうのですが、ここまで腐っていると流石彼らも食べません。ですがそれでは少しおかしいのです。狩りをして肉を入手しているのであれば、それを食べきるはず。
飛竜、ワイバーンという生物は人のように『食料を保存しておく』という概念を持ちません。あるだけ食べますし、食べられそうなものがあれば全部食べます。飼育する側としては食べ過ぎて飛べなくなったりするので、腕の見せ所なわけですが……。
「餌を手に入れたのに放置する、いや放置しないといけない理由?」
彼らでも敵わない様な存在がやって来て、逃げ出した。あり得ない話ではありません。
確かに騎士と合わせれば空の覇者になれるのが飛竜ですが、単体ではおつむが足りなかったり、攻撃力が足りなかったりと勝てなくなるのが彼らです。無論単体でも結構強いのは確かですが、人の上澄みや強大な魔物相手では負けてしまうこともしばしば。
ま、飛竜は移動、攻撃や指揮は騎士が担当するゆえ仕方ないかもしれませんがね。
(けれど飛竜の骨は見当たりませんし、何処かに逃げて野生化したのかも。……あー、魔物相手だとコレじゃ不味いですかもね。)
私の今の装備は、屋敷に放置されていた木の棒1本のみ。槍の柄に使ったり、飛竜の調教に使ったりする頑丈な棒ではあるのですが、流石にこれだけで飛竜を殺せるような魔物と戦うのは難しいというもの。勝てないとは言いませんが、少々の怪我では済まないかもしれません。
ですが……、もし本当に魔物であるならば、早急に討伐せねばならないのは確か。
町の人々から『竜舎の方から魔物が来た!』という話は聞いていませんし、もしそうであるならば私が帰って来たその時に助けてくれと言って来たハズです。つまりまだあちらからの侵攻は受けていないのでしょうが……、繁殖されていると、とても不味いのです。
(防衛戦力は私だけ、ある程度の強さなら単身でも何とかして見せますが、流石に数で押されると守り切れないでしょう。貴種の役目である守護を為すためには、少なくとも敵の現状を把握するぐらいはしなければ。)
そう考えながら、体内の魔力を整え、背負っていた棒を引き抜きます。
使用するのは、慣れ親しんだ風の魔法。出来るだけ込める魔力を最小限にしながら風を起こすことで、索敵の代わりに。呼吸などで跳ね返された風が振動を起こし、私に伝えるソナーのようなものですが……。反応が帰って来ません。
呼吸を必要としない魔物の可能性も考え、瓦礫に身を隠しながら、厩舎の奥へと進みます。
進めば進むほどに、もう一つの我が家ともいえるこの場所が醜く壊れ果てている姿を見せつけられることになりますが、建物であるならば必ず元通りに出来ます。込みあがる感情を理性で押さえつけながら、より奥へ。
(……きたッ、呼吸音! かなり大きいけど、1匹だけ!)
ようやく帰って来た風の反応。場所からして厩舎の中央にある、飛行訓練を行う広場に陣取っている様子です。
呼吸が一定で少々心地よさそうなため現在お休み中な可能性が高いですが……、実は起きていて飛び出した瞬間に狙い撃ちされば困ります。故に物陰からちょっとだけ棒を出して振ってみますが……、反応はなし。呼吸音も全く変化なしです。
おそらく大丈夫だろうと、顔を出しそちらを確認してみれば……。
(……ドラゴンじゃん。)
飛竜、ワイバーンではなく。龍。真っ黒なドラゴンちゃんが、そこに。
うーわ、どうしましょコレ。
ワイバーンとドラゴン。竜と龍。同じ『リュウ』という発音にはなりますが、その中身は完全に別物です。
飛竜は単にちょっと賢いトカゲさんで、飛ぶことが出来るだけの生物です。もちろん噛みついたり引っ掻いたりと攻撃手段はありますが、物理的なもののみ。かなり素早く飛ぶことは出来ますが、ほんとそれだけなのです。
しかし龍、ドラゴンとなれば話は別です。まずワイバーンよりも素早く飛べますし、賢いですし、パワーも段違い。よく訓練された竜騎士を10人集めても、単純なパワー差だけで勝てるかどうか解らない相手。しかも彼らは、人のように魔法を使うことが出来るのです。
(その子の属性によって色々違って来るみたいですけど、火球を吐き出す機能が標準装備されてるって話ですから、マジで別物。更に化け物ですよね。でも。)
未だ頭だけ出して覗き込んでいる様な状態ですが……。
やっぱクッソかっけぇ!!!
飛竜よりも圧倒的に体が太くてゴツくてカッコいいですし、角なんかもうかっちょ良すぎて鼻血が出そうですわ。しかもあの真っ黒な鱗! 普通太陽の熱を吸収して滅茶苦茶熱くなりそうなものですが、風を見る限り全く熱を保っていません。つまり滅茶苦茶カッコいい。
あぁヤバ、飛竜乗り全員が龍に憧れるってのはよくある話ですけど、実際に目にするとマジやべぇですわ。
(……うちの子にしたい。)
これまで自身は、飛竜に対して少し一線を引いた付き合い方をしてきました。
まだこの厩舎が健全に動いていたころ、飛竜たちは相棒ではありましたが、売り物でもありました。いずれどこかに売られていき、そこで新たな生活が始まる。大事な存在ですが、あまり踏み込み過ぎれば両者ともに辛い結末になってしまいます。戦場に出る子もいるのですから、そこはしっかりせねばなりませんでした。
王都の学園にいたころに触れあった子たちも、同様です。彼らは言わば学園備品であり、借り物です。生き物をそう言うのは少々抵抗はありますが、財産として見なされていることは変わらない事実。こちらも踏みこみ過ぎるわけにはいきませんでした。
この感覚は、故郷に帰って来た今も。そしてこれからもずっと続くものだと思っていたのですが……。
(始めてかも、こんな強い感情。)
ドラゴンを飼いならした時に起きるメリット、自身の冷静な部分がその大きさを伝え、同時に飼いならすことの難しさを伝えてきますが……。そんなもの気にしてる場合じゃないのです。
一目惚れしてしまった。それ以外に理由はいるでしょうか? いいえ要りません。
「ちょっと話しかけて見ましょ! ハロー! お休みのところ申し訳ありませんわー!!!!!」