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1:借金ですわ!


私の名はアデレート・ヴァロック。いわゆる転生者で、男爵令嬢になります。


最初は色々と苦労しましたが、生まれ落ちたのはよくある異世界ヨーロッパ。剣と魔法の世界であるここは前世でアニメや漫画で見たようなものが広がっていました。幼少期は動かしにくい肉体や、初めて聞く体系の異なる言語、前世とは違う価値観に強く戸惑ったものですが、慣れてしまえば楽しめるもの。


前世の記憶はそこまで役に立ちませんでしたが、幼少期から大人の思考力を持っているのは大きな強みです。それを上手く使い天才と持てはやされた私は、一人っ子だったこともあり新しい両親に沢山の愛を注いで貰いました。その中で一番記憶に残っていることは……。



(やっぱり、竜の存在。)



私が生まれたヴァロック男爵家は、竜騎士の家系でした。


ワイバーンと呼ばれる飛竜に跨り大空を翔る。戦場では空の支配者になり、平時でも多くのインフラを支える存在。父も優秀な騎士だったようで、私が生まれる前の戦場で手柄をたて国一番の竜騎士と呼ばれるような人でした。


母は体が弱い人だったせいか戦場のことはよく解らないと言っていましたが、とても優しく家庭的な人。天気がいい日はお弁当を作ってくれて、家族全員で飛竜の背に乗り山のてっぺんにピクニックに行ったのはとても良い思い出です。



(魔法という興味深い存在もありましたが……。)



とても身近な存在であったこと、そして前世から生き物が好きだったことが影響したのか、自然と私は竜に惹かれていました。


馬よりも賢く、ある程度の言語を解し、大空を飛べる。時間を見つけては竜の厩舎に忍び込んでいましたし、父や厩務員たちと一緒に世話の手伝いなどもしていました。ある程度の年齢になり、大空に放り出されても難なく着地できる風の魔法を覚えてからは、もうずっと竜の背に乗って空を飛び回っていたことを覚えています。


我が家の継承者は自身だけ。そして貴族は戦が起きれば戦いに赴く責任があります。竜騎士である父が引退すれば、その代わりとして自身が戦場に出ることが求められるので、それに備えての行動……。と言えば聞こえはいいですが、単に竜が好きだったのが理由でしたね。


それに、全身で風を感じられるあの瞬間は何物にも代え難かったですし。



(ですが4年前。母上が流行り病で亡くなられて……。)



永遠に続いて欲しいと願っていた生活が、急に崩れ落ちました。


当時猛威を振るった病。自身に医療の心得はありませんが、前世の記憶のおかげかある程度の予防をすることは出来ました。民に手洗いうがいを徹底させたり、口を布で覆うように指示したり。救い切れない者もいましたが、最小限に抑えることは出来たはず。


しかし……。男爵の妻として多くの人に接する必要があり、体の弱かった母を、助けることが出来なかったのです。



(専門知識を持たない上に、この世界は確実に前世とは違う世界。そのすべてが通用するわけではない。)



あれほど自身の無力さを嘆いたことはありませんでした。


飛竜を駆り名医と呼ばれる方を屋敷まで運び診て貰っても進展なし。日々弱っていく母を見ることしかできなかった自身を、前世含めなぜ病の対策を考えていなかった自身を、あれほど恨んだことはありません。……親を見送ることが初めてだったというのも、あるでしょうが。



(その後ずっと失意の底に沈んでいる私を、父は気遣ってくれました。)



最愛の人を無くした彼も辛い筈なのに、父は私の為に『王都の学園』への入学届を用意してくれたのです。


元々私達が所属する王国の貴族の子供たちは、王都の学園に通う必要があります。ただ家によっては既に領地経営などの戦力になっていることも多く、断ることも可能。当初は自身も断るつもりだったのですが……。沈み込む私を哀れに思ってくれたのでしょう。気分を変えるためにも、父上が『何かの糧になるかもしれない』ということで強く勧めてくれたのです。



(あの人も、いえ母も生きていればこの背を押していただろうと思った私は、進学を決めました。)



転生して初めての学び舎。ずっと沈んだままでは父どころか母にすら怒られるだろうとカラ元気で向かったそこでは、本当に色々なことがありました。


前世とは違う学生生活に戸惑ったり、自身よりもより上位の貴族の子供たちとの交友関係を作ったり、学園の備品扱いなれどあちらでも竜たちと戯れたり。とても得難い経験をすることが出来たと思います。


王家が理事を務めている学園のせいか、自然と王家に忠誠を向けさせるような内容が多かったのも確かですが、非常に質の高い学びを得たのも確か。より我が家を豊かにし、民の生活を良くできそうな学問。それを通じて手に入れた交友。実際に戦場に出た際活用できそうな戦術や技術、そして魔法。どれもかけがえのないものでした。



(一応首席で卒業できましたし……、家の面目を潰さないで済みましたしね。)



そんなことを考えながら、少しだけ外を眺めます。


3年間過ごした寮の部屋、その窓から見えるのは卒業式が終わり少しずつ自身の領地に戻って行く学生たちの姿。少し目を凝らしてみれば仲良くしてくれた友の姿も見て取れます。私も彼らと同じように家に帰るため、既に荷物をまとめ終わったところです。


後は家へ、一族が継承し続けた領地に戻るだけ。


最初は父の元で補佐として学びながら、この王都で学んだ知識と現実のすり合わせ。いずれ父から全てを受け継ぐための準備にかかることになるのでしょう。いつ戦が起きても対応できるよう鍛え続けなければなりませんし、領民を襲う魔物に対し策を打ち出さねばなりません。


大変な日々に成るでしょうが、不自由なく育ててもらい学園にまで通えたのは『貴族』であったから。


領民の税によって財を成し富を形成した私たちは、その対価として彼らの安全を守らなければなりません。そして国に使える貴族であるならば、学園と言う学びの場を整えてくれたことに対する礼として、戦いとなれば戦わねばなりません。


そんな責任を果たし、父。そして亡き母に恥じぬ領主にならねばと思っていたのですが……。



「あ、あの。オットー殿? も、もう一度言って頂けますか? ちょっともうこの年で耳が悪くなったみたいでして……。」


「大変申し上げにくいのですが……。アデレート様、貴女様のお父上が借金300億を残したまま、夜逃げ為されました。」



は? いや、は? しゃ、借金?


あのえっと。


長年我が家を支えてくれた大商人のオットー殿が嘘を仰る方ではないと理解しているのですが……。



「こちら、その明細になります。」



かなりご高齢の彼が、酷く申し訳なさそうに手渡してくれる書類。その内容を急いで改めます。


一つ一つしっかりと確認しますが、そのすべてに父の字で大金が借り入れられたことが示されており、その貸主がオットー殿であることが示されていました。


そしてその総額が、300億。単位は違いますが、前世の感覚に合わせれば300億円。途轍もない額です。


と、というか父上夜逃げしちゃったんですか!?



「はい。先々月にお屋敷の方に伺わせて頂いたのですが、当主様どころか使用人の方々すらいらっしゃらず……。伝手を使い勤めていらっしゃった方にお聞きしたのですが、全員に暇を出されどこかに消えてしまった、と。」


「え、えぇ……。」



それまで確固として残っていた父への尊敬に罅が入る姿を幻視します。


な、なんでそんな巨額の借金しちゃってるんですか父上!? 私が学園に入るまではかなり健全な領地経営してましたよね! 黒字でしたよね!? つまりこの3年間で色々やらかしたんですか!? ほ、ほんとに何やったんですか父上! というかそんな状況になってるなら相談してくださいよ!!!


と、というか!



「す、すいませんオットー殿。こちらの明細ですが、父がオットー殿から資金を借り受けた記録しかないのですが……。もしかして“何に使った”かは。」


「はい。元使用人の方々に聴いてみたりしたのですが、一切解らず……。」



ま、マジですか。


我が家とオットー殿はかなり深い関係を保っていました。


自身の祖父に当たる方がオットー殿を支援していたせいか、我が家に恩を感じてくれている彼。そんなオットー殿には昔から色々とお世話になっております。新しく飛竜を仕入れたり、売ったりするのも彼が受け持ってくれましたし、我が領では入手できない品々を村に運んでくれる御用商人のような役割もしてくれていました。


それゆえか父が理由を告げぬまま支援を求めても、すぐに貸してくださったようですが……。その回数が重なり、返済が滞り、総額が300億となれば彼も不安に思うもの。



「それで話を聞きに行ってみれば、いなくなっていた、と。」


「はい……。」



思わず、天を見上げます。


確かに我が家の特産とも呼べる飛竜は、とても高価な存在です。良血の子を、しかも雌を買い求めれば軽く10億は動いてもおかしくないでしょう。けれど借金が300億に膨れ上がる様な事がそうそう起きるとは思えません。


確かに馬よりも飼育が難しい飛竜が、教育を受けた厩務員を用意する必要があります。エサ代も馬鹿になりませんし、維持費だけで大変な額に成るでしょう。しかしその分だけ飛竜は高く売れるのです。


卵だけでも結構な額で取引されますし、竜騎士の相棒に慣れるまで育て上げてしまえば億単位の取引が可能です。無論そこに到達せずとも、伝令役や物資輸送、その他にも飛竜を求める需要は沢山あります。



(確かに、何かの事故でそれまでの投資が全て吹き飛ぶのはある事ですが……。)



300億は、あまりにもおかしい。


というか自身の知る父ならば、そもそも借金を溜めるような人ではありませんでした。そもそも、借りる目的を言わずに金だけ貰おうとするような人ではありません。確かに以前にも手元に資金がない際、オットー殿に貸してもらうようなことはあったようですが……、できる限るすぐに返していたはず。


そしてもしこのような状態になったのであれば、周囲の人間。使用人や、それこそオットー殿に相談していたはずです。娘の私は親としてのプライドから難しかったのかもしれませんが……。


一体、何が。



「アデレート様?」


「っ、あぁすいませんオットー殿。」



彼に声をかけられ、ようやく思考の世界から現実に戻ってきます。


王都から我が領へは片道一月、そんな距離をわざわざ訪ねてきてくださったのです。その内容が自身にとってどれだけ大きなものであれ、彼が私の為に足を運んでくれた以上、その話を真摯に受け止めなければなりません。


私は貴族の娘。家の責任は、私の責任でもあります。ならば、果たさねば。



「借金の件でしたね。無論必ずお返しいたしますわ。正直、何年どころか私の代で返し切れるかどうかすら解りませんが……。父がヴァロック家として借り受けたのならば、後継者である自身が返さねばなりません。」



声を張り、意思をもってそう宣言します。


で、でも、気になることが一つ。



「そ、それで。正直怖いのですが、利子ってどれぐらい……?」



300億の利子。年利5%でも1年で15億ぐらい増えちゃうから、最悪利子の支払いだけで一生が終わる気がしますけど……。借りたのなら返さなきゃ!



「い、いえ! 大恩あるヴァロックの方々から利子など……。それに、既に私も老い先短い身で御座います。家族もいない自身には残す相手もおりませんし、金を抱えて神の御許に行けるわけでもございません。」


「オットー殿……。」


「実はなのですが、今日はお貸ししたものを返して頂くのではなく、お暇を頂きに来たのです。ご当主様、リート様にも何か理由がおありだったのでしょう。お求めになられた額を用意するため、様々なものを整理させて頂きました。しかしこれからのことを考えると、逆に良かったのではないかと思う次第で。」



……いくら大商人と呼ばれる程のオットー殿であっても、300億という大金を用意するのは苦労したのでしょう。


それを集めるために、かなりのものを犠牲にしていただいたのは簡単に予想できてしまいます。思い返してみれば彼がここまでの足に使っていたのも、乗り合いの馬車。我が家の恩を返すためと老骨に鞭打ってくださったようですが、既にかなり厳しい状況であることが見て取れます。


それに応えず何もしないというのは、貴族、いえ人として恥ずべき行為。道理に反した行為です。



「ですので、こちらの借用書をアデレート様の前で破らせて頂き。それを最後のご奉公と……。」


「やめて。」


「……で、ですが。」



強い覚悟を示していた顔から、困惑した表情でこちらに視線を移す彼。



「確かに、ありがたい申し出ですわ。しかしながら……、我が家にも。いえ私にも意地があるのです。」



貸した側、オットー殿が色々犠牲にして貸してくださったのです。


いくら父が借りたものだとしても、返し切らねばもう人として駄目ですわ! 借りたものはしっかり返す、これが道理というもの! ここで借用書を彼に破らせてしまえば、母どころか先祖、そして前世の両親にも殴り飛ばされてしまいます!


そもそも、それを受け入れてしまえばずっと後悔しますわ!


父が何のために借金を作ってしまったのか理解できないことばかりですが、一旦置いておきましょう! こうなったらもう死に物狂いでお金を稼いで、オットー殿が生きている間に全額返し切ってやりますわよっ!



(……でもどうやれば300億なんて稼げるんでしょう?)




〇アデレート・ヴァロック


転生者、今はお嬢様だが男爵である父が失踪したので実質的な男爵。金髪翡翠眼。

飛竜の値段イメージは競走馬な感じ。借金300億から厩舎経営スタート。


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